10-2 続 追手?
アルは後ろにパトリシアとジョアンナを連れて一気に上空二百メートルあたりにまであがった。上から見ると、ホールデン川が、まだ人間が手つかずの未開地域である南から北にすこし西に弓なりに曲がりながら流れて来、辺境都市レスターのすぐ手前まで来て直角に南東方向に折れ曲がり東側の海に注いでいるのが良く見えた。さらにその南にはグローバー川と思われる大きな川が同じように折れ曲がって流れている。この二つの大河沿いとその中州には低木と茂みの生い茂る、起伏の緩やかな湿地帯が広がっていた。
辺境都市レスターの周りには農場や牧場が広がっていた。だが、以前隊商の護衛で来た時に立ち寄ったローランド村やオークレー村の周囲はあまり開拓が進んでおらず、畑らしい小さな点が散在しているにすぎない。そこまでの道は池となっているところを迂回してくねくねと曲がっている。以前はその道を、蛮族討伐し道を整備しながら移動したので時間がかかったが、直線距離でいうと辺境都市レスターとローランド村との間は五キロもないぐらいだろう。そこからさらにナレシュたちと騎士団が遠征し、多くのリザードマンと戦ったあたりもすごく遠いような気がしたが、直線距離だと同じぐらいの距離しかない。開拓が遅々として進まない現状は空から見ると一目瞭然であった。
アルは空から風景を眺めながら、これからどうしようか考えた。バーバラにはローランド村までは間諜たちを誘導するのに痕跡を残すと話をしたが、正体不明の浮遊眼の眼にこんなにも早く見つかるとは予想外であった。相手の動きが早すぎる。あれが、テンペスト王国の間諜のものだという可能性は高いだろう。アルたちが徒歩で開拓村に向かう道を移動していると判断し、今頃馬車で追いかけて来ているはずだ。もしそうなら、これ以上は何もせずマラキから聞いた研究塔に向かっても良いかもしれない。
だが、そうすると、テンペスト王国の間諜たちはどうするだろうか? レビ商会やアルの知り合いに何かしらの行為を仕掛けてくる可能性は有るだろう。そう考えるとあまり早くに姿を消すのはよくないかもしれない。出来ればもう少し引っ張りたいところだ。少しでも時間が稼げれば、その間にレビ会頭たちがテンペスト王国に内通しているバカ子爵と呼ばれた相手についての情報を探ることが出来る。そうすれば、状況は好転するだろう。そう信じたい。
「パトリシア、ジョアンナ様、予定通り野営地にした丘に向かおうと思う。全くリスクが無いわけではないけど、そこで追ってくる連中がどれぐらいの人数で、どれ程の戦力なのか見たいんだ」
後ろを見ると、パトリシアは興味深そうに周囲を見回している。だが、ジョアンナは目をつぶったまま、ぎゅっとパトリシアの服の裾を握っていた。
「もちろん、私はアル様が思われる通りで構いません」
「……」
パトリシアはいつも通りだ。そして、ジョアンナは話す余裕はないようだった。
「パトリシア、貴族の女性は相手を立て、相手の意思を尊重するのが嗜みとされているというのは知ってる。でも、僕はそんな領地を持つような貴族じゃないし、パトリシアとは同じ人間としてお互いの事を尊重したい。だから、もうちょっと思ったことを言ってくれないかな。大丈夫、そう言ったからって、僕は君を嫌ったりしない」
それが嗜みとされるのは貴族の中でもごく一握りの高位貴族だけだが、たぶんパトリシアはその位置に居たはずだ。以前から、パトリシアのアルへの頼り方が少し過度だと感じていた。だが、それをストレートに言うのは彼女にとって良くない気がしたので、こう言ってみた。ルエラも彼女の心は不安定だと心配していた。もう少しバランスがとれれば良いのではと思う。もちろん、独りよがりの考えかもしれないが、アルとしては、パトリシアにそうなってもらいたかった。
「は、はい……。ですが……、私。……どれぐらい危険があるのか、……アル様が知りたい事がどれ程の価値があるのか、よくわからないのです」
アルの言葉に、パトリシアは少し首を傾げつつも頷き、時間をかけてそう答えた。アルは思わず微笑む。この反応ならアプローチとして良かったかもしれない。
「うん、少しずつでいいんだ。わかんない所は、僕やジョアンナ様に聞いてくれたらいい。今僕が考えるリスクは、魔法使いが何か僕の知らない方法をつかって追いついてきて襲撃されること。でも、僕もこの辺境都市レスターに来て、かなりの経験を積んだから、その可能性は低いと思う。そして、このテンペスト王国の間諜についての情報は辺境都市レスターに残っているレビ会頭や国境都市パーカーに居るナレシュが身を護るために、有効なものになると思ってる」
ジョアンナがパトリシアの手をつかみ、何か必死でうんうんと頷いている。言葉を発する余裕はまだ彼女にはないらしい。細かな意図はわからないが、肯定してくれているのだろう。
「それならば、やはりアル様の思われる通りで良いのでは?」
「うん、じゃぁ、そうするよ。でも、自分で少しずつ考えることを増やしてほしい」
アルの言葉にパトリシアは頷く。そして、アルたちは以前、アルが隊商を護衛した時に利用した少し小高い丘に向かったのだった。
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晩秋の太陽が一番高いところに差し掛かったころ、定期的に送り込んでいたアルの浮遊眼の眼に三台の馬車が辺境都市レスターからこちらに向かう街道で止まっている姿が映った。
止まった馬車の前方の道は倒木によって塞がれており、大男が五、六人の男たちを指示してそれを片付けている。以前、アルが護衛したときも、道をふさぐ倒木や崩れてしまっている部分に何度か遭遇し、その度に時間がとられた。この道はきちんと整備されたものではなく、利用するのも隊商が数カ月に一度という頻度でしかないからだ。
大男の姿にはアルは見覚えがあった。相手の魔法発見にひっかかる恐れがあり、あまり近づけないが、おそらく間違いはない。たしかスノーデンと偽名を名乗っていた魔法使いと一緒に居た男の一人だ。あの時の四人のうち三人、壱、参、肆とお互いを呼んでいたが、その残る一人だ。偽名は弐かもしれない。
「来てる。馬車三台だ。ここから直線距離だと二キロほどしかないけど、道に沿って来ると、沼地が途中にあって大きく湾曲してるから、七、八キロってところかな」
アルはすぐ近くでしゃがんでいるパトリシアとジョアンナにそう告げた。ジョアンナは鎧姿に着替えている。レビ商会の会頭からわたされたマジックバッグに修繕された彼女の鎧が入っていたのだ。パトリシアがこの都市に来た時に着ていたぼろぼろになったドレスも同じように修復されて入っていて、それをみつけた彼女はとても嬉しそうにしていた。
「どうする? 人数がおおよそわかったのなら、それで満足してローランド村まで行くことにするか? さすがに馬車三台の連中をこの三人で迎え撃つことは出来まいし、ローランド村に着いてしまえば、衛兵隊も居る。向こうも無体な事はするまい」
空を飛んでいたときとは打って変わった様子で、ジョアンナは真剣なまなざしでアルを見た。
「キノコ祭りの最中に都市の中で襲撃を検討していた連中だよ。衛兵隊が居るからといっても、姿を見せると危険だと思う。でも……どうしようかな」
アルが迷っていると、三台の馬車の方で動きがあった。二人の男が馬車から降りてきたのだ。二人ともローブを身にまとい、杖を持っている。一人はスノーデンと偽名を使っていた魔法使いだ。
二人は何かを話し合っている。さすがに距離が遠くて何を話しているのか、唇を読むことはできなかった。だが、スノーデンではないほうのローブの男がふわりと空中に浮かび上がった。そしてほぼ同時にスノーデンの掌の上には青白い透明の球が浮かぶ。おそらく浮遊眼の眼だろう。
その男と浮遊眼の眼は徐々に高度を上げていく。そして、ゆっくりとアルたちの居る方向に移動し始めた。
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