12-1 ジリアンの生存
複数の方から羊さんたちは大丈夫かとご心配を頂きました。ありがとうございます。このお話の公開に合わせて前話11-8にも簡単な修正を加えています。
レビ会頭にお願いして様々な資材を購入したアルたちであったが、実際に研究塔の改修作業が進んでゆくと、不足するものなどもあり、アルはその後も何度かレビ会頭の邸宅と研究塔を行ったり来たりを繰り返すことになった。
そんなある日の事、いつものように人目を避けて転移をしてきたアルに、レビ会頭が話しかけてきた。
「アル君、少し良いか?」
その顔はいつも以上に真剣だった。
「どうしました? 何かあったんですか?」
「ナレシュ様から手紙が届いたのだが、その中で、国境都市パーカーを治めるパーカー子爵からの情報で、テンペスト国内では、プレンティス侯爵家に抵抗しているいくつかの勢力があり、まだプレンティス侯爵家が支配できているのは全体の半分ほどに留まっているらしい」
プレンティス侯爵家が完全に王家を乗っ取ったというわけではないのか。もし、そうならすぐにこちらに攻め込んでくることはないだろう。
「てっきり、完全にプレンティス侯爵家が王国を乗っ取ってしまっているのだと思っていましたよ。良い事じゃないですか?」
「そうなのだが、抵抗している勢力も一つにまとまっているわけでもないようだ。そして、その中の一つにタガード侯爵家の名前が挙がっているそうだ。そして、そのタガード侯爵家はパトリシア様の行方を必死に探しているらしい」
タガード侯爵家はたしか嫡男がパトリシアの許嫁だったはず。パトリシアを保護して結婚ということになれば、テンペスト王家継承の大義名分が整うことになるのだろう。
「それは……」
アルは咄嗟に何も言うことが出来なかった。許嫁が生きているかもしれない。当然、パトリシアには話すべき事だ。その通りなのだが……。アルは拳をぎゅっと握りしめる。そのアルの様子に、レビ会頭はすこし頷いた。
「パトリシア様はアル君を心底愛しているのだろう。心配は要らないと思う。とは言え、一応パトリシア様には話しておくべきだと思ってね」
パトリシアがアルの事を信じてくれているのはそうかもしれない。しかし、本当にそう思ってよいのだろうか。テンペスト王国を救うためには違う選択肢を考えないといけないということはないのだろうか。いや、第一、それは単なる自惚れではないのか。相手は侯爵の嫡子だ。彼と結婚したほうがパトリシアにとっては幸せな道ではないのだろうか。アルは身を引いた方が良いのではないだろうか。
「あ、アル君、もう来ていたのね。待っていたのよ。ナレシュから手紙が来てね……ってその様子だともう聞いたの? 顔色が悪いわよ?」
アルが考え込んでいるとルエラがやってきた。レビ会頭と同じ事を話しに来たのだろう。彼女は心配そうにアルの顔を覗き込む。
「あ、うん……」
「そのために、どこか安全なところに、パトリシア様を匿ったのでしょう? 何も心配することは無いんじゃないの? それでももし何か気になるようなら、ナレシュのところに行ってあげて頂戴よ。もう少し詳しい事が判るかもしれない」
そう言って、ルエラはすこし悪戯っぽく微笑む。本当にそう思っても良いのだろうか。それにこの話を聞けば、またパトリシアは自分の行動に罪悪感を抱くだろう。研究塔の施設の改修はここ数日でかなり目途が立ちつつある。きっとアルがしばらくいなくても大丈夫。様子を見に行くべきだ。だが、やっぱり、少し怖い気もする。
「わかったよ。まず、パトリシア様と話をしてみるね。後、レビ会頭、今日お願いしていた資材は箱にでもお入れくださいませんか。そして、これは一旦お返しします。おかげさまでテンペスト王国のヴェール卿から無事逃れることもできましたし、隠れ場所での生活の目途も立ちました。もう十分です。これがあればナレシュ様のところへの輸送なども格段に楽になるでしょう。そちらでお使い下さればと思うのです」
そう言って、アルはレビ会頭に礼としてもらったマジックバッグを差し出した。確かに便利な道具ではあるが、転移の魔道具と運搬呪文があるので、これがなくてもなんとかなるだろう。それよりナレシュたちが世話している難民のために使った方が有効に活用できるのではないだろうか。彼のところに逃げ込んでいるのは、パトリシアの母親の出身であるセネット伯爵領の民がほとんどだろう。彼らが難民となったのはパトリシアのせいではないが、その難民を保護しているナレシュやレビ商会が使う事によって救う力になるのであれば、それのほうが良いにちがいない。そして、それによってパトリシアが抱いている罪悪感は少しでも軽減できるかもしれない。
アルの言葉にレビ会頭は少し考え込み、そして頷いた。
「わかった。そのように使うようにしよう。我々やナレシュ様も助かる」
「よろしくお願いします」
レビ会頭は深く息を吐いた。
「それと、アル君。ワイバーンの残金はもう少し待ってほしい。今少し調整していることがあるのだ。それについても一つ相談があるのだが、たしか、アル君の相棒は足を引き摺っていたね。彼の足の治療について、興味はあるかね」
もちろん、オーソンの足の治療に興味はある。彼自身も無理だと思っていても諦めきれない怪我と言っていた。それが治る可能性があるのだろうか。
「ワイバーンの頭部のはく製について太陽神ピロスの神殿が大変興味を示しておられてね。新たに建造中の王都での新大神殿の装飾に使いたいという話なのだ。とは言っても、我々としても神殿に対して大金を求めるわけにもゆかないというのは君も理解してくれると思う。どうするか考えていると、丁度バーバラ君が、今回アル君の偽装工作に二つ返事で協力してくれた相棒は足を引き摺っていると教えてくれてね。きっと神殿の高位司祭に頼まないと治らないぐらいの傷ということだろう」
アルは頷く。さすが領都でも名の知られたレビ会頭だ。神殿にも顔が利くのだろう。今回の件でたすけてくれたオーソンには良い礼になるに違いない。アルは是非お願いしますと頭を下げた。
「わかったよ。その線で交渉してみよう」
「治療魔法の呪文の書については……無理ですよね?」
アルは恐る恐る聞いてみたが、レビ会頭は即座に首を振った。止血呪文や再生呪文といった治療魔法は神殿の占有呪文として呪文の書は厳しく管理されている。神殿にある一定以上の期間、仕えた者だけが習得を許されているのだ。一般的に治療師として貴族や商会に雇われている者も、元々は神殿で修行した経験を持つ者たちである。呪文の書を入手するのはレビ会頭でも無理か。
「忘れてください。とりあえず資材をもらってかえります」
アルは微笑んで、軽く頷いた。
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「そう…ですか。ジリアン様は生きて……」
アルの話を聞いたパトリシアは案の定、暗い顔をして俯いた。ジリアンというのはタガード侯爵家の嫡男の名前らしい。ジョアンナが、姫様が行かれる必要はありませんと耳元で囁きながら肩を抱いている。
「とりあえず、僕だけナレシュ君の所に行ってこようと思うんだけど、良いかな? 一応、その前にオーソンたちがいる僕の故郷であるチャニング村に立ち寄ろうとも思ってる。空を飛ぶなら通り道だからね」
パトリシアは微かだが頷いた。ここの改修作業はマラキ・ゴーレムが中心になって進めてくれている。葉物野菜については早ければひと月ほどで収穫を見込めるものがあるらしい。鶏はもう卵を産み始めているという。もちろん問題があれば契りの指輪で連絡もしてもらえるだろうし、二人に任せておいても良いだろう。
「それと、マジックバッグはレビ会頭に預けて、ナレシュ君がいま手助けしている難民たちの食料を運んだりするのに使ってほしいとお願いして来たよ。あれがあれば、かなり効率が良くなるはず。こっちのほうはもう目途が立ってきてるから大丈夫でしょ?」
「いや、あれは君が貰った礼の品だったのだろう?」
ジョアンナが首を振って、少し早口で問うてきたが、アルはそれに軽く微笑む。
「あれを持っていると、工夫しなくなっちゃう。運搬呪文で代用できるように、もっと練習するんだ。熟練度でどう変わるのかもわかってきた。今は円盤が十一枚出せる。保持できる重さの最大は三百三十キロ。きっとまだ上げられる。今でも、その分を入れた木の箱を運ぶことが出来るんだよ? そのうち、マジックバッグなんて要らなくなるよ」
実際の所、真実半分、やせ我慢半分といったところだが、こう言えば、パトリシアは納得してくれるだろうか?ジョアンナは察してくれたのか、しぶしぶ頷いた。
「はい……。でも、無理なさらないで下さい」
パトリシアはまた微かに頷いた。こういう時は何といえば良いのだろう。アルは考え込み、ようやく口を開いた。
「ここに居れば大丈夫。無理する必要はないさ。何かあったら相談してくれたらいい」
「姫様、私も居ります」
ジョアンナが強くパトリシアの肩を抱く。彼女はそのままジョアンナの胸に顔を埋めた。
タイトルに気付いた方もいらっしゃると思いますが、コミカライズ化が決まりました。
詳細を公開できるタイミングになりましたら書籍に関しても併せて活動報告ででも報告させていただきますのでもうしばらくお待ちください。
アル君のイラスト早く出したい……(笑)
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。