10-6 古代遺跡探索 その2
「何かある!」
アルは嬉しそうな声を上げて浮遊眼の眼を水底でかすかに光を放つところに近づけていく。すると、それは平たく丸い何かだった。それをアルは以前、ララのところで見たことがあった。魔道具について説明をしてくれていた時だ。古代遺跡で比較的よく見つかると言われる魔道具で、光の魔道具と呼ばれるものであった。ボタンのようなものがあり、それに触れると光を放つ魔道具である。魔道具屋のララのところでは5金貨で売っていたはずだ。
この魔道具自体はありふれたものであるし、それほど高く売れるわけでもない。だが、ここに魔道具があるということは、水の底になっているこの建造物の一階、二階は調査が行われていないということを示している。アルは俄然やる気となった。
だが、少し疑問も残る。どうしてこの水の底は調査しなかったのだろうか。魔法発見呪文にこの魔道具は反応したはず……いや、反応しなかったのか? 魔力の切れた魔道具は魔法感知呪文に反応しないと聞いたことがある。魔法発見呪文も同じかもしれない。それと併せてきっと他にも理由があるはずだ。
考え込んでいると、浮遊眼の眼の視界を何かが横切った。小さな魚である。そして、それを追うようにして、大きくて長い蛇のようなものが姿を現した。身体の色はオレンジ色、体長はおそらく五メートルはあるだろう。胴体の直径も二十センチほどあり、しっぽは平たくうねるように水中を移動している。ウミヘビの一種だろうか。アルもその名前を知らなかった。これほどのサイズである。魔獣かもしれない。
そのオレンジ色の大きなウミヘビらしきものは簡単にその魚に追いつき、パクリと一飲みにした。なるほど、こいつのせいか。こんなのが水中に居るのであれば、遺跡調査などできなかっただろう。併せて、リザードマンが居ない理由もわかった。ウミヘビはたしか毒を持っているものが多いと聞いたことがある。こんなのが居ては、いくら水中に強いリザードマンもここをねぐらにはできまい。産んだ卵が孵ったとしても、サイズからすると、生まれたリザードマンの幼生はこいつにとって良い餌だったにちがいない。
「巨大なウミヘビ?」
アルはパトリシアとジョアンナに今見たものを説明した。
「ああ、水中にすっごい大きいウミヘビが居るんだよ。だから、リザードマンもこの古代遺跡を棲家にはしていないんだと思う」
それを聞いて、二人は首を振った。
「大きな蛇……。まさかこっちに上がっては来ないですよね?」
パトリシアの声は震えている。ジョアンナも首を振り、気持ち悪そうに眉をしかめていた。
「下からの階段のあたりや回廊は泥が散らばってたけど、そんな痕跡はなかった。大丈夫だと思う」
「そう……よかった。それなら水からリザードマンが上がってくる可能性も低そうということね」
パトリシアは大きく安堵のため息をついた。アルは頷く。アルたちのように飛行呪文を使わなければ、簡単にここにはたどり着けないだろう。逆にアルたちの居場所をテンペスト王国の間者たちはみつけることができるのかと言う方が不安になってくる。
「あの盗聴の髪飾りって、まだ有効ですか? あれは使えないでしょうか?」
パトリシアの問いにああ、とアルは思わず声を出した。すっかり忘れていた。念話呪文などは普通一キロも届かない。だが、契りの指輪は遠くでも届いた。魔道具の性能次第だが、もしかしたら届くかもしれない。
「いいね。バーバラさんがパンクラフト男爵にうまく裏切りの嫌疑がかかるようにしてほしいって言ってたから、この遺跡を教えてくれてよかったみたいな感じで会話してくれると良いかもしれない」
「そうだな。では、ここで二、三日様子をみよう」
アルの提案にパトリシアとジョアンナが頷く。それなら、その間に浮遊眼を使って、水の中の調査ぐらいならできるだろう。もし価値のあるものがあれば、なんとか入手したいものだ。そんなことをアルが考えていると、パトリシアが言いたい事がありそうな様子で軽く手を上げた。
「その二、三日を過ごせるように、部屋の掃除をしたいです。昨日使ったテントはあるのでしょうけど、卵の殻は気持ち悪いし、泥だらけですもの……」
“その通りよ。こんなところで寝るのは、あまり身体にも良くないと思う”
グリィも賛成のようだ。ジョアンナも良いなと頷いている。せっかく古代遺跡を調査するチャンスなのだが……。アルははやる気持ちを抑えてしぶしぶ頷いた。仕方ない。水や食料も数日分はあるが、このタイミングで狩りなどして補充するのも必要だ。間諜連中が来て、戦うにしろ逃げるにしろ、この古代遺跡の調査まではしないだろうし、時間はまだある。そう自分に言い聞かせる。
「わかったよ。そうだね。連中もすぐには来ないだろう。箒はないけど、桶や樽ならある。卵の殻や泥はそれを使って水で真ん中の吹き抜けのところに流してしまえばいい。僕は近くで食べられるものでも探してくるから、髪飾りの件とそれは二人に任せて良い?」
アルの提案にパトリシアとジョアンナも頷いた。アルは光呪文をつかって部屋を明るくし、マジックバッグに入れっぱなしであった盗聴の髪飾りを取り出して二人に手渡すと、狩りに出ることにしたのだった。
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建造物の周囲は泥と沼ばかり……来るときそう思ったが、念のために周囲を調べておく。歩けそうな泥の場所を見つけ、流木でどれぐらいの深さなのか試してみる。だが、二メートルほどあった流木は簡単に根元まで沈んでしまった。これでは歩くことはとても無理そうで、一安心である。
アルはすぐに地上を歩くのは諦め、飛行呪文をつかって付近を飛んで獲物を探した。
沼の上に育った密林では獣の姿はほとんどないが、鳥の数は多い。アルは故郷ではいろいろな鳥を捕まえては料理して食べた経験があった。鳥は種類によって生臭くて焼いても食えないものもあるし、羽をむしるとほとんど肉がないというものも多い。なんとかシギの仲間を見つけ、魔法の矢呪文で仕留める。
“アルは本当に簡単に倒すのね”
その様子をみてグリィはそう言う。鳥ぐらいならたしかにその通りだ。弓矢を使う人に言わせると、風や落下の影響をうける普通の矢と違って、アルの魔法の矢はまっすぐ飛ぶので狙いをつけやすいのだそうだ。
アルは急いで鳥が落下したところに行く。そして、そこで、落下したはずの鳥を探している途中に木の根元に胴体の殻の幅が四十センチほどありそうな巨大なカニを発見したのだった。足を伸ばせばきっと一メートルほどになるだろう。巨大なハサミを持ち、身体の大半を泥の中に埋めている。
“食べれるかな? もしかしたらこんなに大きいのは魔獣?”
グリィは興味津々な様子で尋ねた。アルは川に住むカニなら何度か茹でて食べたことも有るし、美味しかった記憶もある。きっと美味しいに違いない。
「捕まえてみよう」
アルは巨大なカニの正面に移動した。カニは寝ているのかじっとしている。アルは二つある眼の片方にじっと狙いを付けた。
『魔法の矢』 - 収束
アルの掌から出た青白い矢のようなものが巨大なカニを貫く。カニは一瞬ピクリとしたが、そのまま動かなくなった。
「大丈夫かな……」
棒でつついてみたが、巨大なカニに反応はない。死んだか気絶したかどちらかだろう。
“魔獣とかじゃなかったみたいね”
魔獣であれば、こんなに簡単にトドメは刺せないだろう。苦労しつつも運搬呪文の円盤に巨大なカニを載せる。念のために巨大な左右のハサミは縄で縛っておく。その前に落としたシギも見つけ、血抜きや腸などの食べない内臓の処理なども済ませて円盤に一緒に載せた。これだけあれば、今晩の食事としては十分だろう。もちろん、動物変身で変身できるようにサンプルを取得しておく。初めて見る動物を仕留めたときにこれをするのは、アルとしては習慣となっていたのだ。
「よーし、今夜はカニ料理だ!」
アルはにっこりと笑って、空へと浮かび上がった。
※沼の上の林はいわゆるマングローブ密林をイメージしています(マングローブという名前を使っていないのは、おそらくそこまで人々が進出しておらず、使われていないと考えているためです)
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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