12-2 チャニング村 前編
数日をかけて、研究塔でも生活はやっていけそうだと見極めをつけたアルは、パトリシアとジョアンナを残して故郷であるチャニング村にやって来た。
今年の春、中級学校を卒業した時以来なので半年ぶりぐらいだろうか。その時は、領都レインからオーティスの街、そしてシプリー山地にある唯一の街であるマーローの街を経て、歩いて三日かかった。山々に囲まれて本当に遠い故郷だったのだが、今回は辺境都市レスターから飛行呪文をつかい、渡し場のある町を経由し、以前ムツアシドラを倒した森の上空を通り、たったの二時間ほどで到着することができた。見慣れた故郷の山々ではあったが、飛行呪文をつかって空からみた光景はまったく違って見えた。
アルが一番最初に訪れたのは村はずれにある墓地であった。
「爺ちゃん……僕は飛行呪文を使えるようになったよ。他にもいろんな呪文が使えるようになった。古代遺跡も探索したんだ」
アルはそう言いながら、祖父の墓に摘んで来た野の花を供えた。その隣には父の使用人であり、狩りの達人であったモリスの墓も並んでいる。彼ら二人は、ゴブリンに攫われ、双子の妹イングリッドを亡くすという連続して起こった悲劇で、ベッドから動けずにいたアルに、魔法や狩りといった知識を通じて、生きる事を教えてくれた。アルが初級学校に通っている時に流行した流行病でふたりとも死んでしまったが、それでもずっとこの二人はアルの師であった。
「アーーーーールーーーーーーー!」
すこし感傷に浸っていると、少女の甲高い声でアルの名を呼ぶのが聞こえた。聞き覚えのある声だ。その声の主はすこし小高い場所にある墓地につながる道にすぐに姿を見せた。
それはアルの妹のメアリーであった。アルがゴブリンに攫われる事件のあった後に生まれた妹である。髪はアルと違う母譲りの赤毛で、まるで男の子の様に短く切っていた。
「アル! やっぱり、アルだ。 墓地に人影を見たって聞いたから走って来たの。この季節に墓地に来るようなのはアルしかないと思った」
“この子、誰?”
アルは彼女の顔を見てにっこりと微笑んだ。幼い頃からずっとアルの後ろをついて回っていた4つ年下の妹である。彼女の存在はイングリッドを亡くしたばかりのアルやアルの家族にとって何れ程救いになったことだろう。グリィの戸惑ったような声がアルの耳元でするが、時間がある時に家族の話をしたことはあったのだが、実際に会うのは初めてなので仕方ないだろう。話を聞いていればそのうち伝わるに違いない。
「メアリー! 元気にしてた?」
メアリーはぎゅっとアルに飛びつく。
「うんうん! 元気にしてたよ。わぁ、アル、すごく背が伸びた? 春に僕が追い抜いたと思ったのに」
“へぇ、この子がメアリーなのね。よろしくー”
メアリーはアルに顔を近づけて、自分と背を比べている。今はアルのほうが五センチほど高いとわかって、ショックを受けている様だ。
「夏に結構伸びたんだ。みんなも元気にしてる? オーソンは無事着いた?」
「オーソン? ああ、アルの手紙と荷物を持ってきてくれたおじさんね。一緒に来た男の子と一緒に、川沿いの空き家を借りて暮らしてるわ。狩人みたいな事をして村の人たちとも仲良くしてるみたい」
「おじさん……。まぁ、良いか。そうなんだ。よかった」
メアリーの口ぶりでは、何も異変は起こっていないようだ。場合によっては、ユージン子爵あたりが手を回して、アルの行方を確認しにくるかもしれないと懸念していたのだが、大丈夫だったらしい。オーソンたちがまだ居るのも、それを考えての事だろう。一週間程だけで良いと言っていたのにまだ居てくれたらしい。
「父さんや母さんは家に?」
「さぁ……、たぶん居るんじゃないかな」
メアリーは軽く首を傾げながら言った。彼女の背中には手製とおぼしき弓矢の他に小さな籠があり、キノコなどが入っているようだった。また森を歩き回っていたのか。このあたりは以前とかわらずたまにゴブリンなども出る。何度も一人は危険だと言ったのだが、アル自身もそうであったので、それを指摘されるとあまり強く言えなかった。
「よし、帰ろうか」
アルの父は騎士爵を持ち、村の領主である。なので、その家は村のほぼ中央にある。辺境都市レインの領主館に比べるもなく、普通の家より少し立派な程度でしかないが、一応二階建てになっており、村の人々からは領主館とよばれていた。今、居る墓場からは少し距離がある。アルは、ゆっくりと歩き始めた。メアリーはその後ろの浮かんでついてくる幅1メートルぐらいの木の箱に驚きの目を向けた。
「ねぇ、アル。これ、何?」
メアリーは木の箱を捕まえようとしたが、木の箱はするりと逃げた。正確に言うと、木の箱ではなく、木の箱を支えている運搬呪文の円盤が他の人にぶつからないように移動したのだが、メアリーには判らない。何をしているのかとアルが振り向くと、木の箱はそのままアルの背後にぐるんと移動する。メアリーがアルの木の箱を追いかけた。その様子にアルは笑い出した。
「ああ、それは運搬呪文で木の箱を運んでいるんだよ。人にぶつからないように動いているのさ」
そう言って、アルは立ち止まり、木の箱に手を置くと、それをメアリーの目の前までもってきた。
「そうなんだ。こんな魔法があるのね。便利ー。開けてもいい?」
「まぁ、良いけど、別に大した物は入ってないよ? 水や食糧とか鍋とか着替えとか……」
メアリーは興味津々で木の箱のふたを開ける。中にはアルの言う通り、生活に使うものが詰め込まれていた。
「えー、お土産は?」
メアリーは軽く頬を膨らませる。
「あはは、それは後でね。じゃぁ、とりあえずこれ」
そう言って、アルは木の箱の隅のほうに突っ込まれていた布の袋から干した杏を取り出した。メアリーは嬉しそうにそれを受け取って頬張る。そしてあまーいと声を上げて、満面の笑みをうかべる。
二人が、再び歩きはじめると、今度は、道の先で足を引き摺りつつ、急いで歩いている男の姿があった。その横には少年も居る。オーソンとリッピである。アルはおーいと言って手を振った。
その声に気が付いて、オーソンが慌ててこっちに来るように手を振った。何か緊急事態でも起こったのだろうか。アルとメアリーは顔を見合わせ、急いでそちらに向かって走っていったのだった。
「何があったの?」
「おう、アル、良いタイミングだ。カクレホラアナグマが見つかった。川の向こうだ。お前の親父さんたちはそっちに向かった。俺も手伝えることがないかと思って向かってる途中だったんだ」
カクレホラアナグマというのは、普通のホラアナグマよりさらに一回り大きく、それも体毛が周囲に溶け込むように少しだが色が変化するという厄介な魔獣だ。体長は三メートル近く、体重一トンを超えているものも珍しくない。この季節だと、そろそろ名前の通り洞穴に潜って冬眠に入るはずだが、ウロウロしているという事は餌が十分に得られなかった個体だろうか。
「わっ、大変! わかった。椅子を作るからみんな乗って」
アルはそう言うと、一旦運搬呪文を解除して唱え直す。今度現れたのは半透明で、背もたれと肘置き付きで足のない椅子が三つ、そして円盤が一つだ。それぞれの椅子を三人の前に押しやると、アルは木の箱を円盤の上に載せ直した。
オーソンは慣れた様子で椅子の肘置きを掴むと、自分に引き寄せてひょいと飛び乗る。リッピとメアリーもそれの真似をして、自分の前に押しやられた椅子に恐る恐る座る。
「じゃぁ、行くよ。それほどスピードは出さないけど、しっかり掴まって」
『飛行』
アルは椅子をメアリー、リッピ、オーソンの順に並べ直し、宙にふわりと浮かんだ。それに従って、三脚の椅子も五十センチほど浮く。
「えっ? 飛べるの? 飛ぶの?」
リッピとメアリーは目を丸くしている。オーソンもすこし顔を強張らせていた。彼だけは何度も運搬の椅子に乗った事はあったのだが、飛ぶのは初めての体験だ。
「うん、行くよ。オーソン、方向を指示して」
アルはそう言って、徐々に高度を上げる。
「あっちだ」
アルはオーソンが指さす村の南西の方向に向かって慎重に飛び始めた。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。