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翡翠の契約石  作者: 嘉月景瑛
3/8

きっかけはそんなこと

 志摩と初めて出会ったのは、俺たちがまだ中学生の頃だった。

何に付けてもとにかく人と関わるのが苦手で、クラスにも取り立ててトモダチと言う者がいなかった俺にとって、クラスの中でもカースト上位にいたような所謂(いわゆる)輪の中心的な志摩は最も避けたい相手だった。別に俺が陰キャだったとかそういうわけじゃない。ただ、その空間に馴染むことだけで疲労困憊だったこともあってそっとしておいてほしかったのだ。そういう黒歴史な時期は誰にだって覚えがあるだろうが―俺にとってはたまたまその時期がそれだった。中一からずっと同じクラスだったにも関わらず俺はあの日まで志摩と口を利いたことなどほとんどなかったし、ただただ俺の中の傷を下手に刺激するような幸せな人間に近寄って欲しくなどなかった。何度か俺に話し掛けてきた志摩をことごとく無視したし、席が隣になった時はクラスメートを脅してでも席を代わってヤツを避けた。距離感のバグった子供っぽさがいちいち俺の気に障るヤツだったのだ、中学生活前半の志摩は。家に帰ればその頃イジメを受けて本格的に引きこもりを始めた妹がいて、問題児二人を抱えた両親は山のような精神安定剤を処方されていたというどうしようもない状況の中で、俺の理解者は俺にしか姿の見えない悪魔たちだけだった。

本当の事を言えば俺は両親よりも付き合いの長い悪魔達をたくさん知っている。俺は妄想を見ていると決めつけられて、長く入院生活を送っていたからだ。物心ついた頃には、俺の周りで俺のためだけに喚びかけに応えてくれる悪魔達に頼りきった生活を送っていた。中学に上がったからといって今更俺が人間のトモダチなぞ作れるはずもなく、自由気ままに生きる悪魔達と違って面倒な付き合いの要る人間たちとの生活に、いい加減疲れも頂点に達していたころでもあった。ただ一つ反省点を上げるとすれば、よく知ろうともせずに一方的に志摩を排除していたことは、今思えば俺も随分子供だったなとは思う。



その頃オレはオレで結構荒れてた。

オレはずっと施設で育っていたんだ。育児放棄(ネグレクト)で家に帰って来ないオヤを待つのは想像以上に辛い。手を組み合わせると何かが見えるオレをオヤは頭がオカシイと思ってたし、そのせいかどうかは知らないケド本当に数えるほどしか家に帰ってこなかった。要するに施設に入れるには充分な理由が子供の頃のオレには揃ってたんだ。入所したのは五歳の時。でもオレはリョウと違ってアクマが見えても召喚する事は出来なかったから、ヤツらはオレにとっては気味の悪い生き物でしかなかったね。そもそもなんでオレにあんな生き物が見えてしまうのか、オレにもさっぱり分からなかった。今でこそ諦めもついているケド、あの当時はとにかく生き延びることに必死だった。だってオレが何かしようがしまいがお構いなしで、自分の存在を知られてしまうってだけでアクマ達はオレを頻繁(ひんぱん)に狙ってきたからね。なのにオレが授かったのはヤツらを見る能力だけ。操れるわけでもなければ意思の疎通さえままならないんだ。自分の身を守る術は一つしかなかった。毎日結構命がけの戦いをしてたんだよ。

オレの周りに常に人がいたってリョウは言うけど、それはオレの布石の一つだったんだ。もし何か大事になったら、オレはそいつらを楯にして逃げてきた。生贄(いけにえ)を飼っていたと思ってくれればいいかも知れない。オレの身代わりになって悪魔の餌食(えじき)になってくれるヤツがオレには常に必要だった。

だから絶対に手放さないためにも、ハラの中の打算を見抜かれないような無邪気な顔をしてきた。人付き合いがうまくて人を裏切るような真似をしない、人気者を装ってきた。まぁ、いざって時の保険だと思えばそれも仕事だって諦めがついたから。事実オレの代わりに死んだヤツだって結構いるし。

もちろん、それじゃ駄目だって思ってはいたけどネ。


「中学に入ってリョウを見た時、世界がひっくりかえるかってくらい衝撃受けたヨ。オレ以外にあのミョーな生き物が見える人間を知ったのも初めてだったし、そもそもリョウはオレと違って襲われる人間じゃないんだからネ。ヤツらを操る人間がいたなんて、最初はものすごいショックだったなぁ」

頬に手を当ててしみじみした志摩を恵子が後部座席のシートから立ち上がって覗き込んだ。助手席のシートを限界まで倒して寝そべった志摩が、恵子を見上げた。

「そんな距離があったのにどうして一緒に仕事するようになったの?」

「ん~……話し掛けたのは、オレが先」

「俺が放課後まで残ってんのを知ってたらしくてな。召喚した悪魔を見られた時にゃ流石に俺も焦ったもんだ」

中学校時代の放課後って言ったら大体の人間が想像つくだろう。大抵のヤツは友達同士でグループ作ってどこへ行こうかとか、SNSのトレンド追って笑ったりとか、勤勉なヤツらだとテストのための情報交換とか、とにかくアットホームだ。よっぽどイジメに遭ってるとかでもない限りは平穏で楽し気な時間として過ごす。志摩はその典型だった。対する俺はとにかくそれが苦手だった。トモダチがいねぇんだから無理もない。だが、教室をちょくちょく召喚場として使ってた俺にとっては苦手だろうがなんだろうが耐えるしかない時間でもあった。(けいこ)に占拠された実家の俺の部屋ではできない大掛かりな召喚は、無人の教室がうってつけだったのだ。仕方がないのでこんな時は―思春期の狸寝入りってのは大体経験あるだろうが―俺も例に漏れず寝たふりでこの時間を誤魔化していた。もとより人の居るところで呑気に寝られる性質(タチ)じゃない。うっすらとした意識だけを残して一人ずつ減っていく級友を見送っていた。志摩が帰る寸前に俺に小さく目配せを送ってきたことには気づいていたが、それが何を意味するのかなんてこの時にはわかりゃしない。

念には念を入れて十九時までは待ったはずだ。誰一人残っていないがらんとした教室で、俺は身を起こす。貼り付けた符をもう一度確認し、教室を施錠した。電気を落とす。

魔法陣と符の使い方は、入院生活を共にした悪魔達に教えてもらって知っていた。教室に張った結界の四隅を紫電の光が駆け抜ける!

「出でよ魔界の使徒、闇の眷属(けんぞく)よ! 滅びの翼以て我に力を貸し賜え! ……出て来い、邪竜!」

 念を込めて()ぶ俺の声に被せるように、掛けたはずの鍵が弾け飛ぶように壊れる音が響いた。反射的に振り返る。その視線の先に立っていたのは、線の細い優男。そう、志摩だ。馬鹿でかい音を立ててドアを引き開け、跪く邪竜に片手を添えた俺を貫いたその視線はいつものクラスカースト上位の人懐こいそれじゃない。口元に浮かんだ嘲笑、教室で見るのとは別人のような捻くれた顔に組んだ両手をかざし、ヤツは確かに俺の張った結界と悪魔を見ていた。

「冴島君。随分逃げ回るから現場押さえるのに苦労したヨ。やっと話す機会が出来たねぇ。どういうことか話してよ、召喚士」

間延びしたヤツの声が、嫌味たっぷりに耳に届いた。一般人に悪魔は見えない。こいつは何者なんだという焦燥感のまま、俺は邪竜に命令を出していた。

「邪竜、何とかしろ!」

漠然としたその命令を邪竜はそれなりに理解したらしかった。吐き出された毒霧が志摩にかかる寸前、志摩はすいとその場を引いた。

標的を外したその毒は、志摩に気づいて話し掛けようとしていた中年教師を直撃した。邪竜の猛毒に侵された教師は、瞬時にその場に倒れ伏す。無意識の歯軋りが頭蓋骨に嫌な音を響かせた。

「てめぇ……!」

「人にいきなり悪魔けしかけておいてオレだけ責める? とにかくもう(かえ)したら? ソレ」

確かにそうだ。避けた志摩に非はない。険悪な視線を志摩に据えたまま、仕方なく魔法陣を閉じた。報酬のない仕事に邪竜が俺の配下を去った事を気配で悟る。

「綺麗な夜だよねぇ」

睨みつけられたまま、志摩がそんな事を言った。

「新月の夜。悪魔が出やすい夜だねぇ。……もう分かってるよね。オレには悪魔が見えるんだ」

その微笑はクラスで天使の微笑(モード:エンジェル)と揶揄されるそれではない。荒れた瞳に狂気がちらついて、割れたガラスのように煌いている。表情が形作る柔らかい笑顔に似あわない鋭すぎる視線は刃物のそれだ。だけど俺は知っている、これがヤツだ。壊れちまったら人は皆同じような顔をするらしい、そんな事をうっすらと思った。そんな、出会いだった。

 


「俺も俺以外で悪魔が見えるヤツを見たのは初めてだったな。結構新鮮だったんだけどそれがまずくてな」

「そうそう、悪魔関係が二人も揃ってたらねぇ。目立つ目立つ」

互いに顔を見合わせ、俺たちは渋面になった。そう、俺たちだけでツルんでいるうちは良かったのだ。問題は、その俺たちの所在を悪魔祓いのくそガキに探り当てられた事だった。今の俺たちのスポンサーのこれまたクソババアの孫である。占いをやって食い繋いでいるそのババアは悪魔祓いの仕事を請け負っていたのだ。

そばによって来た小学生(に扮したガキ)に騙されて入った占い小屋で悪魔召喚士のスキルを見抜かれ、逃げ出そうとしたところを監禁されて無理矢理契約を結ばされたのだ。強引もいいところの手口だが、今の俺たちの家計の殆どはそのババアに寄せられる悪魔祓いの依頼料で成り立っているのだからまぁ文句は言えナイ。シラを切っていた志摩のスキャナーの力もその夜にはガキに見抜かれ、しかもこの馬鹿がその依頼料に目が眩んだおかげで俺たちは中卒でこの世界に足を突っ込んでしまったわけである。仕事柄実家にはいられずほぼ家出同然に二人で下宿をはじめ、一ヵ月後に転がり込んできた恵子もやはりガキに除霊の能力を見出され、言われるまま三人で仕事を始めて今に至る。

「あー……そういう経緯かぁ」

恵子が感心したような呆れたような気の抜けた声を上げて寝そべった志摩の腹に顎を乗せた。その姿勢のまま横目で俺を見る。

「あと三百メートル」

「今は二百五十くらいだ」

「じゃぁ今二百メートルか」

口々にカウントダウンしながら俺たちは沈黙した。もうすぐあの妖怪どもの館に着く。そのまま通り過ぎたろかと思った瞬間、ドアが開いた。要らん勘の良さが取り柄のガキが憎たらしい笑顔で俺に微笑みかけた。思わずため息が漏れる。志摩がうめき、恵子だけが結構嬉しそうな顔でガキに手を振った。


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