山の日三輪山、そして、新宿
「古代日本正史」の本を七月の後半から八月の前半にかけて夢中になって読みふけっていた。
そして、八月八日、この日は日曜日で、本来はお休みの日であったが、現場の人員が足りず、急遽休日出勤となった。そんな私を見て、「翌日、代休をとっていいよ」と上司が言って下さり、八月九日は休みとなった。
シフト制で動いている職場で、私が月曜に休みをとれることは珍しく、この予期せぬ「月曜日のお休み」にわくわくした。どこかへ行こうかと思い、ネットを開いたところ、あるブログ記事が目にとまった。それは東京国立博物館の特別展「聖徳太子と法隆寺」の記事だった。
この特別展は前期と後期に分かれていて、前期が八月九日までとなっていた。その前期の目玉が「国宝 天寿国繍帳」という日本最古の刺繍であった。この刺繍を見てみたくなった。この刺繍を見るために、この特別なお休みが与えられたような気がして、博物館へ行くことにした。
八月九日、山の日、世間は祝日だった。鶯谷駅で降りて、博物館に向かった。東京国立博物館は日本と東洋の文化財が展示されている日本最古の博物館である。上野恩賜公園内にある博物館には本館、表慶館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館の五つの展示館と資料館があり、特別展がある平成館へ向かった。
会場内は程よく混み合っていた。「聖徳太子と仏法興隆」、「法隆寺の創建」、「聖徳太子と仏の姿」、「法隆寺東院とその宝物」「法隆寺金堂と五重塔」という五つのセクションに分かれた会場には、法隆寺が所蔵する寺宝が多数展示されていた。
その中で「国宝 天寿国繍帳」を見つけた。縦横約八十センチメートルの絹布は、上下三段、左右二列の六枚の絹布が貼り混ぜられたもので、飛鳥時代に制作された旧繍帳と鎌倉時代に模造した新繍帳を江戸時代に貼り混ぜて一面となったものらしい。刺繍の一部には、はっきりと色も残っている。聖徳太子の死後、妃の橘大郎女が作らせたもので、太子が往生した天寿国の有様を表現しているそうだ。細かい刺繍に目を奪われ、しばらく眺め続けてしまった。
聖徳太子の展示を全て見終わった後、別の特別展があることに気づいた。「国宝 聖林寺十一面観音─三輪山信仰のみほとけ」である。
三輪山は、奈良県桜井市にあるなだらかな円錐形の山で、古来より大神神社のご祭神である大物主大神が鎮まる神の山として信仰されていた。山自体が大神神社の御神体なのである。
「三輪山」と聞いてピンときたものがあった。今まさに読んでいた本に三輪山が出てきていたからだ。
『大物主大神が「饒速日命」とわかって、改めて大神神社の調査をした。
ここは、饒速日命が住んだ場所で、この辺一帯の三輪の地に子孫一族が住んでいた。
父、須佐之男は出雲の須賀の三室山(別名を須我山、出雲山、御室山という)
の麓に住み、饒速日はそこで生まれた。
大和へきた饒速日は、自分の住居の後ろの山を「三室山」と名付けた。
三諸山、三輪山等、いろいろな呼び名になっているが、
正しくは、三室山だった。
さらに墓陵は、須佐之男の熊野山と同じ作り方の日本でも珍しい磐座形式である。』
原田常治『記紀以前の資料による古代日本正史』(同志社、一九七六年)一七四頁
早速チケットを購入し、会場に向かった。先ほどの聖徳太子の特別展よりは規模は小さく、一室だけだったが、三輪山と三ツ鳥居の風景が壁の奥一面に大きく映し出されていて、興奮した。三ツ鳥居は中央の鳥居の両脇に小規模な鳥居がついたもので、大神神社特有の珍しいものだ。
そして、中央には目を見張るほど美しい十一面観音菩薩立像が堂々と佇んでいた。頭頂部には小さい仏面一つ、その下に二つの菩薩面、三つの怒った面、二つの牙を出した面があり、顔は少し厳しい表情をしている。柔らかげな天衣をまとい、すらりとした八頭身で金色の菩薩像は薄暗い部屋の中でひときわ荘厳な雰囲気を醸し出していた。
この菩薩像は元々大神神社の境内にあった大御輪寺にあったものが、明治の神仏分離令によって聖林寺に移されたそうだ。
感動して、実際の三輪山にいつか訪れたくなった。そして、今日は三輪山のエネルギーを受け取るために、ここに来たのだと感じた。「山の日」という山に関する国の祝日に三輪山に呼ばれたことが、不思議で面白かった。
須佐之男繋がりで、八月二十二日には、東京都新宿区にある熊野神社に訪れた。
和歌山県の熊野三山にいつか行きたいなぁと、ふと思って調べていたら、意外にも新宿の都庁近くに熊野山より十二所権現をうつし祀った神社があることが分かった。ご祭神は櫛御気野大神と伊耶那美大神であり、櫛御気野大神は須佐之男の別名である。
新宿から神社へ向かう途中、路上で多くの人だかりができているのを見つけた。一様に空を仰いでいる。その姿につられて空を眺めてみると、晴れ渡った夏の青空の中を六つのジェット機が音をあげながら、飛んでくるのが見えた。ブルーインパルスだ!
航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が、二十四日の東京パラリンピック開会式に向けて予行をやっていたらしい。ジェット機の一つが先頭を飛び、その後ろを五つのジェット機が連なりながら、白いスモークを発して飛んでいく。縦横無尽に駆け巡り、五つの白煙を残していくブルーインパルスの姿がとても優雅でかっこよかった。
そして、熊野神社に着いた。区立新宿中央公園に隣接したこの神社は、それほど大きくはないものの、濃い色の木材に金色の装飾が施された社殿は気品と重厚感を持ち威厳を感じさせるものだった。大都会で高層ビル群が立ち並ぶ立地であるにもかかわらず、それを全く感じさせない静かで深遠な空気を漂わせるのは、新宿総鎮守たる所以なのだろう。東京の中心の一つであるこの地で須佐之男のエネルギーを受け取って、帰途へ着いたのだった。




