9-9 宝剣の褒賞
翌日の朝、アルとオーソン、クインタは揃って領主館を訪れた。
しばらく待たされた後、三人は領主館の小広間に通されたのだが、そこで正面の椅子に座って待っていたのは二十代後半と思われる黒髪を長めに伸ばし、飾りのついた白い服を着た長身の男性と、アルと同年代の女性であった。そのうち女性の方はアルには面識があった。レイン辺境伯の第三女、セレナである。彼女は水色の光沢のあるドレスを身につけ、学生の頃と同じ豊かな金髪の巻き毛が揺れていた。彼女と並んで座っているということは、男性はおそらくユージン子爵であろう。その二人の左右には騎士や内政官と思われる人間が複数立っていた。だが、見たことのある顔は一つもない。皆、辺境伯家或いはユージン子爵家に関わる人間ばかりなのかもしれない。
アルたちは、二人の前に膝をつき、頭を下げる。真ん中はアル、そして左右にはオーソンとクインタである。これは、アルが一番功績を上げたと報告しているので当然な事でもあるが、オーソンは貴族と話す自信もないと言い、また、服装からしてもオーソンに比べてアルのほうがマシ(もちろん貴族から見てであるが)な恰好をしていたというのもあった。
「ご苦労。チャニング騎士爵家三男、アルフレッド・チャニングと冒険者オーソン、そして冒険者ギルド、レスター支部副ギルド長クインタだな」
ユージン子爵の横に立っていた壮年の男性が尋ねてきた。
「はい。アルフレッド・チャニングと申します」
「こちらは、ユージン子爵、そして、レイン辺境伯家三女 セレナ様である」
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります」
アルが頭を上げることなくそう答えると、ユージン子爵はにっこりと微笑んだ。
「ふむ、まだ年若いと聞いていたが、少しは礼儀を弁えている様だ。簡単にはクインタから報告を聞いているが、ヘンリー様の宝剣と指輪を手に入れた場所や状況について改めて聞きたい」
「はい……」
アルはそのままの姿勢で話を始めた。レインドロップが採れる事は稼ぎネタであるのでそれは伏せたが、それ以外はきちんと説明をした。途中でオーソンがずっと頭を伏せていることに疲れたのかこっそり顔を上げようとしてクインタに慌てて止められている。
「ほう、ムツアシドラか……かなり大きかったのか?」
話がムツアシドラが茂みに隠れていたのを見つけたところに入るとすぐ、ユージン子爵がそう尋ねてきた。何かを思いついたらしい。
「はい、体長六メートルを超える巨大なものでありました」
「六メートル……そいつの毛皮や牙は採ったのか?」
「あ……はい。ですが、既に売却をしてしまいました」
アルがそう答えると、ユージン子爵は少し考え込んだようで少し間が空く。
「ジョセフ、売却先を後で確認しておいてくれ」
「はっ」
ユージン子爵のすぐ横に立っていた壮年の男性が短く返事をした。彼の名前はジョセフなのだろう。
「続きを」
アルはユージン子爵に促されるままムツアシドラとの戦い、そしてそのムツアシドラが潜んでいた茂みの近くにあった多くの遺骨、彼らを聖水をつかって慰めようとした時に宝剣と指輪を見つけたことなどを話した。
「なるほどな。その場所はここからどれぐらいだ?」
その質問にアルは少し考え込んだ。場所を話すとレインドロップが今後採りにくくなる。だが、こう聞かれて答えないわけにもいくまい。アルはオーソンをちらりと見た。オーソンもそう思ったらしい。しかめ面をしたが、渋々といった様子で頷いた。
「馬ではとても行けない道です。天候に恵まれ、山道に慣れたものであれば、徒歩で3日あればなんとかたどり着けるでしょう」
アルたちは2日で行けたが、多めに言っておいた方が安全だろう。
「ヘンリー様の遺骨をできれば回収したい。キノコ祭りまであと二週間ある。アルフレッド君、協力を頼めるか」
「はい」
天候次第ではあるが、そう答えるしかあるまい。アルは頭を下げたまま、さらに頷いた。
「ふむ……。セレナ様、何かお言葉はありますか?」
ユージン子爵自身は聞きたい事が無くなったのか、セレナに声をかけた。
「アルフレッド君、久しぶりね。同じ中級学校で学んだ者が活躍しているのは嬉しく思うわ。頑張ってね」
アルは再び頭を下げる。話をした記憶はなかったが、彼女は憶えてくれていたようだ。
「ほう、アルフレッド君はセレナ様と同じ学年でしたか」
「そうなの。ナレシュ君も同じね。他にもこの都市出身は何人か居たわ」
ここまで大きい話だ。大丈夫だとは踏んでいたが、こうやってセレナがアルの事を知っていて、それも同級生がこの都市には何人か居ると発言してくれたことで、今回の褒美の件は間違いが無くなっただろう。ありがたい事だ。
「セレナ様からの言葉通り、今後も頑張ってくれたまえ。では今回の件の褒賞として、アルフレッド君及びその仲間に褒美の品として飛行、念話、併せて二巻の呪文の書と、金貨120枚を授けるものとする。また今回の件で冒険者ギルド、レスター支部にも30金貨を寄贈させて頂く。ヘンリー様の遺骨回収作業に関するアルフレッド君への謝礼は別途ジョセフに相談するように。ムツアシドラの皮と牙の件についてはクインタ殿、ジョセフに協力してくれたまえ」
「ありがとうございます」
アルとオーソン、クインタは再び礼をした。
「退出せよ」
ジョセフの言葉に、アルたち三人は再び立ち上がり、部屋を出ていくことにした。セレナが小さくアルに手を振っていた
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小広間を出て、待合室らしい小さな部屋に通されると、アルたち三人は緊張から解放され大きく息を吐いた。
「ふぅ、よかったな。無事終わったぜ」
「終わったね」
三人が喋っていると、そこにジョセフと呼ばれた壮年の男性が男を二人連れてやってきた。二人ともトレイを捧げ持っていて、片方の男はトレイには金貨と革袋、呪文の書らしきものが一巻、もう片方の男のトレイには羊皮紙が二枚とインク壺、羽ペンが置かれていた。
「三人ともご苦労であった。私はユージン子爵家に執事として仕えているジョセフ、こちらに居るのは私の補佐を務めているブルックとコンラッドだ」
金貨の乗ったトレイを持っている男のほうがブルック、羊皮紙のトレイを持っている男がコンラッドというらしい。二人ともたしかあの場に居た。ブルックの年は三十代だろうか。銀色の短めの髪をして身長百八十を超えており、身体はかなり鍛え上げられている様だ。コンラッドの方の年はおそらく二十代後半、こちらは事務方なのかメガネをかけており、身体もそれほどがっしりとはしていない。
「金貨についてはここにあるので念のためきちんと数えた上で袋に入れて欲しい。確認の後、アルフレッド殿とクインタ殿は受取証にサインをお願いする。また、今回、飛行の呪文の書については領都から取り寄せとなっていて、その分の引き渡しは後日、おそらく1週間程後となる。その旨も受取証には記載されているのでそれを確認してもらいたい」
ジョセフは三人にそう説明した。呪文の書は即時渡せないので二巻きにしてくれたのかもしれない。配慮してくれているということか。それとも何か思惑があったのか。
「ありがとうございます」
とりあえず、アルたちは手分けをして金貨を数え革袋にしまい込んだ。ありがたく念話の呪文の書も受け取り、オーソンと一緒に受取証の確認をした上でサインをした。
「では、アルフレッド殿はヘンリー様の遺骨回収の件をブルックと段取りについて話し合ってもらいたい。それと、クインタ殿、ムツアシドラの皮と牙の入手をユージン子爵は望んでおられる。冒険者ギルドとしてその協力を頼みたいのだが、可能だろうか」
クインタはちらりとオーソンの方を見た。オーソンは軽く頷く。
「畏まりました。オーソンが売却先を知っているかと思いますので、協力させていただきます」
クインタの返事にジョセフは軽く頷いた。
「では頼むぞ。買取になると思われるので、交渉役としてコンラッド、そなたがクインタ殿に同行するのだ」
ブルックとコンラッドが持っていたトレイを回収し、ジョセフは部屋を出て行った。アルの依頼料については、どれぐらいの行程になるかをブルックと相談してから決めるという事だろうか。
「じゃぁ、まぁそれぞれ手分けしてかかろうかね。アル、そっちはブルック様と話をしてくれるかい? 無理するんじゃないよ。困ったことがあったらすぐに相談するんだ。いいね」
クインタもブルックやコンラッドが居る前でよく堂々とそう言えるものだ、内心そんな事を考えながらアルは頷いた。すぐ出発という話になるのだろうか。できれば念話の呪文の書を少しでも見てみたいものなのだか……。
「とりあえず、ブルック様、行程について説明しますね。この部屋で良いですか?」
ブルックは無言のまま頷いた。表情もあまりない。話しにくさを感じながら、アルはその場で簡単に説明を始める。クインタとオーソンはその様子を見ながらコンラッドと共に部屋を出て行ったのだった。
九話も長くなっているので、遺骨回収の話は数行で済ませるかもしれません><
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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