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ダンジョン世界と砂漠の街

ダンジョンの大家さん。

挿絵(By みてみん)


「ソルマ! いきなりだが父さんと母さんは魔界一周旅行に行ってくる!!」

「は、え、ほんとにいきなりすぎて意味がわからないんだけど」

「簡単に説明すると、グラズベル商店街の福引で当たったの。もちろん当てたのは母さんよ?

 で、その商品がダシュマスト温泉ペア二日間……」

「なーんだ、二日間だけの話ね」

「と、ノールゴム渓流下りツアー、ファンデベ郷温泉街フリーチケット、それから……」

「多くない!? いくつ当てたの!?」

「一等と二等が二種類ずつに四等が三種類だ! どれも有効期限があるから、どうせなら一度にすべて済ませてしまおうと思ってな!! スケジュールを組んだところ最短で一ヶ月はかかる!!!」

「そういうわけだから、父さんたちが留守の間、うちのダンジョンの管理お願いね」



 ……。

 というようなやりとりがあったのが、かれこれ二週間前のこと。


 私はソルマ。これといって正しい由緒もない、しがない魔族の娘である。

 うちは祖父の代からダンジョンの経営をしていて、祖父が百年前に亡くなってからは父がその跡を継いでいる。

 ちなみに地上一階・地下五階建ての、ごくふつうの中型ダンジョンだ。建物名称はグラズベル駅前ターミナルビル第一ダンジョン。


 両親はめちゃくちゃ気軽に後を頼んで出掛けていってしまったが、我が親ながらどうかしている。

 まず私はこれまで父の大家業をほとんど手伝ったことがない。しかもよりによってうちのダンジョンは今どき珍しい大家常駐タイプだ。

 私はそれまで働いていたバイト先をしばらく休業する必要に迫られた。

 たまに戻って玄関の掃除とかすればいいのかな、とか思っていたのに、案外やることが多いのだ。


 父は大家としてすべきことを一覧にまとめてくれていた(たぶん実際に用紙を作ってラミネートしたのは母だと思うけど)。

 それを見て毎日四苦八苦しているうちに年が明けていた。



 表の掃除をしていた私に近づいてきた影がある。シルエットでもうわかったけれど、顔を上げると見知った人が立っていた。


「あっ、あけましておめでとうございます、ラーフェンさん」

「あけましておめでとう、ソルマ。今年もよろしくね」


 私にとって唯一の癒しはこの、三階にお棲まいのラーフェンさんという魔物だ。種類は知らないけど人型タイプで、物腰柔らかで話しやすいし、歳もけっこう若いみたい。

 で、どうしてこのあまり特徴のないお兄さんが癒しなのかというと。


「おっソールマちゃーん!! 今年もよろしくなーッ!!!」

「年明け早々がんばってんねぇ、えらいえらいッ! あとでおっさんとこにもお酌頼むわー!!」

「いやそういうのは大家の仕事じゃないんで……」

「ちぇーっケチんぼさんめー。……だはははは、そう睨むなよフェン坊!」

「はっはー、おまえも暇だったらあとで来な! 今日は夜まで魔雀(マージャン)大会するんでな!!」

「へえ……ちなみに賭け魔雀ではないよね? 条例違反だし」

「わーってるっての、相変わらずお堅いこって。そんじゃあ後でなー!」


 まあわかりやすいのがこんな感じ。他の住民の相手がめんどくさいの一言に尽きる。


 今この掃除中の玄関ホールに足跡を付けながら通っていった二人組は、四階に住んでる牛頭魔人と馬頭魔人のおっさんコンビ。酔っ払いである。

 たぶん新年の飲み会帰りなんだろうけど、ぶっちゃけいつでもあれくらい酔っている。素面のとこを見たことない。

 ……でも四階棲みだからたぶん強いんだよな……とてもそう思えないんだけど……。


 まあ、挑戦者が四階まで辿り着かないこともある。……わりとよくある。

 のでおっさんたちも気を抜いているのかもしれない。


 ちなみに最上階の五階が文字通りダンジョンの頂点になっていて、挑戦者はそこに到達できれば攻略の証を受け取れることになってるらしい。

 私は今までそれを一度も見たことがないんだけど。なんだかんだでいつも途中で阻止されてるみたいだから。

 それにそもそも、ここは挑戦者自体がそんなにいない。きっとマイナーダンジョンなんだろう。


 ちなみに私たち大家一家は地下階棲みで、そこは挑戦者が入る場所ではありません。


「今年も騒がしい一年になりそうだね。ちなみにご両親はいつ帰ってくるんだっけ」

「えっと、二週間後です」

「じゃあちょうど今は折り返し地点ってわけだ。大家代行もけっこう大変だろ?」

「ええまあ~……でもなんとかなってるんで、がんばりますっ」

「何かあったらいつでも言ってくれ。僕だけでなく、きっとみんな力を貸してくれるからね」


 そうだといいんだけど。


 そう、だと思いたいんだけど。


 ラーフェンさんと別れて数分後の私はがっくり肩を落としていた。裏のゴミ捨て場に行ったら、年末は回収されないから早めに出しておけとあれほど言っておいたのに、案の定山積みになっていたのだ。

 もう誰なのこんなにギリギリまで溜め込んでた人は!

 量的に絶対これは一人二人じゃない! もう!!


 腹を立てても仕方がない。年明け最初の回収日まで、これはどうすることもできないだろう。

 それまで臭いとかが困るから、ほんと言えば炎系の住民に燃やしてもらいたいけど、勝手に焼却するのは今は条例で禁止されてるらしい……。


 さっそく何かあったけど、これ誰にも助けてもらえるやつじゃないよう。


 しかもである。しょぼくれていた私の背後で何かが動いた。

 ぱっと振り向くと、そこにはゴミ袋片手にそそくさと逃げようとしていたらしい住民の姿が。


「ニョップチョッキさん、あけましておめでとうございます」

「あ……けましておめでとぉソルマちゃん」

「その手のそれはなんですか」

「ご、ごめんね~? わたし年末も仕事だったから最終日に捨てそびれちゃって……今、やっと部屋の掃除してるとこなのよ~……」

「……はぁ。わかりました、どうぞ。ちなみに臭いを消したりする能力のある人知ってます?」

「うーんと……二階ならモルモスさんとか? 消せないけど結界に封じておけるかも~」


 それあとで結界解いたら余計ひどいことになるやつじゃないですか。


 ちなみにこのゴブリンの女性も二階棲みで、普段は街でホステスしてるらしい。うちは副業可のゆるいダンジョンだ。

 何しろそもそも挑戦者自体が少ないので、全員つねに揃ってなくてもなんとかなるらしい。


 追加のゴミ袋をなんとか崩れないように山に加える。……ああダメっぽい。なんか変な揺れ方してる。

 いや違うなこれは人の――魔物の足踏みだ!

 理解した瞬間、私は咄嗟にその場を飛び退いた。と同時にすぐ近くにあった裏口の扉が開き、そこから魔物の巨体が現れた。


 一階のゴーレムのエイブラリアンさんだ。特徴はとにかくデカい。

 身体のサイズを自在に操ることができるらしくて、それで扉の数倍はある巨体を縮めて出てきたのだが、すぐ元に戻るしそもそも重さは変わらないらしい。


「あ~、けま~して~、おめ~でとう~」

「あけましておめでとうございます」


 特徴その二。行動はめちゃめちゃ遅い。彼(無機物だけど男性という設定らしいので)の手にもゴミ袋が握られていて、私はもう何も言いたくなかった。

 そしてゴミの山はすでに崩れ去って、今はなんていうか河と化していたのだった。

 ……ねえこれ私が元に戻すの……これ全部……?



 ・・・・・+



 まあ、そんな感じでトホホな新年初日の昼下がり。

 午前中に済ませるはずだった予定をやや午後に雪崩させつつ、私は一階のクェンティアおばさん(魔女・独身・推定1800歳・結婚相手募集中)の部屋でお雑煮をごちそうになっていた。


 ようやくゆっくりできてほっとしていた私の耳に、けたたましいドアノックの音が届く。

 おばさんが応対すると、そこには同じ一階棲みのミニトロール一家の奥さんが立っていた。いつもはよくお喋りしているふたりだし、新年の挨拶でもしに来たのかしらと思ったが、何かようすがおかしい。


「ちょ……挑戦者よ!」


 あら珍しい。


「まあ珍しい」

「落ち着いてる場合じゃないわよ、なんか立派な鎧来た集団なのよ。戦闘準備しといてほしいのよ」

「オーケーわかったわ、あとあけおめ」


 奥さんは急いで自分ちに戻っていった。

 フロア内の攻略順序は自由だし、同じ階のすべての魔物を倒さなくても上の階には行ける。通路の形からしてミニトロール一家が撃破されたあと、その集団がここに来る確率は二分の一ってところだ。


「大丈夫ですか?」

「準備ってもアタシは杖を出せばいいだけだし、来てからでも遅くないわよ。あの奥さんはいつもあんな感じだから気にしなくていいわ。

 それよりラーフェンくんとはどうなのよ。何か進展あった?」

「え? ……何の話?」

「何って、あなたたちが最近いい感じだって噂になってるんだけど」

「え……えー、いや、べつにそんなぁ、何にもないです~」

「あ~らあらあら、その顔はまんざらでもないわね」


 新年早々謎の女子トークにあわあわしていた私は、このときまだ知らなかったのだ。


 このあととんでもないことが待ち受けているだなんて……。



 とか引っ張ってもしょうがないので話を進める。私たちが恋バナと呼んでもいいか微妙なレベルの話題で盛り上がりながらお雑煮の餅をのばしていたころ、ミニトロール一家も全員のびていた。

 犯人はもちろん挑戦者、人間の言葉でいうと「勇者御一行」ってやつである。


「やはり年明けの魔物は弱い。ダンジョン攻略には最適の季節ですね」

「うむ。魔物といえど祝賀ムードには気を抜いてしまうもの。……しかしッ! そんなもの甘えにすぎんッ!

 東オーレット冒険組合(ギルド)所属、達人(マスターズ)ランクを戴くこの冒険団(パーティ)<払暁の剣>に年末年始休暇などないッ!!」

「さすが我が勇者様、他のパーティから悪徳団長(ブラックリーダー)と一目置かれるだけのことはありますわ」

「はは、その私にこうして従っているおまえたちも見上げ果てた立派な社畜(ワークスレイブ)だぞ。

 では参ろう。初のグラズベル踏破者名簿に我らの名を刻みに……な!」


 なんて会話をしていたとかしてないとか。


 私はよく知らなかったのだが。

 というのも途中で呼ばれたクェンティアおばさんが出て行ったので、そのあと地下の自宅に帰ったのだ。



 両親は旅行中で他に誰もいない部屋は、しんと静まり返って少し寒々しい。

 おもむろにテレビをつけてお笑い番組を流してみたが、静寂に響きわたる会場の笑い声が、かえっていっそう寂しさを強調するみたいだった。途中で嫌になって消し、ソファにごろ寝する。


 こうなったら牛頭馬頭コンビの魔雀大会でも見に行こうかな。なんて思ったりもした。

 絶対に酒とタバコ臭くてうるさくてめんどくさいけど、それでもひとりでいるより少しだけマシな気がしたのだ。

 ていうかお父さんたち、なんで旅行日程と年末年始を重ねたの? 旅館の人たちにも年始休みくらいあげなよ。いやそういうのがないのが当たり前の職場かもしんないけど。


 と、私がひとり部屋で腐っていたころ。



「……やべえぞあいつら、ふざけてるくせに強いじゃねえか……」

「あと動ける奴は誰がいる? 俺は脚がやられちまった」

「おい、待て、あいつら階段のほう行っちまうぞ!」


 勇者一行はちゃくちゃくとダンジョンを攻略してゆき、ついに最上階に向かっていた。


 ……まあ当然である。道中に待ち受けているのは他に帰省する場所もない飲んだくれのおっさんたちとか、あと年末ぎりぎりまで副業していた仕事帰りの疲れた魔物ばっかりだったからだ。

 それを狙って正月に襲ってきたのなら勇者の作戦勝ちってやつだろう。


「やばい……誰か、ソルマちゃんに伝えないと……」

「ていうかその前に、あの子このシステムのこと知ってるのか? たぶんあの親父さんだからろくに説明してねえと思うぞ」

「……やっぱり? ならやっぱり大家のおやっさんを呼び戻すしか……」

「間に合わないよ」


 ラーフェンさんが、私が渡しておいた両親の旅程表を見ながら言った。


「予定じゃ今日はノァゴイの湖上クルーズの二日目だ。あそこまで呼びにいくのにどんなに急いだって往復で三日はかかる」

「じゃあ……」



「やっぱソルマちゃんが迷宮の主(ダンジョン・マスター)の役なんじゃん……」



 というわけで。

 いやどういうわけなんだか。


 私は直後に呼びに来たラーフェンさんに連れられて、ダンジョン最上階に向かうことになった。

 その道中で受けた説明はこうだ。

 最上階に住民はいない。なぜかというと、挑戦者を阻む最後の砦、つまりラスボスは大家その人だからである。


 ……?? どういうこと???


「だから挑戦者が最上階に着いた場合、今まできみのお父さん――サルバトリアスさんがそれを退けてきたんだ。それで今までここは誰も攻略成功者がいない、未踏破ダンジョンだった。

 それに大抵の挑戦者は牛頭馬頭を突破できなかったしね」

「あのおっさんたちほんとに強いんだ……」

「でも今回は負けた。酔ってたせいじゃなくて、ほんとうに強い勇者が来てしまったからだ」


 いや酔ってたのも絶対あるでしょ。


「で、つまり今、勇者たちは五階の挑戦者の間にいる。……きみは大家として彼らと戦わなくちゃいけない」

「なるほど。……ぇぇぇぇえええちょっと待っていきなりそんなこと言われても無理!! だいたいお父さんそんなこと一言も言ってなかったんだけど!!!」

「僕らとしても心苦しいよ。でも、そういう決まりなんだ。最終戦には誰も手出しはできない」


 それにこのとおりだからね、とラーフェンさんは上着をめくって見せた。待っていきなり胸板チラリは心臓に悪いよ!とか私の中の乙女が叫んだが、現実にはそこは真っ赤な血で染まっていてトキメキもクソもへったくれもない。

 ていうか、……痛そう。大丈夫なのかなこれ。


「無理はしなくていいから。サルバトリアスさんもきっと責めたりはしない」


 と、そんな微塵もやる気の出ない励ましの言葉に見送られた私は、挑戦者の間に降り立った。


 勇者たちは魔物の出現にいきり立ち、一秒後に目に見えて肩を落とす。

 そりゃそうよね。さっきまでデカくてゴツい牛頭馬頭のおっさんたちとやりあってた(けっこう勇者側もくたびれてボロボロになっていて、あの人らちゃんと強いんだなぁと改めて思った)わけで、次はどんなのが来るかと身構えていただろう。

 それがこの、魔物平均で小柄な、見るからに小娘だもん。気落ちするよね。


 しかも普段はしがないケーキ屋のバイトですよ?

 血と埃に塗れる肉体労働どころかクリームに塗れて接客業だっての。握ってきたのはトゲトゲだらけのハンマーじゃなくてふわふわのケーキとトングでしてよ。


 でも、やるしかないのだ。


 だって私は、今はダンジョンの大家さんだもん。代理の。


「……見かけに騙されるな! かかれ者どもーッ!」

「魔力が尽きるまで効きそうな状態異常を片っ端からかけてやりますわ!」


 目を血走らせ、一斉にとびかかってくる勇者一行。絵面が怖い。

 ていうかひらひら衣装のお姉さんはてっきり後方支援系かと思ってたんだけど、何その杖って魔法用じゃなくて鈍器なの? 人間にも血気盛んなお年頃があるの??


 わーしかも適当に襲ってきたんじゃなくてちゃんと連携してる! 女魔法士が右から、騎士っぽいのが上から、ジョブ名称わかんないけど斧持った人が左からくる!

 ていうか人数多くない? 勇者とは別に男が三人女二人って多くない!?

 いや平均人数とか知らないけど! やだこれを一人でぜんぶ相手するのめっちゃやだー!!


「な……!?」

「きゃ――うごふっ!」

「あぎゃッ!」

「へぐッ!」

「うぎぉ!」

「ふべっ!!」


 とにかく攻撃を受けたくなくて右斜め後方へ回避、厄介そうな魔法士から爪で対処。胸が痛むけど高そうなひらひらドレスをボロボロに引き裂かせてもらい、セクシー状態の彼女を引っ掴んで勇者の隣の僧侶っぽい女にぶん投げる。

 それから飛び上がって跳躍攻撃をかけてきている騎士の頭を踏んづけ、そいつを蹴り飛ばして斧男(まさかと思うけどジョブ名きこり……じゃないよねさすがに。ヴァイキングとかかな?)にぶつけた。

 そのまま勇者と騎士の間にいた盾持ちの男(これは何? なんて役職?)の前に着地して、そいつを足払い。奪った盾を勇者に向かって投げつける。


 反射的にそれを受け取ってくれた勇者に、盾の上から全力でパンチをぶち込んだ。


「ひょばぁぁぁッ!」


 ……はぁ。

 はぁッ、はぁぁっ、こ……


 怖かった……!! もう無理これが私の限界これ以上は勘弁して! 痛いのは嫌!!

 あと顔に傷とかつけられると接客業できなくなるからそれも困るし!

 あ……あとその……お、お嫁さんに行きづらくなるのも、それもその……困る……から!!


 やれるだけのことをやった直後、私はすぐさまビビッて部屋の反対側に逃げた。

 とりあえず全員転ばせるので精一杯。この間に呼吸を整えて、みんながまた起き上がってきたら……そのときはえっと、降参はさすがに情けないかな……。


 が、それも杞憂だったのか。


 恐る恐る振り向いた先に、勇者たちはみんな眼を回して倒れていた。



 ・・・・・*



「いやぁ、あのパンチ。さすがはサルバトリアスの旦那の一人娘だけあるわ」

「あの速さは母親のメディさん譲りだろ。ありゃまさに神速だな!」


 勇者御一行をダンジョンの外にお出ししたあと、ダンジョンの住民は一階ロビーに集合して祝賀会を開いていた。

 酔っ払いが加速している。誰だ魔雀卓持ち込んだの。おいこら札玉(かね)を並べるな賭博は禁止!

 などとあれこれ騒ぎたい私の口は、今はお菓子で塞がっている。


 なんか、……めちゃくちゃ疲れる年明けになってしまった。

 でも妙にすっきりしているのはなんでだろう。いっぱい動いたからなのか、それとも父さんに託されたこのダンジョンを守りきれた達成感ってやつだろうか。


「驚いたよ。ソルマがあんなに強いなんて」

「え~(モグモグ)そ、そんなことないです〜……(モグモグ)……」

「ソルマちゃん、お菓子ガッつきながらじゃ絵面がラブコメにならないわよ」


 いやだからそのぉ。そういう路線は狙ってないんで、えっと。

 ていうかクェンティアおばさん脇腹を杖でつつくのやめて地味に痛い。……あ、痛いと言えば。


「もぐ……ところでラーフェンさん、怪我は大丈夫ですか? 手当てとか……」

「それならわたしがしておいたよ~。ねっフェンくん」

「ニョップチョッキさん。……ち、余計な真似を」

「あら~いま何か言った~?」

「いえ何も!」


 まさかのライバル出現である。……いやそのそういう路線じゃないってば。

 ないけど今の、自分でも無意識に言ってしまった。ということはつまり、そういうアレがソレしてしまっているのだろうか私の脳内では。

 というか、聞かれてないかなと不安になってそっとラーフェンさんを伺ってみる。


 眼が合った。にこりと微笑まれた。きゅん。

 ……いや待て今の音! 何きゅんって! 胸が! きゅんって妙に甘く震えてしまったわ!


 ふええ、と戦闘以上に慣れない感覚に私がへばったところで、我がライバルことニョップチョッキさんはおっさんたちのお酌に呼ばれて行った。

 さすがホステスだけあって対応が早い。ああして男の人(酔っぱらったオヤジであることはさておき)の隣に座ると雰囲気が変わった気がする、というかなんか仕草が色っぽい。

 あれが大人の女の魅力……? 勉強せねば。


 と、ゴブリンのお姉さんをガン見している私の肩を誰かがぽんと軽く叩く。


「ソルマ、ひとつ頼みごとをしてもいいかな」

「ひゃい! ……な、なんでしょう?」


 いつもより少し青白い顔をしたラーフェンさんが、なぜか楽しそうに言った。


「怪我のせいで血が足りなくて。あとでいいから、少し分けてもらえないかな。きみの血」

「え、……わ、わかりました、いいですけど……でもなんで私に?」

「きみのだけまだ飲んだことがないから」

「へ」


 いや……それ、にっこり笑って言われても。


 そのあと教えてもらったところによるとラーフェンさんはインプンドゥルという魔物で、血が好物なんだそうだ。ダンジョンに棲んでるのも戦うためというより、戦闘で飛び散った血を集めたり、怪我した人のをもらうためなんだって。

 だからダンジョンの住民ほぼ全員を味見済みで、残るは今まで戦闘をしたことがなかった私くらいだったらしい。


 それならこんな戦闘率の低いマイナーダンジョンより、もっと人がたくさん来るとこのほうがいいんじゃないんですか、と言ってみたら。


「経験上、強い人のほうが美味しいんだよ」


 妙に期待たっぷりの眼差しで見つめながら囁かれた。

 ……あう。




 ・・・・・+




「おいフェン坊、ソルマちゃんが真っ赤になってたけどおまえ何言ったんだよー」

「ずりーぞ俺たちのソルマちゃんだぞ」

「別に何も。それより今朝どさくさでソルマに酌をしろとか言った件、サルバトリアスさんが帰ったら報告するからな。覚悟しておいてくれよ」

「おいふざけんな殺されるじゃねえか! てめーさてはそのために今年は帰省やめたな!?」

「親父さーん! どう考えてもここでいちばん性質の悪い男はこいつだー!! 絶対娘の彼氏にはしたくねえタイプだぞー!!!」


「まーた牛頭馬頭コンビが騒いでるわねぇ。あっところで奥さん、グラズベルデパートの福袋は買った? メディさんに頼まれてたやつ」

「抜かりなく予約しておいたのよ。今から取りに行くとこだけど一緒にどう?」

「あら良いわね。上着取ってくるわ! ニョップちゃんはどうする?」

「わたしはお留守番でー。あれ、そういえばゴーレムのお兄さんがいないよーな。……ん?」



「みんな~、また~、ちょ~せんしゃ~が~、きた~ぞ~」



 ここはグラズベル駅前ターミナル第一ダンジョン。

 未だに到達者ゼロを誇る魔界の砦。マイナーなんてとんでもない、これでも特級難関迷宮である。


 大家(ラスボス)不在のお正月、住民たちと大家代理に休む暇はまだまだない……らしい。



 ★おわれ★

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