10-3 逃亡か抗戦か
アルは発見される事を恐れて、急いで浮遊眼の呪文を解除して眼を自ら消すと、二人を振り返った。
「魔法使いが一人、スノーデンの浮遊眼の眼を連れて、こっちに飛んできた。きっと数分でここに到着するんじゃないかな? 急いで逃げよう」
アルの言葉に、ジョアンナは意外そうな顔をした。
「相手が一人だというなら、ここで迎え撃てないのだろうか? 浮遊眼の眼は見るだけで、そこから魔法を使えたりはしないのだろう? 姫は戦えないにしても、私とそなたとが協力すれば魔法使い一人ぐらい……」
「えっ? だって……」
アルは自分がまだまだ駆け出しだと抗弁しようとして止めた。飛行呪文は習得した。魔法の矢、幻覚、そしてもちろん、光。自分が尊敬し、師匠でもあった祖父が見せてくれた魔法、憧れていた魔法は習得を済ませたではないか。今の自分を駆け出しだと言ったら祖父に笑われるだろう。
「わかったよ。そうだね」
アルはそう言って、自分の胸元に下がるグリィのアシスタント・デバイスをぎゅっと握りしめる。工夫をすれば戦えるはずだ。もちろん人間を相手に戦いたくはないが、追ってきている相手は間諜というよりパトリシアの命を狙う刺客なのだ。たしかにジョアンナの言う通りだ。できればここは相手を倒し、一人でも減らすべきだろう。
『浮遊眼』
アルは改めて呪文を使い、自分自身の上空に浮かべ直した。先程飛行した魔法使いはどこまで来ているのだろう。アルは 浮遊眼の眼でテンペスト王国の間諜たちが乗り込んでいた馬車があったであろう方向をじっと見た。魔法使いは二キロほど離れた位置でゆっくり飛んでいる。地形を確認しているのだろうか。
「障害物が多いから空から目視で探すのは限界がある。きっと向こうは魔法発見を使っていると思う。僕らが持っている魔道具は良い目標になってしまっているだろう」
ジョアンナとパトリシアは頷いた。アルは落ちていた棒を拾い、地面に敵の魔法使いとパトリシアたちを少し離して描いた。
「あれの有効範囲は魔道具と同じだとすれば五十メートル。魔法の矢や魔法解除の有効射程は三十メートルだ。飛んでくる方向は判っているから、二人は魔道具を持ってこの近くで姿を隠しておいてもらって、僕はここからさらに三十メートル手前で潜んで迎え撃とうと思う」
アルは敵の魔法使いとパトリシアたちの間に自分を示すマルを描き、距離を書き足す。
魔法発見に頼り、アルが潜むところを見逃せば、敵魔法使いとアルとの距離は二十メートルになる。十分に魔法の有効射程だ。これほどきっちり測って位置取りができるわけではないが、距離を意識するのは魔法使いにとって基本であり、十メートルまでの誤差は許されるという余裕もある。アルの場合、オプションを使えば、魔法の矢、魔法解除なら五十メートル以上離れても行使できる。だが、射程距離が伸ばせる事は飛行呪文を習得している事と同じで相手の魔法使いに出来ればまだ知られたくない。魔法使い同士の戦いは、相手との騙し合いだ。切り札はできるだけ隠しておくべきだ。
“私はどうする? 魔法発見に反応しちゃうわよ”
グリィが聞いてきた。そう言えばマラキについては話したが、グリィの事はパトリシアには話していない。アルは少し迷ったが、考える時間はない。どうせ話さないといけない事だ。
「パトリシアに預かってもらおう」
“話をしていいのね”
「うん」
そう言って、アルは胸のペンダント、グリィのアシスタントデバイスを外した。パトリシアとジョアンナは怪訝そうな顔をしてその様子を見ている。続いて、腰につけていたマジックバッグも外し、両方をパトリシアに手渡す。
「パトリシア、この二つは魔法発見に反応してしまうから、預かっていてほしい。マジックバッグとこれは僕のアシスタント・デバイス。中には僕の妹かもしれないグリィが居て、じいちゃんの形見でもあるんだ」
「妹さんとおじい様の形見?」
「ごめん。きちんと説明している時間が無いんだ。後でいい?」
アルはそう言って、半ば強引に二つをパトリシアに押し付けた。パトリシアは素直に頷いて大事そうにそれらを受け取る。アルは続いて自分に使っていた魔法感知と知覚強化を解除していく。浮遊眼は眼が反応するが、術者が反応しないのは確認済みなのでこちらは解除しない。契りの指輪も魔法発見には反応しないので装着したままである。とりあえず、これでアル自身は魔法発見に反応しなくなったはずであった。
「じゃぁ、このあたりで身を隠しておいてね。僕は相手との距離を詰めるよ」
二人が頷き、アルは急いで移動を始めた。いろいろと話をしているうちに既に数分が経っている。地面に傾斜があるので厳密な位置取りは難しいが、アルはなんとか良い位置に空からは見えないであろう藪を見つけ、そこに潜り込んだのだった。敵の魔法使いはもう一キロほどの距離まで近づいてきていた。
ただ、アルはそこで不思議な事に気が付いた。こちらに向かって飛んでいると思った魔法使いだが、すこし方向がずれているのだ。
アルは空から見た地形を思い浮かべた。魔法使いが飛んでいる方向にはたしかローランド村が見えたはずだ。開拓村は複数あるが、一番近いのはローランド村である。連中は土地鑑をあまり持ってはいないはずだが、それでも開拓都市レスターの南側は危険な場所だというのは判っているだろう。アルたちは必ずそこに立ち寄ると考えて逃げ道をふさごうとしているのか。
アルは大きなため息をついた。せっかくの良い感じで待ち伏せたというのに、残念ながら作戦は失敗だ。だが、この様子からすると、相手がパトリシアの居場所を特定する方法はない可能性が高い。これは好材料であった。
しばらく魔法使いが飛んでいる姿を眺め、こちらではなく、ローランド村に向かって飛行している事を確認したアルは、パトリシアたちが居るところに戻ったのだった。
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