10-4 続々 追手
「待ち伏せは空振りだったよ。結局、こっちに向かってくると思った魔法使いはローランド村のほうに向かって飛んで行っちゃった」
アルは残念そうに二人にそう言った。その気持ちに偽りはない。だが、心の底では、人間相手に呪文を撃たなくて済んだという安堵感もあったのは否めない。以前、盗賊討伐などで攻撃魔法を使って相手を殺したこともあったが、それはあくまで誰かを守るためだったり、犯罪を止めるためにしたことであまり罪悪感は無かった。だが、飛んでいる相手に不意打ちで呪文を使うというのはやはり抵抗感があったのだ。
「そうか。残念だ。どうする? さすがにそれを追ったりするのは危険だろう」
ジョアンナの言葉にアルは頷く。正直なところ気持ちとしては逃げ出したい。だが、レビ会頭やナレシュを見捨てるような事はしたくない。時間稼ぎが出来るのならやっておくべきであろうし、相手の戦力の見極めもしたいところだ。とはいえ、ここは辺境。野営をするにも危険が伴う場所である。ローランド村で一泊するつもりであったが、それもやりにくくなった。
「そうだ!」
アルは思わず声を上げた。
「たしか、ローランド村やオークレー村といった開拓村の近辺にはいくつか古代遺跡が発見されているって話を聞いたことがあるんだ。以前から廻ってみたかった。とりあえずオークレー村に行って、情報を集め、大きな古代遺跡ならそこで泊まることもできるかもしれない」
古代遺跡には単純に建物の跡だけが残っているケースも多いが、建築物の一部が残っていたりというケースも無いわけではない。そういうところなら、野営できるところもあるのではないだろうか。もし、無くてもそういうのを聞いて回っていたという情報を残すことによって、追手は惑わされるだろう。そうやっているうちに、再び待ち伏せのタイミングや情報を得られることも有るかもしれない。
「うーん……。相手を惑わすという事なら良いかもしれない。とりあえずは、ローランド村に一泊する予定だったのをオークレー村にするということだな。私は良いと思う。姫はどう思われます?」
アルの先程までとはうって変わって乗り気な様子にジョアンナは少し戸惑いながらもパトリシアに意見を求めた。彼女もパトリシアに考えさせることには賛成しているようだ。
「え? は、はい。そうですね。良いと思います。アル様……。それよりグリィさんの事なんですが」
そうか、それがあった。彼女に預けたままだった。彼女はパトリシアに何か話をしたのだろうか。
「ああ、うん……」
アルは極力手短に以前話をしたマラキと同じようなものなのだとグリィの事を説明した。幼い頃に一緒に居て、蛮族に襲われて死んでしまった妹の事。祖父に慰められた時に譲ってもらったものである事。それ以来、ずっとそのペンダントを握りしめ、死んだ妹の事を考えて勇気をもらっていた事。アルの魔力制御呪文とマラキの助力によって、触れている者に話が出来るようになった事などもかいつまんで話す。
「そんな小さいときに、アル様は蛮族に……。グリィさんというのは、その時亡くなってしまったアル様の双子の妹、イングリッドさんの愛称で、このアシスタント・デバイスにはその魂が宿っているかもしれない……そういう事なのですね」
アルは頷いた。
「妹さんの事は、また教えてください。ペンダントはお返しします。けど、時間のある時にグリィさんともお話をさせてもらえませんか?」
パトリシアの言葉にアルは再び頷いた。
「わかったよ。じゃぁ、とりあえずオークレー村に行こう。ローランド村に向かった魔法使いがオークレー村まで来る可能性もある。それまでに情報収集はしておきたい」
アルに促され、二人は再び運搬の椅子に座った。ジョアンナは少し顔を強張らせており、顔色も青白かったが、アルは気付かないふりをして再び飛行呪文で空に舞い上がったのだった。
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オークレー村は開拓村であり、宿屋や商品を売っている店もなかったが、レビ会頭が持たせてくれたマジックバッグには食料だけでなく毛布や天幕、鍋などといった宿泊するための道具なども入っていたので無事に夜を過ごすことが出来た。
ずっと警戒は続けていたが、その日、ローランド村に向かった魔法使いも他の魔法使いも、オークレー村までやって来ることは無かった。
アルがオークレー村で聞いた話によると、この開拓村近辺でみつかった遺跡らしきものは四か所あったらしい。だが、建造物が残っていたのは一か所だけで、それ以外の三つは地面に巨大な石が円形に並べられていたり、小さな丘の周囲にそれを囲うように丸く堀のようなものが掘られていたりするだけのものであった。アルたちはその建造物があった場所を聞き、翌日日が昇ると同時にそこに向かったのだった。
「あれが、そうかな?」
アルは空から緑に覆われた三階建てほどの高さを持つ石造りの建造物を指さした。形はほぼ正方形で東西南北にそれぞれ五十メートルほどありそうだ。このあたり一帯は乾いた土地があまりなく、泥と沼に覆われているようだった。その泥からヤマヒルギと呼ばれる人の腕ほどの太さの根がうねうねと空中に伸びた木が生えており、それらが建造物をも覆っている。
「あんな大きな建物……。きっと、そうですね」
「……」
パトリシアはすこし背伸びをしてアルが指した所を見て答える。ジョアンナはまだ慣れないらしく、ぎゅっと目をつぶったままだ。
「こんな水に近いと、リザードマンが入り込んでいそうだなぁ」
リザードマンはエラと水かきをもち、水中でも地上と同じように移動することができる蛮族だ。こういった土地は彼らが有利だろう。
アルは空に浮かんだまま、慎重に近づいていく。出入口らしきものが南北に見えるが、北側の入口は濁った泥色の水に半分ぐらいは浸っていて、南側は手前の石部分が露出している。おそらく建物自体傾いているのだろう。
「南側からの方がよさそうだね。とりあえず降りるね」
アルは徐々に高度を下げた。
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それと同じ頃、ミルトンの街を出る二人組の姿があった。オーソンとリッピである。リッピはいつものロバのロシナンテが曳く荷馬車の御者台に座り、なんと金髪のかつらをかぶっていた。
彼ら二人は、三日前、辺境都市レスターを出発していた。
アルがパトリシアを連れて逃げると決心した夜の次の日である。アルはこの事件に関わっていないような偽装をした方が良いのではないかというレビ会頭の提案を受け、急に故郷に用事が出来て故郷のチャニング村に向かうという風に見せかけることにしたのだ。
もちろん、二人が辺境都市レスターを出るときはアルも一緒で、知り合いの衛兵たちともしばしの別れを告げたりした。アルはその後、レスターにこっそりと戻ったのだが、オーソンとリッピはそれ以降も旅を続けている。リッピはアルと別れてからは、金髪のかつらをかぶり、アルだと名乗るようにしている。二人はこの後、オーティスの街を経由し、アルから預かった手紙と荷物を持って生まれ故郷であるチャニング村に向かおうとしていた。
「オーソンさん。今日も天気は良さそうだよ」
「ああ、ありがたい話だ」
リッピの言葉に、オーソンはのんびりと空を見上げた。
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