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隠れ雛  作者: 秋紬 白鴉
1/2

前編 鬼呼び

 ねえねえ、知ってる? 隠れ雛っていう人形の話。

 見つけたら戻れなくなる。でも、全員見つけないと帰れないという。

 ううん、それだけじゃない。その人形が潜んでいるっていう鬼呼び寺院のことも……。


 いつだったか、友人からそんな話を聞いた。いわゆる怪談という奴だ。

 都市伝説、と言ってもいいかもしれない。どう捕えようと噂であることに変わりはなかった。私はそこまで本気に捉えていなかったな。だって噂だから……。

 いつものように友人と路上を歩く。何かと怖い話が好きな友人は、楽しそうに話していたが不意に足を止めた。


「ねぇ、ちょっと寄ってみない?」

「寄るってどこへ」

「あそこ」


 友人が示す先にあるのは寺だ。近くに墓地があるので普通に入っても咎められない。


「どうして寺なの?」

「決まってるじゃない。例の噂の真偽を確かめるのよ」


 そういって友人は私の手を引いて歩き出した。

 グイグイと強引に腕を引かれて寺の敷地内に入る。場所がら、そこまで人気が多くない。時刻は夕暮れ。赤らむ空の下では、きちんと掃除された寺も不気味に見えた。


「もう帰ろう。用もないのに入るの不味いって」

「別に立ち入り禁止じゃないし、ちょっとくらい平気平気」

「もう……」


 相変わらずの怖い物知らずだ。いや、怖い物見たさか。

 私は友人が満足するまでの間。敷地内の入り口付近でスマホをいじりながら待った。

 ――コロンッ。すぐ近く、足元の辺りで小さな物音が聞こえる。


「なに? なんだろう」


 画面に向けていた視線を足元に落とす。

 次の瞬間、視界に入ったのは顔だ。真っ赤な肌で眼光の鋭い顔。


「ひっ」


 思わず短い悲鳴を上げて肩を震わせた。しかし、すぐにそれは苦笑いへと変わる。


「なんだ。お面じゃん」


 驚いて損した。私の足元に鬼の面が落ちていたのだ。

 顔に変わった模様が入った変な鬼面で、装着する為の紐がついていない。少し古い物のように感じるから、ただ取れちゃっただけかもしれなかった。形相はちょっと怖いがあくまでも作り物である。

 私はなんとなく面を拾ってまじまじと見つめた。ちゃんと見れば、そこまで怖がるほどでもない。


「やっぱりただのお面……アレ?」


 ふと違和感を感じて顔を上げる。

 おかしい。周りの風景が明らかに違う。気が付くと私は、見知らぬ土地に立っていた。

 赤い筋が幾本も混じった夜の空。曇っているようにも見える。足元は変わらずゴロゴロとした石が敷き詰められているが、背後にあった塀が妙に古い。汚れ具合も違って所々に蔦や苔が生えている。


 近くにあった筈の墓地もなくなっていた。変わらず寺らしきものが見えるが、とても人がいるようには見えない。一目見てきちんと手入れがされていないとわかる。

 風景の違いに困惑する私は、急いで友人の姿を探した。近くいる筈だ。そう思って周囲を見回すが人っ子一人いない。

 まさかこの短時間で逸れた? ううん、そんな筈ない。


「ここ、どこ?」


 よくよく考えてみたらおかしいのだ。あの辺りに古い寺なんて記憶にない。話にも聞いた事がなかった。

 ん、あれ? 本当に話にも聞いてなかったっけ。私は自分で出した答えに疑問を向ける。どこかで、誰かに聞いた覚えがあるような……。


 記憶を手繰りながら、私は敷地内を歩いた。

 まずはここから出なくては。そう思って敷地の外に足を踏み出す。けれど、どういう訳か私はまた同じ寺の敷地内に立っていた。


「嘘……まさかっ」


 もう一度外に足を踏み出してみる。だけど結果は同じ。何度やっても寺の敷地内に戻って来てしまった。


「出られない」


 次に私は手に持っていたスマホを除く。誰かに連絡を……そう思ったが圏外だった。

 愕然とする。相談も、助けを呼ぶこともできないなんて。堪らなくなって友人の名前を叫ぶ。お願い来て、何事もなかったように顔を見せてよ。

 頭では呼んでも無駄たとわかっていた。でも止められない。ここは多分、あの寺とは違うのに。


 求めていた展開は起きない。当たり前だ。そんな気はしていた。

 私の視界にチラリと鬼面が移る。ずっと持ったままだったんだ。夕空の下でもちょっと怖かったそれは、ここだと一層不気味に見える。いや、不気味どころか邪悪な何かにさえ感じた。

 でも手放せない。自分の奥底にある意識が「手放すな」と警鐘を鳴らしている。


『鬼の面は狩りての証なんだって。それでね、鬼は亡者を恐れさせるの。つまり対亡者専用の厄除けってこと』


 唐突に友人が言っていた言葉が脳裏に蘇った。

 そうだ、友人。彼女が言ってた言葉だ。確か古い寺の話も友人から聞いたんだった。私は思い出し、他に言っていた言葉を必死に呼び起こす。

 思い出さなければ。きっとどこかに帰る為のヒントがある筈なのだ。必死に記憶を揺さぶるが、こんな時に限ってすぐに思い出せない。ああもう、どうしてちゃんと聞いておかなかったんだろう。


 ――鬼さん、こちら。


「え、なに!?」


 ――見つけて下さいませ。探して下さいませ。


「人の……子供の声?」


 子供の声がする。声音は複数あり、少しずつ年齢が違う印象を受けた。大人びている感じの声もあれば、とても幼い声音もある。当然だけど子供の姿はどこにもない。

 どこから聞こえているの。鬼って私のこと?

 子供達の声は遊びをしているかの如く鬼を呼ぶ。姿を見せないくせに呼ぶのだ。


 どうしたらいいのだろう。こんな所に子供がいるとは思えない。

 嫌な予感が全身を駆け巡り震え上がらせる。身体が強張って思考は深く考えるのを拒む。知らない誰かを探している余裕なんてない。私は帰りたいのだ。

 わかっている。でも……。私は次の行動を決めかねていた。


『全員見つけないと帰れないんだって』

「えっ……」


 また友人の話がフラッシュバックする。何か思い出せそう。

 そう感じてまた意識を集中させた。脳裏に会話の断片が再生される。


『古寺には大勢の子供が隠れてるの。彼らは自分達を見つけて欲しくて、外から鬼を呼び寄せるんだって』


 きっと外に出たいのね、と友人が言っていたのを思い出す。

 もしもこの話が本当だとしたら……。


「子供達の声は私と同じ……外に出たいだけ?」


 なら探してあげれば、隠れている子を全員見つけたら帰れるのか。今も時より鬼を呼ぶ声が響いている。それ以外に何かが起こる様子はない。今の所は……。

 なぜ自力で出て行かないのか疑問だが、きっと自分と同じように不思議な力で帰れないのだろうと思うことにした。その方が気が楽だったから。

 友人の言葉を信じ、私はスマホと鬼の面を握りしめ声の主達を探して歩き出す。

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