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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Secret base by the sea
3/40

幼馴染の再会

 

 壁に映る黒い影のシルエットではなく、グレーパーカーに身を包んだ実体のある姿だ。


 フードを目深に被り顔は見えない。それが優都の目と鼻の先という異様に近い距離に立っている。


「あ…。」


 その姿を認識した途端、強い頭痛が優都を襲った。悪いものが近くに寄ると、そうなってしまう。


 霊障。


 立っていられない程の痛みに、壁に手を当て膝をつく。


(なんでだろ…。いつもとは、違う…。)


 祈りの言葉を唱えれば、これまでは消すことが出来た黒い影のような存在。しかし今は、その影の主と思われる男が、より姿をはっきりと見せている。


 男の霊はただ無言で、優都を見下ろしている。


 ざらついた質感のコンクリート壁。冷たい。アスファルトの地面が近くなって、急に周りの建物が押し潰してくるような感覚がする。


(なんで…ダメなんだろ…。頭痛くて吐きそう…。)


 緑の空、黄色い道路。色が混ざって気持ち悪い。



「その霊は、祈りでは祓えないよ、優都。」



 不意に誰かに声をかけられた。


 人通りの無かった住宅街に、突然、霊と優都以外の別の人物が現れる。


 その人物はパーカーフードの霊を挟んでその後ろに立っていて、優都と同じ学生服を着ていた。


 赤いネクタイ、同級生だ。


「星神の制裁により、屠られ給え。」


 優都がするのと同じような祈りの言葉を唱え、その学生が霊の背中に腕を振り下ろす。


 その手は空を切っただけだが、金色の星の装飾がついた短刀が、彼の手に重なり霊を切り裂いたのが見えた。


 キン、と甲高い音が鳴る。


「え…!? 今のは、…。」


 優都がまともにな言葉を発する間もなく、霊は苦悶の表情を浮かべた。そのまま優都に覆い被さるように、倒れ込むようにして、消える。


(うわ…!)


 音もなく消えた。


 もともと、壊れたプロジェクターから出ている古い映像のような存在だった幽霊。


 思わず身を竦めた優都の体に、触れることもなくいなくなる。


 周辺の景色は何も変わることはなく、相変わらず無数の箱を並べて塀で囲っただけの、殺風景な住宅地だ。


「優都、大丈夫?」


 名前を呼んで問いかけられた。改めて自分を助けてくれた相手の顔を見る。


 同じ学校の制服を着た、同じ学年と思わしき学生。


「…あぁ。」


 優都はその生徒を、知っているような気がした。何より、ふわふわした癖毛の黒髪と、子犬のようなつぶらな瞳に面影がある。


 小さい頃は、いつも自分のあとをくっついて歩いていた存在だ。


 小さい頃、近所に住んでいた友達。優都の体に憑いた霊を祓ってくれていた存在。


 目の前にいる人物こそ、優都が生きていく為に心の支えとしていた人物だ。


 彼の名前は椿 真昼。


「真昼…だよな?」


「うん。優都、覚えてくれてたんだね。」


 答えた真昼はどこか安堵の表情だ。そして嬉しそうに歩み寄り、手を貸してくれる。


 立っていられない程だった頭痛は、あっという間にどこかへ行ってしまったようだ。手を引かれて立ち上がり、久しぶりに再会した旧友に身を寄せる。


 子供の頃は並ぶほどだった背丈は、どうやら彼の方が少し高くなったようだ。



 夢でも見ているような。



(真昼だ…。帰って来た…。)


 再び会えば何かが変わると、何か始まると期待していた幼馴染。優都のコンプレックスである霊媒体質について、唯一の救済者でもあった。


「よかった。優都とまた会うことができて。その為にこの街に帰ってきたから。」


 手を引いて立たせた優都をそのまま引き寄せ、真昼は優しく抱きしめる。


 優都が倉庫の窓から、真昼の家の前に停まった引っ越しのトラックが出ていくのを見送って、それ以来ふたりの関係は凍結したままだ。


 真昼はどこか別な街へと引っ越して行き、優都は倉庫にいる時間が長くなった。あれから十年近い時が流れている。


 真昼があまり快活な性分でなかった事もあり、霊を祓ってもらう時以外は、その手を引っ張っていたのは優都の方だった。


「俺も嬉しいよ。えっと…夢じゃないよな? 真昼、だよな? ホントに帰って来たんだな?」


 人との距離感がわからず、対人関係に疲れてしまう優都も、真昼となら普通に話せてしまう。


 膨大な思い出という時間が、頭の中を一瞬で流れていく。


「うん。夢じゃないよ? でも、僕も夢じゃないかと思ってる。」


 そう言って真昼は浅く笑う。このぎこちない笑顔にも、久しぶりに会う。


 そう思うと懐かしさが込み上げて来て、優都も真昼にぎゅうっと抱きついた。


「うわぁ!真昼だ! え!? 本物だ!」


 はしゃぐ優都のその様子に、真昼も気圧されたような笑い顔だ。



「真昼の匂い、懐かしい。あ! さっきの星の剣も、懐かしい!」


 優都の記憶に残る真昼も、あの星の剣を操って霊と戦っていた。


 金メッキを貼り付けただけのちゃちな作りの星飾りが、オモチャのようで可愛らしかったのを覚えている。


「うん。僕もあの頃から…、」


 と何か言いかけて、真昼は不意に思い出して腕時計を確認する。


「ごめん、優都。思わず見かけて声かけちゃったけど、僕これから学校に行かないといけないんだ。あとは本当に、先生に挨拶するだけの簡単な用事なんだけど。」


「そっか。真昼、これからは学校も一緒なんだ。」


 真昼は優都と同じ学校の制服を着ている。望んでいた幼馴染との再会に加え、これからは学園生活も一緒に過ごせるようだ。


 見違えるほど大人びて育って、なんだか別人のように思えてしまう。


「ごめんね優都。また後でお話できる?」


 せっかく会えたのにお別れ寂しいので、真昼は優都の両手を掬い上げてギュッと握った。ここだけ二頭身のデフォルメキャラになる。


「うん。住所教えるからな。俺、一人暮らし始めたから。」


 同じく二頭身のデフォルメキャラで、優都は鞄から取り出したノートのページをべべべっと切り取った。


 そこにサササと住所を書き付け、二つ折りにして真昼に手渡す。


 ここから八頭身に戻ります。


「そうなんだ! 偉いね優都。それならもう、倉庫に閉じ込められる心配はないね。」


 メモを受け取り、真昼は笑顔で優都のトラウマを抉って来た。


「あ、はは…。それ、覚えてたんだ。」


 返答に迷う。


 しかし、真昼はさらに笑顔で続けた。


「忘れないよ。優都が視えないものと、ずっと戦ってきたこと。そんな優都だから僕、また会いたいって思っていたんだよ。」


 そう語る真昼の表情は、優都が恥ずかしくなるほど真剣だった。そんな風に力強く語られると、どう返していいのか余計にわからない。


(真昼の言う俺の話は、俺じゃない人の話みたいだ…!)


 まるで立派な人間について語るように話してくれるので、自分の事を言われているのだと実感がわかない。


「俺、そんな大したものじゃないよ。…ほら、もう行けよ時間だろ!話はまたあ後でもできるしさ、夜になってもいいから部屋に来いよな!」


 自分が今どういう顔をしているのか、鏡がないのでわからないから、さらに恥ずかしい。


「うん。…わかった。それじゃあ、また後でね。」


 真昼はまだ別れを惜しんでいるようだが、受け取ったメモを制服のポケットにねじ込むと、学校の方へと走り出す。


 優都はその場に立ち尽くしたまま、その背中を見送った。


(はぁ…。びっくりした。今日は色々と起きるなぁ。)


 後輩からの誘いに、幼馴染との再会。あまりに唐突な出来事に、まだ心臓の鼓動が早く、ドクドク言っているのがわかる。


(真昼…、また後で来るって言ってたし、早く帰って自主勉終わらせなきゃ。それにしても、さっきの霊はどうして俺の祈りじゃ祓えなかったんだろ…?)


 考えることが急激に増えて、優都の頭の容量を追い越していく。



 家に帰って鞄を置くと、すぐに眠ってしまった。







同じ頃、丘の上の一軒家で、それは蠢いていた。三角屋根の立派な屋敷だ。


 今は空き家になっているようで、庭には雑草が茂っている。一階の窓は全て雨戸が閉ざされ、ポストも使われている形跡はない。


 入り口の門には鎖がかかっているが、そこにあるはずの錠は、壊れて地面の上に落ちていた。


 分厚い雲が上空にかかる中、家の中では誰も乗っていない車椅子が廊下を進んでいく。


 広くとった窓から夕日のオレンジの色が入ってくる。キイキイと軋む音をたてて進む車椅子は、廊下の途中で足を止めた。


「ごめんね、君の家なのに。勝手に入ってきてしまって。」


 車椅子を動かしている者は見えない。しかし、その無人の車椅子に向かって話しかける男がいた。


 細身の若い男だ。全身真っ黒のスーツに身を包み、廊下の途中に突っ立っている。


「だけどここは、僕がほんのちょっと身を隠すのにも、丁度良さそうだ。」


 どこにでもいるような平凡な男だ。穏やかな表情。垂れ目がパンダのような愛くるしい印象を与える。


「しばらくお邪魔していてもいいかな?」


 ギシリと軋む音たてる、車椅子の車輪。車輪は後退し、目の前に立つ男から逃れようとしているようだ。


 しかし、不思議と上手に回転することが出来ず、足をもつれさせてしまう。


 前輪に細い糸が絡みついていた。光の反射でチラチラ光る。まるで自由を奪うかのようだ。


 キュッキュと苦しそうな声を上げて、無人の車椅子は体を捻る。


「まぁ、そう怯えないで。君に乱暴したりはしないさ。ただ僕の…、駒になって欲しいんだ。」


 女性を食事に誘うような優しい口調で、スーツの男は手の中の糸を引っ張った。



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