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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
The CITY POP
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海辺の町



 波音に運ばれてくる風が心地いい。窓を開け放した解放感のある空間で、真昼は朝食を楽しんでいた。


 ここは餓者髑髏の丸飲みした海辺の街の一軒家。真昼と優都の秘密基地だ。


 リビングは縦に長い奥行きのある空間。壁際に寄せてテーブルとイスがあり、反対側にキッチン。


 優都がわんちゃを可愛がるようになってから、わんちゃのお昼寝用マカロンクッションと、ごはん用の銀のお皿がアップデートされている。


 出窓の前にはソファーも。未来の兎がここを使わせて貰っているというので、いずれはこの場所も人口が増えるのだろうなぁと真昼が新しく用意したものだ。


 いつ来るかわからないと構えてしまうので、来るなら来るで早く来て欲しい。



 で、優都もいます。



 爽やかな黒インナーに金魚さん絵柄のシャツを着た夏仕様の優都。


 時は七月も半ば。夏もいよいよ本番という頃だ。


 優都は梅干しを作る為の作業を先月の末に終えて、あとはシソを仕込んでカンカン照りのお日様に梅を干すのを待つばかり。


 その日を楽しみにビンを転がしている。


「この梅は真昼のお母さんがくれたんだぞ!」


 という発言で真昼の口からだし巻き卵を吹き出させる。


「は!?」


「お母さんっていうか、送ってくれたのはお父さんなんだけど、真昼に美味しい梅干しを食べさせてあげてください、ってお母さんからのお手紙もついてた。」


 言いながら優都は梅のビンを転がし終え、今度はわんちゃのお皿に唐辛子と茹でた鶏肉を放り込む。


 何を好んで食べるのか、少しずつわかって来た。


「あぁ…。手紙がね、そう…。」


 本人の意識がはっきりしていて書いたものなのか、二神が『真昼が喜ぶ』と言って書かせたものなのか、詳細は不明だ。


 こういう時に素直に喜べない真昼。挙動不審ながら口をつけた なめ茸汁も優都のお手製。


 優都はついに夕飯と昼食に留まらず、朝食までも秘密基地で作り、真昼に提供を始めたのだ。


 投資家としての真昼は大成功している。


 桜庭先輩研究部は、可愛い妖犬の写真で渡辺先生の心を鷲掴みした後、コツコツと写真部との合同活動を継続し、心霊写真を撮影している。


 数枚それらしい影や白い煙のようなもやが撮れたりもして、日常の中で霊にも意識を向けるという感覚にも磨きがかかってきた。


 特に成長目覚ましいのは瑞埜だ。



「あ、また瑞埜さんの妖怪ROUTEだ。」


 優都が電子学生証を、真昼がスマホを確認する。


 自らの知識で迎え犬という正体を掴んだわんちゃのデフォルメした魅力に一蹴された瑞埜は、


『私は将来、必ず妖怪博士になって、世界中の妖怪をもふもふします。』


 という謎の一文と共に、自分が撮影した心霊写真らしきものをROUTEで送りつけてくるまでに成長した。


 目標が定まったことで渡辺先生からの宿題は達成出来たものの、映っているものは妖怪ではなく、毎度そのへんにいる害の無い浮遊霊や、光の反射だったりすることが多い。


「返信してあげよう。残念ながら妖怪ではないけど、ネコさんの霊のおちっぽのところが映ったんだと思うよ、と。」


「いつか尻尾が二つに分かれて猫又になるといいね、と。」


 朝からわけのわからんROUTEが来てもちゃんと返信してあげる先輩の鑑。優都はこう見えてちゃんと、先輩出来ているのだ。


 返信を終えて電子学生証を片付けると、優都は真昼をジッと見つめる。


「なぁ真昼、ほんとに食後の珈琲淹れなくていいのか? べつに手間ではないけど?」


「うん。このあと人に会う用事があって、カフェに行くから。食後の一杯はそこで飲むよ。優都の淹れてくれる珈琲も飲みたいんだけど…。」


 瑞埜の投稿に迷と兎が大量のスタンプを投げつけているので、スマホと学生証の通知音がたて続く。うるさい。


「それじゃ、夜のお楽しみだな。俺もこの後、出掛けてくるよ。」


「優都は本屋さん行くんだっけ。」


「あぁ。夏休みのうちにやる参考書を買いなさいって、お金貰ったから。」


 食費を真昼に請求しているので、家から送られてくる優都の生活費は、着々と貯金されていく。


 それはそれとして、優都は真昼に話したい事があったのだけれど、それは諦めることにした。


 真昼に兄が存在することを、優都は最近になって思い出したのだ。なんて遅いんでしょう。


 まぁ重要な事でもないので、また夜に話せばいいでしょう。


「気をつけて行って来てね。」


「真昼もな。怪我が多いんだから。」


 真昼は旧校舎で太平童子と名乗る少女と戦ってから、まだ全治には至っていない。


 でも普段より元気そうなので周りはあまり心配していません。血を入れ換えた方が真昼の体にはいいんです。


 その一件については渡辺先生に、叱られるというよりは、「危ないだろ?」と不思議そうに言われてしまったので、以来旧校舎には近寄っていない。


 多くの謎を残しながらも、旧校舎の怪談からは距離を取り、今は先に解決すべき事に集中する。


(…まずはアイツにまともな食事を摂らせないとな。)


 自分のことは何も出来ないけど後輩の世話は焼く真昼。







 秘密基地は広い。何しろ街を一つ飲み込んでいるので、カフェも駅も劇場も、全てが揃っている。


 真昼はたまに鍵を使って外界と繋げたりせず、秘密基地の街の中へと出掛けて行くことがあるので、優都は毎度「何処に行くんだろう…」と不思議に思っていた。


 餓者髑髏の口から繋がる霊界に所在する街。真昼はその街の中の隅々までを知っていて、上手く利用しながら生きてきた。


 朝日が昇っても暗さが抜けない死者の町並み。眠る街路樹の横を歩き、真昼は石畳の歩道を真っ直ぐに進む。


 時折、真昼とすれ違っていく黒い影だけの存在が、黄色い目を光らせている。


 雲は無いが灰色の空。


 ピカピカに磨かれた黒い街灯。白いユリの花を売る店に、何処かの家から聴こえてくるピアノレッスン。


 やがて広場を通り過ぎて、赤煉瓦の高架下を抜けると、海沿いの道に出る。


 車は通っていない。およそ徒歩二十分の道のりで、真昼は潮風の心地良い海辺のカフェに到着した。


 こぢんまりしたコンビニくらいの大きさの建物。四角い。チョコレートカラーを基調にした落ち着いた雰囲気のカフェだ。


 店の前には見覚えのある二輪が停められている。


「あれ、このバイク…。」


 ずっと椿家の敷地にあったが、動いているのを見た事が無い。朝霧が若い頃に乗っていたものだと聞いたのが、いつの話だったか。


 渡辺先生が乗っていたものより小型で、シートが低い珍しい形のものだ。フレームは白いが、泥が跳ねて汚れが目立つ。


「それ、貰ったんですよ。お古で良ければって。」


 そのバイクの横で壁に背を預けていたのは、兎だった。


 制服の下の包帯はすっかり取れているが、顔には疲れが出ているようだ。


 首の絆創膏。未来の兎だ。


「移動が楽になって助かります。二神さんに感謝しなきゃ。」


 と言って、抱えていたヘルメットを、座席の上にポンと置く。


「父さんにも頼っているなら言えよ…。バイク欲しさに知らない男に媚び売るくらいなら、俺に金くれって言えばいいんだぞ。」


「あっ。二神さんには未来でもだいぶお世話になってて、知らない人ではないっすよ。


 バイク欲しさじゃなく、別の事で助けて貰ってて…。バイクは『ボロで悪いけど』って、逆に凄い謝られながら貰ったっす。」


「足届くのか?」


 真昼のこの失礼極まりない発言に、


「届くに決まってんでしょ! ぴったりですよ! ほら!」


 兎は必死になって、座席シートと自分の腰の高さの比較を披露した。


 小型バイクの上、小柄な母親が昔使っていたバイクだ。その丈にぴったりな小動物を見て、


「ホント…お前にぴったり…。」


 真昼は遠い目になる。


 とりあえず、真実は真昼の胸だけに留めておこう。これは二神が使っていたバイクってことで。


 口裏を合わせるように後で二神に手を回しておけば問題解決です。


「お前が免許持ってるってことは、未来で起こる最悪の事態までは、まだ少しくらい余裕がありそうだな。」


 渡辺先生のバイクを羨ましい顔で見ていたくらいなので、今の兎はまだ免許を持っていないはずだ。


「誕生日が遅くて。」


 と笑う顔が可愛い。


 ここで我慢していた兎のお腹がキュルキュル悲し気な声をあげる。


「あぁ…。お腹空いた…。」


「そうだった。悪い。長話は後だ。」


 そして二人は店の前で井戸端するのを切り上げて、店内へ。


 海を一望出来るテラス席へと移動した。


 吹き抜ける早朝の爽やかブリーズ。波の上を浮かぶ人影が手を振っている。


 水平線の彼方へと消えていく幽霊船。波の上に朝陽は無く、まだ月光の明かりを映している。


 白いテーブルの美しいテラス席。十席ほどあるが人はいない。真昼と兎は端のテーブルについた。


 ハニーミルクとクロックムッシュが到着する。真昼はホット珈琲。


 カフェのカウンターの中で働く人も黒い影だ。自分が死んだことに気がついていないのか、死して尚もこの場所を愛し、しがみついているのか。


 この街の時が止まる事を拒むように。


 しかし、そこに真昼という死者に接する力のある者がいることで、その不自然な世界が成立し、続いていく。


「僕やウサギの周りで、最悪の事態を引き起こしそうな場所は何処か調べた。今のところ怪しいのはスターシャドウ・パレードだ。


 何も言わなくていいから、間違ってないなら食べ進めてくれ。」


 兎の口の中に、大きめカットのクロックムッシュがスッと吸い込まれるように消える。


「んん~。これ美味しい~! ここのモーニング絶品っすよ~!」


「遊園地の完成予定や、さっき言っていたバイクの免許の取得の話、最初に秘密基地に来た時に着ていた長袖の制服を加味して考えると…。少なくともXデーは来年の秋以降だな。」


 あったかマグカップで出されたミルクから、ふんわりと包み込むようなハチミツの香り。


「はあぁ~。優しい甘さが胃に染みるぅ~。」


「お前の神様がいる旧校舎にも行ってみたけど…、あっちは未来の件とは無関係なんだろ?


 まぁ、いつかは対処しなければいけない案件としても、無策で突っ込むべきじゃないな。謎だらけだし。」


 マグを置いて再びナイフとフォークを振り回す兎。


 兎の大きなほっぺたは、クロックムッシュをもぐもぐしながら、嬉しそうに上下する。


 珍しく真面目な話をしていたはずの真昼は、その幸せそうな後輩の姿にふと思いついて、


「遠慮せずいっぱい食べろよ。この街にある建物は全部空き家だから、好きな物件を選んで勝手に住み着いてもいいぞ。


 ここに来てお前が食事するくらいの金なら、数ヶ月分積んでおいてやるから。」


 みたいな事を軽く言う。


 兎の頭の中で、自分が選んだお気に入り物件に、翌日札束のタワーが設置されている絵がイメージされた。


「ひょえ…。」


 生活支援の規模がデカイ。


「有り難うございます…?」


 フォークを置いて三角形のおくちで固まる兎。


「優都も来るから、見つからないように遠くの物件を選ぶこと。まぁ、父さんにも支援を受けているみたいだし、お金に関すること以外は、そっちを頼れば早いだろうけど。」


 真昼はお金以外に取り柄がないのだ。


 面白いから二回言うが。


 真昼はお金以外に取り柄がないのだ。


「いえ、落ち着いて眠れる場所があるだけでこんなに有り難いことないです。先輩にはいつも助けて貰ってばかりで…、感謝してます。」


 いつかの真っ直ぐな瞳を、ここでまた目にすることになる。優都も真昼も、兎のこの全てを覚悟したような鋭い視線に弱い。


 感謝したいのはこっちの方だと、思ったけれど真昼は口にするタイミングを逃す。


 ジッと見つめてくる真昼の様子を気にしながらも、兎は再びフォークを手に取り、大きな一口で食事を進める。


「気をつけてくださいね。この先も。」


 クロックムッシュにくっついてきたレタスをはみはみ。


「例えその場所での戦いを予測出来たとしても、そこで戦う術を失うこともある。


 そっちは俺が今、二神さんやトーゴーさんと一緒に対応に当たってますけど、必ず勝てるとも限らないし…。」


 東郷 甘は朔夜派の筆頭なので、その名を聞いて真昼は一瞬、表情が曇る。


(俺、嫌われてるかんな~。)


 と、内心は思っています。


 自分の命を軽んじているわけではなくても、死んだ人と代わりたいと思う時はあります。


 叶わない事だとわかっているから、軽はずみに考えてしまうというか。口に出すと怒られるので、心の中で思って、自分の中で消化しておく。


「みたいな事をやってるっすね?」


 兎には、なんでもお見通しです。


「へいへい…さーせん。」


 まるで反省する気のない真昼のクソみたいな謝罪。これなら無い方がマシだ。


 気を取り直しまして。


「了解だ。気をつけておくよ。そっちも極力、無理はしないでくれ。」


 真昼はきっちりミルクも砂糖も足した珈琲をぐびぐび。


「それから例の竹林には今のうちから仕掛けをしておこう。大掛かりなんで時間をとられるが、その時になれば心強い備えになる。」


「あ、お手伝い…要りますか?」


「いや、いいよ。お前は寝てな。」


 兎は一度おくちをフキフキしてから、はちみつにゅーにゅーをコクコク飲み干す。


「けふっ。」


 けふっ。ってなるほどお腹いっぱいにしたうしゃぎ。


「よかったねぇ。」


 真昼は後輩の腹を満たして満足や。


「ところで椿先輩はこんなにゆっくりしてて大丈夫ですか? いつもならお金だけおいて先に帰るのに。」


「あぁ。最近はそんなに忙しくないんだよ。必要な授業数だけ出とけばいいし。もう夏休みに入るだろ?」


 真昼は夏季長期休暇という格好いい言葉を知らないのだ。真昼にとっては、いくつになってもこの時期は『夏休み』。


「夏休みかぁ…。」


 兎の瞳には懐かしいような、羨むような、キラキラした光が宿る。


「合宿も大変でしたけど、楽しかったなぁ。 そっか、椿先輩は今から合宿っすよね。いいなぁ~。


 死にかけるけど、流血趣味の先輩なら余裕で乗り越えるんで、今から楽しいっすよ~。」


 壮大な未来のネタバレ。


 桜庭先輩研究部は、まだまだこれから動き出すところだ。夏を満喫する合宿が始まる。


「あ…そう…。」


 真昼は夏休みにクーラーをガンガン効かせた部屋でゴロゴロする気でいたので、ちょっとガッカリ。


 それから兎は「はぁ~。」と「いいな~。」を散々言いながら、椅子に沈んでいく。


 真昼は珈琲の横についていたチョコレートを口に放り込んだ。


 海の上を撫でた風が、兎の頭も撫でに来てくれる。



 口に広がる深い甘みと、鼻先を掠めていく潮の香り。



 甘くてしょっぱい夏が来る。

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