9-11 求婚
ルエラにパトリシアをどう思っているのかと尋ねられて、アルはきょとんとした顔をした。騎士爵の三男でしかない彼にとって、テンペスト王国の王族であるパトリシアは雲の上の存在だ。
「かわいい女の子だとは思っているけど、それ以上は身分も違う。どう思うと言われても何も無いよ」
アルの答えにルエラは首を振る。その様子を横でバーバラは面白そうな顔をして見ていた。
「建前の話は良いのよ。身分違いなのは当然私もわかっているわ。それでも、すこしかわいい……思っているのはその程度なのかしら?」
ルエラは話しながら不機嫌な様子になった。
「アル君には、私は命を助けられたと思っているの。だからもし、アル君の気持ち次第では協力したいと思っていた。だから……」
ルエラの言葉に、彼女が何か焦っているのはわかったが、アルはどう答えたら良いのかわからない。
「わかったわ。ごめんなさい」
「ちょっと待って。状況がよくわからないのだけど……」
ルエラがかなり落胆した様子であった。アルは慌ててそう尋ねる。
「知っているかもしれないけれど、姫……セレナ様とユージン子爵が今、このレスターに来られているわ。そして、辺境伯の第二子であるストラウド様も来られる予定よ。表向きの理由はこの近くで行方不明であった辺境伯の弟君、ヘンリー様の遺骨が見つかったのでそれを回収するということらしいけれど、実際にはそこでパトリシア様に求婚されるご予定らしいの」
求婚! ルエラは中級学校時代 姫と呼ばれていた辺境伯の第三女であるセレナとかなり仲が良かったようだった。彼女経由でそういう情報を手に入れたのだろうか。ジョアンナが聞いた噂はほぼ正しかったということか。
「何も思わないの? ストラウド様はたまたまタラ子爵夫人に密かに保護されていたパトリシア様に一目ぼれをして求婚するという予定なのですって。すべてがあらかじめ計画されているの。既に著名な吟遊詩人が何人か声をかけられているらしいわ。ユージン子爵様が練られたお話らしいわ。遠征先で命を落としたヘンリー様、その遺骨と彼を殺したムツアシドラの毛皮の前で繰り広げられる恋の物語。さぞ感動的なものができあがるのでしょうね」
ルエラは必死に訴えている。だが、アルは力なく首を振った。ルエラはナレシュを愛し、妻という立場を手に入れようとしている。彼女から見ればアルは歯がゆいのかもしれない。しかし、アルに何が出来ると言うのだ。そこまで段取りが出来ている事を覆せる訳がない。
エリックにはこだわらないと言ったが、業績を譲らずに自分が発見者だと名乗り出れば、辺境伯爵の息子にとって代わるだけの名声を得られる可能性はあるのだろうか? いや、アル自身がそう言いだしたとしても、すぐに名声が得られるわけではない。おそらくまずは奇異の眼で見られ、認められるにはかなりの時間が必要となるだろう。それに、身分の低いアルのような人間であれば、魔法使いギルドの塔に秘密を守るためなどと理由をつけて半ば監禁のような形で研究を強いられるだけになるかもしれない。むしろそうなる可能性のほうが高いだろう。エリックに委ねたあの判断は正しかったはずだ。
「ルエラ様、それは酷ってもんだ。アル、あんたの判断は正しいと思うよ。相手は隣国の王族だ。最初っから釣り合わないことはお互い判ってた話さ。それに、アルの親父さんも辺境伯に仕える騎士だったはず。だよね?」
バーバラが、ルエラの顔を見ながら、アルの肩にかるく手を乗せた。
「うん……」
アルはそう答えるのが精一杯だった。ルエラは、すこし天を仰ぐようにして一息つくと、アルをじっと見た。
「アルフレッド君、ごめんなさい。勝手な思いで変な事を押し付けようとしてしまったのね。とりあえず、キノコ祭り当日の話は大幅に予定が変わりそうよ。ジョアンナ様は、パトリシア様には婚約者が居られるのでと抵抗されているけれど、それが認められるのかどうかはよくわからないわ。おそらくだけど、うちの店にパトリシア様が来ることはないと思う。パトリシア様とジョアンナ様には私の方からお話しておく事にします。用件はそれだけよ」
「わかった。そう……、そうだね」
アルは力なくそう呟くと、軽くお辞儀をしてレビ商会を辞したのだった。
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「判ってた……判ってた話なんだ」
アルは自分に言い聞かせるようにつぶやきながら《赤顔の羊》亭の扉を開いた。食堂にはオーソンたちが食事をしていたが、アルはその横を俯いたまま、通り抜けようとした。
「おう、アル、帰って来てたのか。どうしたんだ?」
オーソンは今日も上機嫌だ。
「ううん、なんでもないよ」
「そうか、領主館の前の広場に臨時で屋根付きの展示場が作られて、ムツアシドラの毛皮と牙が展示されてたぜ。その横には木札もあって、そこに小さい字だが、討伐者として俺やアルの名前もちゃんと書いてあった。俺たちもこれで有名人だ。冒険者ギルドでも評判になってたぜ」
「そうなんだ……」
アルは思わずため息をついた。冒険者として名を上がれば、護衛などの仕事をしてももらえる報酬も高くなるだろう。だが、今、それを喜ぶ気分にはなれなかった。
「ほんと、元気がないな」
「うん、今日はちょっとね」
アルは奥の階段を上り自分の部屋に帰った。背負い袋を机の上に置く。そういえば、飛行の呪文の書が背負い袋の中に入ったままだった。だが、今日は不思議な事にそれを開く気にはなれなかった。あれほど欲していた呪文の書……。アルはベッドに座ると、再び大きなため息をついた。
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