仲間の集合
キンコンカンと鳴り響く澄んだ音。これが何の音だったのか、思い出せない。
瑞埜が車椅子に乗って姿を消したまま、状況は何も変わっていない。
優都、兎、迷の三人は、二階にある部屋の中へと移動していた。ここが一番、瑞埜が消えた扉からは遠い場所だ。
窓の外はまだ明るい。まるで何事もないかのような表情でいて、世界はたまに思わない一面を見せることがある。
「瑞埜さん、急にどうしちゃったんでしょうか?」
床の上に正座している迷が呟く。
「幽霊に操られてたんじゃないすか? やっぱりここには、車椅子に乗ったおばあちゃんの霊がいるんすよ。」
と返す兎は、部屋の壁際にあるクローゼットの扉に背を預けていた。
霊は人に憑く際に背中から出入りするというので、つい背中側を庇ってしまう。
優都は部屋の真ん中あたりで横になっていた。頭痛はだいぶ治まってきている。
代わって今は、心の中がモヤモヤしていた。瑞埜を拐ったのが、仮にこの家に棲む霊だとして。目的は不明だ。
優都はこれまで、霊の姿を見て怖さを感じることはあっても、拐われたことは一度もない。
「本当にそうなのかな…。」
瑞埜を助けに行かなければという焦りと同時に、正体も意図も読めない敵に、何の策も思い浮かばない。床冷たい。
「よまちぃ、一緒にいてお話ししてたのに。何も出来ませんでした…。」
視線を壁に投げたまま、迷がそんなことを口にした。
「それはよまちぃのせいじゃないよ。俺達だって近くにいたし、あんな異様な雰囲気で誰も手なんか出せないだろ。」
優都の言う通り、姿勢正しく車椅子に座って食堂の扉の向こうへと運ばれていく瑞埜は、まさしく異様な空気を醸していた。
まるで料理でも運んでいくみたいな感じで拐われて行くので不気味だ。
「瑞埜さんは、自由を求めていると仰られていました。これからたくさん、遊びに誘おうって思ったのに…。」
後悔の滲む迷の声色。
助けることを諦めているわけではない。ただ、自らの不甲斐なさを悔やんでいるようだ。
階下の和室より狭い室内。家具が無い為、こちらもガランとしている。部屋の扉はどうにも立て付けが悪いのか、開いたり閉じたりを繰り返している。
扉の鍵は珍しく上部についているタイプだ。
「友達は助けるっすよ、絶対。それで解決する。」
そう言って、兎が一人で部屋の外へと歩き出す。優都は慌てて体を起こすが、呼び止める前に兎が口を開いた。
「外から様子を見てくるから、そこにいてください。」
「全員で行けばいいだろ。一人で格好つけるなよ。」
「ダメっすよ。先輩、体調が余計悪くなったら嫌だし。これでも、責任感じてるんだから…。」
この肝試し、持ちかけたのは兎で、迷と組んで優都の霊媒体質の自白を狙っていたのだ。
その場所で本当に怪奇現象に遭遇し、瑞埜は姿を消してしまった。兎はそれなりに自分の行動を反省しているようだ。
それを言われると、優都は何も言い返せない。
兎も、迷も、何も悪いことはしていないのに。二人が優都と瑞埜の友達になろうと頑張ってくれた結果であって、事態の責任を感じて反省されると、優都は心苦しい。
「二人は悪くないだろ。俺が霊を引き付けたんだ、きっと…。ごめんな。」
欲しいと思って手を伸ばすけど。
側に置くと壊れてしまう。これまでも何度も感じたことのある、居心地の悪さだ。
(こんな力、無くて良かったのに…。)
人の優しさに救われたり、人の言葉で自分を認められるような機会もあって。それでも優都は、すぐに心が折れてしまう。
ポキ…。
メンタル? 豆腐です。
「引き付けたんだとしても、呼んだわけじゃない。それじゃあ、二人はここにいて。暫くして俺が戻らなかったら、二人だけでも逃げるっすよ。」
最後にそう言い残して、兎は部屋の外へと姿を消したのだった。
「あ! …え!? ちょっとちょっと…、」
とか言いながら、三秒くらいで帰ってくる足音がするので、どうしたのかと。
優都と迷が恐る恐る扉を開けて廊下を覗くと、そこにそれはいた。
「こっちのウサギだぁ~!まだ馴れ馴れしくない! ぎこちなくて可愛いなぁ~。」
そう言いながら、真昼が兎を抱き締めているところだった。
ここから、椿 真昼がログインします。
有名な祓屋、椿家の次期当主になる男だ。強い霊能力を持ち、優都が学校帰りに遭遇した怪奇を一撃にて斬り伏せている。
「なんで椿先輩がここにいるんすか。」
真昼の腕の中で、兎は脱出しようとモゾモゾしている。
「真昼!」
驚いた優都が目をまん丸にする横で、
「すみません! 固定CP以外は地雷なので…!」
迷が真昼と兎を引き剥がしにかかった。高校生が四人集まると、わちゃわちゃ。
真昼は体を離してから改めて兎を見て、その服装に首をひねる。
「その格好…。なんで執事服?」
「えっと、真昼、それはMVが…。」
長い説明を始めようとする優都に、兎が横から口を挟む。
「服より今の事態を説明しないと。椿先輩、ここから今すぐ出た方がいいっすよ!実は俺達…。」
「うん? なんか視たり聴いたりしたのかな?ここ、いっぱいいるからね。」
なんでも知っているような真昼の口調。
その様子に安堵感を覚える優都と、現状に似つかわしくない反応に違和感を覚える兎と迷。
説明してなかった。
「あ、二人には言い忘れてたんだけど、真昼は霊能力で幽霊をやっつけたりできるんだ。所謂…お祓い屋さんの次期社長みたいな感じで…。」
「優都ほど感受性は高くないけど、捕捉は正確だよ。この家のことは、今ざっくり外からも見てきた。」
心霊スポットだと言われる場所で、実際に霊がいるということを把握してでもこの堂々たる態度。
真昼は霊能力の修行を始めてからというもの、怪奇住宅だの霊の巣窟だのには、飽きるほど足を運んで来た。現場に慣れてしまっている。
それを見て、肩を震わせ、興奮気味に目を輝かせたのは、兎だった。
「なんすかそれ!カッコよ!」
「カッコよいだろ~?」
椿真昼はそんなに格好良くはない。エッチでバカな高校生です。しかし、兎にはどうやら印象良く映ったようだ。
「そんな凄い能力あるなら、最初に会った時に教えてくださいよ! そしたら肝試しに誘ったのに。」
「優都様は誘われなかったのですか? 幼馴染だと伺っていましたが…。」
霊を引き付ける体質の人間が、幼馴染に霊能力者がいるのなら、心霊スポットに遊びに来るのに誘っていても不思議はない。
迷の当然の質問に、
(そういえば、なんでだろう。)
と優都は一拍考える。
思い出しました。
「真昼には、ここに来ることを反対されていたんだ。」
すっかり忘れていたのだけど、優都は真昼と喧嘩をしていたのだ。真昼に危険だと忠告されたものの、受けた誘いを断る勇気が無い優都は、誘われるままにやって来た。
それで実際、怪奇現象に遭遇しているのだから面目ない。
「ご、ごめんな真昼…。真昼の言う通りだった。真昼がせっかく忠告してくれていたのに、俺が変な意地張ったりしたから…。」
身を小さくして謝る優都に、真昼は穏やかな笑みを向けた。その表情は、まさしく椿 朔夜の亡霊のそれに似たものだった。
「違うんだよ優都。僕の方が謝りに来たんだ。仲直りの印のついた優都の料理、食べたよ。美味しかった。ありがとう。ごめんね。」
黒いスタッフTシャツに着替えた優都の肩に手を置き、真昼の視線がま真っ直ぐに優都を捉える。
「取り下げるよ。危ない目に合うようなところへ行かないと、仲良くしてくれないような友達なら要らない。そう言ったこと。」
「そんなこと言ってたんすか?」
不満気な声で横槍を刺す兎。その声に真昼は苦笑する。
優都との喧嘩の材料に、兎や迷の陰口を言っていたのは確かだ。
今度は改めて兎に向いて、真昼はしっかりと頭を下げた。顔を上げると、表情は真剣だ。
「確かに言った。君たちにも謝らないと。ごめんね。」
「発言を取り消す気があるなら、削除ボタンでも押せばいいんじゃないすか。」
「それで何でも無かった事に出来るのは、ROUTEの中の関係だけだ。実際の人間関係は、相手にきちんと謝罪を伝えないとね。
僕は君が、友達の為なら危険を顧みない、勇気と覚悟のある人だって気がついた。
だから取り消すんじゃなくて、取り下げる。初めから無かったようなフリをするんじゃなくて、一度発言したことを認めた上で、訂正してお詫びする。現実には、出した言葉を取り消すような、便利なボタンはないからね。」
兎が大切な何かを取り戻す為に、過去の時間に戻って来たこと。それが恐らくは兎の身近な誰かであること。
それを真昼は知っている。
同じように優都も、自分がコンプレックスである霊媒体質を打ち明けられるように、兎が危険な肝試しに敢えて誘いをかけてくれたことを知った。
それらの事が証明しているのは、兎は『要らない友達』ではない、ということだ。
「霊媒体質である優都様に、肝試しに行くなと忠告した気持ち、よまちぃにはわかります。ですが兎様に対する発言には誤りがあったことも、認められます。ここは、喧嘩両成敗でどうでしょうか?」
こういう時に話をまとめてくれるのには、夜中 迷という人物は適任だった。
上手に話をまとめてくれたので、その場の誰にも異論はない。
照れ臭いので発言しないというだけで、この時に兎の中では、真昼の株がむしろ急上昇していた。
霊能力どうこうという話しよりも、自分の誤りを直ちに認め、きちんと誠実な対応をして見せた所に、真昼のその人間性に、兎は心から信頼を寄せた瞬間だった。
「…まぁ、誤解が解けたなら、俺はいいっすけど。」
「陰口叩いてごめんね。優都も許してくれる?」
真昼が優都の両手を掬い上げてキュッと握る。すると、優都もすぐにキュッ仕返した。
「俺の方こそ! これからも仲良くしてな。」
仲直り出来た幼馴染と。仲良くなろうと働きかけてくれた後輩と。勇気を出して話しかけてくれたクラスメイトと。
優都はいつも本当に周りの人間に恵まれている。つい先程ポキ…。と折れたばかりの優都の心に、再び光が降りてきた。
優都の心は、折れるのも早くて、治るのも早いです。
そして、また折れるのも早い。
「さて。いい話しっぽくしたけど、実際こういう場所に優都が長居するのはお勧め出来ないし…。気が済んだら帰ろうか?」
引率の先生のように的確な指示を出す真昼に、しかし、肝試しの一行は口を閉ざした。
「帰りたい気持ちはあるんすけど…。」
「真昼、実は一緒に来た一年生の女の子が一人、姿を消しちゃったんだ…。」
心から申し訳なさそうに優都が口にして、
「いつの間にそんなことに…。」
ちょっと面倒くさそうに真昼が返した。




