11-7 レビ会頭
アルは、パトリシアとジョアンナを研究塔に残して、一人辺境都市レスターに向かった。研究塔でパトリシアを安全に匿うことはできそうだが、それには食料だけでなく様々な資材の購入が必要であるし、テンペスト王国の大魔導士ヴェールたちの消息やパトリシアに求婚していたストラウドはどうなったのかといった事も気になる。それらも含めて一度レビ会頭に会いに行こうと考えたのだ。もちろん、アル自身は、オーソンと共に故郷に行った事になっているので、こっそりとである。
辺境都市レスターは城壁に囲まれている都市ではないので、フードで顔を隠したまま入り込むのは容易であった。魔法使いとして半年以上を過ごしたところでもあるので、魔法を使うと感知されてしまいそうな場所もある程度判っている。
「こんにちは。レビ会頭。ルエラさん。ご無事な様子でなによりです」
アルは詰め所に居たバーバラに念話を送り、人払いをした応接室に通してもらった。そこに現れたのはレビ会頭だけでなく彼の娘であるルエラも一緒だった。二人はソファから急いでたちあがったアルを嬉しそうに交代でハグを繰り返したのだった。
「アル君こそ、よく無事で……。逃亡したパトリシア様たちがリザードマンに襲われて死んだという話があって、本当に心配していたよ。その様子からするとパトリシア様もご無事なのだろう」
「本当に心配したわ」
アルが頷くのを見て、レビ会頭とルエラはにっこりと微笑む。
「とりあえずよかった。座ってくれたまえ」
そう言いながらレビ会頭はソファに座る。ルエラはレビ会頭の横に、アルとバーバラもそれぞれ別のソファに座った。レビ会頭の言うパトリシア様がリザードマンにという噂は、盗聴の魔道具を服の切れ端や木切れと放り出す際に思いついて演じた小芝居と一致していた。盗聴の魔道具の盗聴可能範囲内なのか少し心配していたのだが、ちゃんと届いたらしい。もし死んだという話になっていなければどうしようかと頭を悩ませていたが、それは取り越し苦労だったらしい。
「パトリシア、ジョアンナさんももちろん元気です。詳しく場所は言いませんが、ここからかなり南に行った安全なところにおられます」
レビ会頭が信用できない訳ではないが、テンペストの新たな墓にもなる所だ。あまり言わないほうが良いだろう。
「そうか、安全なところに。それは良かった。タラ子爵夫人にこのことは?」
「言っていません。言った方が良いでしょうか?」
レビ会頭とルエラは顔を見合わせた。ルエラは首を振り、それにレビ会頭も頷いた。
「そうだな。当面の間、言わないほうが良いだろう。バーバラ、うちの連中にもとりあえずは秘密にしておいてくれ」
レビ会頭の言葉に彼女も頷く。
「そのリザードマンにパトリシアが殺されたという話は、どこから?」
「二日ほど前に、領主館でのお茶会でサンジェイ様の御生母であるアグネス様が言っておられたのをルエラが聞いたのだ。芝居かもしれぬが、とても悲しそうにされておられたようだ」
アルは大きく頷いた。アグネスが盗聴の魔道具であるあの髪飾りからの情報を利用していることはこれで明らかになった。目的は何だったのだろう。そして、盗聴の魔道具はかなり高価なはずだ。他にも協力者がいたのではないだろうか。とりあえず、ヴェール卿から逃れる途中にたまたま見つけたリザードマンをうまく利用した甲斐があったというものだ。
「ということは、こちらではパトリシアが死亡したという事になっているのですね」
「何の発表があったわけではないが、おおむね、そのように認識しているようだ。サンジェイ様、ストラウド様、セレナ様、ユージン子爵閣下たちは昨日、領都に向けて出発されたし、タラ子爵夫人は黒い服を来て、暗い表情をされておられる」
パトリシアに求婚しようとしていたストラウドが領都に帰ったということは、完全に諦めたということだろう。彼女が死んだことを信じたに違いない。
「レスター子爵閣下は?」
「レスター子爵はお身体が弱くて、領主館の自室からはめったに出られないの。だから、今回の件についてどう思っていらっしゃるのかお話できていないわ」
アルのその問いには、レビ会頭ではなくルエラがそう答えて首を振った。ナレシュの婚約者、つまり義理の娘となるはずの彼女ですらあまり会えていないのか。だが、とりあえずこちら側は無事騙せたと考えてよいのだろう。
「ヴェール卿がこちらに戻ってきたかわかりますか?」
「ヴェール卿?」
三人はそろって不思議そうな顔をしたので、アルは追跡してきた連中をどのように振り切ったのか説明していない事に気が付いた。バーバラと別れた後の事を順番に話す。そして、最後に発掘済みの古代遺跡で彼らと遭遇したのだが、その時に、スノーデンと偽名をつかっていた魔法使いがパトリシアを諦めさせるために自らヴェールという魔導士で、魔導士団の大魔導士だと名乗った事などを説明した。
「そうか、テンペスト王国には魔導士爵という地位や魔導士団という組織があったな。おそらくプレンティス侯爵家に仕える魔導士ということか。それでパトリシア様を殺そうとしたのだな。残念ながらこちらに戻った姿は見ていない。辺境で命を落とした可能性は無いのだろうか」
魔法の竜巻呪文には巻き込めなかったので、その可能性は低いだろう。アルは首を振った。きっと、飛行呪文も使えるだろし、とっくに帰ってきているはずだが、辺境都市レスターには寄らなかったのだろうか。彼らもパトリシアが死んだと思い込んでくれていれば良いのだが……。
「とりあえず、アル君が戻ってきてくれてよかった。これからどうする?」
「それについて、お願いがあります。っと、その前に、マジックバッグありがとうございました。おかげで非常に助かりました」
アルは深々と礼をした。レビ会頭は軽く首を振り、にっこりと微笑む。
「お礼を言うのは私の方だ。今回、君の活躍がなければ、私やルエラだけでなく、我々の商会の者も多く命を落としていただろう。役に立ったのならよかった」
「そして、改めてお願いがあります。安全なところに身を隠していると言いましたが、残念な事に十分な食料がありません。当面、半年ほど暮らせる穀物類、そして生きた家畜、ここからさらに暖かい所で育ちそうな農作物の苗や種といったものを頂きたいのです。そして、鉄、銅、錫、粘土といった素材も……」
レビ会頭は少し考えこむ。
「安全な土地ではあるが、食料がない……。そこはどこか山の奥か或いは無人島かなにかで、これから三人で開拓をするというのかね? それならば人夫なども必要となるのではないのかね。それに、バーバラに聞いたかもしれぬが、マジックバッグに生きた家畜を入れても、着いた頃には残念ながら死んでしまうことだろう。生きたままというのなら、馬車か何かで運ばねばなるまい。そちらにも、御者や面倒を見る者が必要となる。両方ともこちらで用意しようか」
「会頭、それは、さすがに気付かれちまうだろう……」
レビ会頭は、バーバラと話を始めた。どこまで話してよいだろうか。すべてを隠すのは無理だろうし、この三人なら信頼しても良いだろう。
「いえ、それは結構です。実はその安全な土地というのは、未発掘の古代遺跡なのです。場所や詳しい事については僕の判断ではお話できませんが、荒れてはいるものの農地や動物を飼うための施設は残っています。そして、そこで転移の魔道具を手に入れることも出来ました。生きた家畜が欲しいというのは、数分であればおそらくマジックバッグに入れて運ぶことはできると思うからなのです」
「なんと、転移の魔道具!」
レビ会頭は大きな声を上げそうになり、あわてて抑えた。ルエラとバーバラも目を見開き、顔を見合わせている。だが、アルは首を振る。
「いろいろなところに転移ができるのではなく、あらかじめ登録された一か所に跳べるだけなので、かなり限定的な魔道具なのですけどね」
「それにしてもすごい。ということは、パトリシア様がいらっしゃるところにはすぐに移動できるという事かね」
アルは頷く。レビ会頭はしばらく考え込んだ。
「念のために問うが、お二人をどこか別荘なりに匿うのは無理だろうか。ある程度痕跡がのこっているのだとしても、作物を育てて暮らすというのはかなり大変だと思うのだが……」
アルは首を振った。相手も魔法使いだ。四六時中浮遊眼などに対して警戒している事は難しい。とても安心していられないだろう。研究塔のほうが安全だ。
「わかった。本来であれば、そのような魔道具については魔法使いギルドに報告すべきだろうが、それが無ければパトリシア様を守ることはできまい。資材はすべて用意するが、転移の魔道具については聞かなかった事にする。ルエラ、バーバラ君もそれで良いな」
二人もレビ会頭の言葉に頷いた。
「それの対価……になるかどうかわかりませんが、実はワイバーンの死骸があるんです。素材として売ってもらえば……」
「ワイバーン!!」
今度は三人そろって大きな声を上げた。
「途中で遭遇してしまい、なんとかジョアンナさんと僕とで倒しました。倒したのは三日ほど前ですが、一応温度調節呪文をつかって冷やしてあるので、まだ腐ってはいないと思います」
「アル君には驚かされてばかりだ。ワイバーンが討伐されたという話は、ここ十年程聞いたことがない。たしか、その時は王家に献上され、その者には褒美としてかなりの金貨が下賜されたはずだ。枚数までは憶えておらぬ。百枚ということはあるまい。千枚だったか……。何にせよ騒ぎになってしまうだろう」
そういって、レビ会頭は腕を組み考え込む。そうか、たしかにワイバーンは有名だが、倒した人の話は聞いたことがなかった。レビ会頭の話の通りかもしれない。
「でも、僕やジョアンナさんは倒したって申し出れないので……」
「そうだな」
レビ会頭はバーバラの顔を見る。バーバラはあわてて首を振った。
「私は嫌だよ。倒しても居ないのに、倒したとか言うなんて」
レビ会頭は苦笑いを浮かべた。
「悪かった。バーバラ君ならそう言うと思ったよ。仕方あるまい。とりあえず信頼できる解体屋に解体してもらい、素材として売ろう。それでもかなりの価値になる。アル君が欲しいというものを揃えるには十分だろう」
「よろしくお願いします!」
「うむ、では、必要な物について詳しく聞こうか。ルエラ、バーバラ君、手伝ってくれ」
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