エルフの王女様、ニキビに悩む
連載にしようかどうか迷っている短編です。
自分はどうすれば、人の役に立てるのだろう。この一週間、ずっとそれで悩んできた気がする。前職では自分が、全く役に立たない人間であると実感し。結局一か月の休職、そして退職することを決意した。そして始まった休職期間。
「どうすればいいんだろう……」
私は途方に暮れていた。とりあえずやりたいことは全部やってみた。コンビニのお菓子の大人買い、昼からお酒(良心の呵責に耐えかねてノンアルコールビールを飲んだ)、昼から本屋で買いたい本を探すこと。
でもダメだった。コンビニのお菓子は5分ほどで飽きてしまったし、ノンアルコールビールを飲んでも虚しかったし、本屋に行っても買いたい本が見つからないのだ。結局、それほど買いたくもない本を買ってきてしまった。心療内科の先生には、「鬱状態です。休んでください」と言われたが、休んでくれと言われてもその休み方がわからない。何か楽しいことをしようとしても、辛かった前職での経験が、好きだったものへの興味を削り取ってしまったようで、何をやっても楽しくないのだ。今はとりあえず、生きていると言っていい状況だ。
休職期間はあと三週間。それまでに自分がどうしたいのか、そしてどう動くのかを決めておきたかった。
「だからといってこれはない……自分……」
私は今、ドラッグストアに来ていた。ドラッグストアに働きに来たのではない。ドラッグストアにやけ買いしに来たのだ。そういえば最近、コスメやスキンケア用品をじっくり見ていないなと気が付いて。前職では化粧は必要なかったので、BBクリームとリップクリームでごまかしていた。深夜までの作業が多かったから、朝は一分一秒でも長く寝ていたかったこともある。
コスメ売り場はきらきらしていた。この五年間、私が見たくても見れなかった夢の世界がそこにはあった。そういえば美容やスキンケアは、自分が好きなものの一つだったなとようやく思い出した。どうして忘れていたのだろうか。
夢中になって商品を見た。気が付けば、かごの半分がコスメとスキンケア用品で埋まっていた。慌てて商品を吟味しながら棚に戻す作業を開始した。リップなんか五つも六つも必要ないのだ。特に今の自分には。どれも可愛い色合いだけど。フューシャピンクでラメの入ったリップ一本に絞り、棚に戻してふと、顔をあげると。
エルフがいた。
まごうことなきエルフだ。なぜだか顔の半分を布で覆い隠しているが、人間には到底まねできないほどの見事な長い金髪にきらめくサファイアのような青色の瞳、そして笹かまぼこのような、というと失礼かもしれないが尖った耳。身に着けている若葉色のドレスはデザインはやや中世風だが、上品でシックで、彼女によく似合っている。そして、息が止まるほどの美人だった。
彼女もまた、青いプラスチックのかごを持ち、熱心にニキビ予防に効果のある洗顔フォームを矯めつ眇めつしている。……ニキビ予防?彼女は購入を決心したらしく、洗顔フォームをかごに入れ、そこでばっちり目が合った。
あ、まずい。怒られる。
私の脳内にある部分がそう告げていた。顔が真っ青になり、息ができなくなってくるのが自分でもよく分かった。逃げ出さないと、ここから逃げ出さないとと脳の一部が勝手に危険信号を発する。
エルフの女性が、口を開いた。
「失礼ですが、どうかなさいましたの?具合が悪そうですわ」
「え……いや、その……」
何か言おうとしても脳はただパニックを起こすだけで何の役にも立たない。その場にへたり込んだ。泣きそうになってくる。
「大丈夫ですの?ここには何も悪いことはありませんわ。ほら、息をするのですよ。深呼吸なさいませ」
エルフ女性の指示通り、深呼吸をするとパニックになっていた脳内が落ち着いてきた。お礼を言って立ち上がると、足が少々ふらついた。
「ありがとうございます、おかげさまで助かりました」
「どういたしまして。あそこからお水を一杯頂いてまいりましたわ、ゆっくり飲んでくださいませ」
紙コップに入った水を渡され、ゆっくり飲み終わるころには気分も落ち着いてきた。私は紙コップを捨て、もう一度お礼を言ってレジに向かおうとすると呼び止められた。
「ねえ、ひょっとしてあなた、吹き出物の治療にはお詳しい?」
「ええ、まあ詳しいですけど」
高校時代、散々悩ませられたものだ。結局皮膚科に通って治療した後、予防効果のある洗顔料を使うことで落ち着いた。その時インターネットで情報を調べまくった。今では吹き出物一つない。
「では、わたくしに教えてくださいませ」
エルフの女性が、真剣なまなざしでこちらを見ている。
「にきび……とは、どうすれば治るものなのですか?」
「は?」
◇
星が貴方を示したのですよ。
彼女はそう言って、アイスコーヒーを上品に飲んだ。会計を済ませた後、ドラッグストアの近くのチェーン店のカフェで、私とエルフ女性、エルミーヌさんはなぜかお茶を飲んでいた。彼女は異世界にあるエルフの里で、そこを統べる王の一人娘らしい。つまりはお姫様である。
「エルフ語の名前は人間には発音できないので、こうして一番本名に近い名前を名乗っておりますの」
「なるほど。星が私を示したというのは?」
「はい、わたくし星読みに長けておりまして、私を助けてくれる存在の場所を占いましたの。そして、あの薬屋を星が指し示しまして」
あのドラッグストアに行けば、顔色の悪い人物が自分を助けてくれるであろうという内容のお告げが下りたそうである。実際こうして貴方に会えたのですから、良かったですわとほほ笑むエルミーヌさんのかんばせは天使もかくやと思わされるほどだった。見事にできているニキビを除けば、である。
そう、ニキビ。エルミーヌさんの顔には、見事な幾つもの黄ニキビや赤ニキビが並んでいて、天使のような美貌を台無しにしていた。
「何か身体に悪いものを食べましたか……?いや、当てて見せます。ポテトチップスとチョコレートにはまりましたね?」
そういうとエルミーヌさんはあっけにとられた。
「どうしてお分かりになりましたの?」
「簡単です。さっきドラッグストアで会計前に、レジ前に並ぶスナック菓子類とチョコレートを、貴方が物欲しげに見ていたからです」
「でも、ポテトチップスというのはどうして……?」
「あの手の味の濃いスナック菓子類には、たいていビーフエキスやポークエキスが入っているからです。エルフさんたちは菜食主義だと聞きました。だとすれば、貴方が食べられるスナック菓子なんて、ポテトチップスの塩味や海苔塩味くらいしか思いつきませんので。でもチョコレートには牛乳が入っているでしょう?大丈夫だったんですか?」
「エルフにもいろいろおりますのよ。わたくしは近隣諸国との外交を担当する以上、動物から得られるものは食べられるよう、教育を受けておりますの」
「なるほど。それが仇になりましたか……」
異世界と地球とをつなぐ「門」が開いて七年。もうすっかり異世界の人々は地球になじみ、地球の人々もまた異世界のものや人に馴染んできた。中には異世界の貴族令嬢に婿入りを決意した日本人のサラリーマンもいるくらいだ。文化保護のため、最低限のものしか地球から異世界に持ち込んではいけないことになっているが、まあそれは建前。料理の文化がそれほど発展していない王侯貴族の間では、いま日本のスナック菓子が大流行らしい。
エルフの王女様であるエルミーヌさんも、婚約者のエルフ族の王子様からチョコレートとポテトチップスを勧められ、見事にハマったそうだ。考え事をしながら一袋をわずか一時間で空けてしまったこともあるらしい。
「で、そうなってしまった結果が、これだと」
「エルフ族に伝わる伝統の霊薬も効かないのです……薬師に聞きましても、このような吹き出物を見たのは初めてだと繰り返すばかりで。人間はよく出来るものだと聞きましたが、にきびのあるエルフ族なんて初めてだと」
「そりゃまあ、エルフ族の皆さんて食事がほぼサラダで、おまけに身体を動かすのにも積極的なんでしょう?それはまあ、出来ないでしょうね……」
「お願いします、なんとかしてくださいませ。二か月後に重要な会合を控えているのです。このような顔でいくわけにはまいりません!」
彼女の真剣な顔に、私は息を飲んだ。
「わかりました、エルミーヌさん。なんとかする方法があります。お金と健康保険証は持っていますか?」
「……健康保険証?この国の政府が異世界人向けに発行している、あのカードのことですか?」
「そう、それです。お持ちですか?」
「ええ、持っておりますが……」
「エルミーヌさん」
「行きましょう、皮膚科に」
◇
ニキビの治療には、皮膚科に行くのが一番である。私は病院をスマホで検索して、近隣で一番評判のいい皮膚科へエルミーヌさんを連れて行った。先生は眼鏡をかけた優しげな男性で、エルミーヌさんの話を真摯になって聞いてくれ、治療薬を出してくれた。皮膚を潤す塗り薬や、抗菌薬などである。保険適用内なので、三割負担だった。
「いいですか、エルミーヌさん。ニキビの予防には、まずバランスの取れた健康的な食生活です。ポテトチップスやチョコレートは、あまり食べないようにしましょう」
「ええ、そうします。他には何をすればいいんですの?」
「あとは刺激の少ない洗顔料を使い、泡で丁寧に、ニキビを潰さないように洗ってください。それから、お肌の乾燥には気を付けてください」
肌が乾燥していると、皮膚が「肌を守らねば!」と気合を入れて脂を出してしまうため、ニキビの原因になりやすいのだ。乾燥の原因にもなる紫外線を防ぐためにも敏感肌用の日焼け止めなどを使うとよい。そして保湿だ。化粧水や乳液などをきっちり使い、皮膚をしっかり潤さなければならない。私たちはドラッグストアに戻り、ああでもないこうでもないと調べながら、洗顔料や乳液、化粧水や日焼け止めなどを購入した。
「お世話になりましたわ。また病院へ行くことになりましたので、その時はご連絡いたしますのでまたお買い物に付き合ってくださいませ」
「わかりました。私も久しぶりに楽しかったです。お気をつけて」
エルミーヌさんは「門」がある建物へ、重くなったカバンをぶら下げながら入っていった。私は笑顔で帰路に就き、そして、久しぶりに人の役に立てたという実感を胸に抱いたのだった。
ニキビができたら、潰さず、いじらず、病院へ!