10-7 古代遺跡探索 その3
「これって、何ですか? すごくおっきい」
アルが持って帰って来た巨大なカニをパトリシアとジョアンナにみせると、二人はカニ自体初めて見るらしく、驚きに目を丸くした。パトリシアはカニのハサミを恐る恐るといった様子でつついている。カニだと説明すると、殻を外した身は食べたことがあるが、こんな姿だったとは知らなかったという。
「夕ご飯で食べよう。その様子だと、料理法とかしらないよね? うーん、どうしようかな」
アルが食べたことのある川ガニは足も入れても二十センチほどのサイズのものだ。このサイズを塩茹でするには手持ちの鍋は小さすぎる。どうしようかなと少し首をひねる。
「とりあえず掃除は終わりました。あとは、乾くのを待つだけです」
パトリシアは元気にそう言った。見てみるとテントを張るために一番奥の部屋とその前の回廊部分は綺麗になっていた。ずっとここで過ごすわけでもないし、本人たちがそれで良ければ十分だろう。
「ジョアンナさん、パトリシア、二人に知覚強化呪文と魔法感知呪文をかけるから、見張りをお願いしてもいい?」
昼間なら呪文で視力を強化した二人が見張れば、接近に気付かないということはないだろう。見張りを二人にお願いして、アル自身はこの古代遺跡の水中調査の続きをしたいと考えていた。水中に残っているであろう魔道具の回収についても、何か良い方法が思いつけばよいのだが……。
「もちろん大丈夫だ。だが、もし、連中が来たらどうする?」
ジョアンナは剣の柄に手をやった。無意識なのかもしれないが、なんとか一矢報いたいと考えているのかもしれない。パトリシアも緊張した様子で真剣な表情を浮かべている。
「魔法使いだけだったら、こちらにおびき寄せる。その時はこの前の作戦と同じかな。掃除してもらった一番奥の部屋に移動してくれれば、入り口からだと三十メートル以上ある。僕は入り口近くで身を隠して不意打ちを狙おう。もし、たくさんの人数で来ていたら、状況次第だね。それでも、よほどの大人数でなければ簡単にはやられないと思う」
アルの説明にパトリシアとジョアンナは頷いた。アルがよろしくと言い、二人は入口のほうに向かって行った。
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夕方近くになって、少し日が傾きかけた頃、アルは遺跡の入口で見張りをする二人の所にやってきた。水に潜ったのか、髪の毛が濡れている。
「どうしたんだ? いろいろと調査をしていたのだろう? 何か見つかったのか?」
ジョアンナの問いに、アルは少し思案したものの嬉しそうな顔で頷き、羊皮紙に描いた遺跡の見取り図らしいものを見せた。
「やっぱり、ここは三階だね。僕たちが入ってきた南側とは別に北側の出入口は泥の中だよ。完全に埋もれていてこっちからの出入りは無理だと思う。あと、吹き抜けから潜った一階に出入口はあったけど、こっちも岩が崩れていて人が通れそうな隙間はない。こっちは小さな隙間は有るから魚やウミヘビは出入りできるね。この吹き抜けの床にあったのは二つともおそらく光の魔道具だと思う。部屋の中には戸棚、机とか椅子とかがいっぱい残ってて、探索はされていない感じだ。魔法感知にひっかかったものがあるところが2か所あって、一つ目は一階の北東の部屋、戸棚だらけで反応したのはたぶん呪文の書だと思う。あと、二階のこの部屋は武器庫っぽくて、そこに剣が二本」
「ふむ、では南側のベランダさえ見張っていればとりあえず一安心ということか」
ジョアンナが心配していたのはこの遺跡への侵入ルートだった。ウミヘビのような細長い生物は別にして、人間サイズでいえば警戒すべきルートはアルたちも入ってきた南側だけだろう。
「たぶんそうだね。でも、せっかくみつかった魔法のかかった剣や呪文の書、なんとか回収できないかなぁって思うんだけど」
「水の中で錆びたりとかしてないのですか? それとも部屋の中には空気があったのですか?」
パトリシアが尋ねるがアルは首を振った。
「ううん、空気は全然ない。でも古代遺跡で見つかる呪文の書は梱包呪文で保護されているものが多いんだ。だから、水の中でも大丈夫なのさ。あと、剣とかも良い物は錆びないように何らかの魔法で保護されているものがあると聞いたことがあるから、この残ってる二本はきっと名剣なんだと思う」
名剣……ジョアンナはすこし気になった様子で呟いた。
「アル様ならきっと回収できますわ」
「うーん、それでいろいろ試したんだけどね、水の中はね……」
パトリシアの言葉にアルは自身の濡れた髪に手をやった。色々試したのだがどれもうまく行かなかったのだ。アルが最初考えたのは運搬の円盤を変形させて自分自身が入る巨大な空気の入った珠のようなものを作れないかと言う事だった。そして、実際に試してみるとあまり大きなものは無理だったが、直径二メートルほどのものは作ることができた。水には無事に浮かんだのだが、珠は水の上に浮かぶだけで、結局、水の中に潜ることは全くできなかった。中で飛行呪文を試してみたものの、この場合、水上は移動できたが、浮力が働いて全く水の中には入れなかったのだ。
そういった事を説明すると、パトリシアとジョアンナは少し呆れた様子だった。かなりいい線に行ったと思ったし、他にもウミヘビが入れないほどの目の細かい球形の檻をつくったりしたのだが、懸命に泳いでも前には進めず、飛行呪文では水の中を進むことはできないことも分かった。他にも隠蔽呪文や動物変身を使ってのアプローチ案も懸命に説明する。
「わかりました。大変でしたね」
アルの力の入った説明に、パトリシアは何時ものように力強くうんうんと頷いてくれていたが、ジョアンナの言葉は少し虚ろな感じだった。少しやりすぎたかもしれない。
「無理にはしなくても良いと思います。すぐに回収しなくても、良い方法が見つかった時にまたここに来れば良いでしょう?」
すこし慰めているような口調のパトリシアの提案にアルは頷くしかなかった。
「そうだね。とりあえず、調査は終了かな。見張りは僕が代わるよ。でも、この時間まで動きがないってことは、今日はもう大丈夫かな?」
夜の辺境地域を移動するのはかなりの危険を伴う行為だ。行く先が町や村などの安全な場所であるのならともかく、捜索活動ならそろそろ終わりだろう。
「うむ、そのようなものか」
パトリシアとジョアンナは不安そうだ。彼女たちは辺境の夜の恐ろしさを知らない。だが、油断は禁物だ。
「一応、屋根の上に浮遊眼の眼は浮かべておくね」
浮遊眼呪文はあまり動かし続けると、以前も頭が痛くなったことがあったが、ずっと同じ位置に置いてみているだけなら、大丈夫だ。
「アル殿も無理されるな。ずっと寝ないわけには行くまい。私も交代しよう」
ジョアンナの問いにアルは少し考えた。明日、日が昇ってから仮眠をとるという手もある。だが、相手の動きがあるとすれば昼間の方が可能性は高いだろう。その間はみんな起きている方が良いかもしれない。アルはジョアンナの提案を受け入れ、交代で見張ることにした。
「じゃぁ、とりあえず晩御飯にしようか」
「昼間に獲ってきたカニですね。楽しみ♪」
パトリシアは本当に嬉しそうだ。そういえばこのカニは大きすぎて鍋に入らないのだった。
「そうだ。ちょっと鍋を作らないと……」
アルはマジックバッグから、鍋の材料に出来そうな鉄や銅製の道具を探し始めた。予備の武器なども材料には使えるかもしれない。
「それをどうするんですか?」
パトリシアが尋ねる。
「カニが大きくてさ。塩茹でにするには鍋が小さいから、大きい鍋を作ろうと思って……」
アルの返事にジョアンナとパトリシアは首を傾げる。不思議そうな顔をしている二人にアルは背負い袋から三十センチほどの短い杖を取り出して見せた。
「こんな杖が有るんだよ。この杖は石軟化呪文と金属軟化呪文が使えるんだ」
マラキから貰った杖だ。石軟化呪文は石、金属軟化呪文は金属と違いはあるが、どちらも呪文を使えば、粘土のように柔らかくなり、自由に形を変えることが出来る。鍋を作るのは簡単である。よく考えれば熱するのは温度調節呪文で直接湯に対して行うので、金属にこだわる必要はなかったかもしれない。石なら周囲にたくさんある。
そこまで考えてアルは少し固まった。
「ねぇ、二階に降りるだけなら床をそれで抜けば……」
パトリシアとジョアンナ、二人もアルが丁度思いついたのと同じ事を言った。
「それだ!」
アルは少し晴れた顔で頷いた。
見取り図については、雑な絵でごめんなさい。アルの手書きなので、それに合わせて、マウスで描いてみました><。別に特別な事は何も書いていないので、雰囲気程度に見てください。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
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