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2022年 光の家庭  作者: ヒトミ
第一部 本然の自分に還る
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散歩とひと夏の冒険

 もう一つ、心が元気になるために大切にしていたことがあった。それは散歩だ。

 きっかけは多恵ちゃんだった。映画を一緒に見に行った後、彼女は言った。

「私、次の春には卒業するじゃないですか。ここで四年間お世話になったから、感謝の気持ちを込めてこの地を歩こうと思うんです」

 その想いが素敵だなと思って、多恵ちゃんの発言に乗っかって、時々散歩に行くことにした。当時、私達は新宿区の西早稲田の辺りに住んでいて、自分達オリジナルの散歩コースを決めた。

 スタート地点は高田馬場駅のロータリーだ。早稲田通りを真っ直ぐ早稲田方面に進み、子育て地蔵尊のところから住宅地の道に入り、通り抜けると、学習院女子の学校が見える諏訪通りへと出てくる。その通りを渡って道に沿って下りると右手側に戸山公園が見える。公園の敷地は広く、敷地内に入って、箱根山と呼ばれる小高い丘に行く。そして、戸山公園を出て、諏訪通りを下っていくと、早稲田大学が見えてくる。早稲田大学の時計塔である大隈講堂がゴール地点だ。

 片道約四十分のこのコースは散歩するのに丁度よかった。

 春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は落ち葉といった戸山公園の四季折々の風景は、季節ごとの空気をまとって、私達を包み込んでくれたし、時に見せるゴシック様式を基調とした大隈講堂の時計塔と並んだ満月は、ノスタルジックな気分を感じさせた。気分が上がっていても、落ちていても、どんな時も暖かく迎えてくれるホッとできる道だった。晴れた日にはここに行きたくなったし、心がもやもやする時はここを無心で歩いて、心を落ち着かせた。

 卒業した多恵ちゃんがこの地を離れた後も、この散歩はそのまま続き、気分が向いた時に、ふらっと訪れ、いつしか私の生活の一部となっていったのだった。


 そんなある日のこと、西洋占星術のあのブロガーさんが、神社に関するオンラインプログラムの記事をアップしているのを見つけた。陰陽五行の五行のエネルギーを含めて神社の説明がされているプログラムで、面白そうだなと興味を持ち、すぐさま申し込んだ。

 プログラムに紹介されていた都内近郊の神社を見るなり、すぐにでも神社巡りをしたくなったのだが、世の中はちょうどコロナ禍で一回目の緊急事態宣言が明けて、夏を迎えた時期だった。「ステイホーム」の外出自粛モードは続き、私も帰省や旅行はやめていた。外出を控えるべきか、頭を悩ます。

 けれども、夏の晴れ渡った天気は、毎年私を「どこかへ行きたい」という思いに駆り立てる。今夏もそれは例外ではなかった。

 結局、家の近くの散歩は常日頃からしていたので、三密や電車を極力避けた散歩での神社巡りぐらいならいいのではと思い立ち、私は決行することにした。

 麦わら帽子をかぶって、水分を持ち、ギラギラした太陽の下、新宿区の自宅から片道一、二時間、都内を歩く、阿佐ヶ谷、代々木、赤坂、溜池山王、虎ノ門──。

 埼玉方面の秩父、大宮には電車でいった。

 日本の神様や神社には疎かったけれど、神社がある地や神社に向かうまでの街歩きも楽しんでいた。江戸時代やもっと昔の人達は電車もなく、暑い日も寒い日も駆け巡っていたのだろう。昔の時代に時折想いを馳せたり、街の風景を楽しみながら、電車を使わないで、人混みの少ない道を選んで歩いていった。そこから見える東京は、私にいつもとは違う風景をみせてくれるのだった。

 鳴り響く蝉の声、ムンムンする熱気、炎天下でかく汗、どれもが夏そのもので、嬉しすぎて、どこまでもずんずんと歩き続けられた。こうして、私のひと夏の冒険は幕を閉じたのだった。


 神社巡りに行くようになって、夢中になって読み始めた本があった。「だるまんの陰陽五行シリーズ」という漫画である。陰陽五行のエネルギーについて分かりやすく解説している書で、プログラムの中で紹介されていた本だった。

 主人公の青年、皆本くんが肉だんごのような姿をした「だるまん」に陰陽五行について教わりながらストーリーは展開していく。五つのエネルギーの特性から始まり、徐々に、哲学、医学、民俗学、歴史、宗教、易学、西洋神秘学などのテーマを複合的に絡めながら、陰陽五行の視点で、解説されていくのだ。

 この漫画を含め日本の歴史や神社に関する本をいくつか読み進めながら、関東近郊の神社や仏閣、自然を訪ねていった。そうして、少しずつ神道の八百万の神様というものを掴んでいったのだった。八百万の神様といえど、様々なものが神格化されていった神々であり、創世の大元の源となるものはただ一つで、一神教の創造主の神様と通ずるものがあると感じたのだった。

 そして、風土や宗教によって多少捉え方や呼び名が異なっていても、神様の特性やエネルギーには、本質的なエネルギーの共通性を見出すことができ、同じものを指すこともあるのだということを知っていった。

 そのようにして、聖書から学んできた私の信仰の中での教えと、日本人として生まれ育った中で自然と培っていた自然崇拝や神道の内容の整合性をとっていくのだった。


 こうして陰陽五行やスピリチュアルの世界を通して、神様や宇宙について知っていった私は、いつしか教会で作られたルールや枠組みには収まり切れなくなっていた。長年の信仰生活の中で義務感のように形成されていった使命感、選民思想、自己犠牲の精神はガラガラとあっけなく崩れ去っていった。長い共同生活にピリオドをうち、一人で新しい生活も始めていた。仕事も変わった。

 それでも、今まで頑張って積み重ねてきたものが壊れていく虚しさよりも、自分が繕っていたものを脱ぎ捨てて軽くなる心地よさの方がはるかに上回っていくのだった。そして、それは自分の心を穏やかにも平和にもさせた。自分から湧き出る想いや感情をありのままに認め、自分自身と対話しながら、やりたいことをやっていく。飾らない等身大の生活に幸せを感じ、心が満たされていくのだった。

 気付けば、本当の意味での自己信頼という自信ができ、自分をまるごと好きになれていた。自分を信じて進んでみよう。そう素直に思えるようになっていた。

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