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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Happy dog
26/40

砂糖の返答

 

 親睦会を兼ねた肝試しに行ってから、二週間ほど経とうとしている。



 優都の通う学校では、テスト期間に突入していた。この頃になると、優都の『教室でポツン現象』はすっかり見られなくなったので、まずはその様子をご覧頂きたい。



「椿が桜庭や後輩と一緒に部活作るらしいよ。」


「作るの?入るんじゃなくて? 何部?」


「幽霊を退治するとか、研究するとかいう部活。椿の実家は祓い屋らしくて。結構マジにやるらしい。」


「ガチだわー。私学っていろんな奴来るよな。」


「桜庭くんも霊が見えるってこと?」


「あー。アイツなんかクール系? っていうか、一歩引いてる感じなの、それでか。」


「桜庭、面白いことやってんじゃん。なんかマジでヤバい話しあったら聞かせてね。」


「聞くだけとか無駄だろ。桜庭、気にすんなよ。コイツ役に立たないから。」


「いや、俺は相談に乗ってあげようとしてんのやって。」


「桜庭くん。お菓子あげる!はいっ。」


「こっちおいでー。」


 といった感じで、最近はたくさん話しかけて貰えるようになって、少しずつだが優都も返事を返せるようになってきた。


 というのも、親睦会の最後にROUTEを後輩たちと交換してから、やたら多いグループ会話のお陰で、優都も他人との喋り方というのを覚えてきたのだ。


 さらに迷は、優都の人に馴染まない性格をどことなく察していたようで、『朝の挨拶が成功するおまじない』なるものを優都に仕込んでくれた。


 面白いように上手くいくので、優都が積極的にクラスの人に、毎日一人ずつ挨拶を励行したことも功を奏したのかもしれない。


 今ではクラスの五分の一くらいが、『話したことがある人』に認定されている。


 その中でも、優都に率先して話しかけてくれるのは、やはりこの人だった。


「おはようございます。」


 緊張気味にそう言って、ペコッと会釈してダッシュで逃げるというピンポンダッシュみたいな挨拶をする優都を、


「桜庭、おはよう。」


 優都の席まで追いかけてきて、挨拶を返してくれる。彼の名前は武田くん。


 優都を中傷したかと思えば、それなりに意図があって、優都をクラスの輪に引き込もうと考えてくれていたりする、神のような人だ。


 縁起の良さそうな二股大根とか赤かぶとか、めっちゃお供えしたい。


「椿と部活するんだって? 楽しそうだな。」


「あ、はい。」


 緊張してしまう~!


 頑張れ! せっかく話しかけてくれてるんだから!


「幽霊研究部だって? 桜庭も幽霊が見えるの?」


「ちょこっとだけ…。」


「へー。」


 なんか話題ないかな話題。


 あーん会話が終わってしまうぅ。せっかく話しかけてくれてるのに。


 早く何か言わなきゃ。


「えっと…、えっと…、」


「うん。なに。いいよ、ゆっくりで。まだ行かないから。」


 こんなに喋るのが下手な優都の為に、彼はわざわざ待ってくれるのです。今日は横に流した髪を、桜の花の髪留めでまとめている武田くんだ。


 それ可愛いですね。お姉ちゃんの?


「あの、部活、よかったら一緒にどうかなって。」


「あー…。ごめん。俺も部活入ってるから、兼部は厳しい。」


 優都は、またやってしまいました。


 死にたい。


 頑張って誘った時に限って断られる間の悪さ。相変わらず、優都は人と接するように作られてないのだと思われる。


 生まれが悪いのかなぁ?


「そうだよな。急にごめん。なんでもないよ。」


「いや、誘ってくれて嬉しい。半年待って貰えないか。それまで幽霊部員でもいい?」


 予想外の言葉が返って来た。思わず顔を上げると、目が合ってしまって、優都は固まる。


 ひえ。人間と目が合った…。


「放課後、時間がある時だけ首突っ込ませてくれよ。夏の大会だけ挑戦して、結果次第では転部するから。」


「部活、辞めちゃうの。」


「うん。辞めちゃうの。公立スベッてここに来て、当たり前のように中学から続けてた部活入ったけど。


 この学校が特別強いってわけでもないから。なんか周りがユルくて、真剣に打ち込めないんだよね。


 ここって、運動部が強いわけでも、進学に強いわけでもなくて、椿みたいな家業の帝王学優先みたいな奴多いし。俺は遊んでるだけだけど。」


「はぁ…。」


 ちなみに優都も遊んでいるだけです。


 真昼はサボっているが、本来は霊能力の修行が優先だし、兎は資格試験の勉強がある。ちなみに迷は何をしているのかというと、漫画やイラスト集を売っていて、実はかなり人気作家です。中身は公共の電波には乗せられない感じのやつ。


「どうせ真剣にやらないなら、真剣に遊びたいからさ。椿とか桜庭とか、最近楽しそうなの見てると羨ましい。」


「俺、楽しそうかな…?」


「楽しそうだよ。自分じゃ気がつかない?」


 そう尋ねた武田くんの悪戯っぽい笑みが、優都の顔にグッと迫ってくる。


(ち、近い…!)


 人間に接近されることに慣れていない優都は、心臓ドキドキだ。何故か後輩が群がってくるのと、同世代と一対一で話すのとでは、感覚的なものが違う。


「そうだ。これあげる。」


 肌が石のように硬化して石像になった優都の前で、ふいに武田くんがポケットから何か取り出した。


 無造作に机の上にバラ撒いたのは、小さな缶バッチだ。三つある。直径三センチくらいの小さい缶バッチで、星と、桜の花と、くまちゃんの、三つの絵柄がそれぞれ描いてある。


「あー!くまちゃん!」


 実は優都、くまちゃんが大好きなのだ。子供っぽいと思うかい? 放っておいてくれ。


「ゲーセンの、なんか回るやつ?で獲れたからあげる。部活誘ってくれたお礼。」


「ありがとう!だいすき!」


 人に寄り付かない優都だが、くまちゃんの為なら関係ないのだ。


 普通に大好き発言した優都の頭を、武田くんはナデナデしてくれた。


「俺も大好きだよ。」



「やめて!口説かないで! 僕の優都だから!」


 みたいなことを言って、会話にサラッと混ざることの出来る真昼。優都と同様に、親睦会に途中参加してから、身の回りは変化しつつある。


「あ、おはよう真昼。」


「おー。椿おはよー。」


「おはよー。」


 とりあえず挨拶は済ませる。


 真昼はこの頃、優都よりも登校が遅い。朝は餓者髑髏の中にある町で、未来から来た兎と会っていることが多いからだ。


 節約シェアをしている優都が、遠慮無く秘密基地に遊びに来てくれるようになったこの頃。真昼オススメ物件の中ではなく、町の中の喫茶店で会うようにしている。


「遅かったな真昼。遅刻してくるかと思った。」


「心配かけてごめんね。優都。」


 真昼の席は廊下側の一番後ろで、優都はその三つ前だ。真昼は自分の机の上に鞄を放りっぱなしで、また優都のところに戻ってくる。


「あらら。どうしたの、可愛いバッチ持って。」


 真昼はたまに親戚のおばあちゃんみたいな話し方になるのだ。


「これ、今貰っちゃった。部活誘ったら、お礼だって…。」


「桜庭が俺も誘ってくれたんだよ。幽霊研究部。」


「くまちゃんは幽霊に興味あるの?」


 真昼は武田くんのことを「くまちゃん」と呼ぶのだ。武田 匠真のタクマから来ている。


 真昼は優都の傍にくっついている割には交遊関係が広い。


「わかんないけど、椿と桜庭には興味あるよ。楽しそうだなって。」


「ようこそ。我が『桜庭先輩と一緒に幽霊を研究する部』、略して『桜庭先輩研究部』へ。」


「あぁ、それそういう名前なんだ。」


 そこで予鈴が鳴ってしまい、みんなダラダラとした動きで席へ戻り始める。


「俺も優都も後輩も真剣にやってるんだ。くまちゃんも真剣に考えてみて。」


 真昼にそう言われて、くまちゃんこと武田 匠真も、少しばかり真面目な顔付きになって頷いた。


「んー。考えとく。」


 席に戻る武田くんの背中を見送って、真昼も自分の席へと戻ろうとする。その前に優都が手をバタバタして、真昼を引き留めた。


「あ、待って待って真昼。業務連絡。これ今日のお弁当。」


 真昼がしつこくコンビニのお惣菜を食べるのが気になって、優都はもう最近は真昼のお弁当まで作っている。


 お弁当を二つ作る代わりに、お昼の分も食費は真昼が出してくれるので、楽なバイトだ。


 お金が絡むと仕事感覚になってしまって、優都は業務連絡という言葉を覚えました。真昼も委託という言葉を乱発するようになっている。


「あぁ、ありがと。助かるよ。」


 なんとなく、お昼なんだろうと思って、真昼は匂いをすんすん嗅いでしまう。包んであるので、わからない。


「お昼のお楽しみ。」


 その真昼の犬みたいな仕草が面白くて、優都は笑みを浮かべた。


「あ、そうそう。真昼が秘密基地に私物を置いていいって言うんで、鍋とか、まな板とか包丁とか置かせてもらってるけど、真昼も使っていいからな。」


「そういえば、なんか可愛いものが増えてたね。」


「うん。木のまな板と、持ち手のとこが木の包丁は、お野菜用。新しく入った、くまちゃんのまな板と包丁は、生肉とか調理するやつ! ちゃんと消毒するけど、別にしてあるから。」


 真昼は覚えられなかったので、どっちも使わないようにしよう、と思った。


「優都はくまちゃんが好きだねぇ。」


 と、無難に返しておく。


 それ以外にも、秘密基地に増えた優都の痕跡は多い。


 あれから、食器棚には和食用の食器が並び、優都専用のカップも並んだ。


 優都は学校が終わると、後輩たちと遊びつつ買い物をして帰り、秘密基地で夕飯を作ったり食べたりしてから、自分の家には八時頃帰る。


 習慣化して来た。


 真昼も、一人でスマホ見たり、一人でゲームをするのはその後の時間に定着しつつある。


 勉強?


 してないです。


(案外、普通の日常なんだよなぁ…。)


 未来の兎が現れてから半月経っているので、流石に真昼の警戒心も緩んできた。いつも通りの日常が流れていく。


「僕自身は前に進めないのに、時間だけが流れていって、護りたいものだけが勝手に増えていくんだな。」


 真昼の周りは、みんな勝手です。






 優都の住んでいる街から、電車で一時間ほど揺られた山の中の集落に、椿の家は構えている。


 幼い真昼が優都と別れて越してくることを余儀なくされたのは、この椿家の大きな屋敷だ。


 広大な敷地の中に、三棟の瓦屋根の家屋に、塗り壁の蔵、美しい庭園がある。家の裏にある山も私有地となっており、修行地の岩場や、星神様を祀る祠も椿の家が管理している。


 屋敷の付近は、まばらな民家。徒歩十五分のところにカフェがあり、そこに二神と、兎が向かい合ってテーブルについていた。


 ジャズボッサの落ち着いたBGMの中で、二神は珈琲を、兎はミルク珈琲に砂糖たっぷりを。


「サマー・サンバ」


「詳しいね。ジャズ好きかい?」


「見えないところで季節を先取り出来ますね。二神さん。」


 兎の首には絆創膏。未来からやって来た兎だ。この説明、いちいち兎が登場する度に書かないといけない。


 一方の二神はベージュのセットアップでカジュアルにまとめている。


 休日感満載な二神は、兎が未来から訪ねて来ても驚かない。何しろ、あの真昼の親なので、少しの事では動じないのだ。


「真昼の性格、星神の情報、いくつかの未来予知。君の話は正確だから、未来から来たお客さんだってことは、認めるよ。」


「有難う御座います。」


「未来では真昼だけじゃなくて、僕も君と面識があるのかい?」


「はい。その節はお世話になりました…って、まだか。じゃあ、その際はお世話になります!」


 お世話になることを回避する気はない兎。兎のこの明るい性格に、二神は悪い気はしない。


 かえってこの兎の突然の来訪は、二神にとっては束の間の退屈しのぎになりそうだ。


 真昼が姿を消した後の椿家を支えてきたのは、二神と椿の家の抱え込んでいる修行者たちだ。


 自らの力を人を救うことに役立てようと、真昼の祖父に付いて霊能力の修行をしていた者は大勢いる。その中でも実力を持った修行者達が、椿の家に舞い込む相談事を解決に赴き、それらの裏で事務仕事を担っているのが二神だ。


 真昼が成人し、家が落ち着くまでは、二神はこの場所を少しの間も離れられないので、退屈で仕方ない。


 家の中で仕事をしているか、家の中で家事をしているか、妻である椿 朝霧に会う為に療養所を訪れるかを繰り返す。


 変化のない毎日だ。


 そんな中で、はるばる未来から自分を尋ねて来た兎に、二神は興味津々。何か面白いことでも起こらないかなと、心が弾むような心地すらしている。


「それで僕は、未来の君を助ける為に、どんなことをしたらいいのかな?」


 優しい口調で二神がそう聞くと、兎は困った表情になって、眉を下げた。


「それが…、椿先輩にも伝えたんすけど、具体的なことが何も言えない立場でして。」


「そうなのかい?」


「そういう契約なんです。だから二神さんには、俺と一緒に悪霊を鎮めて下さい、としか…。」


 言われて、妙な話だなぁと思うのは、二神には真昼のような霊が斬る力がないからだ。


「僕は真昼や朔夜のように、オバケを視る力がないからなぁ。そういう事なら尚更、真昼に頼めば良かったのに。僕の息子は学校の後輩を見捨てるような、いじめっこじゃないぞ。」


「…未来ではとても大変な事が起こる。大切なものを喪うことになる。椿先輩には、それを回避することに集中して欲しいんです。


 だから椿先輩の敵となる相手は俺が倒そうと思っていたんですけど、歯が立たなくて。」


「…そういうことか。椿家は優秀な祓い屋だ。依頼として受けて、人数を集めることも出来る。勝算はあるよ。」


「出来れば、二神さんに助けて貰いたいんです。その悪霊は、二神さんもよく知っている相手だから。えっと、説得出来ないかなって。」


「え? そうなの?」


 二神も、もういい大人と言える歳なので、知り合いで霊になっている人物と聞けば、真っ先に級友などの顔を思い浮かべてしまう。


 兎の言う真昼の敵が、まさか自分の亡くしたもう一人の息子と思いもしない。


「確かに、それなら話が違うな。」


「二神さん、どうか俺を助けてください。お願いします。」


 椅子に座ったまま深々と頭を下げた兎に、


「うん、いいよー。」


 と二神は穏やかに返答した。この呑気な口調には、目の前にいる憐れな運命に翻弄される少年を、安心させてやろうという二神なりの気遣いがあった。


「有り難うございます!」


 パッと顔を上げた時の、兎の年相応の笑顔。二神も一緒に嬉しくなる。


 兎の眉間にずっと力が入っていたのは、突拍子もなく現れて、突飛な頼み事をしていると自覚があったので、ずっと不安と緊張の最中にいたのだ。


 別人のように目がキラキラしているのを見て、無事に不安を取り除いてあげられたのだと、二神も安心する。


「それじゃあ、二神さんの方で準備ができたら一緒に来て下さい。俺、適当に日にち空けてまた来ます。」


 上機嫌にそう言って、兎はそこでようやく甘い珈琲に手をつけた。


 店内を包む珈琲の香りに、窓の外を吹き抜ける風。二階席まである広い店内で、カチャカチャと食器が触れ合う音に、微かに聴こえる人々の談笑する声。


 張り詰めていた兎の胸に、ようやくそれらの情報が流れ込んでくる。兎が珈琲を飲んで、ほぅっと一息ついたところで、二神が再び口を開いた。


「うさくん、いくつか僕の方から質問をさせてもらってもいいかい?」


「はい、もちろん。あ、でも答えられるかな。」


 契約に反し未来の時間に戻された時、そこで見る光景を兎は怖れているのだ。


「大丈夫。うさくんは何も喋らなくていいんだ。その代わり…。」


 と、二神は自分のカップと、テーブルに用意されていた角砂糖の入った陶器の瓶をテーブルの中央へ寄せた。


「僕がする質問に対して、うさくんはイエスと答えたい時だけ、砂糖を一つカップに入れる。ノーと答えたい時は何もしない。カップに砂糖を入れるだけなら、誰でも当たり前にすることだし、契約に触れないだろ?」


 真昼が絶望的に頭が悪いのは二神に似たのだが、二神は頭が悪いものの、機転は利くのだ。知識も記憶力もないけれど、応用力があります。


 兎は合点承知之助で手の平を打つ。


「なるほどぉ。やっぱ二神さんは頭良くて頼りになるっす。カッコいいっす~。椿先輩の上位互換っすよ~!」


 はちゃめちゃに真昼に失礼な事を言いながら、二神を褒め倒す兎さん。


 二神は初対面の男子高校生にちやほやされて、妙な感覚だ。カップの中の水面に、天井から吊り下がった電球が映っている。


 煉瓦の壁に差し色のグリーンリーフ。


「まずは、うさくんが護ろうとしている大切なもの。それはうさくんの恋人さんなのかな?」


 この質問を、ニコニコした笑みで、実に楽しそうに尋ねるのだから、二神も意地の悪い男だ。


 兎は少し驚いた表情になって、頬を赤く染めた。しかし、砂糖の瓶には触れること無く、咳払いを一つ。


「まだ、そんなんじゃないっすよ…。」


 と言った視線が、窓の外の植木の方へと逃げる。


「なんだ、つまらないな。じゃあ、家族とか? …違う? お友達かい?」


 ここで兎は、角砂糖を一つ瓶から取り出して、慎重にカップに入れた。


 トプン、と音をたてて砂糖は沈み、カップの底で溶けていく。


「お友達は一人? …二人? … 五人以上かな?」


 二つめの砂糖がトプン。


「そこには、真昼も含まれているのかい?」


 三つめの砂糖がトプン。


「これ、ものすごく甘くなっちゃいませんか?」


 途中で兎がそんなことを聞いて、


「これ、ものすごく甘くなっちゃうな…。」


 二神も戦慄の表情でそう返した。



 ※この後、珈琲は二神が美味しく頂きました。



「じゃあ、質問は次で最後にしよう…。うさくん、君の大切なものを未来で奪うのは事故かな? …事件? …大きな災害? どれも違う?」


 これには、なかなか砂糖が落ちて来ない。


「人の手によるものじゃない。オバケの仕業?」


 そこでようやく、四つめの砂糖がカップの中に放り込まれた。


 沼の中に足を引き摺り込まれるように、砂糖はズブズブと時間をかけて沈んでいく。


 白い背中が見えなくなる頃、空気を吐き出してしまったのか、ポコッと水面に泡が浮かんだ。カップの端に寄って、泡は小さくなる。


「うさくんが過去に戻ってまで、正しい時間を取り戻したいと願う、理由はそれか。」


「椿先輩にも伝えたんです。キーワードは遊園地。霊媒体質。それに悪霊。それ以上の詳しいことは、俺の口からは話せない。」


「真昼の身近なところで、霊媒体質か…。それは、まさか…。」


 この時、二神の頭に浮かんでいたのは、他でもない桜庭 優都という真昼の幼馴染だ。


 真昼も朔夜もまだ幼かった頃、近所に住んでいた優都には、とても仲良くして貰ったことを、二神は覚えている。


「縁とは本当に不思議なものだね、桜庭くん。」


 小さな銀色スプーンでカップの中身をかき混ぜると、二神は砂糖四つの珈琲を一気に飲み干した。


「あ…!」


 兎は思わず声を上げたが、制止する暇もない。勢いよくカップの中身を空けて、そして勢い良くソーサーにカップを戻すので、カップの底が触れる時にガチャンと大きな音が鳴った。


「大人には丁度いい甘さだなぁ。」


 大人はみんな疲れています。



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