12-3 チャニング村 中編
アルは三人を運搬の椅子に乗せ、三十メートル程の高度を保ったままチャニング村の上空を突っ切り、一気に南を流れる川の近くまで進んだ。河原手前側で大きな岩の陰に身を隠しつつ、槍や弓といった武器を片手にその熊の様子を見ている数人の男たちの姿がみえる。一人は四十才前後、もう一人は二十才前後だろうか。二人とも短めの金髪ですこしずんぐりとした感じの身体つきをしている。アルの父のネルソンや兄のジャスパーだろう。その横に居るのは、がっしりとした体格で黒い髪を短く刈り込んでいる。二人しかいない従士のうちの一人、ネヴィルか。三人とも槍を手に、弓矢を背負って、周囲を警戒している様子である。近くにカクレホラアナグマが居るのだろう。カクレホラアナグマは名前が示す通り、体毛がその付近の色に変化するので非常に見つけにくいのだ。
「アル、カクレホラアナグマ、あれじゃない?」
メアリーが対岸の一箇所を指さす。巧妙に灰色の巨大な岩に偽装しているが、確かにカクレホラアナグマだ。体長は二メートル半、体重は五百キロというところだろうか。カクレホラアナグマにしてはまだ小さい方だ。川を挟んでいるし距離もそこそこある。すぐにこっちに向かってきても、迎え撃つ態勢ぐらいはとれそうだ。アルは頷き、父ネルソンの背後にゆっくりと降下した。
「アルフレッド!」
アルたちに一番最初に気付いたのは兄のジャスパーだった。緊張していた顔がすこし綻ぶ。
「丁度、帰って来てたんだ。オーソンにカクレホラアナグマが出たって聞いたから、急いで飛んで来たよ」
アルが地面まで降りると、オーソンたち三人は揃って運搬呪文の椅子から急いで立ち上がり、足元の感触を確かめるようにその場で足踏みを始めた。
「アルフレッド、飛行呪文を憶えたのか。爺ちゃんみたいだな。それも、三人も後ろに乗せれるのか。すごいなぁ」
ジャスパーが嬉しそうに何度もアルの肩をたたく。その様子をネルソンも頷きながら見ていたが、はっとしたように真剣な顔になり軽く首を振る。
「手紙の件も含めて聞きたい事は色々あるが、まずはカクレホラアナグマが先だ。倒すのを手伝ってくれるか?」
パトリシアの件は父宛の手紙に書いて伝えたが、周囲にどこまで話をしているのだろうか。妹のメアリーなどは聞いていたら、もっと根掘り葉掘り聞いてきたことだろう。ということはまだ話をしていないのだろう。
この晩秋の時期、一般的に熊は巣にしている洞穴にもぐりこみ、うとうととし始めるのが普通だ。巨体を維持できるほどの食糧はすでに食い尽くされているはずで、春になるまで、森にはないのだ。そして、このように彷徨っている個体というのは、眠って過ごすだけの食料が得られなかった事を示しており、腹を空かせている事が多い。
カクレホラアナグマは魔獣なので、それがあてはまるかどうかはわからないが、どちらにせよ集落に近づいてくるまでに倒さなければ、被害が出るだろう。
「もちろん、良いけど、どうする?」
「普通の熊なら勢子を用意すれば、それに追われて移動してくれるんだがなぁ……。カクレホラアナグマは魔獣だ。そういう訳には行かないだろう。誰かが近づいて石を投げて呼び寄せ、みんなで待ち伏せて槍とかで止めを刺すしかない。だが、あいつの皮は厚いからな……首とか皮が薄そうなところを狙うしかないだろうって話をしてたところだ」
父の話にアルは頷いた。危険なのは石を投げて呼び寄せる役、そして、待ち構えて最初に迎え撃つ役、いわゆる釣り役と壁役だろう。熊は元々足の速い動物だ。あの体重で真っ直ぐ突進してくるとかなりの衝撃になるし、それを受け止める壁役はもちろん危険だ。そして、そこをうまく速度を出させないのは釣り役の腕になる。ちらりとオーソンを見たが、彼も頷いていた。
「僕が釣りに行くよ。ネヴィル、壁おねがいできる?」
メアリーが手を上げた。無言のままネヴィルが頷く。アルにはネヴィルの腕はよくわからない。大丈夫なのだろうか? とはいえ、父のネルソンや兄のジャスパーは槍などがそれほど得意では無い方なので、そういう役割分担になっているのだろう。一番上の兄であるギュスターブが居れば安心だったのだが、彼は辺境伯の騎士団で二等騎士として働いており、ずっとここには帰ってきていない。
「釣りは僕がやるよ。空を飛べるから僕の方が安全だ」
アルの言葉に、メアリーが一瞬残念そうな顔をしたが、仕方ないといった様子で頷いた。安全という意味では、魔法の竜巻を撃ち込むのが一番安全かもしれない。だが、さすがにこのクラスにそれをすると、毛皮などの素材がまるっきりダメになってしまいそうだ。あの硬いワイバーンですら、革は傷が多いという話が出ていた位だったのだ。カクレホラアナグマは毛皮も肉も高価で取引される。それはやめておこう。
「壁は俺もやろう」
オーソンが手を上げた。正直なところ有難い。二人で受け止めるのならリスクも減るだろう。
皆でカクレホラアナグマをどこで迎え撃つか、どのルートを通してくるかを確認する。そういった事はさすがに父のネルソンが一番詳しいようで、皆の意見を聞きながら作戦を立てる。それを聞きながらアルは全員に順番に盾呪文を唱えておく。これで少しは安心だ。
「じゃぁ、釣ってくるね」
アルはふわりと浮き上がると、対岸で獲物を探している様子のカクレホラアナグマに徐々に近づいていく。およそ二十メートルの距離まで詰めると、カクレホラアナグマはちらりとアルを見た。
『鈍化』
アルは呪文をカクレホラアナグマに放ち、急いで距離を取る。
「ガウウウウッ」
カクレホラアナグマは不機嫌に唸ると、アルを追いかけ始めた。懸命に速度を上げてきたが、それでも時速二十キロといったところだろう。きちんと呪文が効いている。飛行呪文を使っているアルからすれば、その速度は恐れるほどではなかった。
アルはちらりと対岸を見た。ネヴィルとオーソンが大きな岩の前で槍を構えて待っていた。距離を保ちながら、アルは川の上を渡っていく。カクレホラアナグマはザバザバと水をかき分けながら進んできた。あまり速度を出させないように岩や茂みを利用しながら細かに曲がり、待ち伏せしているところに誘導していく。
『念話』
アルは軽く手を振ってオーソンと念話をつなげた。
“もうすぐ、そっちに行くよ”
“ああ、こっちは準備万端だ。いつでも来い!”
最後の茂みをひょいと飛び越える。目の前はみんなが待ち構えている大きな岩だ。そのままアルは岩の上に立つ。カクレホラアナグマは茂みを振り払って突進してきて、四つん這いのまま目の前の岩を見上げ、そして、その前に立つ二人を見つけた。
「いまだ!」
<貫突>槍闘技 --- 装甲無効技
<溜突>槍闘技 --- ダメージアップ
オーソンとネヴィルがほぼ同時に槍を突き出した。オーソンは皮の薄いところを狙ったようで、左腕の付け根あたりに深々と刺さっている。それを追うように矢が飛んできた。メアリーだろう。残念ながらこちらは毛皮に弾かれているようだ。
『魔法の矢』 - 収束
岩の上からアルがカクレホラアナグマの首筋あたりを狙って太い一本の青白い光を放つ。収束して威力を高めた矢は首に拳大ほどの穴を抉って貫通した。
「ウガガガガガガッ」
カクレホラアナグマは両手を上げ、立ち上がろうとする。
「下がれっ」
オーソンとネヴィルは槍をねじる様にして抜き取ると、ぱっと後ろに下がった。オーソンの槍が貫いた傷とアルの抉った首筋の両方から血が一気に噴き出してきた。
それでもカクレホラアナグマは大きな叫び声を上げた。眼をカッと見開き、目の前のオーソンとネヴィルを睨みつける。
「こっちだっ」
オーソンが負けずに叫ぶ。
「こ、こっちだっ」
ネヴィルもそれを真似るように懸命に叫んだ。カクレホラアナグマは、一歩踏み込み、右手を大きく振って、太い腕とかぎ爪で二人を薙ぎ払おうとした。
『痙攣』
アルはその動きを防ぐ。
「よし、もう一回!」
<貫突>槍闘技 --- 装甲無効技
<溜突>槍闘技 --- ダメージアップ
オーソンとネヴィルが揃って体重を乗せて飛び込むように槍を突き出した。二人の槍がカクレホラアナグマの心臓を狙って突き刺さる。
「ギャオオオオオオオオオオッ」
カクレホラアナグマが天を仰ぐようにして再び叫び声を上げる。その声は徐々に弱くなっていった。そして遂に力が尽きた様子でその場にばたりと倒れたのだった。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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