初めての部会
季節は六月。この頃になると、優都は遠慮無く秘密基地に入り浸るようになり、時を同じくして梅雨前線もまた街に入り浸るようになっていた。
平日、朝の登校時間に街はどしゃ降りの雨に打たれていた。幸い風は強くなかったので、傘が大活躍だ。
真昼が透明なビニール傘と共に、優都が茶色いくまちゃんカラーの傘と共に学校へ向かって行くと、校門前のバス停が混雑しているところだった。
普段は徒歩や自転車通学の生徒が、大雨の時だけバスの利用を家の人に許されているというケースもしばしば見受けられるこの時期のバス通学。
屋根のある狭いスペースで傘を開こうとする人々の集団が出来てしまい、ただでさえ小さなバス停は学生で団子状態だ。
でして、その団子の塊から押し出されてしまったようで、一人の生徒が雨の中によろめきながら躍り出る。
兎だ。
体が小さいので陣地取りで押し負けたのだ。
しかも鞄に入れていたであろう折り畳み傘を引っ張り出すでもなく、ただただあまりの仕打ちに茫然としている。
少し離れたところから傍目にその光景を目にした真昼と優都には、雨に肩を打たれながら校舎に向かってトボトボと歩き出す小さな背中が、ひどく憐れに映った。
「うちゃぎ…!」
優都は自分が半泣きになって、傘をはんぶんこしようと兎を追いかけていく。
その横に立っていた真昼は、怒りに身を震わせ、兎を追うどころではない。
「人を押すな!」
キレた。
朝の挨拶や何気ない会話でざわついていたバス停の喧騒が、シンと静まり返る。
そんな彼らを横目に一瞥し、バスはさっさと扉を閉めるとその場を走り去って行った。
「ひどいっす!ひどいっす!あんまりっす!」
と言いながら手足をジタバタする兎は、今は肩にもこもこのブランケットをかけている。
にんじん柄。
髪から滴る雨水を、迷が持参したバスタオルでポコポコ拭いてくれている。女子は準備がいい。
「あれは酷い。俺でもあんなことされたことない。」
優都は兎と違って身長が低い種族ではないので、経験したことがないだけです。
真昼に優都、一年生三人組が、二年生の教室に集まっている。朝礼の前の忙しない時間。ここに来て『桜庭先輩研究部』の面々は、団結力が育ち始めた。
なんか、自然と集まっています。優都の周りに自然と人が集まるなんてことが起こるとは。時代は変わった。
「ぶるぶる(セルフ効果音)…。こんなに大事な日に風邪でもひいたらどうしてくれるんすか。」
濡れたシャツの上から体を抱くようにして、兎がぼやく。
「そうか、あれって今日なのか。」
真昼が思い出したように口にした。その言葉に弾かれたように、迷が片手片足上げてのジャンピングポーズ。
「そうです! 今日は記念すべき第一回『桜庭先輩研究部』の部会の日ですよ!」
親睦会の延長のように集まった仲間達が、かけがえのない青春の時間を共有する。
放課後に集まって話すだけで、これといった活動がまだ何も始まっていない『桜庭先輩研究部』、今日が初めての公式活動開始だ。
制服にはそれぞれ違った自分の誕生石をカスタムしている。共通のシンボルを持って挑む最初の部活の日。
それは特別でもなんでもない、木曜日だった。
「それでは、張り切って参りましょう!」
ちなみに、『桜庭先輩研究部』の部室には、畳が敷かれている。
というのも、専用の部室を確保出来なかった為、絶滅寸前の茶道部の部室を借りるような形になったのだ。
現在、部員が二名で廃部寸前の茶道部は、火曜日と水曜日しか稼働していない。
その為、空いている曜日だけ『桜庭先輩研究部』の部室としてお借りすることとなったのだ。
畳の部分は四畳だけだが、やはり校内に和室があるというだけでも特別な感覚になる。
靴を脱ぐスペースと下駄箱があり、畳はそこから一段高い。ちゃんと床の間も。
放課後、和室に集まった五人の部員の前に現れたのは、正式に部の顧問になった渡辺先生だった。
「鍵を開けておいてくれるなんて、準備いいな椿。でもホウレンソウが出来てないから、二度手間だったんですが。」
先生、わざわざ鍵を取りに行ったのに、もう鍵が無かったぞい。
「ワタル先生、ごめんね。」
という反省する気が全くない真昼の返答。叱られることに慣れてしまった。
顧問を待ち構えていた五人は、既に畳に上がって足を伸ばし、くつろいでいる。
「ワタル先生、顧問を引き受けて下さり、有り難うございます! これから宜しくお願い致します!」
足をダラーと伸ばしてやる気なさそうに見えて、めちゃくちゃ元気と覇気のある迷が、気合い一発挨拶をする。
渡辺 瑠璃こと『ワタル先生』は、女子生徒を発見して嬉しそうに笑顔を見せた。
「おぉ、可愛い女子もいるのか。椿と稲早だけだったら週一の活動にしようと思ってたけど。こんな可愛い子たちいるなら、頑張らないといけないな。」
「どういう感覚で仕事してるんだ、この人…。」
という真昼のツッコミ。
渡辺先生は趣味でこの仕事してます。ただ女子高生が好きなだけです。
「本日の部会が活動一回目となりますが、具体的に何をすればいいでしょうか?」
このダラダラな空気の中で、瑞埜だけが律儀に正座などしている。
その様子を見て、渡辺先生はうんうんと首を縦に振った。
だいたい、読めて来ました。このメンツ。
(俺を誘いに来た稲早は、性格はいいが霊的な耐性は無い。気をつけて見てあげていないと危なっかしいと思っていたが…、他にも癖のあるメンバーが集まっているんだな。
椿は祓い屋の跡取りで、このメンバーの中では一番霊に対して対処方法を知っているだろうが、とにかく態度が悪い。人生投げてる感じが駄々漏れだ。
瑞埜は品行方正な学校側とのパイプ役って感じだが、指示がなければ自分では何をしていいかわからない。逆に指示されていないことは何もしてはいけないと思っていて、周囲とトラブルを生みそうだ。
一応、夜中は覇気と元気有り余っている感じだから、部長兼ムードメーカーとして仲間を引っ張るまとめ役なんだろうが、…。女子だからな。無理はさせられない。
で、一番の問題は…。)
各々の生徒の顔を見回していった渡辺先生の視線は、ある一人の生徒を捉えて止まる。
優都だ。
優都ったら、先生が来てからまだ一言も声を発していないのです。
(教室にいる時もそうだが、桜庭の絡み方がよくわからん…。あとでみんなに聞いとこ…。)
聞くは一時の恥だ。
気を取り直して渡辺先生は丁寧に切り出した。
一つ、咳払いがくる。
「その質問に答える前に、まずは部活動としての活動開始おめでとう。稲早、椿、瑞埜、夜中、桜庭。当面はこの五人で活動することになる。俺は部の顧問になった渡辺 瑠璃だ。よろしく。」
ここで軽くペチペチと拍手が起こる。これから皆で仲良くやっていこうね。という歓迎の証だ。
「改めて先の質問の回答だが、今日はこの部活内でのそれぞれの目標を決めて貰う。何も無しで過ごすよりは、明確な目標があった方がいいだろ?」
「目標って、例えば?」
という兎の返答には、真昼が答える。
「まぁ、僕は嫌でも家を継ぐことにはなるんだろうし。何かモチベーションになるような自分探しかな。」
真昼は家の中の人間関係に不満があるだけで、人と霊を相手にする仕事が嫌なわけではないです。
端から見ると子供の我儘であり、本人にとっては重大な問題である。
子供は大人になったらどうでもいいと思うような事でも、真剣に悩むことがあります。
「よまちぃの目標は、オカルト学園BL展開を堪能することです!それを作品に生かしますので将来性も、ばっちりこですよ!
先輩後輩もいいですが、幼馴染属性も捨てがたく、ここで教師がログインして放課後の活動に舞台が広がるのも、たいへん美味しいと思います尊いです有り難うございます!」
という迷の目標は特に誰も聴いていないです。床が畳だと視界が落ち着くな。饅頭とお茶が欲しくなる。
「桜庭先輩はどうすか?」
と兎が話を振って、ようやく優都が口を開く時がやって来た。
まだ考えついていなかったようで、「まだ当てないで~!」というピンチの表情だが、優都の代わりに真昼が思い付く。
「優都はさ、あれだよね。祓魔薬膳とか向いてるよね。料理出来るし。」
「ふ、祓魔薬膳? …て、真昼、なに?」
「あれ? 知らない? 食べ物に含まれる霊的な力を上手く組み合わせてね、体の中から浄めたりとか、悪いものが入りにくい体を作ったりするんだよ。
優都は霊媒体質で悩んでいたりするんだし、覚えれば絶対将来的に役にたつよ。」
なんて優都にぴったりなコースなんでしょう。
料理以外取り柄が無く、その料理すら別に才能があるとか人より抜き出ているわけではない優都。
そんな優都でもあまり一般的でない祓魔薬膳なら花開くものがあるんじゃなかろうか。
競争率低そうだし。
「そんなのあるんすか!?」
驚愕のあまり畳に手をつき前のめりになる兎さんに、
「へぇ、そんなのあるんだ。」
と渡辺先生も素直に感心。
「というか、桜庭は料理が出来るんだな。すごいすごい。」
褒められる特徴点を見つけたお陰で、渡辺先生もようやく優都に絡むことに成功する。
優都、褒められてえへへ。
「すごいって言って貰えるほどではないけど、それなら確かに俺でも出来そうな気がする…。」
優都に出来ることは限られているので、それらしい丁度言い感じの目標が見つかって良かった良かったと、優都本人よりも周りの人間が安堵している。
「よかった~。じゃあ、桜庭先輩はそれで決定っす! それって就職先はどこになるんすか?」
「そういう料理だけ出すようなお店があるのですか?」
と後輩ズに尋ねられ、真昼はドンと自分の胸を叩く。
「就職先は僕の家でしょ! 僕が家を継げば問答無用で優都を雇えるよ! そして優都が『祓い屋 椿』の名の下に祓魔薬膳で霊障に悩む人々を救うとなれば、これはもう僕と優都が結婚したも同然ですね。
はい、感想どうぞ。」
「素晴らしいです!有り難うございます!地雷とか言ったこと、取り消します!」
迷からは好評な未来予想図。
優都は進路はおろか将来の夢というボンヤリした理想すらも持っていなかったので、このタイミングで真昼の家に内定を貰えたことは、本当に丁度良かった。
真昼はパッと手を開き、
「で、優都を椿家に迎え入れるという目標があれば、僕も少しくらい家庭内のごちゃごちゃした人間関係を頑張ってみようと思う。」
と付け足す。
真昼の目標はこうして数秒で達成されました。まず人との接し方や、人間関係の問題を解決する方法を、この部活動で学ぶがよかろう。
トントン拍子に目標が決まり、残されたのは兎と瑞埜だ。
渡辺先生は、今日の部会で決まった各々の目標を、細かくノートに書き付けていく。
「それじゃあ、兎は?」
自分にぴったりの目標と就職先の内定をこの数秒で手にした優都は、ここにきてようやく積極的になり、兎に話を振っていく。
「俺は将来的には家の仕事を継ぐことになるんで、それでいくと事故物件とかに出会しても怖じ気づかないメンタルを鍛えることすかねー。」
兎はこう見えて将来をきちんと見据えている人なので、自分の進む先に必要な能力や、今自分がすべきことは何なのか、よくわかっています。
「その土地がどういう歴史を歩んで来て、どんな出来事が起きた場所なのか、ある程度知る方法を身につけておくのも損はないな。」
という真昼の補填。そっすね、という兎の相槌。
この二人はですね、真面目な話をしろと言われれば出来ないことはないのだ。普段からちゃんとしていないだけです。
この上、真昼は未来から来た兎との関係も含めて、この時間の兎を見てしまう。その為、成るべく手助けしてやりたいという献身的な気持ちも大きい。
「ではでは、あとはみすてぃだけですね! みすてぃは何か目的や目標はありますか?」
ここまで調子良く自分達の活動の意義を整えて来た『桜庭先輩研究部』。
最後の一人である瑞埜は、自らの活動の先に求める着地点について、こう語った。
「私は…、特にありません。」




