2-4 呪文の書の誘惑 そしてレビ商会訪問
アルはまずレビ商会に向かった。本店があるという北1番街は立派な邸宅や大きな商店が集まっているようで、飾り立てた大きな建物が多い。商店の大抵の建物の入口には扱っている商品や店の名前が書かれた看板があった。その中にレビ商会の看板もあったのだが、彼の目はその手前にあった別の商店の魔法の呪文の書を扱っていますという看板にくぎ付けになっていた。
「これは行かないと……」
彼の懐には以前から溜め込んだ金の他、レビ商会の隊商を盗賊の襲撃から助けた礼、血みどろ盗賊団の頭目を倒したとして得られた懸賞金、バーバラから分けてもらった盗賊討伐の戦利品など合わせて20金貨程が入っていた。
店は呪文の書の他に魔道具なども扱っているようであったが、店の中はさほど広くなくソファとテーブルが並んでいるだけであった。中に入っていくと、店の奥から店員らしき男が出てきて、丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。呪文の書について聞きたいんです」
店員はほんのすこし首を傾げた。呪文の書は高額なものだ。アルがまだ若いので不思議がるのは当たり前だろう。だが、そういった態度が見られたのは最初だけで、すぐ丁寧な様子に切り替わった。こちらにどうぞとソファを勧められ、アルは落ち着かない様子で座る。店員はそれを気にした様子もなく斜め向かいの別のソファにすわった。
「いろいろと取り揃えております。当店は魔法使いギルドとの提携をしており呪文の書の品質についてはご安心くださって結構です。どのような呪文をお探しでしょうか? ご希望の呪文はございますか?」
<呪文の書>というのは、呪文を習得するために必須のものである。古代遺跡のようなところで発見されるものの他、魔法使いによって書き写すことによって作成されている。どちらも品質不良品や詐欺師による贋作も存在するため、魔法使いギルドの品質保証書が付いているものが良いとされていた。
「眠り呪文か麻痺呪文、飛行呪文ってありますか?」
どちらも領都では人気の高い呪文だった。アルの記憶では領都の魔法使いギルドで欠品がちではあったものの、眠り呪文と麻痺呪文は20金貨、飛行呪文は30金貨で取り扱いをしていた。彼は冒険者の多いここでは少しぐらい安くなっていないかと考えたのだ。だが、店員の答えは共に在庫はあるが、眠り呪文と麻痺呪文は25金貨、飛行呪文は40金貨であるという返事だった。アルはその値段に思わず眉をしかめた。その様子を見て店員は気の毒そうな顔をしてこの都市では魔法だけでなく、冒険者の使う武器や防具なども領都の2割から3割ほど高いのだと説明してくれた。理由を聞くと、ゴブリンやリザードマンといった蛮族や大口トカゲといった魔獣の討伐報酬が他の都市に比べて高く設定されており、冒険者の収入が良いため、冒険者が購入する物品は自然と高くなっているらしい。
アルはがっくりとし、それならすぐに呪文の書を買うのはやめておこうかと考えた。そのうち、領都に行く機会もあるだろう。どうせ隠蔽呪文を使えるようになるのに数週間はかかる。入手はそれからでもよいので急がない。
「人気の魔法の衝撃波呪文や魔法の竜巻呪文はいかがですか? どちらも35金貨となっております」
店員が勧めてくれた2つの呪文は共に攻撃呪文だ。魔法の衝撃波呪文は掌から前に円錐状に、魔法の竜巻呪文は、指定した箇所を中心として球状にそれぞれ魔法による攻撃が行える呪文である。複数の対象を一気に攻撃できる派手な呪文であるため人気があった。だが、どちらにしても金が足りない。
「じゃぁ、他の都市では珍しい呪文ですが、第2階層呪文、運搬呪文というのはいかがですか? こちらなら18金貨です。このあたりでは非常に人気となっています」
店員は得意そうであった。アルは運搬呪文というのを聞いたことがなく、どういう呪文なのか尋ねると、術者の後ろをついてくる黒い円盤ができる呪文なのだという。その黒い円盤の上には荷物を載せられるので運搬ということらしい。念動呪文とどう違うのか尋ねると、呪文の維持に集中しなくても円盤は3時間ほど維持されるというのが違いだと答えてくれた。
「それって、ロバを連れて行くのとそれほど変わらないんじゃ?」
アルの問いに店員は大きく首を振る。
「ロバに汚れた蛮族や魔獣の死骸などを載せてごらんなさい。汚物など後できれいにするのが大変ですよ。それに家畜はすべてそうですが食事や水の用意が必要ですし、道が悪ければ遅くなったり、進めなくなったりします。その上、家畜が襲われるというリスクもあります。その点、この呪文であればそれら煩わしい事は一切ありません。それにこの円盤であれば少々乱雑にのせても荷が崩れることはありません。術者が逆立ちしても大丈夫だと聞いています」
店員の説明はさすがプロといったところだろうか。流暢にこの呪文の利点を説明してくれた。
「死骸を載せたりするのは肉とかが必要な時だけの気がするけど……。2階層ってことは半年ぐらいは勉強しないと使えませんよね。それだけの価値があるのかな。黒い円盤の大きさで、どれぐらいの重さのものが運べるんですか?」
アルはいまだに半信半疑である。ロバの馬車であれば1頭立てで50㎏は積めるだろう。もちろん荒れ地などの走行には向かないが、それなら5金貨ほどでは揃えられるに違いない。果たして18金貨と習得にかかる期間、それに見合う価値があるだろうか。
「お客様はこの都市に来られてあまり日数が経っていらっしゃらないのでしょうか。少し活動をされれば理解していただけると思います。円盤は直径およそ1mの円だそうです。30㎏ほど積めると聞いています。呪文に熟練すればもっと積める事でしょう」
店員は自信満々だった。しばらく考えてアルは購入することを決めた。これほどの大きさの店であるので信用はできるだろう。店員は嬉しそうに頷くと、豪華な箱にはいった呪文の書を店の奥から出してくるとそれと交換でアルから18金貨を受け取った。
「ありがとうございます」
店員は店の外までアルを見送ってくれた。彼は買ったばかりの<呪文の書>を背負い袋にしまい込むと、新しい魔法を得たことでにやけた顔を少し引き締める。ぱたぱたと叩きながら自分の服に汚れが付いていないことを確かめると隣のレビ商会の扉をくぐった。
「こんにちは。アルと申します。一昨日の交易隊商ですこし関りを持たせていただきました。会頭のレビ様か、ルエラ様とお話が出来れば有難いです」
彼の話を聞き、店員はすぐ頷いた。ちゃんと話は通っていたらしい。店員はお待ちしておりましたとすぐに店の奥の応接室にまで案内してくれた。レビ商会の中は隣の店に比べてもかなり活気があり、応接室の中も花が飾られていたりしてかなりの心配りがされている様子である。しばらくすると、レビ商会の会頭であるレビと護衛を指揮していたデズモンドが揃ってやってきた。アルは慌てて立ち上がった。
「よく来てくれた、アル君。ナレシュ様の依頼も上手にこなしてくれたようだね。バーバラ君が絶賛していたよ」
レビ会頭は座る様に促しつつ、自分自身も彼の前の椅子に座った。アルは少し緊張しながら周囲を見回しゆっくりと座る。
「問題なく済ますことが出来てよかったです。お言葉に甘えてお邪魔させていただきました」
「問題なく……か。彼女の話では普通の魔法使いより余程腕が立つという話であったよ。君と組めたら大抵のことができるだろうと言っていた」
「それはバーバラさんの腕が立つからです。僕はまだまだ駆け出しにすぎません」
アルが苦笑いを浮かべて否定する。横でデズモンドが少し天を仰ぐようにして首を振った。レビ会頭はじっとアルの顔を見る。
「なるほど、君の考えは判った。だが、私としては少し物足りないな。私が君の年の頃はもっと貪欲だったよ。もっと自信を持つべきじゃないかな。客観的に見てもかなりの大活躍だったと思う。盗賊の討伐報酬についてはバーバラ君が手配したと聞いているが、問題はなかったかね」
「えっと……、はい、渡し場の衛兵詰め所でたっぷりと頂きました」
アルの答えを聞いて、レビ会頭は少し頷いた。
「うん、それで良い。もう一つ聞いてみようか。どうだね、私のところで働いてみる気はないかね。ルエラと同じ中級学校出身ということであれば信用できる。住み込みで手当として月2金貨出そう。腕に自信がないというのであれば、私の傭兵団で訓練も可能だ。良い条件だと思うのだが」
レビ会頭の申し出にアルは驚いた。15才の学校を卒業したばかりの人間に提示するような条件ではない。住み込みであれば食事も出るだろう。彼ぐらいの年齢であれば手当はせいぜい小遣い程度が普通で金貨2枚というのは破格である。彼はじっと考え込んだものの、しばらくして口をきゅっと閉じて首を振った。
「非常にありがたい申し出だと思います。本当にありがとうございます。でも、申し訳ありませんが、僕はまだまだ魔法を勉強したいのです」
レビ会頭とデズモンドは少し驚いたような顔をしてお互い顔を見合わせ、改めてアルの顔をじっと見た。だが、彼はもう迷っている様子はない。レビ会頭はそれを見ておもわず声を上げて笑い始めた。
「そうか、そうか、ルエラは君の事を変人だと言っていたが本当だったらしい。非常に残念だ。気が変わったらいつでも申し出てくれたまえ。ところで、レスターでしばらく冒険者として仕事をすると話していたようだが、もう宿は決まったのかね」
「《赤顔の羊》亭でしばらくお世話になろうと思っています」
レビ会頭は確かめるようにデズモンドをちらりと見た。彼は知っているといった様子で頷く。
「わかった。おそらくナレシュ様は君に会いたがるだろう。そちらに使者を出してもらう様に言っておく。数日中には連絡があるだろうから、その間は夜には宿に帰る様にしておいてもらえるかね」
「ありがとうございます。そうします。よろしくお願いします」
アルはにっこりとほほ笑んで頷いた。
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