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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Teacher call a storm
38/40

旧校舎の鬼


 可哀想なことに一人ぼっちで教室に置いていかれた兎は、写真部の部室に飾られた作品群をボンヤリと眺めていた。


 中央に置かれた長机と椅子。そこに座る兎。


 その周囲を白いボードが取り囲み、そこにいくつもの写真が飾られている。被写体は様々だ。


 星空と山並。猫とバケツ。水田とトンボ。人と車。自販機の横の溢れたゴミ箱。一個車両の電車。何気ない日常から切り取った景色を、無数の窓から覗く贅沢だ。


「退屈っすねぇ~。」


 人は満ち足りると堕落します。



 ガラリ



 と扉の開く音がして、一人の女子生徒が顔を覗かせる。手にはカメラ。近頃女性に流行りの、こぢんまり丸型のパステルピンクカラーだ。


「…。」


 無言のまま入り口に立ち尽くすので、兎も机にダランとだらけた姿勢で、


「…。」


 固まってしまう。


 ややあって、


「あ、大平ちゃん! じゃないっすか?」


 思い出しました。ガバッと体を起こして立ち上がる。


 カメラを直す為に不在だった迷の友人を、兎はここで待っていたのだ。思っていたより早く来てくれて助かった。退屈だった。


「…。」


 大平ちゃん(仮)は黙ったままコクリと頷く。長い髪を一つにまとめて三つ編みで背中に垂らしている。


 迷の友達にしては珍しいタイプだ。おとなしい系なんすね~。いっすよ。いっすよ。みんな違ってみんないいっす。


 が、モットーの仔兎。


 迷の友達なら兎もだいたい顔は知っているのだが、この子は初対面だ。何組の子だろう。


「俺、迷ちゃんの友達の稲早 兎! 同じ桜庭先輩研究部! ここで大平ちゃんを待つ係だったすよ~! カメラ直った?」


 駆け寄る兎に、大平ちゃんはまた首を縦にコクリ。


「そか。良かった~。他のみんなも写真撮りに行ったばかりだから、すぐ合流できるっす…よ、よよ?」


 はつらつ元気な兎を他所に、大平ちゃんは兎にそっと寄り添う。


 頭が丁度、兎の胸の辺りだ。初対面の女子に唐突にしっとりと寄り添われて、兎はドキドキ。


「大平ちゃん…? どうしたの、どこか具合悪い? うさには迷ちゃんというものがあってですね…。」


 うさには迷ちゃんがいるんだぞい。


 しかし、そんな兎の甘酸っぱいドキドキをぶち壊すかのように、大平ちゃんの額には二本の真っ赤な角がニュルリと生えてくる。


「ひょっ…。」


 それから、焦点の合わない虚ろな瞳で、大平ちゃんが兎を見上げた。


『兎を食べに、鬼がくるよ。』






 旧校舎へ続く扉は重い。


 重いというか硬い。というか錆びているんだと思うが、人が一人滑り込むのに必要な幅しか開かん。


「ふぅ~。」


 空気を吸うと膨らんで、空気を吐けば人体でも萎むと本気で信じている真昼。息を吐いてペラペラの体になり、開いた扉と同じ車幅までスマートになって、扉の中へ滑り込んだ。


 長い廊下が続いている。木目が薄くなった真っ白の床板。右手には教室の扉が、左手には窓が並んでいる。


 曇り硝子かと思うほど、窓は白く塗りつぶされている。外界と隔離された世界。外の様子は窺えない。



 旧校舎の中に入った。


 木造校舎独特の落ち着いた空間。



「兎は何処だ…?」


 どこか知らない遠い国の駅にいるような気分。


 同じ景色が延々と続き、人の姿は見かけない。だが生き物の気配はあちこちでしている。


 声が聴こえるわけではないのだけれど。息遣いや空気の流れを感じる。


 無音の世界で気配だけ騒がしい。


「おーい。うさー。」


 呼んでみるけど、返事は無し。結構、音が響く。


 ずっと入り口にいても仕方ないので、真昼は慎重に歩き出す。思った以上に中は明るい。


 色で言うと白い。


(経年劣化というよりは、洗練された厳かな空気だな。神の作る神域なのか、巫女の作る聖域なのか知らんけど。いずれにしろ安定してるかな、空気的には。)


 空気にうるさい違いのわかる男風の凡人、真昼。


  七つもの禍が大集合していたら、落雷やら火事やら不幸の連続。さらにこの建物の所有者が怪死したり、脱獄犯の潜伏先になっていたりしそうだ。


 普通に嫌だな。


 でも、そんなこともないような澄んだ空気です。不思議と。


 校舎の真ん中辺りまで延々歩くと、教室と教室の間に空けた空間があり、上の階へと上がる階段と、用具入れが見えてくる。


 そしてその足下に兎は倒れていた。



 バタン寝。



 両手両足を真っ直ぐに揃えて倒れているので、


「うわ! 死んでる!」


 と思いがちですが、実はこれは最高にリラックスしている時の体勢なので心配は要らない。


「あ、寝てるのか…。紛らわしい奴。」


 寝ている兎はクソダサジャージ。爆睡している首元に絆創膏は無い。


(未来、…じゃない?)


 ここに寝ている兎が未来の兎ではないとすると、真昼が心配していたようなことはなさそうだ。


 てっきり、未来からやって来た兎がまた一人で傷付き何かと戦っているのかと。思ったけれど、そうじゃなかったと安心したのも束の間、これはこれで問題が出てくる。


「うさ、起きろ。」


 未来の兎でもない限り、自分の意志でここには来ないはずだ。


 真昼が傍に寄って兎の体をユサユサしていた時、それは廊下の先から現れた。


「……っ!」


 生温い空気の圧を感じて、真昼は視線を廊下の先へ戻す。



 そこには、巨大な顔が。



 頬肉に押されて細くなった目が縦に並び、その右側に鼻。鼻の穴が真昼の頭くらいある。さらに右に大きく開いた口。


 横にしてもらうと分かりやすい。


 この顔、横転している。


「近い!」


 何しろあちこちから気配がするので、完全に油断していた。廊下いっぱいの顔圧に圧されて、真昼は兎の横に尻餅。ドスン。


「星神の制裁により、屠られ給え。」


 その姿勢から剣を取り出し、立ち上がる際の体のバネを利用して、一気に斬りかかる。


「無限キャベツ!」


 気合いを入れる時の発声が残念な真昼。しかし、無限キャベツの栄養も虚しく、巨大な顔はパンと小気味いい音で、真っ二つに裂かれると、霧の如く散って消えた。


 本体が無い。



『みこのてさきか』



『ようしゃせん ようしゃせんよ』



 声が上から降ってくる。


 天井が軋む音。ドダダダ。何かが頭上を通って移動している。それを目で追って、関わりたくないな、と思ったので。


「帰ろうかな…。」


 とつぶやく真昼。


 バタン寝している兎を抱き上げる。本当は背負いたいが、相手の意識がないのでどうにもならない。


(禍の箱が開くのは、一つの曜日に一つだけのはず。やけに騒がしく感じるのは、死霊や物が喋っているのか。)


 先程聴こえてきた声は、年配の男性のしゃがれ声のように聴こえたが、まだ正体が掴めていない。


 真昼はキンキラメッキの星の剣を手の甲に出したまま、兎を抱えて走り出した。


 来た道を戻る。


 教室の窓を無数の手が叩いている。ドンドンドン。警告なのかSOSか。ゆっくり話を聞く暇がない。


 真昼の侵入に気がついたようで、この場所に集まっていた霊達が途端に姿を明確に現してくる。


 電気の通っていない旧校舎。沈黙の蛍光灯。教室で誰か泣いている。やたらデカイ声だ。ああああー。と激しく後悔の声音。


 さらに廊下には一人の女子生徒が、俯いたまま立っているのが見えた。来た道を戻ろうとしているので、本来そこに人がいるはずはないのだが。


 不思議、ではない気がしている。この場所なら。


「人か、霊か、正体を言え。」


 走り込みながら、真昼が強い口調で尋ねる。すると、それはゆっくりと顔を上げた。微笑む。



『我が名は太平童子だ。』



 三つ編みを背中に垂らした、ごく普通の女子生徒。リボンの色から一年生だ。


 額には二本の真っ赤な角が生え、細い指に長い鉤爪。



『星神の信奉者よ、よくぞ舞い戻った。』



「誰かと間違えてます?」


 真昼が初対面の、太平童子と名乗る少女。


 その額の角から、金曜日の箱は鬼と推測した真昼が、剣を構えるより速く。


 瞬きのうちに目前に迫った少女の、その深紅の爪が真昼の首の皮を引き裂いた。


「あ。」


 と声に出すと同時、


(こういうパターンのやつかぁ~。)


 と納得する時間の余裕がある男。椿 真昼。


 見えないほど速い攻撃で一撃食らった。


 これまでにも祖父との霊能力の修行を通して、様々な敵と対峙してきた。


 なので真昼は、ちゃんとこの瞬間移動爪グサァ攻撃に反応はしていました。


 していただけで止めきれていないので、首から大量の血が吹き出す。壁や床に飛ぶ。バタバタという血液の落下音。


 床板の溝に沿って広がっていく真昼の血。住宅地図みたい。


「見えん! 速いな。」


予測は出来るが目に見えん。



『だが、死ななかった事は褒めてやるよ。賢い子だ。賢い子だ。』



 何処から声がしているのか、わからない。


 兎を抱きかかえたままで、星の剣の刃先を鬼の爪と首の間に差し込み、致命傷を逃れたのも束の間。


 背後に三つ編みの少女。いつの間にか回り込まれている。乱暴に真昼の背中をドンと蹴り飛ばした。


 美少女に背中を蹴って貰うのはご褒美なんで大丈夫です!


「どあぁっ!」


 情けない声でぶっ飛びまして、床に無惨に転がる真昼。ゴロリ。


 また瞬間移動だ。


 蹴られた背中も背骨が折れたかという衝撃だが、それよりは床に打ち付けられた肩が痛い。


 で、首が痛いので片手で傷口を抑える。


 早めに止血しないと死にそうだな。


「だから見えないんだって…。」


 愚痴を言いながら体を起こす。兎を落っことしてしまった。


 鬼と戦っている。


 鬼速い。


 なんつって。


「ちょっと待ってくれよ。こんなのいるはずない。」


 剣を構え直す。柄を握る剣ではないので、手刀を構え直すと言った方が近い。


「ここは学校だぞ。」


 足下を見回して落っことした兎を捜索する。少し離れたところに倒れている。


 謎の少女から目を離さないように気をつけながら、真昼はカニさん歩きで兎の傍へ移動。


 守るようにその前へ立った。


「鬼か。太平童子。知らない鬼だな。」


 禍の箱の一つ。


 今日は鬼が出る日なのだ。


 出口の扉は背中側。今ならダッシュすれば逃げられそうだが、また瞬く間に回り込まれそうで動けない。


(兎の言う未来での最悪の事態は、このことなのか…? 違うなら、勝てるか?)


 未来に起こる禍を、タイムトラベラー兎に告げられている真昼。それが「いつ」起こる「なに」なのか知ることはとても重要だ。


 もっと言えば、その禍に遭遇するまでは強い敵を前にしても、真昼は勝てるという事になる。



『ほしがみの』



『きたきた』



 何処かで別の何かもこちらを見ている。教室の中や上の階から、音や気配が止まらない。


 細長い黒い影が、教室の窓から廊下へ手を出す。掴まれそうで嫌なので止めてください。


 気温はぬるめ。


 長く浸かった風呂の湯のような温度だ。長居するほどこの場所の空気に真昼の力が馴染み、感じ取る気配もハッキリして来る。


 兎がここへ誘われた理由。この学校の生徒を模した鬼がいる理由。真昼が星神の力を使う事を、知られている理由。


 わからないことだらけだ。


(仮に優都の力が惹き付けたのだとしたら、一応条件にあっているが。遊園地じゃないからな。)


 みたいな事を考えているくらいには、この状況でも余裕があります。


 未来の兎が口にしたキーワード。それに当てはまるか確かめている。



 パチッ



 と電球の切れるような音。天井を見上げるが、蛍光灯は初めから消えている。


「…っくそ、」


 そんな簡単な音のトラップにすら、何故か引っかかる。集中力の無い真昼。


 視線を照明から正面に戻した時には、角や爪と同じく真っ赤な色をした血の結晶が、幾千と飛んでくるのが見えた。



 インフォ:真昼の血です。



 首を切られて作った血溜まりから、この鋭く先の尖った血の結晶が作られ、強風と共に吹き付けてくる。


 それを操っているのは、角の生えた三つ編みの少女だ。彼女の手の動きに合わせて飛来する。


 血槍の風。


「うあああ!!」


 それは真昼の体を次々と貫いていく。残忍な光景。ドドドと雪崩のような轟音で無数の槍が体に突き刺さる。


「あああっ…うっ…ぐ、」


 痛いけど、それを受け止めて、星の剣を装備した腕は兎の前に。拳を床に向けるようにして、剣を地面に突き立てる。


 キンキラメッキのお星さまが、キンと金属音をたて、大きく変形。


 このキンキラお星さま、実は盾になります。剣は一本、兎を守るには、真昼は無防備になるしかない。



『ふふふ…。』



 なにやら楽しげな笑い声が聴こえる。


 肩やお腹を先の尖った血の結晶で貫かれ、真昼は片膝をつく。


 ゆっくりだ。世界がスローに見える時がある。飛び散る真昼の血が、床に倒れている兎の頬に跳ねるのもスロウに。ビチャッ。



 目の前に立つ少女にこれといって変化はない。角と爪だけ個性的だが、三つ編みの先にあるパンジーの飾りも、短く折ったスカートも、学校に通う他の生徒たちと何ら変わりはないものだ。



 しかし、彼女が使うのは紛れもなく奇術。動きは人のものではなく、力は獣にも勝り、風を起こして血の槍を降らすもの。


 その正体も目的も、力の根底も、この場でわかるものは何もない。


 ここは魔界だ。



 魔に逢う旧校舎。



 体中が痛い。心臓が尋常ではない様子で、ドンドンと音をたてている。足も腕も、血が床へ向かい流れていくのが感覚で分かる。


 最悪の事態だ。


(でも、これじゃないなぁ。やっぱり、あっちか…。)


 自分が何をすればいいのか、少しずつわかってきた。


 こんな時でも可愛い後輩の事を考えられる器の広い先輩です。真昼は滝に打たれているような怒涛の槍の攻撃の中、膝をついた体勢からじわじわ立ち上がる。


 怖い。


「全ての星の御使いは、愛に仇なす者を封じ賜え。」


 苦しい紛れに喉の奥から吐き出すような、低い声。 これは未来の兎が真昼から札を継いだ攻撃だ。


 真昼は札に御使いを入れて無くても、自前の連れている御使いで発動出来ます。


 なので、音声出力で札要らず。


(神様の話があったから、学校怪談も気にはなっていたが…。やはり本命はスターシャドウ・パレードの方か。)


 真昼の祝詞に応えるように、黒い金属で作った星形の枠が無数に現れる。それは鬼の少女が飛ばした血の結晶を、一つ一つ閉じ込めていく。


 真昼の使う星の籠。それはポップでキュートな兎の使うグミ籠と違い、シックで骨組みだけのものだ。


「感謝するよ。定期的に全身の血を入れ替えないと、スッキリしないんだよな。」


 修行をする中で、数々の霊や妖怪、魔物の類いと戦ってきた真昼は、こういう変態みたいな体質になりました。


 体の中の血が重いと感じる。流すと軽くなるんだけど。


 強い敵に遭遇した時くらいしか大量に血を流す機会は無いので、相手が強いと判断したら、真昼は自ら攻撃に当たりに行く時があります。変わった子でしょう。


 というわけで、真昼は一方的に攻撃されている訳では無いのでご安心召され。


 籠に閉じ込められた血の結晶は、勢いを失い雪のように床に落ちて、溶けるように消えていく。


 視界が開けると、その向こうに太平童子。笑みを失い真昼を見つめている。


 血を流すのが好きな真昼だが、失血の影響で視界が霞んできた。遊び過ぎてはいけません。


「奇遇だが、折角の機会だ。この鬼で経験値食っとくか。」


 ズタボロの雑巾みたいな姿の真昼の背後。空気から溶け出るように音もなく、餓者髑髏が姿を現した。


 狭い校内で前屈みになり、大きく口を開いている。



 鬼をサクッと倒して、部活に戻ろうと思います。

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