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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Just The Way You Are
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対価の支払い


 その日の夜、真昼は優都を家まで送ってくれた。


 優都は人とたくさん話すだけでもストレスで眠たくなってしまう。目を擦り擦り足を引き摺りながら歩く優都を、真昼は家に着くまで見守ってくれていた。


 今日はお好み焼きを食べたので、あれで夕飯を兼ねていたと思った方が良さそうだ。


 優都の目はトロンとして、今日はもう寝てしまいそう。


「また明日ね、優都。」


 優都の家の扉を閉めると、真昼はアパートの階段を下りた。歩道へ出ると、そこには巨大な骸骨が。空気から染み出すように現れる。真昼の相棒、餓者髑髏だ。


「アイツ、ちゃんと来ているといいけど…。」


 正直に言えば、昨日からの真昼はずっと、夢を見ているような気分だった。


 未来からやって来たと自称する、稲早 兎という存在。


 それは真昼の知らないところで、何かと戦っている。何も確証のある情報は口にしないくせに、やたら親しげに頼ってくる、不思議な距離感。


 なんでもないような顔で、また秘密基地に来ているような気もしている。何処か暗い闇の中で、未知の敵と戦っているような気もする。


 真昼はその手を引くのか、その背を探すのか。


 予測出来ない未来との邂逅に、真昼はすっかり意識を取られていた。



 のが、馬鹿らしいなって思って。



 真昼が餓者髑髏の口に飲み込まれて、また街灯の照らす町並みを歩いて帰ると、家の中に彼はいた。


 しかも、肘の辺りまで袖を折り上げて、モップで床掃除の真っ最中だ。


 真昼と優都が一緒に夕飯を食べたテーブルも、上に置いていたトースターや手動のコーヒーミルが片付けられている。


「あ、おかえんなさい先輩。早かったすね。」


 当然のように真昼を迎え入れる。


 真昼は床に置いていたバケツを蹴りそうになったのを回避して、コメディアンみたいな軽妙なステップで入室した。


「な、なにやってんの。」


 普通に聞いてしまう。


「すんません、先輩が帰ってくる前に掃除しとこー…と思ったんですけど、間に合わなかったっす。」


「掃除してくれてたの? 僕の秘密基地?」


「はい。最近はみんなここ使うし…。俺もいつも置いて貰ってるんで。」


 未来の最近がよくわからない時の真昼。


「あ、そう…。手伝おうか。」


 結局、真昼もダイニングキッチンの掃除に加わった。とは言うものの、兎が綺麗に壁も床も磨いて、テーブルの上も片付けてくれたので、真昼は特にすることもない。


 兎が片付けてくれたテーブルの上を拭いた後は、食器乾燥機の中身を食器棚へと戻していく地味な作業。


 しかしお陰で、明日は優都と食器を買い足しに行こうと思っていたことを思い出す。


「親睦会は楽しかったっすか?」


 腰を据えて真剣に話し合うのも馬鹿らしくなってしまって、真昼は手を動かしながら会話をすることにした。


 兎の上機嫌な質問に、


「楽しかったよ、一年生もいい子ばっかりで。抱える謎が増えたけど。」


 正直な感想を返す。


 学園生活は、期待していた通り楽しくなりそうだ。


 カップを棚に戻して振り返ると、思いの外、兎の顔が近くて驚いた。


 その真昼の口許を、兎の指がスッと拭う。


「ここにソースついてるっすよ。」


 そうして兎は、指についたお好み焼きソースをペロッと舐める。こういう事が何気なく出来るくらいには、未来では打ち解けた関係になる二人。


 今はまだ、真昼が気持ちの面でついていかない。


「…だから、そういうの僕の中でまだなんだって。」


「ところで、話ってなんですか?」


「聞いてないし…。」


 兎はちょいちょい真昼の話を聞いてないのだ。


「君に時計を渡した神様のことだよ。」


 出窓の向こうは風が強い。木の葉が舞っている。天井から釣り下がっている星のランプが、暖かな光を落としている室内。


「僕が神様に願うなら、時を戻す力をください、とは言わない。率直に喪ったものを返して欲しいと言うだろう。」


「そっすね。」


 という兎の気のない返事。モップと一緒に踵を返して、真昼に背を向けてしまう。


「つまり、お前が願いを託した神様に、その願いに応えるだけの能力はない。時を戻す力は与えるが、その先は自分で道を切り拓けってことだ。」


「仰る通り。」


「するとその神様とやらは全知全能のそれではなく、神の真似事をしている魔物だろう。正体不明。信用に値しない。」


「でも、力は本物っすよ。実際、俺は過去に戻れているし。」


「その代わりに代償を支払ったんだろ? 一年生の女の子が言っていた。木曜日の朝、屋上から現れた優都のことを『神様』だって。でも父さんに聞いた話じゃ、その噂は旧校舎にあったもので、僕らの使っている新校舎じゃない。


 ウサギはそれを知っていたんだろ? だからお前はちゃんと旧校舎に行った。大切な物を喪って、その後の木曜日の朝に。」


 旧校舎にある怪談の一つ。


 木曜日の朝、屋上から現れる神様。対価を払って願いを叶えて貰う。


「そして、何か支払って過去に戻った。何を盗られたんだ?」


「盗られたわけじゃなくて、払ったんすよ。俺は正当な対価だと思ってる。」


 そこで兎がバケツとモップを片付けに行くという一幕があったのだが、


「で、何を盗られたんだ?」


 掃除の後なので手も洗って戻って来た兎に、真昼が続けて同じ質問をする。


「しつこいっすねぇ…。」


「何を盗られたんだ? その様子じゃ、もう何度も繰り返し時を戻して、その対価を払っているんだろう。偽りの神だ。詐欺だ。何を盗られたのか言え。」


 真昼としては、突飛な存在であるとはいえ、この未来から来た兎に少なからず情が入っているのだ。


 何か大切なものを奪われてやしないかと、気が気じゃない。


「言ったら怒るじゃないすか。」


 そんな真昼を前にして、ここに来て兎は気弱な態度。


 兎からしてみれば、過去へ戻る対価として、散々なほど貴重な私物を失ってきた。それを知って真昼が自分の為に悲しんでくれることになるのが、わかっているので、辛くて仕方ないのだ。


 未来から来たので、思い入れなら兎の方が筋金入り仕様になっている。


「怒らないから言え。」


 という言葉を発する口調がすでに怒っている真昼。


 兎はビクビクしながら、気落ちした調子で答えた。


「最初は、この一度の願いで過去が変わると俺も本気で思うから。相応の物を差し出さなくてはと…。」


「うん。それで?」


「椿先輩に初めて貰った誕生日プレゼントを…。」



 横流しです。



「横流しだ…。」


 愕然とする真昼に、


「横流しじゃないっす!大切にしてたから、一番最初に支払ったんすよー!」


「人に貰った物をお前…、まだあげてないけど。」


 これも変な感覚なのだが、真昼はまだ兎に何も贈り物をしたことはない。しかし、目の前にいる兎は未来から来ているので、真昼に貰ったという贈り物の話をするのだ。


 不思議なものです。


「最初の頃は、そういう大切にしていたものをいくつか渡して…、今度こそ過去を変えるぞっていう強い想いがあったんです。


 でも、その後はしばらく、ノートとか教科書とか、なんかそんな簡単なものを求められて。こういうものでも時を戻して貰えるなら、優しい神様で、根気よく俺の面倒をみてくれてると思って…。」


 飴と鞭を上手く使い分けた、詐欺の手口だと真昼は思った。しかし、それを口にすると兎があまりに不憫で、黙って話を聴いている。


「でも、身近な私物が底を尽きると、家族とか、友達とか、家とか、出席番号とか、俺という存在が奪われていくようになっていく。


 それでも、この願いだけは捨てることが出来ない。たとえ、未来が変わったその時に、俺がそこにいられなくても。」


 そう言った兎の瞳は、真っ直ぐに真昼を捉えている。今も未来も変わらないもの。それは何か真剣に話をする時の、この兎の鋭い視線だ。


「俺という存在を懸けて、みんなを守る。願いを叶えるまで、その意志は変わらないっすよ。」


 優都の心を射抜いた視線が、今度は真昼の心も撃ち抜いた。


「そうか…。よくわかった。」


 肺のかなり深いところから息を吐いて、落ち着いた言葉を返す。そして真昼は、それ以上の詮索をやめた。


 代わって今度は明るい口調になって、


「なんか守護霊みたいな感じだな。未来のウサギは。」


 そう言って笑った。


 言われて兎は不思議そうな顔で首を捻る。


「守護霊って…、だいぶ前に話してた、憑いている人を護ってくれるっていう霊っすか?」


「守護霊は迫り来る危険や病気を察知しても、それを口に出して注意出来るわけじゃないからな。」


 真昼は掃除が終わって綺麗に片付いた部屋の中で、兎を労う為の珈琲を淹れる。


「でも、きちんと供養していれば、身を呈して危機から護ってくださる。


 僕が僕の時間にいるウサギを手懐けておけば、未来のウサギが僕を頼って、無事に未来で大切な人を護れる、と。 投資みたいなものかな?」


 睡眠も食事も、真昼は明日への投資と思うことにしている。同じように、お墓参りや守護霊への供養も、良い行いは全て我が身に返るものと心得る。


「僕ってある意味、生き方が投資家なんだよな…。」


 二つ並んだ白いマグカップ。真昼は左側のカップだけ、砂糖とミルクを投資した。


「どっちがいい? 甘い方? 僕はどっちでも構わない。」


 部屋の窓際に寄せるように置かれた木製テーブルに、二人は向かい合って座った。


「椿先輩、ブラックで飲めるんすか。」


「飲めるよ。」


「じゃあ、俺も飲めるようになるっす。」


 兎はなんでも真昼の真似がしたいのだ。


 右側のカップを手にとって、兎は黒い液体を口に含んだ。


 多くの人が人生の中で経験する、挫折や後悔。それを踏み越えて尚、日々を着実に歩んでいく。その強さを手にした大人だけが堪能できる味だ。


「ぎゅえ…にがい…。」


 兎には、まだ早かった。


 半分くらい口の端から溢していく。


「ウサギは案外、お子様舌なんだなぁ…。」


「やっぱり、そっちの甘いやつください。」


 と言って兎は、砂糖の入った珈琲が置かれていたはずの場所に手を伸ばす。しかし、カップはすでにそこには無く、真昼が口をつけていた。


「ダメです。僕がもう飲んでます。」


「うぅ~…。」


 見栄を張ると痛い目を見ると学んだ兎は、少し大人になりました。自販機で無糖を選ぶ日は遠いようだ。


 自分が無糖派だと言えば、同じ物を欲しがると予見していた真昼は、あまりに素直に予想通りの選択をした兎に、愛しさを隠せない。


 カップをテーブルに置くと肘をついて、苦い現実にもがく後輩を見つめた。


「誕生日はいつなの? 贈り物するよ。今度は二つ。同じものを。」


「同じものを、二つ?」


「一つは予備。時間逆行の駄賃に取られてもいいように。」


 珈琲が全く飲み進まない兎に、真昼はにこにこして言った。


「誕プレに予備なんてあるのか…。」


「未来から過去を変えられるように、過去から未来を操作することも出来る。取り戻していこう。ウサギが失ったものを、一つずつ。」


真昼がまるで面倒見のいい先輩みたいなことを言った。明日の予報は雨だ。


この何気なく発した真昼の言葉一つさえ、ウサギの折れそうな心を支えるのには、十分なものになる。


「やっぱり、この人じゃないとダメだ…! 椿先輩は最高の先輩っすよ!」


「そういうことは、心の中で言いなさい。先輩、ちょっと恥ずかしいから。」



 それから真昼は、兎が珈琲を無糖のまま飲み干すまで応援した。


後輩が先輩を頼ること。先輩が後輩を助けること。

それが当たり前のように成立するこの関係は、『ただの学校の先輩後輩』にすぎない。


特別なんでもない、この関係が、いずれ未来のその瞬間に大きな変化をもたらすことを。二人の学生は、まだ知らない。




 ちなみに真昼は、ブラック珈琲は飲めない。




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