亡霊の再来
現代に残る椿家の星神信仰は、元々この国にあった神道と、海の向こうからやって来た占星術を合わせたものだと伝わっている。
開国の時代に神官と占術士の奇跡的なラブロマンスがあったんだろうね。
こうして生まれた星神信仰の家柄『椿家』は、星神様から与えられる力を世の為人の為と役立て、歴史に残る数々の事件や戦いの裏に活躍し、家を大きくしていった。
やがて時代が進むにつれて、人々の信仰心は昔ほど確かなものではなくなっていく。
荒魂鎮めのような大きな仕事が減っていくと、椿家は民間の依頼も引き受け、悪霊祓いの便利屋のようになっていった。
そのことに椿家の中の一部の人達が反発したのが事の始まりだ。神職としての神秘性をとるか、時代に合わせた商法で生活を取るか、『椿家』全体が選択を迫られた。
結果として、家は二分された。
歴史ある老舗徐霊業者となったのが今の『椿家』であり、そして家名を捨てて山の奥へ篭ったのが『鬼灯家』だ。
『鬼灯家』は秘境に住む仙人のように人目を避けて、星神信仰の新たな柱を立てて暮らしていった。
二神のこのザックリした説明を聴きながら、一行は屋敷の入口へ到達した。
玄関ポーチの屋根の下、傘をバサバサやって二神が水滴を飛ばす。ちょっと迷惑そうな兎の方へ、二神に習い東郷も傘についた水滴を飛ばした。
意味は特にないです。
「そんな詳しい説明初めて聞きました! 椿先輩は説明を面倒くさがるから。」
真昼は真面目な話しをしていると蕁麻疹が出ちゃうんです。
「椿家と鬼灯家が大昔には一つだったという話は、聞いたことがあります。」
東郷は丁寧に話の相槌を入れる。
「うん。椿の家から出たあと鬼灯家を名乗るようになった集団は、山奥で主に降霊をやっていたらしい。
椿家は、霊能力を持て余して行き場を無くした人々に声をかけ、霊能力のイロハを叩き込む修行をさせることで、人材育成もしていた。常に能力者をある程度抱え込んでいたから、仕事も数をこなして家も栄えた。
一方で鬼灯家は、血統を大切にして、他者を寄せ付けなかった。力の強い術者が揃っていたと噂には聞くけど、その後は衰退の一途を辿ったようだね。」
という長い椿家の歴史の話を聴いて、兎はイマイチよくわかっていない。
「血統とか家柄とか大切にするのに、なんで椿家の名前は捨てちゃったんだろう?」
子供みたいな発言をする食物連鎖の最下層。うちゃぎ。
複雑な表情で東郷がその様子を見守る。東郷には、鬼灯家の行動理念がわからなくはない。
「うーん。うさくんも死ぬまでの間に、当時の鬼灯家の人とおんなじような立場に立つことがあれば、わかるかもしれないねぇ。」
「ふんふん。そうですねぇ。」
兎と二神の呑気な会話。
人生には後になって、わかるようになることが沢山あります。
玄関を上がると、真っ直ぐな廊下に和室の障子や食堂の両開き扉が見える。お風呂もトイレもありますよ。
「椿家と鬼灯家の成り立ちのおさらいは出来ました。それで…。」
兎に招かれるままに屋敷の中へ足を踏み入れた東郷は、これまでとは違う明らかに敵意を剥き出しにした目で、兎を睨む。
「それをどうやると、俺が椿家を裏切って鬼灯家につくことになるんですか?」
不満と嫌悪が現れた目だ。
兎は縮み上がって縦に伸び、それから元に戻って口を開いた。
「そ、それは…。」
二神と東郷の五歩ほど先へ歩き、そこでクルリと振り返る。今から二人に大事なことを話すうさ、という空気を醸すので、二神と東郷は兎の次なる言葉を待つ。
「実は、鬼灯家の人が椿 朔夜の霊をお墓から呼び起こしてしまったんです。
だから、トーゴーさんは椿家を裏切って鬼灯家についたというよりは、椿先輩を捨てて朔夜の傍についたと言った方が、正しいかもしれません…。」
兎の悲しい瞳。光の加減で赤く見える。
三人を囲む廊下の壁紙はグレーだ。まだグレー。白いはずの壁が何処か汚れて映る。
下はフローリング。階段の横の窓は広くとっている。こういう窓は霊が入りやすい。
「な、…。」
東郷は言葉が続かない。
何を馬鹿なと、言おうとしました。
「朔夜…? 説得するって朔夜のことだったのか。」
一方で二神は冷静だ。
自分の息子の名前が出ても動じない。愛情が希薄な訳では無く、その名前がいつ話題に上がっても自然と受け入れられるほど、今も身近な存在に感じている。
「信じられないとは思うんですけど、俺が何度も見てきた事実なので…。」
「うさくん、それは確かな話かい? すると君は、オバケが見えるのかい?」
二神のこの質問に、兎は首をふるふる横に振る。
「俺も二神さんと同じで、霊感ゼロです。ただ、霊であっても鬼灯家の支配を破るほど、朔夜の霊は力があるので、見え方も他の霊とは違う。
ほとんど生きている人間と同じように実体に見えるので、俺にも見えます。
その他の霊についてはワタルちゃんの作ったアプリのお陰で、声を聴いたりすることは出来るんですが、椿先輩のように正確な位置を特定したり、霊を追尾したり出来ません。」
出来ません。のオンパレードを繰り広げる兎が、この性能で一人で戦い続けることがどれほど大変だったのか、二神にも東郷にも想像は出来た。
ただ、それと朔夜という存在に再び邂逅するという現実は別の話だ。
「二神さんからの説明だから、未来から来たとか言われてもとりあえず流していたが…。言って良いと冗談と悪い冗談がある。」
という東郷の言葉に返答を返したのは、兎ではなかった。
「冗談でなければ問題ないだろう?」
長い長い廊下の先。真っ直ぐに伸びたトンネルのような暗がりの先に彼は立っていた。
黒いスーツに穏やかな表情。一見するとセールスマンのような風体。
癖毛の黒髪と堂々とした存在感は、椿 真昼に似通った特徴を持っているが、纏う空気は全くの別物だ。
異様に重たい緊迫感。足下に影がない。
「朔夜!」
「朔夜さん!」
二神と東郷がその名を呼んだ。いや、叫んだ。
椿 朔夜だ。
その亡霊が、姿を現した。
間髪入れずに兎は二神の背に隠れる。チンチラくらい速い。一度技術で負けているので、背後に立たれるのがちょっと嫌なのだ。
「久しぶりだね、甘。それと、お父さん。」
にこりと笑うと笑顔が可愛い。
首が折れそうなほど場の空気が重い中、彼が自然な笑みを浮かべることが異様に映る。
目を見開いて固まってしまった東郷に代わって、先に二神が口を開いた。
「僕にも見えてる。」
という平凡な感想。
「霊感が無いから会えないんだと思ってたよ。」
その二神の言葉には、ここで亡き息子と再会した驚きも、幽霊を見たという事への恐怖も無い。
広いショッピングモールで迷子になった子供を、ようやく見つけた時の気分だ。
霊感商法を生業にする家に居て、誰一人として朔夜の霊を見たと言い出さないことを、二神は不思議に思っていました。
廊下の先に立つ朔夜の姿は、ずいぶん遠く感じられる。
「二神さん、朔夜はある人物を探しています。それ自体は純粋な目的かもしれないけど、朔夜の復活を願う一部の派閥や、策略家も加わって、やがて大きな勢力として膨れ上がっていく。
椿先輩と桜庭先輩研究部は、いずれはその勢力とぶつかることになるんです。それをなんとしても止めたい。」
二神の背中にスッポリ隠れるサイズの兎。その二神の背中を後ろからポフポフ叩いてそんな事を告げる。
それを複雑な表情で横から睨んでいる東郷は、ようやく石化が解けたようだ。
「なんだその曖昧な表現。一部の派閥とか、策略家とか、確証の無いことなら言うな。」
「具体的な事は言えない立場なんすよ~! あー。これ面倒くさい。」
真昼にも二神にも説明してきたことを、兎はここで東郷にもシェアする。ちょっと面倒くさい神様との契約。
「つまり穴埋め問題だよ、甘。僕は解けた。朔夜の復活を望む派閥というのは、甘のことだろう。」
東郷は真昼をポイして朔夜の側につくのだと、兎が数分前に暴露していた。
「そうだった…。」
「そうなんだ…。」
東郷と朔夜が同時に呟く。
学生服に首の絆創膏。未来から来た兎が暴露したことなので、情報は確かなのだ。
「派閥というからには、甘の他にもいるはずだ。椿家の中に何人か。」
そして、二神の頭の中には妻の姿が頭を過った。それを振り払う。
そんなことよりも今は、目の前に会いたくても会えなかった存在がいる。
「朔夜、こんなところにいたんだね。ご飯ちゃんと食べてる?」
廊下の先、両開き扉の前に立つ朔夜。夢でも見ているような現実だ。
その手の中の細い糸を、兎はずっと警戒している。
「ありがとう。仏壇に置いてくれてるチョコとかオニギリとか食べてるよ。遺影のある場所にも顔を出せるし。甘の部屋にもね。」
まるで生きている人間のように会話が出来る。瑞埜が拐われた時と同じ状況。
「え…。」
朔夜のことは尊敬しているけど、部屋に来られると、ちょっと嫌な東郷くん。
「い、いつ来てました?」
日時を確認する。
すると朔夜は人差し指を口元に当て、からかうような瞳で東郷を見つめた。
「見つからない時だよ。気をつけておかないと、あの家はみんな霊が見えるから。」
二神しかいない時は、堂々と冷蔵庫の中身をチェックしに来ています。
「なんでそんな隠れるみたいな…。俺は今でも朔夜さんに、」
言いかけて、口を閉じる。
東郷の視線が逃げた。二神の後ろに立つ兎に行き着く。
未来からやって来た彼に、東郷が椿家を裏切ることを宣告されたばかりだ。確かに裏切ってもおかしくないなと、自分で思う。
「それじゃあ、甘も一緒に来る?」
細い糸。
が、知らないうちに廊下を横断するように張られている。糸は丁度、人の首の高さだ。あと数センチ前に出ると、東郷の首は糸に捕らわれる。
外は雨。空き家に電気は通っていない。その薄暗い室内であっても、霊縛の糸に兎はいち早く気づいた。
「だめ!」
パッと二神の背中から飛び出して、兎が横から糸を引っ張る。
ピンと張られていた糸が弛んで捻れて、そしてそれは東郷の目にも映った。
「霊縛!」
あぶない、あぶない。
兎は一度この糸に引っ張られているので、ちょっと過敏なくらい気にかけているのだ。
はい、ここでちょっとご注目頂きたい。
東郷 甘が後世に残る迷言を遺しますので、わざわざこのタイミングでどうぞ。
「朔夜さん、俺はこんなものに縛られなくても貴方について行きます!」
「ダウト!」
兎が秒速でツッコむ。
笑ってはいけない状況なのだが、二神も朔夜も、東郷が愛おしくて笑ってしまう。
「そうだね。ついていきたいね。」
「甘、可愛い。」
東郷が朔夜を慕いその背中を追って来た時間を知っているので、二神や朔夜からはこういう反応です。
霊能力者としては、それなりに実力をつけている東郷くん。メンタルに難がある。
「可愛いは禁止します…。」
目標にしていた人物を喪い、その混乱と喪失感を、後釜に収まった真昼にぶつけてきた東郷。その口からは、生前の朔夜によく口にしていた口癖が零れる。
「また禁止されちゃった。」
危ないことや思い切った行動をとると、片っ端から東郷に禁止されてしまう朔夜お兄ちゃん。
兎はそこらへんの空気感についていけない椿家の部外者なので、霊縛の解除に集中する。
未来から来た兎の予言が無かったら、東郷が自らの朔夜に向けた忠誠心を客観視することはなかった。
今なら分かる。朔夜の亡霊を追って椿家に背く危うさが、自分にはあると。
原因の分からない冷たい汗が出て来て、東郷は体温の低下と目眩を感じていた。
少し気分が悪い。
「トーゴーさん、言いづらいことなんすけど、たぶん、霊障です。」
長い時間をかけて未来と過去を行き来しながら戦って来た兎は、仲間の不調を見抜くのが早い。
朔夜の強い霊力が、本人の意思に関わらず、東郷の体調に支障を与えている。二人の生前の仲が良好だったことを考えると、兎はそれを伝えることに心痛む。
「くそ…。」
東郷のこの悪態は自分の耐久性に向けたものです。
真昼の札を使って糸を焼き切った兎は、余った星グミをギュッとしたまま、二神に視線で訴えた。
事を急いだ方が良さそうだ。
「朔夜、一緒に帰ろう。」
その視線に頷いて返す。二神は兎に未来の出来事を回避する為の助力を頼まれてここへ来た。
その意味をようやく理解する。
自分の家族の問題なのだから。
「このまま進むと良くないことが起こるらしい。そこに朔夜も真昼も関わっているなら、それを解決するのはパパの仕事だ。」
壁は黒い。一面にカビが生えている。
窓ガラスの向こうでは、道路を走る車が雨水を巻き上げる音。
庭木に降りた青い鳥は、雨宿りをしようと枝を急ぎ足に渡って行く。
「僕はまだ帰らないよ、お父さん。遅くなったけど、反抗期なんだ。」
「あらら。」
という二神のちょっと嬉しそうな反応。
僕の息子は今、立派に反抗期だと世界中に言いたい。
「真昼と同じものを手に入れるまでは帰らない。兄弟喧嘩したっていい。叱るなら、止めに来て。」
そして朔夜の姿は消えた。
その時、自分が瞬目をしたのかと思うくらい、音も無くいなくなるのだ。
「あっ…」
待って、を言う間もなく見えなくなるので、二神は黙って肩を落とした。
もっと心が落ち込んだのは東郷だ。ストンとその場に崩れ落ちる。
「トーゴーさん!」
それを慌てて兎が支えようとして、重くて無理だったので、一緒になって床に尻餅をついた。
白昼夢。
に、似た感覚。三人一緒に見たので夢ではない。
朔夜の亡霊を見た。
「…夢だったのかな?」
でも、あまりに僅かな時間の出来事だったので、一応確認をとる。
「今そこに朔夜がいた気がする。」
「はい。夢じゃないです。」
放心の東郷もそれだけは何とか答えた。
何処か遠くで何か鳴っている。ピピピ ピピピ と機械音。目覚ましアラームのような音だ。
空き家に当然そんな物はないが、何処かでしつこく鳴っている。
「あーくそ…。毎度こんな感じで逃げられる。俺は姿消されると追えないんすよ。トーゴーさんは?」
二神の説得に応じてもらえなかったので、今度は東郷の力量をアテにする。
その東郷は兎と一緒に床に座り込んだまま首を振った。
「集中出来ない…。」
心が、掻き乱されております。
東郷は腰のベルトにつけたポーチから、切り紙を数枚取り出した。
それをポイッと空き家の虚空に放ると、各々が魚や鳥など切り紙の型通りの姿に変化する。
赤い折り紙を切り抜いて作られた鳥は、見事に不死鳥へ化けて飛んでいく。青い折り紙を切り抜いた魚は鯉に化け、天井をすり抜けて二階へ。
その他の切り紙も、鼠や兎になって四方へ散っていく。
「式紙使いだったね、甘は。」
「しばらくは式に探索を任せます。もう一度会って話をすべきだ。…朔夜さん。」
何度でも、肩を落としてその名前を呼ぶ。
「トーゴーさん。やっぱり朔夜と一緒に行きたいですか? それは椿先輩じゃダメなんですか?」
東郷のとっている態度がそのまま、椿家を継ぐのに相応しいのは朔夜だと語っている。
もし明日、真昼が餅かなんかを喉に詰めて死んだとして、今日から別の人が先輩になると言われたら、兎も戸惑うだろう。
それは人間なら誰でも持つ当たり前の感情なので、兎も東郷を強くは責められない。
それをよくわかっているので、東郷は兎に寄るとその手を握った。両手で包むように兎の手を握る。
「うさ。今はお前の言うことを信じよう。俺は二神さんについていく。
それと、朔夜さんのことを忘れられないからといって、真昼さんに当たっていいということにはならない。悪かったと思ってる。」
「今後一切それを禁止します。」
兎は真昼が家庭内の人間関係に悩んでいた時期を知っているので、真昼をいじめる事を絶対に許さん。
二人のやり取りを横で見ていた二神は、真昼に電話してあげよう、と思った。
柏手かと思うほど大きくパンと手を打って注目を集める。
「朔夜はまた何処かへ行ってしまったけど、僕達が何をすればいいのかはよくわかったよ、うさくん。
一度戻って態勢を立て直そう、甘。」
「はい。」
その言葉を聞いて、兎は白くて長い耳を頭の上でピーンと真っ直ぐにする。
「うさくん、もう一度チャンスをくれるかい?」
「はい! もちろんです二神さん! トーゴーさんも、有難う御座います!」
東郷が味方についたというだけでも、未来への変更は大きい。極めて重要な一歩だ。
改めて二神と兎、そして東郷は、三角屋根の乗っかった大きな屋敷の廊下を見つめる。
そこに取り戻すべき相手がいること、またいつかこの場所で対峙するということを、胸に刻みつけるようだった。
「それじゃあ、ご飯食べて帰ろうか。」
「お好み焼きなら、美味しい店知ってますよ!」
「すぐに戻らないんですか?」
「今後のことも話し合いたいし、チーム名も考えないといけないしね。」
「チーム名要らないですよ。」
「『椿先輩より朔夜を取り戻したいトーゴーさんを味方につけて、未来を変えるぞ兎隊』を略して、『よりを戻し隊』ってどーすかー?」
略したことによって大幅に趣旨が誤解されるチーム名になった。




