2-5 冒険者ギルド
次にアルがやってきたのは冒険者ギルドだった。建物は2階建ての大きな石造りの建物で、周囲には酒場が多く並んでいた。中はかなり広く、正面にはずらっとカウンターがあり、その中には20人程の職員らしき男女が受付や事務仕事をこなしていた。昼前という時間のせいか仕事を求める冒険者の姿はあまりない。見回すと左右の壁には掌に乗るほどの大きさの木の板が数多くぶら下げられていたが、募集中の仕事が木の札に書かれて掲示されるのは領都の冒険者ギルドと同じであった。
アルは入口近くの目立つところにぶら下げられた大きめの木の札を眺めてみた。外せないように釘で固定されているのは常設依頼である。そこには討伐の報奨金としてゴブリン1体につき銀貨3枚、リザードマン1体につき銀貨7枚とあり、その横にはリザードマンのエラの部位が完全状態で銀貨5枚というのもあった。領都ではゴブリンの討伐は銀貨1枚、リザードマンは銀貨3枚で、それの2倍以上である。呪文の書が少々値段が高くても売れるわけだと感心していると、そこに背後から近づいてくる者が居た。
「おや、アルじゃないか。落ち着いたかい?」
バーバラだった。腰に剣は下げているものの今日は鎧を着ていない。とはいえ、ワンピースなどではなく、動きやすそうな男性とおなじような恰好であった。彼女の声は大きくてあたりに響いていたが、職員も他の冒険者も彼女の大声には慣れている様子であまり注目されてはいない。
「バーバラさん、こんにちは。とりあえず仕事をと思って登録しに来たところです。蛮族や魔獣討伐の報奨金が高く設定されているとは聞いていたのですが、全然違いますね」
「ああ、そうさ、討伐を請け負う冒険者にとってはありがたい話だよ。だけどね、他じゃ蛮族や魔獣は討伐部位を取ってあとは埋葬するのがルールだけど、ここは死骸を都市の入口傍にある処理場まで運ばないと報奨金はもらえないから注意しておきなよ」
アルはさらに驚いた。死骸を運ぶのはかなりの手間である。それもゴブリンの死骸ならまだしもリザードマンは人間の成人男性とあまり変わらないサイズだ。簡単に運べるものではない。どうしてそのようなことになっているのか……。
「この都市ができたころにね、ここの南側に流れる大河に死骸を放り込んで処理したっていう連中が多くいたらしくてさ、そうしたらリザードマンが大量発生して酷い事になったらしいんだよ。それ以来、こういうルールになったって話だ。討伐の仕事をするのなら南門や西門近くには朝だと貸し荷車や運び人がいっぱいいるから雇うと良い。あと、人力の台車を引っ張っていくのも居るね。死骸を背負ったりするのはみんな嫌だからねぇ。特にゴブリンなんか最悪だよ。何日も臭いが取れなくってさ。あー、やだやだ」
バーバラはアルの疑問がわかったのだろう。先回りして答えた。なるほど、そういうことなら運搬呪文は便利かもしれない。店員が勧めた理由も納得できた。
「この都市の周囲には開拓村もありますよね。そちらでの討伐も?」
依頼の木札によると辺境都市レスターよりさらに南にはいくつか開拓村があるようだった。
「いや、村の近くなら都市まで持って帰らなくても村まで持っていけば引き取って報奨金を支払ってくれるから安心しな。ただしレスターより若干安くなる」
「ありがとうございます。注意します。遺跡の仕事とかはさすがにないですよね」
アルの問いにバーバラは首をかしげる。
「遺跡ねぇ……、小さな遺跡が見つかることはたまにあるらしいけど、仕事としては聞いたことは無いね。たぶんだけど、そういうのを見つけても周りには秘密にして身内で調べるんじゃないかねぇ」
「そうでしょうね。とりあえず受付で登録して仕事をしながら探してみることにします」
「ああ、それが良いと思うよ。頑張りな」
バーバラは片手を上げて手を振って冒険者ギルドから出て行った。アルはそれを見送った後、空いているカウンターの一つに近づいた。そこにはかなり年配の女性がにこやかな表情で座って居た。
「初めまして、アルと言います。こちらに移ってきたので登録をお願いします。領都の冒険者ギルドでは3年ほどの斥候の経験があります。これは紹介状、あとこちらは領都でもらった登録タグです」
その女性はアルが差し出した筒状に巻いてある羊皮紙と首からかける紐のついたタグを受け取って確認をし始めた。そして軽く頷いた。
「初めまして。ご丁寧にどうもありがとよ。アルさん、本名はアルフレッド。領都ではかなり信頼されていたようだね。紹介状は1週間ほどで返すから一旦預からせてもらう。魔法も使えると書いてあったけど登録は魔法使いとしておくかい? それとも斥候?」
「ここに馴染むまではとりあえず斥候でお願いします」
冒険者ギルドというのは、必ずしも戦士や斥候など戦う仕事ばかりではなく小売店、飲食店の店員や運搬、土木作業員など様々な仕事を紹介しており、職業斡旋所といった要素が多分にある。商業ギルドや手工業者ギルドがそれぞれの業種のギルド員の利益を守るという立場にあるのに対して、冒険者として登録している労働者の利益を守るという性質をもっていた。アルが登録したのは問題が起こったときに仲裁してもらうためというのが一番の理由だった。もちろん名前を憶えてもらえば仕事を優先的に回して貰えることがあるというのもある。
「わかったよ。仕事はすぐ受けられるのかい?」
「はい。ですが、1週間程は急な用事が入る可能性があるので長期や泊り仕事はなしでお願いします」
「あいよ、わかったよ。私の名前はクインタだ。何かあったら相談に乗るよ。さっきバーバラと話していたようだけど知り合いなのかい?」
クインタと名乗った受付の女性はアルの顔をじっと見つめながら尋ねた。彼はかるくにっこりと微笑む。
「彼女とはここに来る途中で知り合いました」
ここに来る途中ねぇ……彼女はそう呟いて考え込んだが、すぐに何か思いついたようだった。
「血みどろ盗賊団の話かい? ああ、大丈夫だよ。私はちゃんと知っているから隠さなくてもいい」
血みどろ盗賊団、というより領主の次男であるナレシュが襲撃に遭ったという話はどこまで知られている話なのだろうか、カマをかけられているのか、それとも……。わからない話はとぼけておくしかないかとアルは再びにこりと微笑む。
「詳しくは知りませんが、少しお手伝いしました」
その様子を見てクインタは少し苦笑を浮かべたが、すぐに表情を変えてにっこりとほほ笑んだ。
「そうかい、慎重なのは良い事だ。わかったよ。あとはバーバラから聞くことにしよう。悪いけど今は良い仕事は無いよ。蛮族の討伐依頼なら常設だし、普通の仕事はあるから壁の木の札を見ると良い。そのあたりは領都と同じだからわかってるだろ? 金に困っているというのなら処理場の仕事を回すけどやってみるかい?」
「処理場ってのはかなり大変そうですね」
アルが処理場について知っていそうだとわかってクインタは少し残念そうな表情を浮かべた。バーバラに聞いていなければアルも金になるというので引き受けてしまったかもしれない。
「ああ、ゴブリンの死体とかどうしようもないのを家畜の餌や肥料に加工する大事な仕事さ。ただ臭いが酷くてね。でも危険がない安全な仕事で定期的に金が入る。いい仕事なんだけどね」
彼女はいい仕事だと強調した。かなり人が足りていなさそうである。
「いろいろと改善が必要ってことなんでしょうね。僕はもっとお金に困ってからお願いします。それまではとりあえず木の札から……」
アルの様子にクインタはクスクスと笑った。
「わかったよ。私もそう思ってるところさ。金に困ることがあったら頼むよ。まぁ、冒険者アル、レスターにようこそ。よろしくお願いするよ」
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