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愛妻家の上司にキスしてみたら釣れてしまった件について〜introduction〜

作者: 高ノ瀬 瑛瑠


不動産管理部営業課、藤沢係長は、39歳。既婚。3人の子持ち。

身長176㎝、休日はジムやランニングで鍛え、オーダースーツにピカピカの靴。

顔はあっさり癒し系。さらに気さくで頭も良くて話も面白くて頼りがいもあって、とにかく人気のある上司。


わたしは、係長の事務関係のサポートをしてる。とても説明がわかりやすく、やりやすい上に、甘い物好きの人で、時々美味しいスイーツを差し入れてくれる。

上司に恵まれてる、こんな最高の職場、他にない。



ただ、この人、すっごく奥様のことが大好きで、携帯の待ち受けは奥様の後ろ姿。

うちの奥さんがね、はよく聞く話。

会社の飲み会も、奥さんが夕食を作って待っているからと断ることができる人。

上司の機嫌を伺うつまらない飲み会より、家庭を大事にしてる、それもポイント高い。


最初はえっ…ちょっとそこまで引くわ…。と思ったけど、奥さんのことが大好きだと、恥ずかしげもなく私たちに言うので、心からそう思ってるんだなと、微笑ましく思うようになり、素敵な旦那様である係長を支え、そこまでに愛されている奥様を羨ましく思った。




いや、全くそんなつもりはなかったんだけどね。

尊敬はしてるよ。嫌いじゃない。

魔が刺したっていうか、なんでだろ?

自分でもよくわからない。




翌日のプレゼンの為、資料作成を2人でしてた夜。

奥のフロアにはまだ人が残ってたと思う。


2人で残ってカタカタ、キーボードを打ちながら、ここの数字は、とか大きさはとか。それに、時々新しいコンビニスイーツの話しながら、各々やってたんだけど、


「水川さん、ここ、ごめん。教えてください。」


呼ばれる。

部下のわたしに敬語とかもなんかいい。


「はーい。」


藤沢係長のデスクに行き、画面を覗き込む。

「ここの色なんだけど、どっちがいいと思う?」

「うーん、統一感出して薄いブラウンとかですかね。でもここの壁がアクセントになってるので、白のでもいいと思いますけど?」

「そっか、白ね。部分的に薄いブラウンのアクセントタイル貼るのもアリかなー。」


サンプルと図面を見ながら、あーでもないこーでもない一生懸命話してる係長がなんだかかわいくて?

パクパクと動いている唇を見ていたら、勝手に?

思いのほか近かった彼の口に吸い寄せられるよう、キスをした。

ちゅっと、一瞬のスタンプキスだったけど。



思ってたより柔らかかった。

けど、わたしはなんでこんなことを…



「あ、ごめんなさい…あれ?なんか、、、申し訳ありません。」



びっくりして動きもまばたきも止めてしまった係長。

おーい。

目の前で手を振る。


しまった、これは逆セクハラで訴えられるやつだろうか。



「…水川さん…もう一回、してもいいですか?」


静かに係長が呟く。


「えっ…?」

まさかのありだった?



「…いいんですか?」


「はい…お願いします。」


よくわからないけど係長の許可も取れたので、

もう一度もう少し長めに唇を押し当てる。


やっぱり柔らかい。気持ちいい。



言っておくがわたしにも彼氏はいる。欲求不満とか、そういったモノではないと思う。

ただ、赤ちゃんや小動物にキスをする、そんな感覚に近いと思う。


「…係長、突然すみませんでした。蚊に刺されたとでも思って、忘れてもらえますか?」

「いえ、こちらこそ。…じゃ、仕事の続き、しましょう?」



そう軽く笑って、カタカタとタイピングをする係長は、慣れてるの?意外にプレイボーイ?

なに考えてるの?

あまりにも普通すぎて、こっちがドキドキする。

思いがけず、誰にも言えないやましい秘密が出来てしまった。




でも、

それから係長とは時々、キスを交わす関係になった。


本当に普通通りなのに、

2人で仕事してる時、物欲しそうな顔をしてるような気がして、

またうっかり、してしまった。

わたしも話をする時に、係長の唇を見てたかもしれない。人のせいにできない。



そもそも、藤沢係長が好きとか、奥さんと別れてほしいとか、そんなつもりは全くない。

どうしよう。自分から仕掛けてしまったことだけど、引き返せない。

唇が触れ合うだけのただのキスだけっていうのが、色々な罪悪感を薄れさせてる。




「ね、キス、きもちいい?」


付き合って1年になる恋人とキスをしてみる。

同じように、ちゅっと唇を合わせるだけのキスだ。


「気持ちいいよ。でも、もっと気持ちいいこともしたいけど。」

そういって彼はわたしの唇を甘噛みしながら次第に舌を絡ませる。

体がこれからのことを想像し、熱く、反応する。

恋人とのキスやそれ以上は、とても好きだ。

当たり前に気持ちいい。


係長とのキスは、また、ちょっと違う気持ちいいだなって、ベッドに倒れながら思った。




次の日、資料を取りに行くついでに、書棚に隠れてやっぱりキスをするわたしと係長。


あいかわらず、唇を合わせるだけのスタンプキスだ。

舌とか唾液とかそんなものは存在しない。


「係長、わたしとのキス、気持ちいいですか?」

「そうだね。それは、とても。」

「奥様とはキス、しないんですか?」

「するよ。でも、水川さんとのキスも気持ちいいんです。ダメですか?」

「いいかダメかって言ったらダメです。

 でも、わたしも気持ちいいのでありです。」


いや、なしだろう。

目の前で先輩と係長が同じことをして同じ話をしていたら、間違いなくツッコミを入れる案件だ。



なんでやめられないのか。

色々と自分なりに考えてみた。

たぶん、恋人とか奥さんとか、キスして当たり前の関係の人とするキスじゃなくて、

 このままキスしてもいいんだろうか?

そう、戸惑いながら、ゆっくりと唇を合わせる、まるでファーストキスのような、付き合う前のキスのような、そんなドキドキ感が、

この、決して〝そう〟なってはいけない相手とのキスに似ているのだと思う。


したいけどしてはいけない、でも欲しい。

ダメなのはわかってる。どうしよう。しちゃう。あーどうしよう。みたいなもどかしさと、見られるかもしれないスリリングさ。

私はまるでゲームのような感覚を楽しんでいた。




社内の大会議室。

15時からの全体会議の準備をしていた時だった。

お互いに期待をしていたのか、手早く準備を終えて、会議開始まで30分はある。



窓からも死角になる部屋の角、出来るだけ壁に身を寄せてキスをする。


「係長もう一回していいですか?」

「それよりも、もう少しだけ欲しいんですが、どうでしょうか?」


今までのキスでは、物足りなくなったのか、係長が困ったように告げる。

わたしも随分前から実はそう思ってた。

係長の顔がやばい。

笑った顔はかわいいのに、キスの時に見せる男の表情。

もっと見たいと思ってしまっていたのだ。


「例えば、どんなことですか?」

わたしは係長の質の良さそうな上着の袖口を引っ張って、少し距離を詰める。


「そうだね…」

わたしの目を見ながら、次第に近づく係長の顔。

この近づいてくる唇をじっと見ているこの時が、わたしはとても好きだ。

係長の少し開いた口が、初めてわたしの下唇を啄む。

わたしはそのお返事として、係長の上唇を啄む。


あぁ。気持ちいい。

脳にまでしびれる背徳のキス。

無意識に、舌で係長の唇をぬるっとなぞる。

そのままお互いの舌が絡まる。


なんか溶けそう…

キスってこんなに気持ちよかったっけ?


「キスってこんなに気持ち良かったっけってくらい、水川さんとのキス、やばい。」


唇を離して係長が小さな声でいう。

すごい。同じこと思ってた。


「係長、なんか、やっぱりこれはダメです。

わたし、ドキドキしてしまって。顔赤いかも…このままデスク戻ったら、何かあったかと、バレちゃいそうです…」

「それは困りましたね…僕もですけど。」


そう言いながら少し笑みを浮かべただけの、いつものポーカーフェイス。

ずるい。


再び、ゆっくり近づいてくる係長の顔は、もう、色気溢れる男の表情だ。


ちゅっちゅっと音が鳴る。

広さのある大会議室では、音が、響く。


「か、かりちょ、さすがにもうダメです。人がくるかも。わたしも、もう、だめです。」


しかも、上手い。

このまま、会社であることも忘れて、そうなってはダメな人ということも忘れて、この先を望んでしまいそうになる。


「ごめん、も、少し…」


それからしばらくはむはむと堪能され、解放されたわたしが、顔が隠れるマスク姿で、会議に参加したのは言うまでもない。



いつのまにか主導権がわたしから係長に替わってる。

魔が刺した一瞬からの悪戯心が、少し戸惑いに染まり始めている。


実は、最近彼氏と〝そう〟なるときも、少し罪悪感を感じている。

係長とキスをする時に彼に対して罪悪感を感じるのではなく、彼氏とキスをする時に感じてしまうということは、それはきっと係長のこと…



だめだめ。ないない。やめやめ。200%ない。

世界がひっくり返らない限り、私が勝つことのない負け試合。

そんな勝算のない試合絶対しない。

わたしはスリルを楽しんでるだけ。


ダメだ。

わたしは絶対にそっち側にはいかない。



ーーーーー




次の休みの前日。

さすがにもう、これ以上は無理だ、やめようと思って、係長を呼び出した。

車で家に送るから、その間話をしようっていうことになった。


仕事終わり、こっそりと車の影で係長を待つ私。

ピピッ、とロックが外れる音と同時に、

「お待たせ。乗ってください。」係長の声がする。


助手席に乗り込み、シートベルトをする。

それを確認し、係長はさっと車を発進させる。


しばらく無言の車内。

呼び出したのは私だ。

このまま無言で家に着いてしまったら、何のために呼び出したのか。

頑張れわたし!意を決して口を開く。


「係長、あの、、このままじゃまずいと思うんです。

私たち、今まで唇がちょっと触れるだけのキスだったから、あんまし悪いことしてる感覚がなかったんですけど、やっぱりそれ以上はダメというか…この間の会議室とか、なんか気持ちよくって…勘違いしちゃいます。」

「…この間はすみませんでした。僕も、歯止めが効かなくなってしまって…水川さんとのキスは気持ちよくて、ついやめられなくなってしまいます。本当にどうしたらいいんでしょうね。」


渋滞なくスムーズに進む車の中、

私と係長の声が響く。

まるで別れ話をしている恋人のようだけれど、

私と藤沢係長は、決して付き合っているわけではない。

ただただ、キスを交わす仲だ。

海外ならただの挨拶じゃないか。

その関係に終わりを作らなければならない。


ふと、運転席の係長を見る。

右肘をウィンドウの縁に置き、指を口元に持ってきて、指先で下唇をなぞる…

仕事中、考え事をするときに係長がよくやる癖だ。

昔は何も思わなかったのに、係長とキスをするようになってから、その姿を見るたびに心がざわめくようになった。

そして、その姿に、また、係長とのキスを思い出してしまい、自分もふと唇で指を挟む。少し熱い。

何度も何度も係長の唇に触れた私の唇。

もう、終わりにしないと…本当に取り返しのつかないことになってしまう。


「藤沢係長、もう、こういうことやめませんか?

最初にしてしまったのは私なので、係長を弄ぶ形になり、大変申し訳ないとは思うのですが…っ!


信号待ち、運転席に座る彼が突然助手席に座るわたしにキスをした。


「…話をするのに、こんな簡単に男と密室で2人きりになっちゃダメだよ。

どちらかと言うと、弄んでるっていうのは僕の方だね。だから君は謝る必要なんてないんだよ。


ここ、高速に乗っちゃうから、

少し帰りが遅くなっちゃうけど…いいよね?」



ーーーーー




高速道路のパーキングに停めて、口付けを繰り返す。

平日の夜、車もまばらだ。


車内には、相手の唇を貪るリップ音と、漏れ出る吐息が響く。



「耳触ってもいい?

髪の毛、一つに結んでる時に後ろから出てる耳が気になってた。ちっちゃくてかわいいね。」

そう言いながら係長は私の耳たぶのピアスを弾く。


くすぐったい。首の後ろがゾワゾワってなる。


「あっ、やだっかかりちょ、くすぐったいです…」

「こっちは?」


耳の中に指が入る。

耳が塞がれて、ちゅっちゅっというリップ音が頭の中に響いておかしくなりそうだ。


どうしよう。

拒否できないし、したくもない。

この行為の終わりが見つからない。


欲しいと思ってしまったら最後だ。

それだけは絶対にダメだ。

でも、このまま係長の背中に手を回して抱きしめたいと思う。係長の熱を直接感じたい。




ピピピピッ、ヒピピピッ_____

突然車内に鳴る電子音。


「はい、藤沢」


なにもなかったかのように電話に出る係長。

空気が一気に変わる。


「あぁ、…うん、うん…そうそう、…それは明日連絡するから大丈夫だよ。わざわざ報告ありがとう。お疲れ様。」


ほてった顔のわたしに対して、係長はいつもの藤沢係長の顔だ。


「残念。邪魔が入っちゃいましたね。続きはまた今度にしましょう。」

そういってエンジンをかけて車を出す。


なんで…

なんで、こんなに中途半端で…

気持ちの波が大き過ぎて、余韻が苦しい。

係長はずるい。あんないつもと同じ顔、わたしのことどう思ってるの?


この関係を終わらせるためにこの車に乗ったはずなのに。

なにも変わらない。

いや、感情のない、ただの気持ちのいいキスだったはずなのに、もっともっとその先を望んでしまうキスを知ってしまった。

今は完全に係長のペースだ。


わたしは開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれない。





ーーーーーside Fujisawa





残業中の社内で、部下と思いがけずキスをしてしまった。

一瞬の出来事で、よくわからなかったのでもう一回お願いしてしまった。

それもおかしい話だが。



実は彼女とキスをしたのは、これは初めてじゃない。


あれは俺が今の部署に転勤してきて、初めての期末だったか。大幅な予算達成となり、営業課のみんなで飲みに行った時の話だ。



自分の部署はチームがいくつかあり、俺のチームは5人ほどで構成されている。

その中でも俺の事務サポートをしてくれる水川さん、

若手の営業で、誰にでも好かれるタイプの青山くん。

特にこの2人は、残業も厭わず、真面目に物事を考え、アイディアを出す、心強いメンバーだ。

彼らの頑張りで得た業績であるといっても過言ではない。


その時の俺は酔っていた。

みんな、みんな、酔っていた。



楽しくお酒を飲み、食事の話や最近行った旅行の話に、参加した合コンの件に、仕事の愚痴を少々混ぜつつ、いつの間にか、やっぱり会社にいるのと同じように、プレゼンの反省点や自分の仕事のビジョンを話し始める2人と俺。


楽しい。


そろそろ時間になり、二次会へ行こうと歩を進めるメンバー。

相変わらず前を歩きながら議論をしてる2人。

俺は2人の間に飛び込み、肩を抱いた。

『俺は本当に君たち精鋭部隊が大好きだ!!』

たしか、そんな感じだったと思う。


少し女性に対して潔癖な部分がある俺は、あまり女性に対してスキンシップとか、得意ではない。

ただ本当にこのメンバーで仕事について話をしたり、先の構想を練ったりする時間がとても好きだった。

ただただ、感謝だ。その時の素直な気持ちだった。


そのあと、肩を抱いた水川さんが、

『係長ー!わたしもですー!係長を心から尊敬していますー!』

そういって抱きついて、キスをしてきた。

一瞬、唇に触れる程度だったが、横にいる青山くんは口を大きく開けて呆然としていた。


『係長ー、すきですぅー。』

人の体温に触れ、安心したのか、そう言いながら彼女は寝息を立てた。



『えっ…』

『…すんません。係長。後でちゃんとお詫びさせますんで…』

『…いや、いいよ。きっと水川さんも覚えてないでしょ?変な空気になるより、このまま何も言わない方がいいような気がする。

僕も妻に後ろめたいし、無かったことにするよ。青山くんも他言無用でね。』

『係長がいいなら。俺は別に。

しかし、水川さん、大胆なところあるんだなー。』

『そうだね、かわいいところあるね。』

『で、この人どうしましょう…?』

『確か彼女の住んでるアパート、俺んちと同じ方向だったから、タクシーで連れて帰るよ。』

『何から何まですみません。』

『僕も早めに家に帰りたいから、ちょうどいいよ。

みんなに伝えといて。で、これ、2次会の足しにして。』


青山くんにお札を渡して、彼女を背負ってメイン通りに出る。

耳元に彼女の顔がきて、スースーと、寝息が耳をくすぐる。


『まったく…僕だからよかったものの、下心あるやつだったらどうするんですか。』



一瞬触れた唇。

お酒の匂いと、柔らかい感触。


毎朝、妻と、行ってきますのキスを欠かしたことのない俺だが、いつもとは違って、後にドキドキと余韻と感触の残る、忘れられないキスだった。





あれからおよそ1年、まさかの不意打ちのキス。

青山くんはいなくてよかった。

きっと2度目は動揺を隠しきれないだろう。


今回はお酒は入ってない。

ということは本当に俺とキスをしたいと思っての行動だったのか?



あれから普通にしようと思ってたけれど、彼女がチラチラ、俺を見ている気がする。

俺も意識してしまって、会話の際には唇に目がいってしまう。


2度目というか、4度目をしてしまったのは、あれは、エレベーターの中だった。

1階のホールで一緒になって、2人で普通に仕事の報告をしあってる時、相手の唇に視線が重なり、そのまま惹かれ合うように唇が重なった。

そのあとは無言でエレベーターを降りた。


一度してしまったらなし崩しだ。

階段、資料室、給湯室、会議室、隙があればちゅっと口付ける。

なぜだろう、あまり罪悪感は感じない。

恋愛感情がないからか?

言い方は悪いが、そこにあるからくちづける。

ただ、ただ、気持ちいい。


いつのまにか彼女とのキスは、自分にとってのルーティンのような、しないと落ち着かない、当たり前のことになってしまった。

そして気持ちいいことを覚えるともっと気持ちのいいことを求めてしまうもので。

キスをした後の、彼女のなんとも言えない、我慢しているような顔を見て、とうとうその先を求めてしまった。


彼女の背を会議室の隅の壁に押しつけ、ゆっくりと顔を近づける。

この時の彼女の顔が好きだ。

半開きの口で、少し瞼を伏せて視点の合わない顔が、とても艶っぽい。

今までは合わさるだけだった唇。初めて、下唇をついばみ口に含む。

やっぱり柔らかくて気持ちがいい。

彼女の口は俺の上唇をついばみ、そのまま彼女の舌が俺の口の中に入ってきた。

熱い…

そのまま舌がからまる。


静かな会議室に水音が響く。


「キスってこんなに気持ち良かったっけってくらい、水川さんとのキス、やばい。」


唇を離して、そうつぶやく。

もっと欲しいって、思ってしまう。


「係長、なんか、やっぱりこれはダメです。

わたし、ドキドキしてしまって。顔赤いかも…このままデスク戻ったら、何かあったかと、バレちゃいそうです…」

「それは困りましたね…僕もですけど。」


心臓がドキドキしている。

彼女の方は息が上がって、頬を赤く染めている。

唾液で濡れた唇が艶めく。


誘われる…

また、ドクンと心臓が大きく鳴る。

再び、彼女にくちづける。


「か、かりちょ、さすがにもうダメです。人がくるかも。わたしも、もう、だめです。」

「ごめん、も、少し…」


やめられなかったそのキスは、追加資料を持ってきた青山くんが扉をノックするまで続いた。



どうしたらいい?

小さなキスから始まったこのおかしな関係。

お互い気持ちいいからアリ、という今考えるとよくわからないWin-Winの関係で成り立っていたが、怖いことに、その先を求める自分がいる。

妻のことを心から愛しているし、俺は家庭も、もちろん仕事も大事だ。

しかし彼女のキスも捨てられない、ただのダメな男だ。




ーーーーー




〝お話があります〟


休みの前日、彼女にメールで呼び出される。


あの日から、なんとなくお互いを避けていたような気がする。2人になればきっとまたキスをしてしまうから。

多分、もう、終わりにしようという話なんだろうかと思う。いいタイミングなのかもしれない。


〝今日の帰り、家まで車で送るから、その間話をしようか〟


そう、メールを返した。


いつもより早めに仕事を終え、地下駐車場に停めている自分の車に向かうと、車の後ろにしゃがんで小さくなってる彼女を見つける。


「お待たせ。乗ってください。」

ロックを外して小さく声をかける。



とりあえず会社を出て、車を走らせる。

しかし、どうやって話を切り出そうかと思って、考える。

無言の車内に、街の音が聞こえる。



「あの!…係長、あの、、このままじゃまずいと思うんです。

私たち、今まで唇がちょっと触れるだけのキスだったから、あんまし悪いことしてる感覚がなかったんですけど、やっぱりそれ以上はダメというか…この間の会議室とか、なんか気持ちよくって、勘違いしちゃいます。」


両膝に手を置いて、下を向いた彼女が、小さく言葉を発する。


「僕の方こそ、この間はすみませんでした。歯止めが効かなくなってしまって…水川さんとのキスは気持ちよくて、ついやめられなくなってしまいます。本当にどうしたらいいんでしょうね…」


どうしたらいいかと考える。

考えなくても、やめた方がいいのは分かってる。

分かってるけど、やめたくないと本音が言う。

考えても何も考えられないのだ。結論を出すのを拒否している自分がいる。


彼女は俺との関係を勘違いしてしまうと言った。

勘違いするからやめようと。

勘違いするとはどういうことなのか?


彼女を見ると、

彼女は自分の唇で自分の指を咥えている。

何度も、ゆっくり、感触を確かめるように。

俺とのキスを思い出すように…


「もう、こういうことやめませんか?

最初にしてしまったのは私なので、係長を弄ぶ形になり、大変申し訳ないとは思うのですが…っ!」


赤信号、

車を停めたところで彼女がまた話し始めたが、俺は、それを、キスで遮った。


指でなぞる唇が欲しくて、やっぱり欲しくて、

俺はこの関係に結論をまだ出せないでいた。


「…話をするのに、こんな簡単に男と密室で2人きりになっちゃダメだよ。

どちらかと言うと、弄んでるっていうのは僕の方だね。だから君は謝る必要なんてないんだよ。


ここ、高速に乗っちゃうから、

少し帰りが遅くなっちゃうけど…いいよね?」



びっくり戸惑いの色を隠せない表情の彼女の返事を聞かないまま、

青信号、

直進の高速入り口へ車を走らせる。




ーーーーー




高速道路のパーキングに停めて、口付けを繰り返す。


車内には、相手の唇を貪るリップ音と、漏れ出る吐息が響く。



強引にことを進めた俺に対し、戸惑って無言だった彼女も、最初のパーキングで車を停め、外から見えないようにシートを倒し、キスをしてからはもう、自分からねだり、舌を絡ませてくる。

やっぱり、気持ちよくてやめられない。



彼女を押し倒す形になるので、キスの先も見え隠れしているが、

とりあえず俺は彼女とキスがしたい。

それに…


「水川さん、耳触ってもいい?

髪の毛、一つに結んでる時に後ろから出てる耳が気になってた。ちっちゃくてかわいいね。」

そう言いながら小さな耳たぶについている、パールのピアスを弾く。


「あっ、やだっかかりちょ、くすぐったいです…」


反応もいい。


「こっちは?」


小さな耳の中に指を入れ、深いキスを繰り返す。

時折漏れる声が、俺の理性を崩していく。

このまま、どうにかなってしまおうか。

そう思った時だった。



ピピピピッ、ヒピピピッ_____

突然車内に鳴る電子音。


心の中で大きく舌打ちし、体を起こして携帯の通話をタップする。

青山くんだ。


「はい、藤沢」


なにもなかったかのように装い、電話に出る。

いつどんな感情の時、寝起きの時でも電話応対は、普通にできる。営業歴の長い俺の特技だと思う。


「あぁ、…うん、うん…そうそう、…それは明日連絡するから大丈夫だよ。わざわざ報告ありがとう。お疲れ様。」


仕事の話をして、さっきまでの甘い空気が一気に変わる。

危なかった。

我を忘れてしまうところだった。


助手席に横たわる彼女のほてった顔、息の整わない呼吸、乱れた衣服…


俺は助手席のシートレバーに手を伸ばし、ゆっくりシートを戻す。

彼女がトロンとした瞳で俺を見る。


「残念。邪魔が入っちゃいましたね。続きはまた今度にしましょう。」


彼女の訴えに気づかないふりをして、そのままエンジンをかけて車を出す。


ごめん。

ひどい男だ。

大事な大事な部下なのに、俺は彼女を振り回している。傷つけたいわけじゃない。

彼女に尊敬してもらう資格なんてない。

俺の欲求が大きすぎる。自分でも加減が分からないんだ。




ーーーーーside Mizukawa




あれから、なんの進展も後退もせず、あいかわらず係長とのキスをする関係は続いている。

これからどうしようかとか、その話については触れていない。

キスをする時も無言だ。

2人とも何か言おうとしているけど、何をどう口に出したらいいかも分からない、そんな雰囲気はある。



そんな中、青山くんの担当した案件が決まり、そのお祝いで、久しぶりにみんなで食事をしに行くことになった。さすがに係長も参加してる。


結構大きな契約がまとまったこともあり、案の定みんな上機嫌で、思い切り酔っぱらう。

明日も休みだし、みんなハメを外しすぎないでね。


私はあんまりお酒に強くなくて、気分が悪くなることはあっても、記憶を無くすくらい酔えることがない。ジュースみたいなカクテルを数杯、飲んだだけだ。

九九を後ろから言えるくらい正気を保っているが、それでもアルコールで、体は熱く、ほわほわした感じだ。


藤沢係長は酔うととてもかわいい。

饒舌になり、ずっと笑ってる。

年上の人なのに、こんなにかわいいなんて卑怯すぎる。母性反応をくすぐられる。

わたしとキスをするときの、男の色気を纏った係長を思い出すと、そのギャップに萌える。

わたし、我慢できるだろうか…



二次会がお開きになり、次の店へ向かう流れ。

千鳥足でずっとニコニコと笑っている藤沢係長は、さすがに家に帰さなければ不安だ。

立ち止まって何かと思えば、道沿いのレンガばりのお店の外壁をペタペタ撫で始めた…

これは明日絶対覚えてない…

キスがどうこうとか色気めいたものより、心配が先に来るレベルだ。


「みなさん!さすがにこの係長まずいんで、わたし、途中まで同じ方向なんで、連れて帰りますね。」

「おれ、おくってくよー!おんなのこ1人じゃむりれしょー?」

「青山くんは今日の主役でしょー!ほどほどにしなよねー。じゃ、お疲れ様でしたー!!」


呂律の回ってない青山くんを他の人に任し、

手を挙げてタクシーを停め、係長と一緒に乗り込む。

「運転手さん、とりあえず、市役所方面へ向かってもらっていいですか?」


走り出したタクシーの中で、無言で俯く係長。

気分が悪いんだろうか。


「係長、大丈夫ですか?お家帰りますよー。」

ミネラルウォーターを差し出しながら。背中をさすりそう問いかける。


と、そっと膝に乗る係長の手。

ふと見た表情は、さっきまでと全然違い、会社で見る係長の顔だ。


「かかりちょ…」

「次の交差点を右で、市役所の先のコンビニ前で停めてください。」


そう、しっかりとした口調で運転手さんに告げた。


何か買いたい物でもあったのかなと、そう思ったけど、タクシーも精算をして帰してしまった。


「いい歳なのでお酒に飲まれるほどの飲酒はしないです。水川さんと一緒に歩きたかったんです。話、できるかと思って。上手に酔った振り、できてました?」


そういって係長は、優しく笑った。


「…係長、わたし、心配してたんですからね。」




コンビニでホットコーヒーを2つ買って、飲みながら2人、歩く。

近くの公園に入り、なんとなく、2つ並んだブランコに座る。


キーコ、キーコ…

音を鳴らしながら、ゆっくり、揺れる。


「どうしようかとずっとずっと考えてました。」

「はい。わたしも、最近係長のこと、ずっと考えてました…」


深夜の静かな公園に、2人の声が響く。

夏の終わり、少し涼しい秋の気配を感じる。

お酒のせいか、火照った身体にブランコの冷たいチェーンが気持ちいい。


「そうだね、水川さん最近ぼーっとしてるし、僕のせいで仕事に影響与えるのも本望じゃないからね。水川さんいないと、僕、仕事できないですから。」

「そんなこと…。ごめんなさい。わたし、そんなダメな状況だったんですね。自分であまり、気づかなくて…」


確かに最近業務時間内に予定してた仕事が終わらないことが多々あった。仕事に影響を出してしまうほど考えてる時間が多かったのは、本当に情けない…


「青山くんは、彼氏とうまくいってないんじゃないかって、心配してました…ごめんね。水川さんにも彼氏いるよね。俺、水川さんのこと全然考えれてなくて、自分のしたいようにキスしてしまって…本当にごめんなさい。」

「あ、いや、そう、ですね。いたことはいたんですけど、先月に別れたんです。」

「…そうだったんですね。僕の、せいですか?」


揺れてるブランコを止めて、係長がこちらを見る。

わたしは、なんとなく係長と目を合わせるのが怖くて、ブランコを漕ぐ。



「まぁ、どうなんでしょうね。自分でも気づかなかったんですけど、

最近、自分といても楽しそうじゃないねって。いつも考え事してるって。他の男の事、考えてるんじゃないかって。

違うけど、でも、その通りだなって…。お別れしちゃいました。」


一年半、お付き合いをした彼氏。

20代も後半になると、結婚を意識しないこともなかった。大好きだった彼氏だ。

でも、いざ、お別れとなって、部屋にあった荷物が少なくなり、キーホルダーからなくなった合鍵、反対に戻ってきた鍵、そう言ったものを見ても、特に虚無感なんてなかったんだから不思議なものだ。

あれだけ拒否をしていたそっち側(・・・・)に、行ってしまったということなんだろうか。


「僕ね、恥ずかしい話、妻としか付き合ったことがないので、キスも、それ以上も、全部妻しか知らなかったんですよ。」

「…はい。」


きっとそうだろうなと思っていたから、全然驚かなかったけど、やっばりそうなんだ。

でも、恥ずかしい話なんかじゃなくて、藤沢係長にとってはそれが何よりの自慢だったんじゃないかと思う。

今までは。


「水川さんとの事は、

最初は戸惑いもあったけど、気持ちよくて、この間みたいなキスを知ってしまって、本当に自分がよく分からないんだよ。

最初は…例えば動物を愛おしむような気持ちでキスをしてて、罪悪感なんてもの全然なかったんだけど、次第に水川さんのキスが欲しくなって。ダメだって、わかってるけど、この間も、せっかく勇気出して言ってくれたのに、俺が強引にまた、キスというか、求めてしまって。あれから俺もよくよく考えて、ごめん、本当によくよく考えた結果なんだけど…


俺、君を抱きたいんだ。」




ストレートすぎる告白。


キーキーと音を立てていたブランコがピタッと止まり、辺りは沈黙に包まれる。


抱きしめたい意ではなく、それがどういうことなのかは分かるけど、理解が追いつかないわたしの心が、ドクドクと激しく鼓動を鳴らす。


恐る恐る隣を見ると、藤沢係長の真剣な目が、わたしを捉える。


「かかりちょ…」

「ごめん、俺、女性との付き合いというか距離感が、どうも分からなくて、色々考えて、最後に自分の素直な気持ちを考えたら、それだったんだ。

君の尊敬してくれてる俺じゃないかもしれない。本当にカッコ悪いんだけど、

水川さんが嫌じゃなかったら、もし、嫌じゃなかったら、お願いできないでしょうか。」


係長がブランコから立ち上がり、わたしのそばに来る。

背の高い係長の影が、わたしを包む。


「そんなこと、お願いなんて、そんなこと言わないでください。

…わたしも、それを望んでいいんでしょうか。

わたしも、キスだけじゃなくて係長と、したい、です。」


俯きながら、隣に立った係長のジャケットの裾を握る。

係長はそのまましゃがみ込み、わたしと目線を合わせる。

そして、少し冷たくなった手で、私のほおに触れ、小さくキスをする。


「ごめん、ありがとう。」



わたしの家は、この公園から歩いてすぐのところにある、うちの会社の管理アパートだ。

もちろん藤沢係長も知ってる。


2人無言でわたしのアパートへ歩き出す。

歩をすすめるたびに、どくんどくんと、心臓が大きくなる。



アパートの階段を上り、205号室の鍵を開け、室内に入る。

わたし、朝、どんな状態で家を出たんだろう。


案の定、キッチンには朝食で使ったお皿やコップがそのままで、テーブルの上には化粧品や雑誌がそのままになってる。


「係長、散らかっててごめんなさい。

あの、…コーヒーでも飲みますか?」

「ははっ、コーヒーはさっき飲んだから。」


緊張してるわたしを、係長がそっと後ろから抱きしめる。

そういえば、係長と抱き合うのは、これが初めてだ。

かすかに係長のいつもつけてる香水の匂いが、する。

くらくらする。


「かかりちょ、奥さんは…」

「5次会まで付き合って、酔っ払ってタクシー捕まらなかったからホテル泊まったって言うよ。

奥さん、酩酊状態で家に帰ってくることのほうを心配するからね。

ね、それより、キスしてもいいかな?」


そう、耳元で係長の優しい声がして、わたしは後ろの係長の方を見上げる。


合わさる唇。


すっごく気持ちがいい。



「…係長、わたし、シャワー浴びてきます。」

「いいよ、このままで。」

「ダメです!これだけは譲れません。綺麗にしたいので、ちょっとだけ、待っててもらってもいいですか?」

「わかった。」


拘束された体がするりと解放されて、

わたしは、そのままリビングだけさっと片付けて、

ソファに座ってくださいと、係長に言い残し、準備をしてバスルームへ。



お風呂上がって、部屋に戻ったら、もしかしたらこれまではわたしの妄想で、係長、いないかもしれない。

もし、妄想じゃなくても、酔いも冷めて、正気に戻って帰ってるかもしれない。

ぐるぐるぐるぐる考えながら、それでもしっかりと体を洗い、お気に入りの下着とパジャマを身につけて、バスルームを出る。

アルコールでふわふわした意識が少しはっきりとする。


「…お待たせしました。」

「いえ、大丈夫ですよ。」


藤沢係長がやっぱりうちにいる。

ソファに置いてあったネコのクッションを抱いて。


目の当たりにしても、今の状況が夢みたいな状況で、覚悟を決めて部屋に招いたものの、ここに至るまでの過程がどうだったかも、よくわからない。

よく分からないけど、係長が今わたしの部屋にいるのは事実だ。

それは、そう。

キスのその先を知るためだ。


「係長も、お風呂入りますか?シャワーですけど…」

「じゃあ、僕もいただいてもいいですか?お気遣いありがとう。」



係長をバスルームに案内し、わたしは、一応、ベッドルームの片付けをする。

本当に私たちはそう、なるのだろうか?


わたしの家、2人きり。

邪魔をするものは何一つない。

尊敬している上司、ましてや、唇の感触を知ってしまった相手に、抱きたい、と、ストレートに言われて嬉しくないはずがない。

それが、一夜の過ちになってしまってもいい。

始まりではなく、この関係を終わらせられるかもしれないなら。


リビングで音がして、藤沢係長が戻ってきたのに気付く。

残った枕カバーを急いで替えて、リビングへ戻る。



そこには濡れた髪をタオルで拭きながら、さっきまで着てたストライプのワイシャツをダラっと着て、わたしが出してたスウェットのズボンを履いた、係長がいた。


「係長、ずるい…」



いつも会社で見る係長は髪の毛をきっちりセットして、前髪も上げて、かっちりスーツを着こなすデキる男だけど、

目の前にいる係長は、整髪料を落として、湿ったままの髪の毛は無造作にはね、前髪も下りてる。

胸元にイニシャルの入った青いストライプのシャツに、いつも首元を飾る品のいいネクタイはなく、第3ボタンまではだけた首元、

スウェットのズボンは短くて、膝下まで裾が上がってる。



やばい、かわいい、かわいすぎる。

オフの係長ってこんなんなんだ。

ギャップにやられる。

それを毎日見てる奥さんはずるい。

わたしが同じ立場なら、毎日惚れ直してる。


「何がずるいの?」

「すみません、わたし、係長に触れてもいいですか?」

「どうしたんですか?いいですよ。」


まだ濡れてる前髪。

そこから覗く瞳。


わたしは係長に近づき、背伸びをして、右手で濡れた前髪を上げる。

いつもの係長だ。

手を離すと戻ってくる前髪のある係長。

全然違う。


「係長、家ではこんな感じなんですね。ずるいです。」

「さっきから何がずるいんですか?」

「前髪。

おろしてる時の係長、違う人みたい。こんなにかっこいいなんて聞いてない。」

「じゃあ、今からは君の上司の係長じゃなくて、1人の藤沢崇司として、君に触れてもいいかな?かえでさん。」

「はい、崇司さん。」


会社も何も関係ない、ただの男と女としてここにいる

一夜の過ちだ。


係長の胸に飛び込む。

彼の腕が背中に周り、わたしも腕を背中に回す。


休日は走ってるんですと、言ってた係長。

シャツの上からわかる肩甲骨が好きだ。


「君も、ずるいです。」

「えっ?」

「普段仕事の時は、あんなに大人っぽくて頼りがいがあるバリバリのキャリアウーマンみたいな女性なのに、こんなかわいいパジャマ着て、メイクしてない顔が、幼くて…こんなにかわいい女性だったなんて、僕も聞いてないです。」

「童顔気にしてるんです!係長だって、その顔、大学生でも通ります。」

「40のおじさんにそれはひどいな。俺も気にしてるんだよ。だから会社では絶対前髪あげてるの。威厳、ないでしょ?」

「…ずっと、前髪、あげててください。

みんながそんな係長見たら、みんな、係長のこと好きになっちゃうから…」


ぎゅっときつく係長を抱きしめる。

今はわたしのものだ。今日だけは。わたしが独り占めしてもいいのだ。



「キスしてもいい?」

「今さらですよ…」


まずはキスをしよう。

そして、その先を確かめよう。

この関係を終わらせる方法を見つけよう。

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