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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
The house's triangular roof
19/40

朔夜の反抗

 

 お菓子を貰った。


 弟の小さな手が、クッキーを差し出してくれていたのを、今でも覚えている。



「これ、さくやのぶん!」


 そう言って、弟はよく外の世界から珍しいものを持って帰ってきてくれた。


 祓い屋家業の跡継ぎとして、母の期待と愛情を独占している、この兄に。


 一日中、家の中にいる僕と。一日中、家の外に放り出されている弟の真昼。


 霊能力を高める為の瞑想に励む僕と、僕の邪魔をしないように内心では神経を尖らせている真昼。


 どう考えても真昼の方が、立派な修行僧の風格だ。母は、そんな真昼が僕の部屋にやって来ると、


「真昼! お兄ちゃんの邪魔しちゃダメ! お兄ちゃんはお勉強忙しいんだから!」


 と怒鳴りつけるのが日課になっていた。


 そんな環境で育てられたからなのか、弟の真昼は、


「はいはーい。おかまいなくー。」


 といった感じで、まるで反省する気の無い子供に育ってしまった。おそらく、叱られることに慣れすぎてしまったんじゃないかと。


 そして、この図太い神経が一体何処から来たのかというと、それは間違いなく父からだ。


「えー。真昼、朔夜の部屋に入っちゃダメなのかい? じゃあ二人ともリビングにおいで。ご飯もうすぐできるから。」


 しっかり者の母と、強かな父と。


 この二人のバランスで、我が家は成り立っている。


 そして、もう一人。我が家には、僕と母には見えない、もう一人の存在が影響を与えている。


「真昼、このクッキーどうしたの?」


 そう尋ねると、真昼は笑顔でこう返してくるのだ。


「ゆうとが、くれた! おにいちゃんのぶんも、どうぞって。」


 そして父は言う。


「へぇー。優都くん優しいなぁ。今度、何かお礼のお菓子持って行こうね。」


 僕と母だけが知らない存在、『ユウト』。それは家の外にいて、真昼になんでもくれる。母がくれないものも。僕が譲らないものも。


 姿が見えない『ユウト』の存在が、真昼を生かしている。それがわかったから、僕も欲しいと思った。


 弟と同じものを。




 朔夜の手が、その手の中に隠していた細い糸を引く。


 すると、部屋中に張り巡らされていた糸がキンと張り詰めて、突然に部屋に現れたかのように浮かび上がるのだ。


 それは、まさに芸術作品のように洗練された技巧で、部屋の中のどの位置に何が置かれていても切り裂ける、計算され尽くした配線になっている。


 その糸がカラフルポップな星のグミに触れると、星のグミは弾けるように、切り裂かれる。


 部屋中にある大量の風船が割れるような乾いた破裂音が連発した。


 ので、


「あ、うるさい! うるさーい!」


 と言って兎が両耳に指を突っ込むのも無理の無いことでした。



 パン! パン!ババン! パン!



 みたいなリズミカルな音で、一つ割られたと思うと、次は立て続けに二つ割れて、それからまた何処かで割れる。


 その連鎖であっという間に部屋の中に溢れた兎の星のグミが、消え去ってしまう事態になった。


「あー! きゃー!」


 破裂音というトリガーが引かれ、限界まで高まっていた瑞埜の恐怖も暴発する。


 ひとしきり叫んで、ふいに黙ったのかと思えば、気絶していた。


 こういう時、思い切って気絶してしまえば楽なので、普段から意識を失う練習をしておくといいのかもしれない。


 無理か。


「未来から来たのなら、僕の目的も知っているんだろう。邪魔をしないで貰えないかな。悪意のあるものじゃない。」


 朔夜の落ち着いた口調や丁寧な言葉遣いは、不思議と人を引き付ける力がある。


 人の上に立ち、多くの意志を束ねる未来を期待されて育った人間。その集大成と言えるものかもしれない。


 しかし、その丁寧な弁明とは裏腹に、行動は攻撃的。


 細い糸は耳を塞いだ兎の両腕にも絡みつき、その腕を左右へ引っ張り固定してしまう。


「うにゃ!」


 耳を塞ぐ体勢から突然、両手の自由を奪われた。手に持っていた数枚の札を、誤って床に落としてしまう。


(やばい、椿先輩の札…。)


 足下を見ようとすれば、首にも糸が絡み付いてきて、強い力で締めつけられる。



 ちょっと話が違うってやつっす。



 クモの巣に引っ掛かった虫の気分だ。首も手首も、強く締め上げられて血が滲む。朔夜の操る細い糸は、彼の意のままに動き敵を斬る。


「あう…!」


 兎の吐き出した小さな悲鳴にも、椿 朔夜は平然としていた。


 表情は至って穏やかなまま。パリッとしたスーツ姿で、営業のサラリーマンのように言葉を続ける。


「首も手首も人体の急所だ。このまま締め付けて一番太い血管を切れば、命を奪うことも出来る。死にたくないなら、おとなしく自分の時間に帰ってくれないかな。」


 無論のこと真昼の言う通り、霊なら漏れなく危険な存在なのかといえば、そんなことはない。


 しかし椿 朔夜の亡霊は、生前に強い霊力の持ち主であっただけに、他の霊とは質が違う。霊体でも出来る事が多いようだ。


 それから、椿 二神の図々しさを遺伝しているのは真昼だけではない。


 半分は朔夜にも遺伝している上、外出できる機会が少なかった分、多少は人より世間知らずのところがある。


 こういう要求の通し方になったのは、椿 朔夜という人物の人間性に他ならない。


「絶対、椿先輩の身内だと思う…。」


 と、腕を糸で固定された兎が証言しました。


 それで終わらないのが、稲早 兎という男の執念だ。こちらも高校生ながら対峙するには、それなりに心してかからねばならない。


(椿家の兄弟の問題を、俺が勝手に片付けるのは気が引けるけど…。俺も背負っているものがある以上、簡単には諦められない。)


 椿 朔夜の亡霊は、いずれは敵となり、立ち塞がる壁のようなものだ。未来から来た兎にとっては、一度は倒した過去の敵。


(前は仲間達と総力戦で戦うことになったけど、今なら俺一人でも倒せなくないんじゃないか?)


 朔夜の糸に切り裂かれた星のグミ。中からは甘い匂いの蜜のようなものが溢れて、今は床全体を濡らしている。


 グミの中に入っているリンゴ果汁みたいなものです。


 それは火の気のない部屋の中で、何に引火したのか激しく燃え上がった。


 ゴウッ激しい音で燃え広がる。


 まるでガソリンを部屋に撒いたような火の勢いだ。分厚い火炎に、部屋中が赤く染まる。


「…成程。割ると今度は燃えるのか。」


  朔夜の言う通り、星のグミから溢れた液体から火が出ているのだ。


 室温程度の低温で発火し、床面から朔夜の操る糸に燃え移る。


 朔夜ほど現状の理解が早くなければ、何も知らぬまま火に包まれていたことだろう。それだけ火の勢いは凄まじく、床から上がる火柱が壁を這い上がっていく。


「その火は霊体や幽体を燃やす炎。でもって、この糸も燃えるっす!」


 朔夜の張った糸を導火線にして、兎の体に絡んだ糸も焼き切れる。


 兎の狙いは、勿論この火で朔夜を倒すことでもあり、さらに糸を焼き切り脱出することでもあった。


 最初に札を投げた時から、朔夜の亡霊が無抵抗に封じられるとは思っていなかった。なので、星のグミが割られることを想定の上で、この二段構えの戦法を用意していたのだ。


 この火は人体や建物まで焼いたりはしないので、意識不明の瑞埜は無事です。


「椿家の使う星の力…。星の業火か。」


「伊達に椿先輩の後輩やってないっすよ!」


 兎は大急ぎで焼き切れた糸を振り解いた。腕を引っ張っていた糸を払い終えると、床に落ちた札を拾う。


 パチパチと火の弾る音が、部屋の何処かで鳴っている。


 この炎で朔夜の亡霊を消滅させることが出来れば、あとは瑞埜を屋外へ連れ出すだけだ。どこか安全な所へ、横に寝かしておけばいいだろう。


(椿 朔夜の亡霊との戦いが、直接的に未来の悲劇に関わるわけじゃないけど…。事の起こりくらいは変えられるかもしれない。)


 心の中では祈るような想いでいた。また細かな傷が増えてしまった体で、痛みに耐える兎。


 少し特殊な攻撃を打ち出せる札を、先の時間で真昼から譲り受けただけ。それを使う本人は生身の高校生に過ぎない。


 危険を承知で戦う決意をした。その兎の目の前で、


「真昼は僕を消す為に、椿家の札を他人に譲ったのか。直接手を下さないところ、僕にまだ気を遣っているのかな。」


 何か思うところがあったようで、朔夜は俯き、呟いた。


 それから再び顔を上げると、そこにあったのは穏やかな、これまで通りの笑みだ。


「だけど、この子じゃまだ詰めが甘いね。」


 そう言って、もう一方の手によって、また別の糸を強く引く。すると、火の気の無い天井付近で、また糸がキンと張り詰める音がした。


 兎が最初に投げた札は、まだ天井に突き刺さっていたのだが、糸に触れられ真っ二つに切り裂かれてしまう。


「あ! こら!」


 咄嗟に怒っちゃいました。


 星のグミも、その中から溢れた燃える液体も、この低温着火の炎も、あの札から出たものだ。


 札が切られると同時に、炎は一瞬にして消えてしまう。


 忙しないことに、瞬く間に部屋中に広がった火が、また呆気なく消えた。燃焼の音と、焦げたような臭いだけが残る。



 椿 朔夜の亡霊もまた、室内からその姿を消した。



「あっ、消えた!? …くそ、椿先輩の捕捉がないと、俺は気配を追えないのに。 」


 兎は姿の消えた霊まで追いかけられない。周囲を見回し、その場に立ち尽くす。


 その手から、握られていた札が、ポテ…と落ちた。


 炎が消えると、部屋はすっかり元通りだ。いつでも住宅展示出来そうなほど、真っ白な壁紙が兎を見下ろしている。




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