11-3 ワイバーン
「やった?」
ゴォーーーッと風がうなるような音がして、光が命中したワイバーンの胴体あたりを中心にまるで光の花が開くように白い光が渦を巻いて広がっていくのをアルはじっと見守った。だが、ワイバーンはその光に四方から衝撃を受け、唸り声をあげつつも、身体を丸めて前に転がるように進んできた。アルは慌てて一歩、二歩と後ずさる。
「アル殿下がれ。ここからは騎士たる私の出番だろう」
ジョアンナがいつの間にかアルのすぐ傍らまで来ていた。腕をつかんで自分の後ろに庇う。
「ジョアンナさん?!」
「たまには活躍させよ」
彼女はそう言ってにやりと笑うと、遺跡からアルが発見してきたバスタードソードを片手に前に進んだ。全身を震わせながら苦しそうに呼吸するワイバーンは岩で身体を支えている。だが、その眼はじっとアルたちを見ておりまだ戦意は失っていなかった。ジョアンナは体長十メートル程もある巨体を持つ敵をたった一人で抑えるつもりなのか。ちらりと後ろを見ると、パトリシアは大きな岩影に身を隠し、こちらを心配そうに見ていた。空の上で震えているのとは全く違う姿であるが、これが本来のジョアンナの姿なのだろう。
ジョアンナはアルを庇う様に立つと、バスタードソードを両手で構えなおし、舌で唇をぺろりと舐めた。
『盾』
アルが呪文を唱えるのとほぼ同時に、太もも程の太さのワイバーンの尻尾がしなるように動いた。手前にあった岩が砕けて、破片がばらばらとジョアンナを襲う。だが、ぎりぎりのタイミングで盾呪文が効果を発揮し、六角形をした光る盾のようなものが現れてジョアンナの手前でぽろぽろと落ちた。
「アル殿、感謝する」
アルが肉弾戦の前線に居ても何もできない。慌ててパトリシアの居るあたりまで下がって岩陰に身を隠す。
ギャオオオと唸り声を上げてワイバーンが身体を引きずりながらも前に進み、ジョアンナに噛みつこうとする。だが、彼女はその鼻先に力いっぱいバスタードソードを振り下ろした。血しぶきが上がる。
『加速』
アルの呪文でジョアンナの身体が一瞬光った。加速呪文は呪文の対象となった者の行動速度を上げる呪文だ。ワイバーンは首を引っ込め、軽く唸った。ジョアンナは明らかに先程より早い速度でワイバーンに近づき、その目の前まで一気に距離を詰めた。ワイバーンはそれに気づき頭を上げようとする。だが、ジョアンナはそこでバスタードソードを下向きに構えて思い切りジャンプした。すでに肉体強化呪文をつかって、自分の身体能力を上げていた彼女は軽々とそのワイバーンの頭の上まで至り、落下するのに合わせて左眼を狙ってバスタードソードを振り下ろした。ワイバーンは身体をひねったが間に合わず、それは簡単に根元まで刺さった。思った以上の結果に、ジョアンナはワイバーンの頭を踏みつけて突き刺さったバスタードソードを抜こうとしたが、あまりに深く刺さっているために抜けない。彼女は仕方なく柄から手を離すと跳ねるようにしてワイバーンから離れつつ、腰に下げたままのいつもの剣を抜いた。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」
ワイバーンは叫ぶ。だが、叫び声は途中で途切れ、急にぐたりと力を失って倒れ伏した。それを見て、ジョアンナは用心深く近づいて、ワイバーンの様子を確かめる。そして、嬉しそうな顔をして手を上げた。
「倒れたぞっ」
「やったっ」「すごい」
アルとパトリシアは嬉しさに思わずぎゅっと抱き合い、顔を合わせてあわてて離れた。そして、二人そろってジョアンナに走り寄る。
「すごいよ、ジョアンナさん」
「何を言っているのだ。凄かったのはアル殿の呪文だ。私は瀕死の魔獣にとどめを刺しただけだ。それもそなたの援護を貰ってな。それに、あの剣もすごいぞ」
「二人とも凄かったわ」
お互いを称え合う二人にパトリシアは嬉しそうになんども頷いた。
「とりあえず、一時はどうなる事かと思ったけど、なんとかなったね。で、ここは……」
そういってアルたちは周囲を見回す。北西には島があった。今三人が立っている岩礁から、ごつごつと半分水没したような岩場が細長く北に伸びていて、そのまま岩礁を伝えば島には行けそうである。その先には急な角度の山が見える。そして、なんとその山頂らしきところには極めて巨大な岩が乗っていて、さらにその岩の上に四角い塔が立っていた。
「もしかして、アレ……」
「あれが研究塔だそうです」
パトリシアとジョアンナも岩の巨大さに驚きの表情を浮かべていた。おそらく東西五百メートルはあるだろう。岩のサイズが大きすぎてその上に立つ塔はかなり小さく見えてしまう。
「岩ごとあれが空に浮かんでいた?」
「巨大な岩の下の部分に浮かぶための魔道具と同じ魔道回路を組み込んでいたそうです。どうして地上に降りているのだとマラキ様はしきりに呟いておられます」
いや、逆にあの巨大な岩の塊をどうやったら飛ばせるのだろう。飛行の魔道具を使うとしても、どれほどの数が必要になるのだろうか。
“とりあえず、見に行こうよ! 研究塔へ”
グリィが急かす。たしかに不思議がっていてもどうしようもない。だが、アルが行こうとすると、なんとかバスタードソードを引き抜いたジョアンナがこのワイバーンの死骸をどうするのか聞いてきた。このまま放置しておいては蛮族や他の魔獣などを引き寄せてしまうかもしれない。
魔法の矢を弾くぐらいなので、皮は硬そうなので鎧などに使えるかもしれない。魔獣の肉は美味しいものもあると聞いたことがあった。さすがに魔獣だと思われるので、動物変身の対象にはできまい。どうするかはとりあえず後で考えることにして温度調節呪文で冷やしつつ、マジックバッグに格納しておくことにする。ワイバーンは巨大であったが、尻尾を曲げ、翼を畳んでなんとか入った。
アルは二人を運搬呪文の椅子に乗せ、ふたたび空へと舞い上がった。上から見ると、島は北東と南西、ふたつの丸がくっついたような形をしていた。一番長い所で三キロぐらいはあるだろう。北東の丸い部分は急峻な高い山となっていて、その上に直径五百メートルほどの平たい円状の巨大な岩が乗っている。アルたちが戦っていた岩礁はまっすぐそのふもとにつながっていた。下から見た時には見えなかったが岩の上は平坦に削られており、そこに直径四百メートルほどの円形に石の塀で囲われた区画が作られている。区画内は緑に覆われていた。その中心には八階建てと思われる二十五メートル四方ほどの角柱型の石造りの塔が立っていた。塔のてっぺんには鈍く銀色に光る球形をしたものが乗っている。そして、その北側には二階建て程の高さで八十メートル四方ほどの大きな建物が二つ並んでいた。
「研究塔っていうから、塔が一つあるだけかと思ってたけど、これは、町がひとつ、まるまる入るぐらいの広さだね」
アルが感嘆して思わず呟いた。
「最初は中央の塔だけのつもりだったらしいです。でも、テンペスト様がゴーレムの利用法としてワインをつくろうと思い立ち、ブドウ畑や、その作業用のゴーレムの格納庫、酒造用の蔵を作るためにはこれぐらいの広さが必要だという事になったそうです。マラキ様は、テンペスト様の作られたワインはすごく人気だったのだと自慢しておられます。そして、それだけの広さがあるのならついでにと、薬草園や菜園、畜舎なども作られたと仰っています」
パトリシアがマラキから聞いた話を伝えてくれたが、アルは思わず首をひねった。単に思い付きでこれほどのものを作ろうと思うのだろうか。
「古代の魔法使いの考えることはすごいなぁ……。そして、どうしてそれを空に?」
「地上だと、招かれざる客人が多くて煩わしそうだと考えられたそうです」
アルたちは思わず苦笑した。
「僕たちはこのまま近づいても大丈夫だよね。マラキさんが居るから……」
「もちろんです。それ用の符丁があるそうです」
「よし、じゃぁ、行こう! 研究塔へ」
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