友達の自慢
街はずれの丘の上。三角屋根の一軒家。
ここで亡くなったおばあちゃんの霊の噂について、兎は丁寧に真昼に説明した。
学校の教室で怪談を聴くのと、実際の心霊スポットの現場で話を聴くのとでは違うものがある。
兎が説明を終えるまで、真昼は仁王立ちに腕組みで黙り込んでいる。口を挟むことも、たかが噂だと笑うこともない。
やがて兎の話が終わると、今度は真昼が口を開いた。至って、明るい口調だ。
「例えばだけど…。電車に乗ったら、優都は最初に何をする?」
聞かれて、桜庭 優都は考える。
「え? えっと…まずは、空いてる席を探すかな。ずっと立ってるの辛いし…。」
「うん。そうだね。霊もそれと同じことをいつもしているんだよ。」
当たり前のことのように真昼が説明する。それを、ふんふんと聞いている、優都と兎と夜中 迷。
ここは二階の廊下の真ん中。
「空き家に霊がいることは、実はそう珍しいことじゃない。空いている場所。自分がここなら居てもいいかなと思う場所。霊もそういう場所を探して集まってくる。」
まるで学校の授業みたいだ。立って話している真昼の前に、残りの三人は体育座りで並んでいる。
「よまちぃも聞いたことがあります。旅行などの遠出に行く時、車の座席を一つだけ開けていると、霊が車に乗り込んで来ることがあるとか。それで、空いてる座席には荷物を置いて埋めたりするって…なんとなくやってます。」
迷の発言に、身に覚えがあったのか優都がコクコク頷く。
「いい実例だね。そんな感じの仕組みで霊がたくさん集まって来ると、そこは巣魔と呼ばれる霊の巣窟になる。やがて霊の中にも漠然とした上下関係が生まれて、念の強い霊の思うように、他の霊も動くようになっていく。」
生きている人間の中にも、居場所を求めて集まって、その場に出来た集団で行動を共にする事例がある。
案外にそういった即席な関係ほど、抜け出すきっかけが掴めないものだ。
「これでなんとなく、空き家に霊が居るのは珍しいことじゃないって理解してくれた?」
真昼先生のお話を聞いていた三人が、「はーい」とお行儀良く返事を揃えた。
それから兎が、ぴょいっと手を上げる。
「先生、質問。」
「はい、ウサギくん。」
本当に授業でもやっている風で、真昼が兎を指名した。
「瑞埜ちゃんを連れて行ったのは、この家に集まって来た霊? それとも、ここで事故死したおばあちゃんの霊?」
珍しく真面目な表情で授業に参加している兎だ。勉強じゃないことは、頑張れるんです。
「老婆の霊なら僕も見たよ。今、この二階にいるし…。でも、女子校生を拐うメリットは彼女には無い。」
「やっぱり、そうなんだ! 」
ひんやりした廊下に手をついて、優都が突然声をあげた。優都がこの場所に来る前から気になっていたことはそれだ。
車椅子のオバケという目撃例。庭から呼び掛ける老婆。瑞埜を闇の中へと連れ去った車椅子。
一方で、事故で亡くなるまでは夫婦仲良く暮らしていたおばあちゃんというイメージが、優都の中では噛み合っていなかった。
「おばあちゃんは人をビックリさせる悪戯はしないと思ってたんだ。なんでそう思うのかはわからないけど、兎に話を聞いた時から、そんな気がしてて…。」
真夜中の学校で真昼が言っていた。悪意のある霊に出会う確率は、そう高くはないと。
言われて優都も、自分が霊障を受け易い体質だからといって、幽霊なら誰でも疑うようなことはしたくないと感じた。
真昼と再会してからの出来事が、今の優都には大きな影響を与えている。
「優都様が学校で何か気にかけていらしたのは、そのことですか?」
「うん。…でも、今は俺の考えよりも、瑞埜さんを助ける方法を考えないとだよな。」
「そうやって、すーぐ自分の考えを蔑ろにするんすよね。」
優都の言葉に、真っ先に体育座りを崩したのは兎だった。そして、ビシッと優都の鼻先を指差す。
「桜庭先輩がそう思うなら、別の敵がいるかも知れないって、そう言えばいいじゃないすか! さっきは、友達になったから、もう遠慮無しって言ってくれたのに。」
気になる先輩と仲良くしたい。の感情が先走りすぎて、喧嘩を吹っ掛ける体勢になっている兎を、真昼が頭をポンポンして止める。
「はいはい。優都に強い言い方しないで。僕と同じで外部からの刺激に耐性強くないんだから。」
外部からの刺激に耐性強くないけど、二神から譲り受けた強かさで生き残ってきた真昼。
再び優都に向き直り、真昼は最初から変わらない落ち着いた口調で優都を諭した。
「今話したように、後からこの場所にやって来た霊が、強い念の力でこの場にいる霊を支配するということはある。
僕が外から見た感じでは、男の霊が一番念が強い。優都の目でも直に確かめてみてくれないかな?」
これまた真夜中の学校での出来事を彷彿とさせる。真昼からの無茶振りおねだりだ。
「あぁ…。やってみる。」
大きく吸って。大きく吐いて。呼吸をゆっくり整えて、優都は改めて怪奇住宅の二階を見渡した。
キンコンカンと聴こえる音は、どうやらこの階で鳴っているようだ。
一階から上がって来た階段。幅が狭い。目の前にある扉はトイレ。短い廊下に収納があり、廊下は角を折れて、その先に部屋の扉が並んでいる。
優都たちがつい先程まで隠れていたのは、この一番手前にある部屋だ。
「廊下に赤い絨毯。酔って溢したワインの染み。壁にかけた絵画。釘を打って、そこから糸で吊るしてるの。収納の中は布団や古い本。着物も横長の木箱に入って置かれている。」
伸ばした人差し指を口元に当てて、優都が呟く言葉。
当然ながら空家の室内に家具や飾り物は存在していない。
「桜庭先輩、何を…。」
視ているんですか、と問いかけた兎の肩に、真昼が手を置きそれを制す。浮かべた微笑が、「まぁ見てて」と物語っている。
「あ、今、車椅子が隣の部屋に入って行った…。なんか、呼ばれているみたい。」
そこまで口にして、優都はふっと我に返った。自分でも、どうしてそんな光景が見えたのか、よくわからない。
「ご、ごめん。何言ってるんだろ。」
慌てて取り繕おうとした優都の言葉を、
「優都様、素晴らしいです!」
の迷の一言が吹き飛ばしたのだった。
「今のがもしや、霊視というものですか? よまちぃ、テレビで霊能力者の方がしているのを、見たことがあるのです!」
迷の大きくてキラキラした瞳が、優都を捉えて離さない。女の子にこんなに眩しい尊敬の眼差しを向けられることは、優都の人生においては数少ないレアイベントだ。
「言っただろう? 優都の方が感受性は高いって。僕でも出来る位置や距離の捕捉と違って、優都はそこにあった生活感や霊の一番伝えたい想いを、読み取ることが出来る。出来るという自覚を持って、集中さえすればね。昔からそうだったよ。」
嬉しそうな真昼の口調は、年相応の友達自慢をする男子だ。手を叩いてちょっと拍手なんかもしてくれる。
迷もしてくれる。拍手なんてされるの初めてで、ちょっと嬉しい。いや、すごく嬉しい。
「すごく変なこと言ってるけど、俺にはそう見えたから…。これ…みんなの友達として、だ、大丈夫?」
友達として大丈夫かどうかって重要じゃない? そうでもない?
大丈夫かどうかの答えとして、とりあえず、兎は大興奮で優都の胸に飛び込んで来た。
「大丈夫! 超カッコよいっす! 先輩やっぱすごいっすね!流石、俺の選んだ先輩っすよ~!」
その可愛い可愛い後輩を、優都は優しく抱き止めた。もう、疑うばかりではいけないね。
「ありがとう。真昼の言う通り、瑞埜さんを車椅子に乗せてどこかに連れて行っちゃったこと、おばあちゃんの意思ではないのかも。何か伝えたいことがあるみたい。」
それから、優都はだいぶ前からずっと気になっていたことを、もう一つ報告する。
「あと、みんなに確認したいんだけど、このキンコンカンみたいな音って何かわかる?」
真昼と兎と迷が、ぴったり揃った動きで首を傾けた。
「あ、みんなには聴こえない? 俺はこの家に入った時からちょくちょく聴こえてた。鐘みたいな音なんだけど…。」
全員が今度は反対側へ首を捻る。ちょっと聴こえて無かったようだ。一連の真昼の煽てによる優都の霊感の披露から、コミカルなこの一幕。
ここにいる四人が、着実に距離を縮めたことが、この場に居る全員に自覚出来た瞬間だった。
というわけなので友情云々はこのくらいで、話を前に進めよう。
「その鐘の音の正体も含め、確認がてら隣の部屋に行ってみようか。」
真昼の言葉を、残りの三人は即座に行動に移した。床に座り込んだり、壁に背をつけて警戒していた恐怖心は、あっという間に掻き消されたようだ。
残っているのは、純粋な好奇心。
「行きましょう! よまちぃも気になります!」
「そっすね! 行こう、桜庭先輩! 椿先輩!」
真昼も優都も、すっかり兎のお気に入りに指定されたようだ。わざわざ二人の真ん中に入って、兎は二人の腕を同時に取った。そして隣の部屋へ急ぐ。
「わぁ、ウサギ引っ張るなよ!」
「わかってるってば!」
真昼も優都も、こうなると後は先輩するのが大変だ。でも何故か楽しくなってきて、二人は顔を見合わせて笑った。
隣の部屋にも家具は無い。
こちらも部屋の造りは同じで、ベランダ付きの窓に、クローゼット。
優都には黒い影として、真昼には老婆の姿で、人影が部屋の窓際に見えていた。
無言で立ち尽くし、クローゼットを指差して消える。
キンコンカンと、音がしていた。
「真昼。」
「うん。クローゼットだね。」
四人並んで部屋に入るが、怖いのでそれを開けるのは真昼の役目になった。扉は両側に開く折戸タイプで床にレールは無い。
開くと中は当然空だが、奥の壁のウォールシェルフに、一枚だけ写真が残されていた。隣に並べて置いてあるのはハンドベルだ。
そこで全てを理解して、
「あー! そういう…。あー成程。理解した。」
優都は思わず声を上げた。
後ろから覗き込んだ兎と迷も、それを目にして息を飲む。
「写真…っすか。」
「優都様にだけ聴こえていた音。ハンドベルだったのですね…?」
写真に映っているのは、この家に住んでいたという老夫婦だろう。カメラに向かい微笑みかける車椅子の女性と、その隣に立ち手を重ねる男性。
美しい写真だ。時間を止めて閉じ込めたような、当時の二人の周りにあった匂いも音もそのまま伝わってくるような、まさしく時間を切り取った一枚だと言える。
暫く四人は何も言わずに立ち尽くしていた。目の前に飾られている優美な芸術に言葉を失っていたと言っていいだろう。
「何かこの場所に残したいような想いがあって、この写真を意図的にここへ置いて出たのか…。或いは、最後までこれを目に焼き付けていて、鞄にしまうのを忘れて出たのか、今となってはわからない。だけど…。」
真昼が言わずに言外に含ませたことは、他の三人にも全く同じ想像として伝わっていた。
その証拠に、後を優都が引き継ぐ。
「だけど、おばあちゃんはこの写真と一緒に自分も連れて行って欲しかったんだね。おじいちゃんの人生の、行き着く最期まで。」
そこまで想像出来たからこそ、その想いと写真がまとめて一つの作品のように捉えることが出来た。四人が何も言えずに立ち尽くして見惚れるのも無理のない、愛を物語る物だった。
「これがここにあることを伝えたいから、おばあちゃんは姿を現していたんだな。それが、兎の耳にも届いていた、一連の噂。」
「隣のハンドベルは、おばあちゃんかおじいちゃんの趣味だったのかな? 何か思い出の品かも知れない。それで、感受性の高い優都にメッセージを強く発信したのかも。」
桜庭 優都という霊の影響に敏感な人間がやって来たことは、老婆の霊にとっては好都合だったことだろう。
自らの魂を閉じ込めた箱とも言える、自分の姿が収められた写真を、持ち出してくれという願いがあったと推測される。
そう考えると残る問題は、拐われた瑞埜だけだ。
「親父に聞いてみるっすよ。この物件を売りに出したおじいちゃんの連絡先。写真、リフォーム業者が発見して持ち主を探してるとか言えば、届けられるかもだし。」
そう言って兎が写真立てを手に取ると、キラリと光るものが手元に見えた。
それは、どうやら写真立てに絡み付いている細い糸で、蜘蛛の糸ように光の加減でチラチラと視認出来る。
「ちょっと待てウサギ。それ…細い…糸?」
真昼が気がつき、慎重に糸を手に取った。兎の燕尾服は黒いので、ただ見易くなるからという理由で、真昼はそれを兎の服の肩らへんに引っ掛かる。
「ちょっと…、変なもの引っ付けないでくださいよ。」
不満気な兎の言葉はスルーで、真昼はその糸をまじまじと見つめた。
「霊縛…。どうして…。」
「真昼、その糸は?」
尋ねる優都のさらに横で、迷は「あっ」と声を上げた。
「それ、よまちぃも見ました。転んじゃった時に…。今思えば、あの車椅子に付いていたのかもしれません。」
迷の言葉に優都も思い返す。迷が派手に足を引っ掛けて転んだ、あの糸だ。
迷と優都と兎が不思議そうに見つめる中、真昼だけは表情を曇らせていった。
「この場所を支配している者は、…思いの外手強いかもしれないな。」
晴れていた空が曇るように、絵画を上から塗り潰すように、土砂が地面を覆い尽くすように、真昼の眉間が険しくなった。




