お山の陰陽結び
この頃、月一回のペースで明子とどこかに出かけるようになっていた。
「山行きたい」
今回のお誘いはこれだった。明子は山好きだ。前々から誘われていて、ようやく最近登山靴を購入した。
「いいよ、いこう。初心者でも登れる山に行こう」
大菩薩峠、陣馬山、高尾山、小仏峠──いくつか明子が行き先の候補を出してくれた。それぞれ、インターネットで調べてみると、高尾山の「水行道場」というものを見つけた。一般の人でも入滝の作法を受けて滝行ができる場があるらしい。滝行を一度体験してみたいと思った。
陰陽五行の本を読んだり、神社で神様のエネルギーを受けとったり、エネルギーそのものに興味があった。滝行を通して、水のエネルギーに触れて、「水そのものになる」を体感してみたかった。
「滝行やってみたい。水になりたいの」
と言ったら、あっけなく断られてしまった。でも、高尾山は付き合ってくれるらしい。
「滝行でお清めしている間、私は頂上で清めの酒をのんでおくよ」
と明子は言った。
結局、陣馬山と高尾山に行くことにした。
十月二十九日、天気は快晴、明子の車で陣馬山へ向かった。
標高八五五メートルの陣馬山は東京都八王子市と神奈川県相模原市緑区の都県境にあり、東京から西の方に位置している。登山口までアクセスしやすく、また、道も歩きやすいため、初心者や家族のハイキングにも人気で、登山コースもいくつかある。私達も地図をみてコースを選んでいたのだが、道中の山道で、私がひどい車酔いにかかってしまい、コースを選ぶどころではなくなってしまった。
山頂から一番近い和田峠にようやくたどり着き、登山を開始した。やっぱり山を歩くことが好きだ。山の中の透きとおるような空気、踏むとサクサクっと音を鳴らす落ち葉、岩や木の根が織り交ざって踏み固められた大地、どれも癒しを与えてくれる。ハイキングを始めると、先ほどとは打って変わって元気になり、どんどん進んでいけるのだった。
歩くこと約三十分、頂上に辿りついた。中央にある白い大きな馬のモニュメントが目に入った。馬はしなやかに首をのばして、雲一つない真っ青な空を眺めていた。白い馬と青空のコントラストが最高に美しかった。また、遠くには富士山もはっきりと見える。ずっと眺めていたいほどの素晴らしい眺望だった。
そんな中で、私達は昼食を食べる。昼食はチキンや野菜が入ったラーメンだ。
「一緒に山に登ったら、頂上でラーメンご馳走してあげるね」
と前々から明子は言っていた。そして、前日スーパーでラーメンの具材を買って準備してくれていたのに、具材は全部家に忘れてきたらしい。コンビニでチキンと野菜を買ったのだと言う。そんな明子の優しさが嬉しかった。
アウトドア用の鍋に火をつけ、チキンと野菜、ラーメンを入れて煮込む。ただそれだけなのだが、山の上で食べるラーメンは本当に美味しかった。
昼食を終え、一時間程、ハイキングを楽しんで、和田峠に戻った。明子は運動不足、私は登山初心者だったから、私達にはこれくらいの距離がちょうどよかった。初心者登山は無事に終わった。
十一月十八日、都心から約一時間電車に乗り、今度は高尾山へ向かった。
東京都八王子市にある高尾山は東京から西へ約五十キロのところに位置し、先日登った陣馬山までは縦走することもできる。標高五九九メートルの山は国定公園にもなっており、「高尾山薬王院」というお寺もある。古来より修験道のお山とされ、山伏が修行を行ってきた地でもあり、「琵琶滝」と「蛇滝」という二つの滝がある。
今回は琵琶滝での滝行だ。
高尾山口駅から徒歩五分歩くと、ケーブルカー乗り場が見えてくる。その脇を通って六号路を約二十分進むと、途中で琵琶滝がある。受付を済ませ、行衣を借りた。今回、私を含め十五名の参加者がいた。女性も数名いて、少しほっとした。
行衣に着替え、滝行の諸注意や心得、作法について説明を受けた。琵琶滝のご本尊は「南無大聖不動明王」で、滝行の全ての過程の中で唱えていく。
まず口の中を塩で清めて磨く。次に、滝場の隣にあるお堂へ移り、お堂前で不動明王に拝む。その後、滝場の清掃をして、身体を塩と水で清め、石碑に向かって拝む。そして、滝への入水だ。滝の中に腰かけ岩があり、その岩に座り、右足首を左ひざの上に組む。滝水を浴びながら、手で印を結び、不動明王と唱え続け、約二分滝に打たれる。最後に再度石碑に向かって拝み、終了となる。
十一月の滝の水は冷たかったが、あまり気にならなかった。
実際滝に打たれている時には、とめどなく溢れてくる激しい水と不動明王を唱えることに必死で、まさに無我夢中だ。けれども、その中で、一瞬の水の暖かさや静かさみたいなものも感じたのだった。また、最後の石碑への挨拶は、不動明王様が共にいて下さるようで、心から嬉しく、感謝の想いがこみあげてきて、幸せだった。
結局、明子も頂上でお酒ではなく、最後までお堂の近くで見守っていてくれた。本当に有難かった体験だったし、終わった後には背中の重たかったエネルギーがとれてすっきりとした。
その後、そのまま六号路を登って山頂に向かった。紅葉シーズン真っ只中で、山頂にはたくさんの人がひしめき合っていた。
昼食は高尾山名物のおそばを食べた。ビールを片手に、そばをすすっている明子も幸せそうだ。食べ終わった頃、明子が私にプレゼントをくれた。ライラック色をしたクンツァイトの石に水色の紐でマクラメ編みをしたブレスレットでどちらも大好きな色だった。私をイメージして作ってくれたのだという。滝行で不要なエネルギーがそぎ落とされた後で、このブレスレットを受け取れて、嬉しかった。
帰りは一号路の道をゆるりと下っていき、薬王院で参拝をした。全体的に極彩色が使われている本社の飯縄権現堂は銅瓦葺きの入母屋造の本殿と拝殿を幣殿でつないだ権現造である。外壁や柱、梁には細かい彫刻が施され、非常に華やかな社殿であった。正面左右には天狗の青銅像も立っている。ご本尊は飯縄権現である。
本社を出て下ると、本堂がある。薬師如来と飯縄権現を祀っている本堂は入母屋造で、こちらは本社と違って、彩色は施されていないが、正面には立派な注連縄が飾られていて、濃い茶色の素木の本堂と共に荘厳さを醸し出していた。境内には立派な仁王門や様々なお堂、社、鐘楼もあった。薬王院を出てさらに下り、最後はリフトに乗って麓まで下りた。
陣馬山と高尾山も陰陽結びの一つであった。陣馬山の馬のモニュメントのように上昇する陽のエネルギーと、高尾山の琵琶滝の下降する陰のエネルギーを結んだのだった。




