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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Teacher call a storm
32/40

午後のシャワー

 


 これから起きる出来事は、全て夢の中の出来事だから安心だ。



 かつて流行や都心の喧騒から一線を画していた輝石の街にとって、竹林を切り開いて造られたアトラクションパークは、街一番の呼び物となった。


 有名なラブロマンス映画のワンシーンを再現したアクアリウムや、国民的喫茶店チェーンの公式キャラクターとのコラボレーションを実現した乗り物など、幅広い表現で民衆の心を掴んだ。


 隣接するホテルやレストランなどの施設も、品格のある内装や絶品グルメでメディアに取り上げられ、広く知名度を上げることに貢献した。



 それらの賑わいと平行してSNSを中心に話題となったのが、心霊現象が多発するなどと言ったクチコミである。


 園内のパレード用の水路に人が引きずり込まれる。夕暮れ時に行くと、アクアリウムの水槽に閉じ込められる。


 果てはプラネタリウムの上映室で大勢の霊に取り囲まれるという話し等。


 ありがちな噂程度だったものが、建設当時の地元民の反対や、竹林の中には墓地が存在するという背景事情がネット上に流出したことにより爆発。


 心霊スポットと呼ばれるまでに至った。



 この事態を受け、営業への支障が出る前にと動き出したのがパークの運営会社。その会社から祓い屋『椿』へと徐霊の依頼が有り、時を同じくして『桜庭先輩研究部』へも同様の依頼が。こちらは、霊を見たという観光客から調査の依頼が舞い込んだのだった。



 こうして運命の歯車は、意図せぬ方向へと回り始めた。









 高校二年生の秋。自身の誕生日まであと七日と迫った夜。大気中に充満する月光を頼りに、兎はアトラクションパークの広大な敷地を囲う金網の外側を走っていた。


 背中には負傷した真昼を背負っている。左側頭部からの出血が、肩口まで服を汚している。意識は無い。


 脱力した体の横で腕が力無くブラブラしていた。


「はあっ…はあっ…、椿先輩、死なないで…!」


 祈るように唱えながら、兎が辿り着いたのは、一般客向けには解放されていない、敷地の裏側に位置する駐車場。


 丁度そこに黒い車がヘッドライトで闇を裂き、進入してきたところだった。


 無駄のない動きで白線の内側に収まると、車はエンジンを切り、運転席から一人の青年が降車してくる。


 スラリと細身の長身に、背中にかかるほどの長髪。髪は銀色だが、月明かりの下で湖底のような深い青に見えた。


「領、こっちー!」


 うさぎ、叫ぶ。


 その青年の名は、領 香酒。兎の父親が経営する会社の人間だ。今は社長である兎の父ではなく、次期社長となる兎の身辺警護や運転手を務めている。


「若、こんなに遅い時間まで何をしていたんですか!」


 降車早々に兎を怒鳴りつけた領の右腕で、時計が日付をまたいでいる。


 それからすぐに、兎自身も傷を負っていることや、背負っている真昼の存在に気がついた。


「怪我をしているんですか。」


 怒るという感情はあっても、怪我人を心配する配慮は持ち合わせがないようで、領の言葉はいやに冷静だ。


「罠だった…!ぜんぶ…! 鬼灯家の…!」


 という兎の説明では全くわからないので、一先ずその説明を責任者にさせようと、領は続けて別な質問を持ち出す。


「部の引率の先生は何処ですか? 話すことがあります。」


「ワタルちゃんは生徒を護るのは自分の役目だからって、犠牲に…。そのワタルちゃんを助ける為に二神さんが…!」


 吐き出すように兎が口にする。背負っている真昼が重いので、顔が上げられない。


 爪が割れてしまったようで、指先にずっと違和感。


「それで桜庭先輩が、自分が霊を引き付けるって囮になって…、 武田先輩が桜庭の先輩の後を追って、死霊の群れに取り込まれて…。


 でもそれは全部、椿先輩と餓者髑髏を恨む鬼灯家の人間の罠だったのっす!」


「はぁ…。」


 という、領のどーでもよさそーな返事。


 はぁ…。


 その表情が関心の無さを語っている。


「それは部活の話ですか?」


「椿先輩と巫女の霊が戦うように仕向けたのも鬼灯家の人間っす! でも朔夜さんの霊を斬った椿先輩には、もう星の加護がないから、戦う術がなくて…!」


 捲し立てる兎の説明。


 一向に要領を得ないまでも、不測の事態であるということだけは伝わってくる。


「若、とりあえず落ち着いてください。話が全く見えて来ません。」


「桜庭先輩の霊媒体質が利用されて、仲間が奪われていくのっす! このままじゃ誰も生き残れない!」


 それから兎の指に嵌めた指輪が、薄青い光を落とす。黒いコンクリートの地面に、ポツンと青い光が一点だけ浮かぶのだ。


 その光は、兎に仲間の危険を知らせている。


「また光が…。ロブルスの指輪で先読みは出来ているのに。俺自身が弱いから、こんなの持っていても役に立たないっすよ!」


 泣きながら叫ぶ兎の背中で、真昼が小さく呻いたようだ。朦朧とする意識の中で、兎に何か言葉を残そうとしたのかもしれない。


 しかし、その前に真昼の体を領が預かった。


「とにかく車に乗ってください。病院へ行きましょう。それから、家と学校に連絡します。歩けますか?」


 抑揚の無い事務的な口調で問われて、兎は一歩足を前に出す。


 歩けないほどではないが、怪我した足を庇う歩調になる。目眩がして、倒れそうになった。体がずっと震えている。


「椿先輩が死んじゃったら、霊界と秘密基地を隔離している結界も消えてしまう。そしたら、秘密基地で待ってる迷ちゃんも無事じゃ済まない。」


 何をどうしたのかわからないが、なんとかして兎は車の後部座席の扉を開けた。


 領がむぎゅっと真昼を積み込む。


 車内に血の匂いが充満した。どことなく闇が深く、座席下の暗がりは見えない。


「若も早く乗ってください。」


「俺はみんなを置いていけないっす…。椿先輩だけでも生きていてくれれば、迷ちゃんは大丈夫だから。」


 兎の説明を述べる声に勢いが無くなったのを見て、すぐに意識を失うだろうと予感した。その領の手が、兎の体を優しく支えてくれる。


「事故か事件か判断出来ませんが、一度この場を離れた方が良さそうです。若、すみません…。」


 迎えにやって来た時には怒鳴りつけておいて、しかし領の表情は今になって真剣だ。


 その銀色に輝く瞳には、後悔の念が宿っている。


「学校のこと、友達のこと、部活のこと、…。私を家族だと言って、楽しそうに色々な話をしてくれた貴方の言葉を、もっとちゃんと聴いておくべきでした。今になって後悔しています。」


「今、されても…。てか、ちゃんと聴いてなかったんすね。」


 兎、ちょっと恨めしそうな目。


 もっと話しかけていれば、この時に事態の深刻さについて、もう少し共有出来たのだろうか。なんて考える。


「貴方は高校出れば、若社長として会社を率いていく人間です。私は貴方を支える立場として…。


 いえ、だから、こういうところが良くなかったのだと。反省しています。」


 言いながら、領の手が後部座席の扉を閉めた。続いて助手席の扉を開き、兎に車に乗るよう促す。


「今からでも私に出来ることがあれば、なんでもお手伝い致します。ですから、まずは休んで下さい。


 きちんと回復して目が覚めたら、その時に事情を聞きますから。」


「ん…。」


 兎は兎助手席の座席シートに乗り込んだ。訂正。倒れ込んだ。


 領が背広の上着を体にかけてくれる。その温もりと、身近な存在の匂いに安心したのか、兎はすぐに気を失ってしまった。


「子供には見えていて、大人には見えないもの、か…。」


 大型アトラクションパークの敷地を囲う竹林が、ザワザワとにわかに騒がしくなる。


 大勢の村人が駐車場の周囲に集まり、じっとこちらの様子をうかがっていた。












「うさー。起きろー。」


 と言われて起きる。


「はい!」


 起こされた時って、何故返事をしてしまうのか。しかも敬語で。


 目が覚めて安心なことに、どうやら夢を見ていたようだ。夢を見ながら、これは夢だから大丈夫と自覚している時がある。


 不思議なものです。


 世の中に不思議なことはいくらでもある。


「椿先輩…。すみません寝てました。」


 兎は真昼の秘密基地にある寝室でぐっすりと眠っていた。あまり楽しい夢ではなかった。汗びっしょり。


「嫌な夢見たのか? ずっと何か喚いていたけど。」


「怖い夢見たうさ。ここは現実うさ?」


 語尾が変わるほど怖かったのうさ。


 泣いちゃうとこだったのうさ。


 時間逆行で何度も同じ場面を繰り返して、同じ場面を夢にも見るから、もう何度目かわからないシーンだ。


 未来で起きる出来事を、夢に見ていた。


「おかえり。ここは現実だよ。目覚ましにシャワー浴びてこい。」


 真昼が優しく声をかけてくれる。


 部屋の中は相変わらず生活感のあるゴチャッとした様子で、椅子の上に脱ぎっぱなしの真昼の制服が乗っていたり、窓が半開きだったりするのだけれど、それがかえって落ち着いた。


 兎は柔らかい絨毯の上に降りて、シャワールームへと向かう。


 時刻は昼の二時頃だ。週末のこの時間帯に見る夢は、悪夢か淫夢と大抵決まっている。


「なぁ、兎。」


 寝室を出る前に、ベッドの横に立っている真昼が、兎を呼び止めた。


「うさ?」


 欠伸の途中で兎は振り返る。ハリネズミみたいな短い髪が、寝癖で面白いことになっていた。


「未来で起きる災厄を変える為に、お前がずっと一人で戦って来た理由はなんだ? 俺にすぐに会いに来なかったのは、未来に起きるその出来事の原因が、俺自身だからなのか?」


 真昼はバカです。


 しかし、何も考えないバカとは違う。考えた上でわからないことと、はじめから何も考えようとしないことは、同じバカでも違うものだ。


 真昼は考えてもわからない方のバカです。なので聞く。


「俺のせいで近い未来、周りの皆まで危険な目に合わせるのかもしれないと考えたよ。


 俺がそれを知って悲しまないように、兎は俺に関わらない方法で過去を変えようとしてくれていたんじゃないかと。


 お前の大切なものとか、お前の心とか、守るって俺は言ったけど、本当は俺が守られていたのかなって考えたんだ。」


 そして、それはとても長い長い時間であると、真昼は考えた。


 想像の域を出ないことだが、あながち外れてもいないのではないかと、真昼は確信していた。


 兎は答えない。


「…考えすぎっすよ。先輩。」


 ややあって、兎のそんな返事があって。


 真昼は鼻から大きく息を吸って、大きくまた空気を吐いた。


 無駄な二酸化炭素の排出。


 真昼の存在が環境に悪い。


「そっか。ごめんな。」


 まるで悪夢を見ているのは真昼の方だ。電気をつけていない外光まかせの眩しくて暗い昼下がり。


「…必ず守るから。」


 真昼は部屋の何処かへ視線を投げたままで、うわごとのように呟いた。


 兎は自分で覚えていないが、夢にうなされているうちに『鬼灯家』という言葉を何度か口にしたのを、真昼は聞き逃してはいなかったのだ。



 兎が気だるい午後のシャワーを浴びる間、真昼はベッドの横に立ち尽くしていた。



 そんな休日だった。








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