9-7 上機嫌なオーソン
数日が経ち、アルがいつものように《赤顔の羊》亭で夕食を食べていると、そこにオーソンが帰ってきた。によによと唇の端が動いていて、かなりの上機嫌である。アルが食べているのを見つけて、すこし早足で近づいてきた。
「おう、アル、居たか。よかった。日付が決まったぜ。明後日の朝からだ。領主館。大丈夫か?」
以前言っていた宝剣の礼という話だろうか。ユージン子爵がついに到着したということなのだろう。明後日も特に予定は入れていない。アルが問題ないと頷くとオーソンは安堵したように大きく息を吐き、空いていたアルの向かいの席に座った。
「何か良いことがありました?」
アイリスがお盆を片手にやってきた。オーソンはにやりと微笑むと頷き返した。
「おう、アイリスちゃん。結構金が入るかもしれねぇ。その時は奢るぜ。今日は前祝だ。エールとおいしそうな飯を頼む」
アイリスはわかりましたと嬉しそうに言い、厨房の方に戻っていく。《赤顔の羊》亭の食堂には八のテーブルがあるが、空いている席は二つ、それ以外は埋まっている。彼女と彼女の母のローレインは料理を運んだりしてかなり忙しそうにしていた。
「マドックとナイジェラは間に合います?」
アルが尋ねるとオーソンはすこし考えたがすぐに首を振った。
「いや、二人は昨日ちょっとだけここに寄ったが、護衛の仕事でまた出かけちまった。戻ってくるのは来週になるそうだ。きっとそろそろだから居てくれと言ったんだが、長期契約だから抜けられないらしい」
そうか、それなら僕もオーソンに任せておけばよかった。新しい魔法を2つも買ったので練習にも時間がかかる。今からでもそうできないだろうか。アルは心の中で少し思った。だが、大丈夫と言ってしまった以上、抜ける訳にはいかないだろう。
「クインタの話だと今回の褒賞として向こうは一人金貨三十枚、それと一番の功労はアルだからアルにはさらに何か欲しいものはないかっていう話が来ているそうだ。クインタの予想だとまぁ五十金貨ぐらいまでの物ならもらえそうな話らしいぜ。最初はいい剣か馬とかいう話だったらしいが、お前さんが魔法使いだからどうだろうって事になったらしい。豪勢な話だ。なかなかうらやましいぜ」
金額をいう時には周りに聞こえないようにという配慮か、オーソンは少し声を潜めた。一人当たり金貨三十枚 プラス アルには特別に五十金貨相当。見つけたのは確かにアルだったが、そのあたりもオーソンはきちんと話してくれていたらしい。たしかにいい話だ。そんなにすごいものだったのか。オーソンに尋ねると、二十五年ほど前にシプリー山地の状況を視察に出て行方不明となった当時の辺境伯の次男、現当主の異母弟に当たるヘンリーが佩いていた宝剣と指輪であったらしい。辺境伯家としては、宝剣と指輪の価値以上にその消息が知れたということで今回の褒賞になったのだという。
「ということは、ヘンリー様はシプリー山地での蛮族や魔獣の調査に来て、ムツアシドラにやられたってことかぁ……。辺境伯の次男の調査にしては、周囲に騎士らしい死骸とかはなかったような気がする」
「ん? そうだったか? 骸骨だらけであまり近寄りたくはなかったからなぁ。そのあたりはあんまり見てない。それに長旅だったら金属鎧じゃなく革鎧を着てたんじゃねぇか? ああ、そういえばここだけの話、ヘンリー様がどこで死んだかとかは、あまり詳しくは言って周らないでくれって言われたな。まぁ、辺境伯の弟だから美談にしたいのだろうって言うのがクインタの話だ。俺もそう思う」
なるほどね。まぁ、ありそうな話だ。五十金貨相当……か。もしかして飛行の呪文の書……。アルはそう思いついて立ち上がった。椅子がガタンと大きな音を立てる。
「ん? どうした?」
驚いた顔をしてオーソンがアルを見た。周囲の客も少し驚いている。
「ちょっとクインタさんに会ってきます」
「そんなに欲しい物があったのか。だけどよ、もうとっくに冒険者ギルドは閉まっちまってる時間だぜ。明日朝からにしろよ」
たしかにオーソンの言う通りだ。アルは諦めて椅子に座り食事を再開したのだった。
-----
翌朝、アルはローレインのつくる朝食を食べ、朝二番の鐘が鳴る前に冒険者ギルドに着いた。とはいえ、あたりはすっかり明るくなっており、冒険者ギルドの中は仕事を求める人間でごった返している。アルはカウンターにいるクインタを見つけると、急いで駆け寄った。
「おはようございます!」
「おや、おはよう、アル。珍しいね。オーソンから話を聞いたのかい?」
椅子に座ってカウンターの中で事務仕事をしているクインタにアルは頷いた。
「明日の朝、三番の鐘が鳴るころに領主館の前だよ。私も一応一緒に行く事になってる。出来るだけいい服で頼むよ。わかってると思うけど、魔道具を持ち込んだらややこしい事になりかねないから持ってこない事」
ああ、子爵に会うのだから礼装は当たり前か。ということは、グリィも宿に置いておくしかない。アルはわかったと答える。
“えーっ アリュのかっこいいところ見れないの?”
グリィは不満そうに言うが無視しておく。どうせ自分の姿を自分で見ることはできないのに……。
「それで、褒美の品についてなんですが、飛行の呪文の書とかお願いできたりしませんか」
アルの問いにクインタは怪訝そうな顔をした。
「飛行呪文はたしか第三階層の呪文だよね。たしかに人気はあると思うけど、それなら褒美も金貨で貰うほうが良くないかい?」
「いいんです。それも、今、品薄で全然手に入らないんですよ」
アルの説明にクインタは軽く肩をすくめ、頷く。
「まぁ、あんたがそれを希望するっていうのなら、まぁいいさ。伝えておくよ。でも品薄っていうのなら間に合わないかもしれないね」
「そうですね。でも、品薄になった原因が辺境伯の騎士団に所属する魔法使いが呪文の書を買い占めたからだという話もあるので、融通してもらえたら有難いなと思っています。ひと月、ふた月ぐらいなら待ちます。それでもどうしても無理なら念話呪文、念動呪文、眠り呪文、麻痺呪文あたりが良いです。こっちの場合は普通に流通していますし、値段の相場からすると、どれか二本ぐらいもらえると嬉しいですね」
アルとしては、飛行呪文が手に入るのならそれが一番良い。正規の商店ではあまりの品薄に四十金貨であった値段がさらに上がるかもしれないと言っていたので、五十金貨程度というのならこれぐらいが妥当だろう。それにあくまで褒美の品だ。あまり欲張るのも考えものだ。
「わかった、伝えておく。そういえば、エリック様がレスター子爵家に筆頭魔法使いとして召し抱えられることになったよ。何かすごい発見をした功績だとかいう話らしいけど、エリック様はそれは自分ではなくてアル、あんたの発見だって言ってるらしい。何のことかわかるかい?」
オプション、いや、パラメータの事だろうか。レダはうまく行ったのか。それを魔法使いギルドに報告して何かを認められたのかもしれない。アルとしては、理解者が少しでも増えたのであれば、それだけで嬉しい。
「うーん、少し心当たりのことはあります。この後、ちょっと寄ってみます」
「それがいいかもしれないね」
アルはクインタに手を振り、また明日、三番の鐘の少し前にと念を押して冒険者ギルドを後にしたのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
月金の週2回10時投稿を予定しています。よろしくお願いいたします。
誤字訂正ありがとうございます。いつも助かっています。
いいね、評価ポイント、感想などもいただけるとうれしいです。是非よろしくお願いします。