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されど神に感謝すべし(結成編)  作者: 近衛モモ
Prayer of bunny
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時計の国の兎


 学校を出て帰りに寄り道し、優都はたくさんの野菜を仕入れた。


 それを大事に持ち帰り、自分の部屋の台所に立つ。


 優都の独り暮らしの部屋は真四角で、窓辺にお台所が設置されている以外に目立った家具が何も無い。


 ベッドや机すらないので、優都は夜になったら部屋の隅の大きめ丸型クッションの上で丸くなって寝ている。


 通学鞄や少ない私服と参考書がフローリングの上に転がっているだけの、引っ越してから何も変わらない部屋の中。


 その小さくて狭いお城で、優都は保存容器を作業台に並べると、包丁を握った。


「…よし、真昼と仲直り作戦開始!」


 何を思ったのか優都は、真昼と喧嘩している。



 真昼と喧嘩した後に気がついたのだが、優都には味方がたくさんいる。


 それは優都のクラスメイトたちで、優都が自分から声を上げる日を、待っていてくれているのだ。


 そんな当たり前のこと、さっさと優都が気がついていれば、真昼と喧嘩にはなっていない。


 優都はとにかく、どんくさいんです。ごめんなさい。えへへ。


「とりあえず、レタスをちぎろうっ。ふっ! レタスをちぎるぞのポーズ!」


 腕を斜めに上げ、優都はポーズをキメてレタスを千切り始めた。


 真昼と節約をシェアすると決めたので、喧嘩しようが夕飯はちゃんと作る。それと同時進行で、作りおきできる冷蔵庫待機組を作る予定だ。


(真昼はたぶん和食が好きだから、真昼の好きなものを作って仲直りできるといいな。)


 コンビニで筑前煮を買って食べている男子高校生を、優都は初めて見た。


 思えば優都の自作したきんぴらも、真昼はペロリと腹の中に入れていたので、真昼の舌の好みは明らかだ。


 優都が千切っているレタスはこの後、塩昆布と混ぜ混ぜして冷蔵庫で寝かされる予定になっている。


 その他、佃煮や煮物、酢の物等、思い付くままにレパートリーを放出する。真昼が好きなものを必要な時に冷蔵庫から引っ張り出して食べられるように、量は少なく、種類は豊富にするといいだろう。


「直接会うと言えないだろうから、メモでも付けておこうかな。」


 チラシ広告の裏が白かったので、優都はそこにネームペンで真昼へのメッセージを書き付けた。


 あとは調理が済んだら、このメモをつけた保存容器を、秘密基地の中にある冷蔵庫に入れてくるだけだ。




 一方でその秘密基地では、血の臭いがしていた。



 餓者髑髏は通路に過ぎない。


 真昼の秘密基地は結界で隔離された空間の中にあり、そこに真昼や鍵を所有している優都以外の人間が訪れることはない。


 だから驚いた。


 秘密基地の中にある、真昼お気に入り物件の寝室で、兎が呑気に寝ていたので。


「ん!? 後輩くん!?」


 喧嘩してしまった優都が秘密基地に来ることはないだろうと思っていたので、真昼はすっかり一人で寛ぎ気分だったのだ。


 秘密基地の寝室は優都と真昼がご飯を一緒に食べたダイニングキッチンの奥にあり、そこにあるベッドに兎が寝転んでいた。


 かなりの傷を負っているようで、ベッドの上には血のついたティッシュが散乱している。


 白と赤のおめでたいコントラストの中で、兎は横になり目を閉じていた。


 浅い呼吸をしている。


「あ…、椿先輩、お邪魔してるっす。」


 目を閉じたまま声と気配だけで真昼の存在に気がついたようで、兎はそう言葉を返した。


「なんでここにいる? というか、大丈夫かい?」


 部屋に充満する血の臭いに耐えられないので、真昼は一先ず片手で窓を開けた。そうしながら、ベッドにいる兎の容態を確認する。


 ベッドの上に白いシーツが敷かれ、その上に赤い血のついたティッシュが散乱し、それらに取り囲まれるように寝ている兎。


 なんか、棺の中のドラキュラみたいな感じだ。日光を当てるのは良くないかもしれない。


「生きてるの?」


「生きてるっす。」


 着ているのはお馴染みの深緑のブレザー制服だが、火災にでも巻き込まれたかのように焦げた跡と共に大穴を開けている。


 頬や破れた袖から覗く腕にも、火傷が目立った。出血は肩の傷からのようで、今は右手で庇うようにしていた。


「でも大丈夫じゃないので、一晩ここに置いて欲しいっす。」


 言いながら兎は、真昼に見えるように銀色の鍵を持ち上げた。その左手も血で真っ赤だ。


 鍵を使ってこの秘密基地に入ったのは、間違いないらしい。


「その鍵は優都が君に渡したのかい。」


 他に自分が鍵を渡した相手が思いつかなかったのでそう問えば、


「え…? いや、…。アンタが寄越したんじゃないすか。この時点じゃまだなのかな。」


 兎は困ったように眉を下げてそう言った。


 部屋の中には兎が寝ているベッドの他に、大きな本棚と机、そしてベッドの横にサイドテーブルがある。


 本棚の上には救急箱があり、それを真昼はサイドテーブルまで下ろして来た。


「この時点? …ちょっと待て。君、どこから来たの?」


「わかんないっすよ、もう…。どこから来たのかも、いつからこうなったのかも、どうすれば終わるのかも。何も…、ただ、大切な人に隣で笑っていて欲しいだけなのに…。」


 口の中を切ったらしい。何かの衝撃で噛んだのかもしれないが。兎は喋りにくそうにモゴモゴ話した。


 口の端から血が垂れてきたので、そこらへんに落ちている汚れたティッシュで真昼が雑に拭き取る。


 兎さんは、随分とお疲れの御様子だ。


「わかった。喋らないでいいから、寝ててくれ。」


 兎は片膝をたてている。その膝にも擦り傷だ。それにしては服が血でぐっしょりなので、他にも大きな傷を負っていると思われる。


 探すのが面倒なので制服のズボンは脱がしてしまえと、真昼はベッドに乗り上げ、ベルトに手をかける。そうすると、ベルトにぶら下がっている金の懐中時計に気がついた。


(懐中時計…? 今時珍しいな。)


 ベルトの金具につけてポッケに突っ込んでいたものが、ベッドに倒れ込んだ時にでも、飛び出したらしい。


 異様な存在感を放つ時計。


 蓋には装飾も何もついていない。シンプルに滑らかな表面だ。しかし、真昼はこれでも若き霊能力者と呼べる人物なので、その時計が持つ強い霊力を見逃さない。


「妙な気配だ。この時計の周りだけ、時間の流れが違う。」


「神様の時計っすよ。願いを叶える。」


 喋るなと言っても兎は喋るようだ。しかし目は開けない。


 脱がしてみると、太腿の裏に何か刺さったような深い傷がある。痙攣したようにビクビク変な動きをしているのを見ると、かなり重症のようだ。


「時間を超えた先から来たのか?」


 傷口になんの遠慮も容赦もなく真昼が消毒液をかけてみても、兎は痛みを感じている様子はない。感覚がないのかもしれない。


「過去を訂正し、未来に起きる出来事を変える。それが俺の願いっすから。」


 息遣いは少し荒くなっていく。


「隕石でもくるの?」


 半信半疑で真昼が聞けば、


「具体的なことは何も言えない。そういう契約になってるっす。」


 と曖昧な答えが返って来た。


「大切なものを失う…。その前に、時の分岐点を探さないと。」


 真昼はまだ稲早 兎という人物を知らない。兎の言うところの『大切なもの』が何を指すのかはわからないが、それでも兎を助けることは即決した。



 秘密基地にやってきた兎は、どうやらタイムトラベラーらしいので。



 そして、出発点すらわからなくなるほど、時を何度も移動してきたのだろうということ。


 過去を変えた先で、変えられない未来に打ちのめされる度、何度も時の行き先を変えて試行錯誤したこと。


 それらのことが、疲弊した口調から察することができる。


「鍵をくれて、何か困れば僕を頼れと。もう随分前に、椿先輩がそう言ってくれたっすよ。だからこの秘密基地には、俺は何度も出入りしてる。ここが落ち着くっす。」


 そう言ったっきり、兎は少し静かになった。話すのにも体力が必要な程、消耗しているようだ。


 静かな方が作業は捗るので、そのうちに真昼は怪我の手当てを進めていく。膝と太腿の裏はガーゼにテープ。肩の傷は包帯。


 火傷には氷を当ててやろうと思いたったところで、台所でゴソゴソと物音がし始めた。


「誰か…来たんすか?」


 兎が今にも寝そうな声を出す。この物音の正体は優都で、冷蔵庫にこっそり夕飯を仕込みに来たのだ。


 その他冷蔵庫待機組と、真昼宛のメモも一緒についている。


 寝室の扉をゆ~っくり開けて、その細い隙間から優都の姿を確認した真昼は、ベッドにもどって人差し指を唇に当てた。


「しぃ~…。優都だ。静かにしてて。」


「桜庭先輩に会わなくていいんすか?」


「うーん…。」


 と、唸るしかない。


「僕ら今、喧嘩中なんだよなぁ…。」


「アンタら夫婦はよく喧嘩するっすねぇ…。」


 呆れた声で兎が言った。


 軽口を叩いたことで精神的に楽になったのか、そのまま寝た。




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