11-8 決着?
翌日の夕方、一旦、転移の魔道具を使って研究塔に戻っていたアルが用意してもらっていた個室に再び転移してくると、だれも居ないはずの部屋にはなんとルエラが待っていた。
「転移って、一瞬じゃないのね」
彼女の言葉にアルは渋々といった様子で頷いた。この魔道具だけの特性なのかもしれないが、転移は始まってから終わるまでおよそ十秒かかるのである。そして、その間はまったく動くことが出来ない。転移をしている途中に敵に会えば簡単に殺されてしまうだろう。これはあまり知られたくない弱点であった。
「そうなんだ。だから屋外では危険だからあまり使いたくない」
「その場所を守ってくれる人が要るとか、いろいろ条件が必要ね」
ルエラもそう言って頷く。しかし、この部屋でルエラは何をしていたのだろう。
「ごめんね。転移呪文ってどんなものなのか見てみたかったのよ。早めに来たら見れるかもと思って……。危なかったわ。もう少し後に来てたら見逃してしまう所だった。本当なら体験もしてみたいところだけど、今は無理そうだからやめておくわ」
そう言って、ルエラはふふっと笑った。意外と好奇心は旺盛らしい。だが、彼女が言うとおり、今登録してある転移先はテンペストの墓のことも有るので、試してもらう訳にはいかない。
「わかった、憶えておくよ。体験してもらえそうなタイミングがあったら声をかける。今はごめんね」
アルが謝ると、ルエラは気にしないでと首を振った。
「もう、持って行って貰うものの準備は整ったらしいわよ。植物だけでも三十種類以上、植え方の説明も用意したって自慢げに父は言っていたわ。あと、ワイバーンの状態はとても良かったからかなり高い値で売れそうなのですって」
アルがマラキ・ゴーレムと相談した中で、一番値が張りそうなのは金属関係と動物たちであった。金属関係はどうしても必要なので、ワイバーンの売値で調整するのは買える動物の数という事になる。
決めた希望の上限数は、羊六頭、豚六頭、鶏二十羽だった。羊は羊毛や乳が利用できるだろうし、豚は多産で増えやすい。そして鶏はもちろん卵が食べられる。そういった事を考えると多いに越したことは無いのだが、牧畜に利用できる土地は限りがあるし、多すぎても与える餌が大量になりすぎてしまうので種類と数はこれぐらいが適切だろうという事になったのだ。
ワイバーンが売れなければアルの手持ちの金貨は三十枚ほどしかないので、とてもそれだけの数は揃えられないかもしれないと考えていたのだが、そこまで余裕ができるとは有り難い話だ。
「じゃぁ、もう用意は出来ているの?」
「うん、物資は既にマジックバッグに入れてあるし、家畜たちも檻に入れて人払いをした中庭に居るわ」
ルエラの言葉に、アルはにっこりと微笑んだ。二人はそのまま、中庭に向かった。そこには、レビ会頭とバーバラが待っていた。
「アル君、ルエラから話は聞いてくれたかね? 解体屋にワイバーンの死骸を見せたら、すごく状態が良いと絶賛してくれてね。かなりの量の血や肉が確保できそうなのだそうだ。ワイバーンの肉は若返りの効果があるという伝説があるようだよ。血にも強壮・強精の効果がありそうだという話だし、かなり高く売れそうだ」
「美味しいんですか?」
そこまで評判だという事はかなり期待できるのではないだろうか。
「ああ、私はまだ食べていないが、解体屋には淡泊だがかなり美味しいと嬉しそうな顔で言われたよ。いくらか先に切り取ってもらったから持って帰ると良い」
それは嬉しい。持って帰って早速今日の夕食としてパトリシアたちと食べよう。
「そういう訳で、アル君から聞いた必要なものを用意してもかなり差益がでそうなので、とりあえず五十金貨を用意した資材と共にマジックバッグに入れておいた。さらに利益が出ることを期待しておいてくれたまえ」
レビ会頭はそう言って、マジックバッグをアルに渡してくれた。ここにお願いした資材は全て入っているのだろう。十分役に立ってくれたのでいつかはこのマジックバッグも返したいと思いつつも、まだまだそれはできないようだ。アルは中庭に置かれた家畜たちが入った檻を順番にマジックバッグに収納してゆく。
「ありがとうございます。では帰ります」
「アル君!」
転移しようとしたアルをルエラが呼び止める。
「もし、時間があったらナレシュのところにも顔を出してもらえないかしら。ナレシュもアル君の事を酷く心配していたわ。パトリシア様に関しても、アル君に全てを任せてしまって何も手伝えなかったって酷く辛そうに手紙に書いていたの。彼自身、セネット伯爵領からの難民たちの生活のために走り回って、結局、彼自身、夏季休暇以降は上級学校すら行けていないのに……」
“兄弟”ナレシュとして国境都市パーカーでは名声が高まっているという話は聞いていたが、実情としてはかなり過酷なのかもしれない。そういえば、オーソンにもアル自身のアリバイ工作のためにチャニング村に向かってもらっていた。もうそろそろ到着しているにちがいない。とりあえず資材を運んだ後はどうするか、改めてパトリシアやジョアンナと相談してみたほうが良いのかもしれない。
「わかったよ。出来れば……顔を出すようにしようかな。とりあえず、レビ会頭、バーバラさんもお元気で」
アルはそういって、転移の魔道具を起動させた。とりあえず転移先としてこの中庭を登録しておく。ルエラに聞いた話だと、この中庭にはしばらく夜中に人は入らないようにしておくと言ってくれた。魔法感知などの警戒装置も調整しておいてくれるらしい。
「また、来てねー」
ルエラは元気よく手を振っている。その後ろでレビ会頭やバーバラも微笑んでいた。やがて周りの風景は研究塔のものに変わっていったのだった。
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「おかえりなさい。どうでした?」
パトリシアが心配そうにアルに寄ってきた。すぐに反応できないアルの手を取り、顔を覗き込む。その横には、一緒にアルの帰りを待っていたらしいジョアンナも居た。いつ帰るという話はしていなかったのだが、彼女たち二人はずっとアルの帰りを待っていたのだろうか。それにパトリシアの顔がすごく近いような気がした。アルは思わず照れて頭を掻く。
「あ……ああ。レビ商会の人たちは大丈夫そうだった。サンジェイ様やユージン子爵閣下も、パトリシアの事は諦めて領都に帰ってくれたらしい。ひとまず安心できそうだ」
「よかった……。タラ叔母様はどうされていらっしゃいました?」
アルはどう答えようか迷った。タラ子爵夫人にパトリシアが生きている事を伝えると、すぐにその事が他の人々にも伝わってしまいそうと考え、彼女には伝えなかったのだが、そういった考えはどこまで伝えて良いだろうか。
「えっと、タラ子爵夫人には、パトリシアが生きていることを言ってないんだ。レビ会頭と相談して言わないほうが良いかなと思って……。彼女は黒い服を着て、暗い表情をしてる……って」
パトリシアはそう聞いて、すこし困惑したような、そして悲しそうな表情をした。
「そうですよね……。でも、タラ叔母様はすこし不思議な言動をされる方でしたけど、私には優しくしてくださいました。どこかのタイミングではお伝えしたいと思うのです」
そう言う彼女の肩に、ジョアンナが軽く手を添える。
「姫様、今は時期が悪うございます。今の時点ではアル殿とレビ会頭の判断は仕方ありますまい。テンペスト王国内での争いがすこし落ち着けば、またお会いできる機会もありましょう」
パトリシアは少し暗い表情で頷く。その顔を見て、アルはわざとにっこりと微笑み、わざと明るい声を上げる。
「パトリシア。ワイバーンの肉は食べたことある? すごく美味しいらしいんだよ。少し貰って来たから、みんなで食べよう」
「そうなんですか? 私は食べたことがありません。一体どんな味なのでしょう」
「よし、じゃぁ、塔に行こう。きっと八階の上級作業ゴーレムが美味しく調理してくれると思うよ。詳しい話は食べながらにしよう」
そう言って、アルは駆けだした。
「ちょっと待って、アル殿、家畜! 家畜!」
ジョアンナが慌てて彼を追いかける。さらにパトリシアもそれを追いかけて走り始めた。
ここで一旦11話は終了させていただきます。次回の投稿から12話スタートです。
いつもなら登場人物紹介を入れるタイミングですが、10話とほとんど登場人物が変わりませんので今回は省略させていただきます。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。
2024.3.7 家畜をマジックバッグに入れたままでした。窒息しちゃうってご指摘いただきました><
(訂正前)
そう言って、アルは駆けだした。パトリシアとジョアンナもそれを追いかけて走り始めたのだった。
(訂正後)
そう言って、アルは駆けだした。
「ちょっと待って、アル殿、家畜! 家畜!」
ジョアンナが慌てて彼を追いかける。さらにパトリシアもそれを追いかけて走り始めた。