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翡翠の契約石  作者: 嘉月景瑛
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悪魔祓いの仲介人

「王子様相変わらず勘冴えてるじゃん」

「メーワクな……」

ぼそりと返す志摩に頷く。ブレーキを踏み、小汚い家に横付けする。みすぼらしい外観に惑わされてはいけない。中はこの見た目の軽く四倍の敷地を有しているのを結界で誤魔化しているだけだ。この婆孫(ババマゴ)は俺たちの依頼料の半額以上をピンはねして潤いまくってるのだ。



車を降りた俺たちに、いつまでたっても成長しないと言う驚異的なガキが駆け寄ってきた。占い師の孫らしい衣装、というかまるでコスプレのような恰好をしている。


僵尸(きょうし)の被っているのを白くしたような馬鹿でかい帽子に染めているのかどうなのか驚くほど色素の薄い栗色の長髪、冬だと言うのにやけに露出の高い真紅のノースリーブに、黒い七部丈のパンツと白の羽織を重ねている。首に掛けられた数珠はふざけたデカさの総真珠だ。靴はやはりキョンシー風の先が折れ曲がった紅い物で、目の下にババアに入れてもらったという鮮やかな紅の刺青(いれずみ)が彫られている。何度見ても人間と言うよりも悪魔だ。初めて顔を合わせた頃はこいつはババアの飼っている悪魔なのかも知れないなどと思った事もあったが、その疑惑は三日後に志摩が発した「どっちともでショ」という一言によってさらに濃厚になっている。



「お疲れ様。シドの見立てよりかなり時間かかってるけど」

嫌味なセリフに殺意が滾る。掴みかかり変えた俺を志摩が必死の形相で羽交い絞めにする。恵子がガキを抱き上げて俺から遠ざけた。

「落ち着け、リョウ」

「子供の言う事! ねっ⁉」

恵子の声に吼える。

「何がガキだ! てんめぇ俺らを監禁した時からぜんぜん年取らないじゃねぇか、ホントはババアより年上だとか言うんじゃねえだろうな!」

「短絡的な思考回路で羨ましいよ。くだらない事言ってる暇あったら早く入ったら? シド寒いんだけど」

「…………」

無言で青筋を立てた俺にガキが刺青の入った頬に指を当てた。? と疑問符を浮かべる俺に舌を突き出す。……ガキの所業と分かっていてもその舌を引っこ抜いてやりたい!



俺と志摩のこめかみに浮かんだ無言の怒りマークに図太いガキが気付くはずもなく、(なつ)かれている分いくらか手加減はしていてもやはり怒りマークを刻んだ恵子の手を引いて、ヤツはさっさと玄関の奥へと駆けて行ってしまう。腹立たしいことこの上ないが、ヤツの言う通り初春の路上は寒い。仕方なく先を行く小さな後ろ姿に続きながら、俺と志摩はこっそりと囁きあった。

「インテリアがまた豪華になったな」

「もしかしたらオレたち依頼料、九割はピンはねされてるかもねぇ」

「金にうるせぇババアだからなぁ」

「……そんな本当のコトを」

「何をぬかす! ワシはピンはねなんぞけちな事はせんわいっ」

俺たちのぼやきに突如ババアのしわがれ声が乱入し、俺たちは半眼になった。志摩が廊下の一番奥の扉に向かって冷静に声を投げる。

「ソレ依頼人の前で胸はって言える?」

「………何のことじゃな」

暫しの沈黙のあとですっとぼけたババアの声が返り、俺は志摩の肩を叩いた。妖怪の相手は真人間には荷が重い。シドが奥の扉を開いて正面の机に飛び跳ねて腰かける。

「ヒッヒッヒッ。ご苦労じゃったのぉ」



誰もいないかと見えた椅子から乾いた声が上がり、デカい水晶の影からしわくちゃのクソババアがひらひらした占い師の格好で顔を出した。浅黒い年季の入った顔に伸び放題の白髪がかかり、白目がないんじゃないのかというような真っ黒の目が俺たちの上を舐めるように移動した。その笑い方といいナリといい視線といい、いつ見ても小汚いババアである。椅子から飛び降りてババアは俺たちのほうへと近づいて来た。シドよりもさらに低い背から杖を振り回し俺の襟首に引っ掛ける。ぐいと首を引かれ、俺は膝をついた。ババアがしきりに頷いて勝手な納得をしている。

「この方がええ。ワシゃ見下ろされるのが嫌いなんじゃ」

「てめえを見上げる事ができるヤツがいんのか?」

百センチに届くかどうかというババアに対する俺のセリフにシドが無言で机から飛び降りた。すたすたと歩いてきてしゃがみ込む。

「涼は図体ばっかりで頭全然足りないよね。シドならできるに決まってんじゃん」

クソ生意気なヤツの言葉に俺はその肩に手を置いた。さっと逃げようとするシドをそのまま力を込めて持ち上げる。シドの頬を冷や汗が流れた。

「何でそう年上のオニー様に対する礼儀がなってないのかな?」

青筋を立てて「ニッコリ」した俺に、シドが突然じわぁっと目に涙を浮かばせた。ヤバっ、と俺が手を離すよりも一瞬早く、けたたましい声を上げてヤツが泣き出す! あまりの煩さに渋面になって手を離した俺を、ガキの靴が蹴り上げた!

「……~~‼」

弁慶の泣き所を木靴で打たれ、俺は悶絶した。唸った俺にヤツが会心の笑みを浮かべて恵子の後ろに逃げる。一体どういう涙腺をしているのかぴたりと止まった涙がヤツの性質(タチ)の悪さを物語っている。


「で? オレ達早く帰りたいんだけど、ホーシューは?」

うんざりしたような志摩の声にババアが歯を剥き出して俺たちを見上げた。その眼が針のように細められるのを見て俺たちは嫌な予感を抱く。

「おいババア、まさかと思うが俺らの報酬使い込んだんじゃねえだろうな」

俺の指摘にババアがむっとした顔を向ける。シドを手招きしながら、

「ワシゃそこまでせこい真似はせんわい。報酬の話は後じゃ、おぬしらには今すぐ次の依頼人に会ってもらわにゃならん」

「えぇ?」

恵子が目を瞬く。志摩がうげ、と唸ってその場にしゃがみ込んだ。従業員三人の冷たい視線にもめげずにババアはしゃがんだ志摩の足を踏みつけた。もう既に諦めの境地に達しているのか、志摩は文句も言わず溜息をついて立ち上がる。ババアの後ろで水晶球を持ち上げたシドが、俺たちの中央にそれを置いた。恵子がシドを抱き上げてそれを覗き込む。

「ナニ? 悪魔……?」

そう、それは確かに悪魔に見えた。水晶の中心に浮かぶように、一匹の魔獣が映っていた。ババアが何かを呟き、すぐにそれは掻き消えるように一人の男の顔に変わった。

「……ぶっさいくね~」

感心したような声でめちゃめちゃ失礼な事を言う恵子に志摩が苦笑する。

「恵ちゃん……ちょっと聞きたいんだけどオレの第一印象は?」

「訊かない方がいいんじゃないの」

恵子の腕に抱えられたシドがにやりとして志摩にウインクした。志摩が静かに怒りマークを刻むのが見える。

「志摩、留まれよ」

「オレってえらい……」

「馬鹿やっとるでない。よく見ぃ……ま、確かに暑苦しい男じゃがのぉ」

「ババア……お前に言われたらお終いだな」

呟いた俺にババアの大人げない鉄拳が飛んだ。俺の後頭部を殴りつけた杖を振り回し、ババアがキレる。

「可愛げのない小僧じゃッ! ええから黙って聞けぃ‼」

「分かった分かった、コーフンすると体に悪いよ」

「人を年寄り扱いするなッ!」

「て、お年寄りでしょ」

「聞く気あるの? 三人とも」

シドの冷静な声に、代わる代わるにツッコマれて完全に(へそ)を曲げたババアがブンむくれたまま杖を水晶につき立てた。仕方なく俺たちは水晶に視線を戻す。

恵子じゃないが、あまり見たい顔じゃない。失礼なのは百も承知で言わせてもらうが、本当に不細工なのである。顔の造りにももちろん問題はあるのだが、それよりも脂ぎってテラテラと光る額、ブルドッグのように曲がった口、嫌味を凝縮したような眼光を宿した小さな目、さらにはセンスを完全に置き去りにして着こなしたヴェルサーチが何とも言えず不快感を呼び起こす逸品だ。良心があるのならヴェルサーチに謝れと思う。

「おいババア、まさか次の依頼人はこいつなのか」

俺の嫌な予感を裏打ちするようにババアが重々しく頷いた。蝋燭の明かりを反射してババアの黒目が光る。

「直接の依頼人ではないがの。何故か最近コヤツの経営しとる予備校で、生徒の変死が相次いどるんじゃ。そしてもう一人」

水晶を睨み、ババアはもう一度水晶を突いた。むさ苦しいツラが消え、代わりにまだ幼さの残るあどけない少年が映る。

「この坊じゃ。中等部にこの坊が入ってから塾内で怪奇現象が頻発しとる」

ババアに被せるようにシドがちらりと俺たちを見て呟いた。

「発端は彼が入る暫く前に流れた噂。それがどういう訳か彼が入ってから事件へと急展開したんだ。警察沙汰にもなってる事件にね。ちなみにこの頃入塾した生徒は彼だけ、中途半端な時期だったからね」

「そいで、この坊じゃ。今のところシドは要注意とは言っとらん。じゃがコヤツ……何か鍵をもっとるぞよ。接触するにしろ尾行するにしろ、切り札になるじゃろ。有効に使え」

手渡された少年の資料を懐にしまい、俺は尋ねた。

「で、本当の依頼人てのは誰だ」

「私よ」

涼やかな声が返り、俺はぎょっとした。占い小屋にもう一人いたらしい。階段の手摺に腰掛けた女性に志摩が息を飲んだ。

    




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