9-8 エリック
冒険者ギルドの帰りに立ち寄ったエリックの屋敷は、以前居ただみ声の門番はおらず、きちんと鎧を身につけた衛兵が、槍を持って門の所に立っていた。
「こんにちは。アルと言いますが、エリック様にお会いできますでしょうか?」
アルがそう声をかけると、衛兵はアルの服装などを見、しかつめらしい顔をして首を振った。
「エリック様は予定のない客とはお会いにならない」
そのにべもない様子に、たしか初めて来たときも、あのだみ声の門番に弟子入りは採ってないから帰れと言われたなと思いだした。レスター子爵家に筆頭魔法使いとなって、おそらくそういった客はかなり増えたにちがいない。あのだみ声の門番はどうしているのだろうか。
「わかりました。出直してきます」
アルはあっさりとそう答え、大変そうだなぁと思いながら踵を返した。気になったので寄り道をしてみたが、仕方ない。また、何かで機会はあるだろう。そんなことを考えながら歩いていると、後ろから駆けてくる足音がした。振り返ると、レダとマーカスである。何か異変でもあったのかと周囲を見回してみたが、特段変わったことはなさそうだ。アルが不思議そうに見ていると、追いついてきた二人がアルのすぐ近くまで来て立ち止まった。余程急いだのか手を膝につき、肩で息をしている。異変があったのではなく、アルを追いかけてきたらしい。二人を見ていると、レダが急いで追いかけてきて、マーカスは彼女に付き添ってきたような様子だ。
「どうかしたんですか?」
二人はすぐには声が出ない様子でしばらく息を整えていた。そしてようやく頭を上げると、レダは唐突にごめんなさいと大きな声で言って深く頭を下げた。
「えっと……何があったんでしょうか?」
頭を下げたままのレダに戸惑いながら、アルはその横のマーカスの顔を見る。彼は大きくため息をついた。
「その様子だと怒っていないようだな。わざわざ来てくれたのだろう。すこし話ができないか?」
マーカスの言葉にアルはもちろんと頷いた。アルが怒らなければいけないような事が何かあったのだろうか。
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アルはマーカスに促されるままに来た道を戻り、エリックの屋敷に入っていった。門番らしい衛兵は不思議そうに見ていたが、今度はレダとマーカスが一緒であるので特に止めたりはしなかった。そのまま、アルは応接室らしいところに通される。そして直ぐにエリックが応接室にやってきた。補佐役のフィッツ、そしてレダも一緒だ。
「よく来てくれました。アル君」
「こんにちは。ご無沙汰しています」
アルは軽くお辞儀をした。エリックは軽く礼を返すと、アルに座るように勧めて、自分も向かいの席に座った。
「アル君は今回の件について、どこまで聞いていますか」
エリックはアルの様子を見ながら徐にそう聞いてきた。
「今回の件? エリック様がレスター子爵家の筆頭魔法使いになられた件についてということでしょうか? 僕はほとんど知りません。ただ、冒険者ギルドのクインタさんから、エリック様が何かそこに僕の功績があると言っていただけているらしいと聞いたので、一応話を伺っておこうかと思ったんです」
「なるほど。そういう事ですか。それはクインタ殿に礼を言っておかねばいけませんね」
アルの話に頷き、エリックは話し始めた。まず、驚くべきことに、レダが浮遊眼の呪文を、アルの指摘を参考にして出現場所と表示しうる角度、視覚内での表示域を調整して発動することに成功したらしい。
「すごい! やった」
思わずアルは喜びの声を上げた。今までアルだけが行っていた事を遂に出来る人間が現れたのだ。マラキに以前はこれが普通だったと聞かされてはいたが、まだ実感は薄かった。だが、ついに同じことができる人間が現れたのだ。これは素晴らしい事に違いない
「どうしたの? すごい事だよ。今まで僕が何度説明しても誰もできていなかった。とても嬉しいよ」
だが、アルの賞賛の声に、レダの表情は暗いままであった。
「私がまるで初めて行った事のように魔法使いギルドでは扱われているのです。今のままでは、アルの実績を私が奪ってしまいます。ずっと主張は続けていますが、それはいいと簡単にあしらわれるばかり。私はどうしたらよいのか、わからない」
「これについては、私の発表の仕方に問題があったのでしょう」
レダの言葉にエリックが付け足した。レダの表情は泣きそうだ。アルはエリックの顔を見た。
「レダが浮遊眼の発動に成功したのはひと月ほど前の事でした。先ほどの君以上に、我々は狂喜しました。新しい呪文へのアプローチが判明したわけですからね。君が言う事も正しい事が実証できました。私はレダから様々な事を聞き取り、レポートを作成しました。そして魔法使いギルドに提出したのです。魔法使いギルドでももちろん大騒ぎとなりました」
長年魔法使いとして社会的信用もあり、実績を積んでいるエリックが出した報告書である。アルのように駆け出しの魔法使いが言っている話ではない。この報告書は信頼に値するものとして受け取られたという事だろう。信用された事は良い事ではないのだろうか。
「だが、そこで問題が出ました。魔法使いギルドで、私が第一発見者、レダが初めて実現した驚異的な魔法使いだと受け取られてしまったのです。私もレダ君同様、ずっと懸命にアル君の事を説明していますが、魔法使いギルドの上層部でそれを認めようとせず、私とレダの功績であると言い続けています。それは、私が魔法使いギルドに長い間所属しており、この地方の評議員の一員であるからでしょう。つまり、魔法使いギルドの実績にしたいということだとおもいます」
アルは頭を掻いた。アルにとって、それが魔法使いギルドの実績になるかどうかは、どうでもよい話であった。彼にとって、たくさん呪文の書などが手に入り、習得できる事、それによって、双子の妹のイングリッドに起こったような不幸な出来事が二度と起こらない事が大事なのであって、実績、名誉といった話は、逆にそれに関わることによって呪文を習得する時間が減ってしまう類の話であるように思われたのだ。それに、呪文のオプション、マラキの生きていた時代は普通に行われていた事らしい。今更すごい名誉という事でもないだろう。
「僕はどうでもいいですよ。エリック様とレダ様の功績としてください。どうせ、僕が発表したとしても信じてもらえないし、逆に面倒な問題が発生しそうです。エリック様が発表したほうが良いと思います」
アルの言葉にエリックとフィッツ、レダは驚いた顔をした。三人にとっては発見の名誉を放棄するなど信じられない話なのだろう。
「本当にそう思うのですか……。いや、たしかに君の話す様子からして本当にそう思っていそうですね……。それに、私の心が、それを良しとしないのですが、どうすればよいのでしょう」
「私はあなたの名誉を奪ってしまっているのよ? 悔しいと思わないの?」
エリックとレダが交互にアルに説明するが、アルとしては首を傾げるばかりであった。レダの言う名誉など、アルにとってはまったく大した問題ではなかったのだ。
「本当にそうなんですよ。何か礼をしたいというのでしたら、使っていない呪文の書をお貸し頂くというのはどうでしょうか? もちろんきちんと修復してお返しします。エリック様ならたくさんの呪文の書をお持ちでしょうし、僕としてはエリック様が使っていない間にそれをお借りさせていただければ十分嬉しいです。今は特に飛行呪文を早く身に付けたいと考えているのです」
アルの言葉にエリック、フィッツ、レダの三人は顔を見合わせ、少し項垂れた。
「そうか、わかりました。これ以上言ってもアル君には迷惑なだけなようです。とりあえずありがとうと言っておきましょう。君には大きな借りができました。胸に刻んでおくので、何か手を貸してほしいという事があったら言ってください。もちろん呪文の書については、フィッツかレダと相談して好きな物を借りてくれてかまわないません。ただ、申し訳ないが、飛行呪文については誰か習得のために使用中であったように思います。フィッツ、後で確認しておいて下さい。レダ、そなたはこれでよいか?」
二人もエリックの言葉に頷く。
「私もあなたに大きな借りね。図々しい話だけど、もう一つ、お願いがあるの。これから、私はまた別の呪文を習得しようとしている。それについて、あなたのお勧めと、オプションとなるものについて聞かせてもらえないかしら」
アルは少し首をひねった。図々しいとは全く思わない。レダの魔法への探究心はアルに通じるものがある。
「そうだね。もし、魔力制御を習得していないならそれが良いと思う。あの呪文は魔石や魔道具に魔力を注ぎ込むだけじゃない。あれを習得すれば、自分が行使した呪文、例えば光呪文の灯りの明るさを変えたり、持続時間を伸ばしたりといったことが出来るんだ」
レダだけでなく、エリックやフィッツも目を見開いた。そのような使い方が出来るとは全く思っても居なかったという顔である。
「それによって、習得済みの呪文のオプションについても理解し直して使えるようになるかもしれないと思うよ」
その説明にレダは感激した様子でアルの手を取った。
「わかったわ。ありがとう。もし困ったことがあったら、私、何でも協力するから。ありがとう。ありがとう」
「ううん、こうやって僕がやってきたことが正しいと証明してくれたエリック様、レダ様は僕にとってはとても嬉しい存在だよ。だから気にしないで。今後もよろしくお願いします」
アルはそう言ってにっこりと微笑んだ。
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月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
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2023.11.21 中頃のレダのセリフについて、エリックと区別がつきにくいという指摘を頂きました。二人とも丁寧な口調なので、そうなってしまったのかと思います。
修正になるかどうかわかりませんが、少し書き直してみました。
(修正前)「困ったことに、私がまるで初めて行った事のように魔法使いギルドでは扱われてしまっている。今のままでは、君の実績を私が奪ったようになってしまう」
(修正後)「私がまるで初めて行った事のように魔法使いギルドでは扱われてしまっているのです。今のままでは、アルの実績を私が奪ってしまいます。ずっと主張は続けていますが、それはいいと簡単にあしらわれるばかり。私はどうしたらよいのか、わかりません」
2023.12.13 エリックさんの口調がブレて、変になっていました。ごめんなさい。訂正します




