ペンポのモンスター
「見てー。新しいペンポっすー。」
というウザイ絡みを兎がしているのは、放課後の二年生の教室。
HRを終えた真昼と優都が帰る支度をしているところに、元気いっぱい後輩ズが現れた。
へんちくりんな姿のモンスターの形をしたペンポーチを真昼に見せびらかしている稲早 兎と、優都の手をニギニギしている夜中 迷だ。
「このキュートなペンポ、三百五十円。安くないすか~? 店内にある雑貨、全部三百五十円で売ってる可愛い雑貨屋さん、見つけたっすよ! 一緒に行こうよ!」
「そのペンポ可愛いか?」
真昼は物価よりもペンポーチのデザインが気になってしまう。赤いハート型のポーチに白いブツブツのような丸い斑点がついていて、左の上の方に巨大な目玉がポンポンと二つ、ハートの右肩には黒いリボンが巻いてある。異形のポーチだ。
気持ち悪い。
「これは、この微妙な気持ち悪さと、愛着を持った人だけが可愛いと思えてくる心理を使った、物を大切に長く使うことをコンセプトにした怪物シリーズのペンポっすよ!」
「もう買い換えろ。」
「なんでそういうこと言うの!?」
言い争う真昼と兎はともかく、迷は優都に話しかける。
「その雑貨屋さん、ちゃんと可愛い雑貨や、文房具もたくさん売っていて、いつも学生さんでいっぱいなんです。優都様、一緒に行きましょう!」
「うん。行こう。すっごく楽しみ!」
最近の優都は、休日や放課後に後輩たちが遊びに誘ってくれるおかげで、おこづかいを持ち歩くようになりました。
今月の予算は二千円なので、店内商品が三百五十円となると、五個くらいは何か買えるなぁと頭の中で算数をして、優都はホクホクだ。
これまで、学校が終わると直帰してきた優都にとって、外に遊びに出て見聞が広がることは有難いことだ。
優都はずっと、幽霊を見たと騒ぐ度に倉庫に閉じ込められたことを、トラウマとして抱えていた。しかし、ついこの間、後輩たちと家庭の話になってみると話が違う。
深夜まで夜更かしをしていて、スマホの充電器を繋いでいる変換器だけを何故か取り上げられたり、門限を超えて家に鍵をかけられ、閉め出されたり。いざ聞いてみれば、どこの家も似たようなものだった。
優都は特別、世界中で自分だけが不幸だなんて思っているつもりはない。ただ優都が悲しい想いをしたことは事実だ。
とはいえ、狭い視野で物事を見れば、人は自分の経験と主観だけで解釈をするようになっていく。今の自分は可哀想だと。
よく遊び、よく学び、そして多くの人の話に耳を傾けることだ。
優都にとって後輩たちと行動を共にすることは、人間として成長していく上で非常に有意義な時間となるだろう。
自分はそんなに不幸じゃないと気がつくことが出来れば、人はもう少しだけ前向きになれる。
そんな優都の胸には、三つの小さな缶バッチ。
「あれ? そのバッチ可愛いですね。」
勇気を出して話しかけたクラスメイトから貰った缶バッチが、また別な友達との会話のきっかけになってくれる。
迷がバッチに気がついて会話の中で取り上げてくれたのだ。
「これ、クラスの人に貰ったんだ。よまちぃが教えてくれた『挨拶が成功するおまじない』、効果ありすぎて怖いくらい。話せる人、だいぶ増えたよ。」
「それは良かったです!」
胸の前でパチンと手を合わせ、迷は心からの喜びに目を細めた。まるで自分のことのように喜んでくれる迷の優しさに、優都の心もキュンと色付く。
優都の中で、迷はすっかり『友達』と呼べる存在になった。
優都が日頃から標準装備で感じている、上手く会話出来ないかもしれない、傷付けられるかもしれない、怖い、という恐怖を不思議と迷には感じられない。
優都は迷が大好きだ。
「はぁ…。落ち着く。胸いっぱい。」
そんな、手を繋いでニコニコしている優都と迷を端から見ていて、兎は胸に手を当て目を閉じた。
「俺の大好きな二人が仲良くしてるのを横で見てる幸福感が半端ないっす。」
「わかる。癒される光景ではあるな。」
真昼も諸手を挙げて賛同する。それから一つ思い付いて。
「お前の大切なものって、…こういうものなの?」
「え?」
「わからないならいいけど。だけど、わかるようになったら教えて欲しいんだ。ウサギの大切なもの。」
言われて兎は考える。椿先輩って意外と哲学なんすね、と。
「俺の大切なものかぁ。もう決まっているようでいて広義…、難しいなぁ。」
「お年頃には難しいかい?」
「もうちょっと考えるっすよ。」
返答を保留することになった。
真昼と兎が少し難しい言葉を交わしているところに、迷と手を繋いでムギムギしていた優都が口を挟む。
「なぁ兎、今日は瑞埜さんは一緒じゃないのか?」
優都は一人で生きることに慣れてしまいました。
なので、いざ人と行動を共にするようになると、一人になりがちな人に気を配るようになるのだ。すっかり仲良くなった迷や、やたらに声をかけに来てくれる兎と違い、瑞埜は未だに遭遇率の低いレアキャラに認定されている。
「あぁ、みすてぃなら今日は生徒会の会議だって。例の部活の件も話を通しておいてくれるらしいんで。」
「雑貨屋さんへは会議の後、合流されるそうです。先に行って、店内をゆっくり回っていましょう。」
言われて納得。
「そういうことなら、いいんだ。わかった。先に行ってようか。」
「優都は彼女のことが気になるのかい?」
と、横から真昼がからかうようなことを言う。
「気になると言うか…。よまちぃや兎ほど、まだ仲良くなれてないから。距離感がよくわからなくて、苦手だなぁ~って。だから、早く克服したいなって思ってさ。」
「なんだ。金髪碧眼不思議系っていうキャラが好きなわけじゃないのか。」
「どっちかというと、嫌いな食べ物を克服する感じ…。ピーマンみたいな感じ。」
「ピーマンみたいな感じ…。優都は可愛いね。」
真昼は優都の頭をナデナデしてくれた。
「ピーマンは普通に美味しくないすか?」
兎が不思議そうに問い返す。
子供の苦手な食べ物の典型的なイメージだったのでピーマンで表現しましたが、優都はピーマン好きです。
ピーマンっていう音が可愛いでしょ。えへへ。
優都の暮らす輝石市の一帯は、北には山が、南には海が広がる自然の恵みの豊かな街だ。
街の東寄りに川が縦断。そこに大小合わせて十四の橋が架かっていることから、その辺りの住宅街や旧商店街はまとめて十四架通りと呼ばれている。
優都のおうちや学校、本日の目的地である雑貨屋等も、その十四架通りの中だ。学校から雑貨屋までは、徒歩にて十五分ほどの距離。
学校を出ると駅に向けて歩き、さらにその駅を越えて白い石橋を渡ると、旧商店街。そこまで来ると、雑貨屋『アップルティー・ラウンジ』はすぐそこだ。
「じゃーん! ここが新しく見つけたお店っす!」
と兎が張り切って紹介してくれた雑貨屋さん。入口は硝子張りで店内の様子が見える開放的な作りだった。
一歩店内へ足を踏み入れると、白い壁に背の高い商品棚が並び、ぬいぐるみや文具、小物雑貨など所狭しと並べられている。
子供部屋に入ったようなファンシーな世界観で統一されたコーディネート。天井にはひつじ雲の空。
おもちゃ箱をひっくり返した時のワクワク感に似ている。
で、
優都は入店早々にくまちゃんのグッズが置かれたコーナーを発見してしまい、
「んふーっ。んふーっ。」
と興奮気味に鼻息を荒くして立ち止まった。
「優都? お鼻がブタさんになってるよ。」
という容赦ない真昼の指摘。
商品棚には手触りの良い布が敷かれ、その上に小物やアクセサリーなどが並んでいる。
優都はその中から一つくまちゃんの置物を持ち上げて振り返った。
「これ欲しい。」
「買いな。」
真昼はなんでも『欲しい』という言葉に対しては、『買いな』しか言わない。
優都の手にしたくまちゃんの置物は柔らかい素材で出来ていて、お腹を押すとピュウピュウ言う。
「このお店、ブランドごとに棚が分かれているんです。ここは、喫茶店のチェーン店『こぐま喫茶』の公式キャラクター、『くまちゃ』のグッズを集めたコーナーなんですよ!」
という店員のように詳しい迷の説明。
「これ、『くまちゃ』っていうのか。ますます可愛い…! 欲しい…!」
優都は目をキラキラさせる。
それを見て迷と兎が嬉しそうな顔。優都を喜ばせる為に見つけたお店なので、楽しんでくれている様子を見ると、とっても嬉しい。
迷や兎にそれがあるように、人とは本来、自分以外の誰かを喜ばせることに幸福を感じる心を持っているのだ。
「良かった、桜庭先輩も良いもの見つかりそう。…さぁ、椿先輩は俺と一緒に怪物シリーズ見に行きましょ!」
兎はすっかり真昼がお気に入りの様子で、腕を取って隣の棚へと引っ張っていく。
「ほら、こっちこっち!」
「えぇ…。僕はあの気持ち悪いペンポ要らないんですが…。」
真昼の言葉の抵抗は虚しく、兎に腕を引かれていく。その間、優都と迷は『くまちゃ』コーナーを物色だ。
お腹を押すとピュウピュウ言うだけのガラクタに、優都がお金を使い込もうとしていても、誰も止めてくれない。
いいよね? 物に感じる価値は人それぞれだし。
若い女性や子供連れ、学生等の客層が目立つ店内。商品の中にはアロマやお香もあるようで、花の蜜のような甘い香りが店内に充満している。
遠くを見ると階段、どうやら二階もあるようだ。
(誘って貰えて良かったなぁ…。いいもの買えそうだ。)
これも言うなれば『自己圏外の領域』と呼べるものだ。友達が誘ってくれなければ、優都がこういったお店に来店することは無かっただろう。
人と繋がることで、見聞が広がっていく。
「優都様、見てください! これ可愛いですよ!」
と、迷が勧めてくれたのはキッチングッズ。くまちゃがティーカップにくっついている形のキッチンタイマーだ。その横には、小さな小さなくまちゃが乗っかっている計量スプーンもある。
「うわぁ! やばい!」
やばいくらいの可愛さ。どちらも、『くまちゃ』の部分が主張しすぎないので、台所で然り気無く使うのにピッタリだ。
「こ、これって男子高校生が買うと恥ずかしいのか?」
相場がよくわからないので迷に尋ねる。お腹ピュウピュウのくまを握って、今更そんなことを言い出す優都が、迷はおかしくってたまらない。
「あはは、そんなことないですよ!『くまちゃ』、流行ってますから。」
「そっか。よかった…!」
迷が笑うので、優都もすごく嬉しくて、胸がキューンと響いてしまう。女の子を笑わせるくらい、楽しいトークが出来てるのを、実感する時の気持ち。キューン。なんでしょう、これは。
こんなに楽しい気持ちは初めてで、やっぱり自分は男の子なんだから、女の子を楽しませる立場にいるんだなって自覚する瞬間。
それと同時に、
(でも、よまちぃは兎が好きなのかなって…。)
そんなことも、考える。
迷は一見すると子供っぽくて、不思議な発言も目立つのだが、十分女性として意識を向けてしまう可愛さと気立ての良さなのだ。
でも優都は友達でいいです。なんとなく、迷はハードルが低いようで高い気がしている。
「じゃあ!これと、これと、最初に見つけたこれを買って…。まだ予算内だ。」
優都はまず、くまちゃんを卒業するところから始めないとダメだね。
くまちゃんグッズでほくほくの優都が、さらに別の棚も見ようと視線を回すと、それが目に入った。
(あ…、霊かも。)
人型をした黒い影。
商品棚の向こうから、こちらを覗いている。
真夜中の学校にいた女性や、空き家にいた老婆など、祈りを唱えれば優都でも、その霊の姿をはっきりと視認することが出来る。
一方で、依然として街でバッタリ遭遇する幽霊は、黒い影の姿のままだ。
頭痛等はしていないものの、優都が見ている『くまちゃ』コーナーのすぐ隣にある棚の後ろという、近距離に迫っている。
(ど、どうしよう…。)
座り込んでいたり、商品を見ていたり、ただそこに居るだけの霊なら、優都も気にはかからない。
その霊は明らかに半分だけ棚に隠れるようにしながら、優都のいる方を窺っているのだ。
「優都様? どうかされましたか?」
挙動不審の優都に気が付いた迷が、優都の視線を追うものの、そこには何も見えない。霊が見えるのは優都だけ。
棚からはニンジンを抱いたウサギと、鱗が宝石になっている魚と、籠の中の小鳥のぬいぐるみが、ジッと棚から見下ろしてくる。
「よまちぃ、どうしよう…。 今そこに、霊がいるんだけど。」
「怖い感じですか?」
「こっち見てる…。」
「見てる…。」
霊は両手を上げて、万歳のまま口をパクパク動かしている。怖い、というよりは、困ったなぁと優都は思った。
だって、今は『くまちゃ』タイムだから。邪魔されたくないのだ。
いつもはあんなに役立たずでどんくさい優都も、くまちゃんの為ならちょっと強気になります。
「優都様、お祈りを唱えてみてはどうでしょうか。」
迷は霊がいると聞いても怖くないのか、横からアドバイスをくれた。二つに結った髪がふんわりうねって、優都は迷の髪に安心感を覚える。
「あぁ…、そだよな。今は邪魔しないで欲しいし。」
迷が『くまちゃ』達を預かってくれるので、優都はその場で指を組む。
そして、ゆっくりと祈りの言葉を唱え始めた。
「星々の全ての御使いは、我が声に答えよ。
愛する方は傷を負われて、羊のごとく迷いて。
星々はその枷を壊し、月に歌を寄せ、愛する者の安らぎを祈り賜え。」
優都お得意の、可愛らしいお祈りの言葉。青い光がくるくる飛び交う、キュートなオプション付きです。
迷は、店員さんや他のお客さんに怪しまれないよう、辺りを警戒してくれている。
(いつも通りなら、これで消えるはず。)
祈りを唱えて目を開ける。そうすると、優都についてくる影はいなくなっているのだ。
それはこの時も同じようで、優都が祈りを終えて目を開けた時には、この霊の姿は跡形も無く消え去っていた。
(はっ…消せた…。よしよし、『くまちゃ』タイム再開。)
だから優都もこの時は、深く考えずにいたのだ。この霊の存在を。
棚から転げ落ちるぬいぐるみたち。
左から順に一匹ずつ。コロン…、コロン…と落っこちる。
勿論その棚には今、誰も触れていない。




