11-1 合流
「まずは、二人に会わせたい人が居るんだ。安全なようなら、二人もそこで過ごしても良いかもしれない」
ヴェールたち追っ手を振り切ったアルたち三人は、大きく東に迂回して飛行を続け、辺境都市レスターの沖を経由して北上した後、放棄された村の廃墟らしきところにたどり着いた。
「ここは?」
「辺境都市レスターの北、川の渡し場のある町から北に一日ぐらいの所だよ。ずっと前に開拓に失敗したか何かで放棄された村の廃墟」
アルの答えにパトリシアとジョアンナは不思議そうな顔をした。
「こんなところに誰がいらっしゃるんですか?」
アルたちはゆっくりと降下していく。村の中央には廃墟となった教会があった。そして、その横には執事らしい服を着、のっぺりとした陶器のような顔をした人形ゴーレムと身長百四十センチほどの片足で立つゴーレムの二体が立っていた。
「マラキさんだよ」
「マラキ様……? もしかしてテンペスト様のアシスタントをされていた方ですか?」
二人は驚き、そろって大きな声を上げた。一度、説明はしたはずだが、実際に会うとは思っていなかったのだろう。以前、テンペストの遺体を含めてこの村に残してからおよそ三週間経つ。だが、二体のゴーレムに変わった様子はなさそうだ。
無事、ゴーレムたちの前に着陸したアルは、続けて運搬呪文を解除して椅子を消す。パトリシアとジョアンナの二人は慌てた様子でマラキ・ゴーレムの前に進み、丁寧な礼をした。マラキもそれに丁寧な礼を返す。
「こんにちは、マラキさん。この様子だと、大丈夫だった?」
「なんとかと言ったところだな。一度盗賊らしい者たちがやってきたのだ。油断をしていたようで不意を打つことが出来、こちらの正体については見破られてはおらぬと思うが、全滅させることはできず、二人ほど逃がしてしまった」
盗賊が来たのか。生き残りだろうか。ここに何かがあると考える者が居るかもしれない。死骸はと聞こうとして、横に立っている二人がじっとアルを見ているのに気が付いた。
「ああ、ごめんなさい。マラキさん、以前話をしたテンペスト王国の王族の姫と護衛の騎士の方です」
あわててアルは二人をそう紹介した。
「初めてお目にかかります。テンペスト王国、王弟リチャードの娘、パトリシアと申します」
「パトリシア様の護衛を勤めております、テンペスト王国騎士団のジョアンナ・クウェンネルです」
アルの紹介を受けて、二人は改めて丁寧にお辞儀をした。二人はかなり緊張している様子であった。マラキ・ゴーレムは二人の方に顔を向ける。
「テンペスト様のアシスタントをしておりましたマラキと申します。その顔立ち、テンペスト様の御伴侶とよく雰囲気が似ておられる。ご丁寧なごあいさつ、痛み入ります。アル君から話は伺っておりました。この度の事はお悔やみ申し上げます」
マラキも丁寧な礼を返す。彼のお辞儀の作法は丁寧ではあるが少し違和感がある。時代の違いということだろうか。
「ありがとうございます。アル様より、テンペスト様のお墓があったという事は伺っておりました。今回、アル様と出会い、このように無事に過ごせておりますことは全てテンペスト様のお導きであったと感謝しております。また、テンペスト王国の旗を掲げた者から墓荒らしという許しがたい行為を受け、こちらに逃れて来られたとか。テンペスト王家に連なるものとして謝罪を申し上げます」
パトリシアはそう言って、改めて深々と礼をした。その様子は一国の姫としての品位も感じられる。アルとしては、その姿に感嘆するとともに、その姫に気持ちを寄せてしまっている自分が身分不相応な立場であるのだと再認識させられた。
「パトリシア様が謝罪されるには及びません。アル君からはパトリシア様のお立場は聞かせていただいております」
そうしてお互いを労う言葉のやり取りした後、パトリシアはマラキに教会を改造した霊安所に案内され、テンペストの遺体に礼拝をしてまた深く感謝を述べたのだった。
「盗賊らしい連中が襲ってきたのはいつ頃でした?」
話が落ち着いた後、アルはこの廃墟の村に来た盗賊らしい連中が持っていたというものを見せてもらった。その連中は男ばかりの五人組で、死体は既に穴を掘って埋めてしまったらしい。服はかなりぼろぼろで、持っていた武器も粗末なものばかり、身分を示すようなものはなく、所持金は全部合わせても一金貨に満たないほどであった。
「三日前の夕方だ。それ以来、一応外から何か来るのではないかと警戒しているが、今の所大丈夫だ」
「何か名前とか?」
マラキは少し考えこむ様子だったが、首を振った。
「すまぬ。私も余裕がなかったのでな」
相手は五人も居たのだ。魔法の矢が使える杖があると言っても、相手をするのはリスクがあっただろう。冒険者ギルドの登録タグといったものも身に着けていなかったなら、やはり盗賊であった可能性が高い。そして、二人逃げたとすれば、仲間を連れて帰ってくるかもしれない。
「やっぱりテンペスト様の遺体と共に移動するしかないかな。実はマジックバッグを借りてるんだ。それに遺体やゴーレムを入れれば簡単に移動できると思う」
レビ会頭はアルに譲ってくれたのかもしれないが、あまりに貴重な品であるので、アルとしては安全なところまで移動できれば返すつもりであった。
「マジックバッグか。あれは便利だな。わが主もいくつか持っておられた。どちらのタイプだ?」
マジックバッグにタイプ? どういうことだろう? アルは首を傾げた。
「個数に制限があって、時間の経過が無いものは格納呪文を利用した魔道具、別に用意された倉庫のような空間を利用するものが移送呪文だな。それぞれに利点はあるが、移送呪文のタイプのほうが、たくさんの量が入り、出し入れの手間も少ないというのでよく使われていた」
格納呪文を利用した魔道具の場合、その格納できる個数はたいてい五個、多くても十個ぐらいまでで、格納するためには持ち上げる必要があり、細かいものを入れるなら袋に詰めるなどしなければならないらしい。たとえばコインも袋に入れれば一つとして出し入れできるが、コインのままだと一枚につき一個と数えられてしまうことになるようだ。
「それだと、たぶん移送呪文のタイプかな。一応、容量は大きな部屋まるまる一つ分、重さは関係なく、生き物は入れられるけど、入れたままにしておくと死んでしまうって聞いてる」
「念のため、浮遊眼呪文をつかって、移送先の倉庫の様子を確認してくれぬか? そなたが使えているのだから問題ないのだとは思うが、テンペスト様の遺体を預けるとなると慎重にならざるを得ぬ。もちろん距離が遠くなるので、おそらく移送後は移動などの制御はできなくなるだろうが、そこは慌てずにな」
なるほど、単に倉庫に預けているだけということなのであれば、マラキの心配も当然だ。しかし、まったくそんなことは考えなかった。言われるがままに、浮遊眼呪文を使い、その眼に触れると、マジックバッグに収納する。行った先は真っ暗な空間だった。そう言えば、知覚強化はしていなかったのだった。光呪文で光を放つようにした小石を続けてマジックバッグに収納する。すると、浮遊眼の眼がある空間が急に明るくなった。そこは石造りの十メートル四方ほどの天井の高い部屋であった。水や食料の入った樽やここ数日で食べたカニの殻が見える。眼は床に転がっているので視界は広いわけではないが、見える範囲に扉などはなかった。
「私にも見せてくれぬか?」
マラキが言うので、マラキ・ゴーレムからマラキのアシスタント・デバイスをとりはずして手で持つ。おそらくこれで感覚共有がされるはずだ。
“ふむ、生き物が死んでしまうというので不安であったが、これなら大丈夫そうだな。わかった。わが主の遺体やゴーレムはここに格納して、共に研究塔を目指すことにしよう。座標は判っているので迷うことは無いはずだ”
アルは頷く。それは距離だけでも飛行呪文で丸二日飛ぶぐらい離れており、さらに高い空の上に浮かんでいるのだという。寝ずに丸二日飛び続けるのは厳しいので数日に分けて飛ぶことになるだろう。アルたちはこの廃墟で一晩を過ごし、明日の朝、明るくなるのを待って出発することにしたのだった。
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