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9-21 決意


「そうですか、パトリシア様とお話されたのですね」


 レビ会頭は朝早く訪れてきたアルの説明を聞くと、心配そうな様子で頷いた。レジナルドも一緒だ。バーバラは夜中に彼と交代して一度帰ったらしい。二人とも最近は寝るときだけ自宅に戻り、それ以外はずっとこの待機所で過ごしているらしかった。レビ会頭の顔色もあまり良くない。ほとんど眠れていないのだろう。それはアルも一緒だった。


「はい、念話が使える魔道具で話をしたので、懸念されるような盗聴はおそらく大丈夫かと思います」

「それならば、良いのですが……。それで、パトリシア様は何か仰っていましたか?」

「ストラウド様が結婚を条件にセネット伯爵領を奪還することを約束してくれる予定だそうです」


 今日、辺境伯の次男であるストラウドはこの辺境都市レスターに到着する予定のはずだ。パトリシアとはそこで初めて会うはずだが、事前に調整がなされているのだろう。


「やはり、その噂は本当でしたか……。しかし、その申し出については、信頼できるかどうかは怪しいと考えています。ルエラにストラウド様の人となりについて密かにセレナ様に聞かせました。すると彼女はストラウド様については信頼しないほうがよいというのです。特に女性関係では、権威をかさに着て肉体関係を強要したというので何度も問題になっていて、それが原因で婚約者にも逃げられているような程だと……。辺境伯は身内に甘く、そのため表沙汰になってはいませんが、領都の貴族社会では厄介者扱いされているという事でした」


 レビ会頭の話に、アルは顔を顰めた。タラ子爵夫人やジョアンナ、そしてパトリシア本人はこのことは知っているのだろうか。彼女は苦しんでいるセネット伯爵領の人々を救うためにはストラウド様の申し出を受けるしかないと言っていた。


「彼女は一晩考えさせてほしいと言っていました」

「一晩……何を考えると仰っているのでしょう……」


 レビ会頭は思案顔だ。


「例えば、パトリシア様がキノコ祭りでこちらに来なければ、どうなると思います?」


 アルの言葉にレビ会頭は軽く首を振った。額の皴が深くなる。


「もちろん、パトリシア様がそう考えられる可能性もありますね。私も、それは何度か考えたのですが、それは我々が不利になるだけだと思うのです。結局、テンペスト王国の間諜はパトリシア様を襲おうとするでしょう。それも誰かわかりませんが、内通者が居るようですから、その両者が都合の良い別のタイミングでということになります。そして、その内通者というのは我々レビ商会になんらかの害意があるような気がするのです。ならば、別のタイミングでの襲撃は、タイミングが分かっている今のそれより防ぐことがさらに難しくなる」


 そこで、レビ会頭は一旦ことばを切った。たしかにそういう考えもあるのか。しかし、それはそれでパトリシアを囮にしているのと同じ……。


「なので、今は信頼できる傭兵を雇って、当日の警備を増やす事を進めています。この信頼できるという条件が難しくて、それでも5人ぐらいはなんとか確保できそうです。それと、アル君は幻覚が得意でしょう? バーバラから、アル君にパトリシア様の幻影を作ってもらい、それを使ってわざと相手に隙を見せ、攻撃させるのはどうかという提案を頂いています。どう思いますか? もし、そういう事が可能なら、被害を少なく反撃できるのではないかと言うのです」


 なるほど、それならパトリシアだけは守れるかもしれない。だが、被害を少なく……か。連中は吹き飛ばすと言っていた。もし、それが魔法の竜巻(マジックトルネード)やそれの類の魔法だとすると、効果範囲は直径10メートルを下るまい。人が密集する祭りの会場でそんなものが使われたら、死傷者はかなりの数にのぼる事になる。パトリシアだけがぽつりと居るような幻覚なら簡単だが、相手を騙せるほどの人数の幻覚をそれほど広い範囲にわたって出すのはかなり難しい。


「天幕でごまかしても、せいぜい5分。それでも他の被害者がでる可能性は高いとおもいます」

「そうか……」


 レビ会頭は残念そうに天井を仰いだ。


「今思いつく手はそれぐらいしかありません。まずは、その条件でうまく相手の襲撃を誘えないか、検討してみませんか。それと、あとはこちらから、君にも伝えておいた方がよいことがあります。ナレシュ様からの使者が来ました」

「えっ? もう返事が返ってきたのですか?」

「いや、そうではありません。向こうからの定期連絡です」


 国境都市パーカーに居るナレシュと領都に居るレビ会頭の息子エドモンドに今の状況の連絡をすると言ったのはたしか一昨日だ。さすがに早すぎる。早馬だとしても、まだ到着しているかどうかというところだろう。


「これによると、テンペスト王国との国境あたりの警備はかなり厳しくなっていて、緊張が高まっているようです。ナレシュ様はパーカー子爵閣下と、万が一テンペスト王国との戦争になったらどうするか、何度も話し合われているようです。子爵閣下が領都に出した増援の希望には良い返事は得られず、物資すら滞っている様子。ナレシュ様は手紙で領都でどのような動きになっているのか調べてほしいと書かれていました。この様子では国境都市パーカーで、こちらから向こうに攻める動きはないようですね」


 テンペスト王国からの難民を受け入れれば、当然関係は悪くなる。そのあたりは当然理解して辺境伯はその判断をしたはずだ。ナレシュが国境都市パーカーへ派遣されたのも一連の動きのはず。それが今になって増援や物資支援がないというのはどういう事なのだろう。色々と不審な事が多い。アルはじっと考えた。そして、グリィの宿るアシスタント・デバイスのペンダントをぐっと握りしめた。そして深呼吸をする。


「レビ会頭……、パトリシア様に逃亡を勧めたほうが良いのではないでしょうか。そうすれば当面の襲撃はなくなります」


 アルの提案にレビ会頭は驚いた顔をした。


「逃亡……、君が連れ出すということですか? 彼女は領主館に居るのですよ? 一体どうやって……ああ、話はできるのでしたね。たしか飛行(フライ)の呪文の書を入手したとか。そうすれば、無理やりパトリシア様を連れて飛ぶことなら出来るという事ですか。もう使えるようになったのですか?」

「まだ……ですが、おそらくすぐに習得は可能のはずです」


 完全な状態の呪文の書はついこの間入手したばかりで、まだ昨日の夜に広げたばかりだ。だが、アルはララから以前に買った保存状態の悪い飛行(フライ)の呪文の書でかなりのところまで読み解きは進めていて、その内容はそのまま適用できそうだった。あと一つか二つの魔法イメージを新しい方の呪文の書で補うだけで良いはず。それならばあと数時間あれば飛べるようになる。だが、レビ会頭は首を振った。


「子爵に仕える魔法使いは飛行(フライ)呪文が使えるはずです。アル君の知り合いのエリック様もそうですよね。彼もさすがに目の前で連れ去られては、真剣に追跡せざるを得ないでしょう」

「連れ出す方法は、考えてみます。パトリシア様が逃亡を受け入れるかどうかはわかりません。でも、このままじゃぁ、とても彼女の思うような事にならないと思います」


 アルは、彼女が自分と出会って素性を明らかにした時、自分に王家の人間として敬われる資格はない、跪こうとしないでほしいと言った彼女の顔を思いだした。彼女はどのような思いで王家の人間として敬われる資格はないと言ったのだろう。


「わかりました。たしかに、今はそれぞれの思惑が入り乱れ、彼女は流されるままになってしまっています。ストラウド様についてセレナ様から伺った事がもし真実なら、彼女はとても気の毒な立場に居ることになります。もちろん、政治とはそういう世界なのかもしれませんが……。私も何度かパトリシア様とはお話をさせていただいたことがあります。彼女はまだ若く、おそらくそのような事にまだ不慣れでしょう。一時的にどこかに身を隠すのは有効な手かもしれません。セネット伯爵家からの難民については気になると思いますが、そちらもナレシュ様にお任せされたほうが彼女としても良いでしょう。すでにそのように動き出していますし、我々レビ商会もそれに関しては全力で支援をさせていただいています」


 そこまで言って、レビ会頭は何かに気が付いたようで、アルの顔をじっと見る。


「たしか、アル君の父上は騎士爵だったと記憶しています。君がパトリシア様を連れて逃げたとなれば、父上にも何らかの影響が及びかねない。そういった事も考えていますか?」

「はい。もちろん。ですが、辺境伯家に仇なす様な事をするわけでもありません。僕の父はわかってくれるでしょう」


 アルの真剣な顔に、レビ会頭は眼を細め、ゆっくりと頷いた。


「わかりました。もし、本当にそういう話になれば、我が商会からも何らかの事はできるように考えておきます。幻覚をつかった襲撃の撃退、パトリシア様が身を隠す、どちらになっても良いように準備を怠りなく進めましょう」


----


 その日、アルはずっと新しい呪文の習得や練習を繰り返しながら、パトリシアからの連絡を待っていたが、ずっと彼女からの念話が届くことは無かった。アル自身は待ちきれない気持ちで、昨日連絡をした時間が来ると、すぐに彼女に連絡を取ることにした。

 手首を返してぎゅっと握る、あの独特の操作をする。すぐにパトリシアの念話が届いた。


“アル様……”

“パトリシア、どうだった? 今日はストラウド様と話をしたのかい?”

“はい……”


 彼女の声は重いものだった。彼女は涙を流している。そんな気がする。


“信頼できそう?”


 ルエラがセレナ様に聞いた話ではとても信頼できそうな相手ではなかったが、それはあくまで聞いた話でしかない。パトリシアは今日、おそらくストラウドと会っているはずだ。実際の印象はどうだったのだろう?


“わかりません……ジョアンナとも話し合いました。彼女はストラウド様の言葉は軽い。提案は断るべきだと……。でも、セネット伯爵領の人々はあれ程苦しんでいるのです。王家の者として、私一人が逃げ出すわけには行かないという気持ちもあります”


 パトリシアの話ぶりからすると、どちらにすべきだとは決められないようだ。だが、とても信頼関係を築けたとはいえなさそうだし、直接会ったジョアンナもそう判断しているようだ。もちろん、それが正しいのかなんてわからない。リスクは高いがバーバラが提案する幻覚を使った方法を使い、たとえ犠牲があったとしても間諜たちの返り討ちを狙うほうが、結果として正しい方法なのかもしれない。それでも、自分自身が良いと信じる事を、パトリシアには勧めるべきだ。アルはグリィの宿るアシスタント・デバイスをぎゅっと握りしめて自分に言い聞かせる。


“パトリシア……落ち着いて考えてほしい。僕には君が我慢してストラウド様に従う事がセネット伯爵領の人たちが望む事にはなっていないように思う。僕を信じて、付いてきてくれないか? 一旦、ナレシュ様にセネット伯爵領からの難民の人々を救うのは任せて、一緒に身を隠そう。そして、状況を見て僕らができる事を探さないか?”


 少し間が開く。パトリシアは考えているのだろう。もしかしたら、すぐ横にジョアンナが居て相談しているのかもしれない。


“わかりました。私、アル様について行きます”






読んで頂いてありがとうございます。

月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。


誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。


いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。

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身内に甘くて判断を曇らせる辺境伯とか・・・・辺境伯って侯爵と同格で独自裁量で動かせる兵力を持つ国家の重鎮なのに女癖が悪くて反省しない配下の次男坊を甘やかすとかこの国の国境大丈夫か? この一件に辺境伯…
[一言] なんかプロポーズと受け取られてそうな……
[一言] しびれたーw
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