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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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87なんだかモヤモヤします


 その日、わたくしは授業を終え夕食を取った後、寮の共用部のリビングでお茶を飲みながら、勉強をしていました。

 すると玄関扉からコンコンと、ノックする音が聞こえてきます。


 こんな夜分遅くに誰でしょう? この寮に入るには鍵が必要になりますし、入れるとしたら登録が済んでいる、ステファニア先輩と学校関連者だけです。


 学校関連者が連絡もなしに寮に足を運ぶことはないので、ステファニア先輩かしら? と思いながらドアを開けると、ドアの外にはやはりステファニア先輩が立っていました。室内着姿のステファニア先輩はなぜか、右目を押さえています。


「ああ、お休みのところ悪いね。申し訳ないんだけど、リジェットって魔術具の材料を持っていないかい?」

「え……ありますけど……。どうかしたんですか?」


 今日のステファニア先輩はいつもの冷静沈着な印象とは違う、少し焦った様子です。


「さっき急に魔術義眼が割れてしまってね……。魔術義眼は一度外に出してしまうと、修復が面倒だから、すぐに直してしまいたいんだけど、私の手元には材料がなくてね。このまま割れた状態で入れておくのは瞳の奥が痛くてね」


 ガーゼのような布で押さえた右目からは、中に入っていた魔術具が割れた部分で切ってしまったのか、ちらりと赤い血がじわじわ染みているのが見えました。


「わわわ! 大変じゃないですか! とりあえず出血を止めましょう!」


 わたくしはネックレスから魔法陣用の用紙を取り出し、止血の魔法陣を描き、ステファニア先輩に手渡します。


 少し左目を見開いて驚いた仕草を見せた後、ステファニア先輩はありがとうと一言言って、出血を止めました。

 わたくしはその様子に安心してほっとため息を付きます。


「義眼の材料って何が必要なんですか?」


 わたくしはステファニア先輩が求めていた素材を持っていたか、考えます。

 一通り揃っているはずですから、対応できるでしょう。先生の家から材料を少し引き揚げておいてよかったです。

 

「魔鉱が足りなくて……。義眼に主に使うガラス玉はいざというときのスペアがあるんだけど……」

「魔鉱ですね! ありますよ! ちょっと待っててくださいね」


 わたくしは自室から、魔術具が入った工具箱を持って来ます。


「はい、これが私の手持ち魔鉱です」

「うわあ。随分たくさんあるね。全部実習で狩ったもの?」

「それもありますが、わたくしは自領の管理も一部行っていますので……。そこで狩ったものもいくつかありますね。というか、ステファニア先輩の義眼って自作なんですか⁉︎」


 この流れだと、今この場で作るみたいですけど……。わたくしは驚いて、ステファニア先輩の顔を覗き込みます。ステファニア先輩は、その視線を受けて穏やかに笑います。


「うんそうだよ? 義眼に記されている魔法陣は独学で練り上げたものなんだ」

「そうなんですか⁉︎ てっきり専門の職人が作ったものかと思いました」

「義眼職人がいればいいんだけどね……。義手や義足と違って、義眼は魔術要素が細かくて、より精度の高い魔法陣の技量が必要になるし、使用している人間も少ないから、職人自体がほとんどいないんだ。

 見つけるのも一苦労だから、自分で作ってしまった方が早いんだよ」


 その状態でよし、作ろう。と思って作れてしまうのもすごいと思いますが……。


「ステファニア先輩は独学で、魔術を学んだのですか?」

「最初の頃は魔術省に伝手があったからそちらに頼っていたんだけど、今はその人もいなくなってしまってね。今はほとんど独学だね」

「そうなんですか……。すごいですね」


 きっとステファニア先輩は私なんかより、ずっとずっと優秀なのでしょう。そうでなければ、魔術具を独学で改良するなんてできませんもの。


 わたくしが、自分の持っている魔鉱をステファニア先輩に見せながら、義眼の制作方法について伺っていると、メラニアがお風呂から戻ってきました。メラニアはステファニア先輩がいることに不思議そうな顔をしています。


「え? ステファニア先輩? どうしたんですか?」

「やあ、メラニア。夜遅くに悪いね。魔術義眼が壊れてしまってね。材料に不足があったから、リジェットに助けてもらっていたところだよ」


 麗人、という言葉が似合うステファニア先輩とボーイッシュなメラニアが話していると、一瞬ここが女子寮であることを忘れてしまいそうです。


 メラニアはステファニア先輩の手元を興味深そうに覗き込んでいました。


「へえ! そうなんですか? 魔術義眼ってこうやって作るんだ〜」


 メラニアはどうやら作り方に興味があるようです。魔術義眼についての質問をたくさんしています。


 はたから見ると、眼の形をしたものをガチャガチャと弄っているのですから、結構グロテスクに見えると思うのですが、やはりメラニアも騎士を目指しているだけあって、こういうものに慣れているというか、肝が据わっています。


「ごめんね。こんなみんなが寛ぐ部屋で、義眼なんて作り始めて……」

「いいえ。私も戦場に出れば、いつ必要になるかわかりませんから! それより私の頭には魔術具を作るという考えがなかったので、非常に興味深いです」


 そう言ったメラニアの目は爛々と光っていて、好奇心に満ちていました。


「君は本当に騎士向きの思考をしているなあ……。というか、この部屋の女の子たちはみんなそうだよね。下手な男子よりも肝が据わっている」


 ステファニア先輩は目を細めて、感心した様子で言葉を口にします。


「まあ、そうでないと騎士なんて目指しませんからね」


 そう言ったわたくしの言葉にメラニアもうんうんうなずいていました。


「先輩は騎士学校を卒業したら、この寮を出てしまうんですか?」

「どうだろう。配属にもよるけれど……。王都の所属になるのであれば、王都の騎士団には女子寮がないからね。

 もしかしたらこのまま学生寮の方を使うかもしれない」


 その答えにメラニアはうれしくなったのか、ぱあっと目を大きく開けます。


「もしそうだったら、わからないところをすぐに聞きにいけていいですね!」


 メラニアはテスト勉強の時に随分ステファニア先輩に頼っていましたものね。


「ははは、メラニアは現金だなあ。でも正直、その方が私としても助かるね。

 こういう風に魔術具を作ろうと思った時、材料を持っている物好きな人間なんてそうそういないからね。さっき手紙の魔法陣でヨーナスに持っていないか聞いたんだけど、持っていないって言われてさ」

「ヨーナスお兄様は……。持っていないでしょうね」


 ヨーナスお兄様はそもそも魔法陣を描くことも出来ませんから、魔術具を作ろうという思考も持ち合わせていないと思います。きっと入用の際には先生に依頼をするでしょう。


「今回は本当に……。リジェットがいて助かったよ」


 そう優しく笑ったステファニア先輩は、笑顔までかっこよくて、女性の方なのにドキリとしてしまいました。もしかしたら、今鏡を見たら顔が赤いのでは……。


「そうだ。これ、魔鉱の買取料ということで受け取ってくれないか?」


 そう言ってステファニア先輩はきちんと封筒に入れられたお金を手渡そうとして来ます。最初から買取の予定で、用意して来たのでしょう。


「え⁉︎ お金なんていらないですよ?」

「そういうわけにはいかない。魔鉱は貴重なものだからね。ただでもらうわけにはいかないから」


 先輩は頑として引くつもりはないらしく、わたくしの手に封筒をぎゅっと握らせるように渡して来ました。そこまでされて、押し返すのは粋ではないでしょう。


「そうですか……。ではありがたくいただきます」


 別にこのくらいの魔鉱だったら、差し上げてもいいのに……、と思ってしまいますが、ステファニア先輩はこういうところをきっちりとさせたい方のようですね。


 ステファニア先輩はガラス玉と一緒に持って来た用紙に魔法陣の下書きを書いていました。


「先輩はいつも、同じ魔法陣を使っているんですか?」


「いや、いつもそれまでに覚えた魔法陣の新しい要素を組み込むようにしているよ。調子が良ければ、それを多用したりはするけれど」

「へえ……。そうなのですね……それにしても緻密で、美しい魔法陣ですね」


 先生の魔法陣は曲線を用いた遊びが多く、絵画のような美しさがありますが、ステファニア先輩の魔法陣は直線的で、まるで数式のようでした。規律と秩序が感じられる魔法陣から、ステファニア先輩の人柄が伝わってくるような気がします。


「私の目には何が組み込まれて描かれているか全くわからないんだけど、リジェットの目から見てもこれはすごいの?」


 魔法陣を描くことができないメラニアには、ただの模様のように見えるようです。


「はい。先輩はかなりの腕前の魔術師ですね」

「いやあ、なんだかそう言われると、照れてしまうね」


 優しく微笑んだステファニア先輩の手元はどんどん動いていきます。

 どうやらステファニア先輩のモチーフは水紋のような円の重なりを著したもののようです。


「先輩、もしそのまま無の要素を組み込むのなら、横に創を足した方がより効果的じゃないですか?」


 気になる部分を指差すと、ステファニ先輩は納得したのか、すぐにその部分を描き換えます。


「ああ、そうか……。気がつかなかった。じゃあ組み込んでみようかな」


 そうしてできた魔法陣を、本番のガラスに書き込み、無事に魔術義眼は完成しました。

 ステファニア先輩はキッチンの水を使って、右目に義眼を装着します。なんだかその様子が、わたくしにはコンタクトレンズを入れるかのように見えてしまいますが……。義眼なんですよね……。この世界の人たちは、義手でも義眼でもその他魔術具でも、同じように気楽に扱う気質があるように思います。


 それだけ、それらが身近な存在だからでしょう。


 義眼を入れ終わったステファニア先輩は、いつものように、前髪を右目の部分に下ろし、髪型を軽く整えていました。


「どうですか?」

「うん、調子良さそうだね」

「それはよかったです。もしまた何かお手伝いできることがあったら、声をかけてくださいね」

「ありがとう。助かるよ。それよりも……。リジェットは本当に魔法陣を描く技量が高いんだね?」

「まあ……。師事している先生のレベルが桁違いの方ですから……。わたくしの実力はまだ、その方の足元にも及びません」

「もしかして、リジェットの耳の魔術具もその方が作ったの?」

「これですか? そうですよ」


 わたくしはそう言って耳についていた魔術具をステファニア先輩に見せます。


「すごいよね……。その魔術具。白纏の子で、魔力量が少ないリジェットでも使えてるっていうのが……。きっと素材もいいんだと思うけど、仕込んである魔法陣もとんでもなくレベルが高いものなんじゃないかな」

「わたくしも一応確認はしたのですが、描けそうにありませんでした……」

「これはリジェットが描いた魔法陣じゃないの? リジェットが使うもなのに?」

「えっ! あっ!」


 うっかりしていました。わたくしは白纏の子で魔力量が著しく少ないので、他の方の魔法陣を支えるのはおかしいことなのに……。

 でももう自分で描いたとごまかすのもおかしいでしょう。


「先生との研究のおかげで、先生の描いた魔法陣だけ、使えるようになったのですよ」


 汗がだらだら出ている気がしますが、わたくしは出来うるだけの笑顔を貼り付けます。



「もう少し便利なものになればいいと思っているんだがね……。もしよかったらリジェットの師匠を紹介してくれないか」

「え……」


 ステファニア先輩は笑いながら軽く言ったようですが、わたくしはその言葉に目の前がぐらりとするような感覚を覚えました。


 なんででしょう……。よくわからないのですが。


 先生はずっとわたくしだけに魔術を教えてくださっていたので、他の方に教えることもあるのだ、と言う考えがわたくしの頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたのです。


 そうか、そうですよね。先生が他の弟子を取ると言うこともあり得るのです。


 わたくしは先生の部屋にステファニア先輩がいる様子を想像します。

 大人の色気がある、涼やか美人のステファニア先輩と、中性的な魅力のある先生は隣り合うときっと画面が華やかになることでしょう。きっとお似合いで……。


 なのになぜだかわかりませんがそれを想像すると目から水分が出そうになってしまうのです。

 

「リジェット?」


 ステファニア先輩が心配そうにわたくしの顔を覗き込みます。わたくしは慌てて上を向いて水分を目の奥に引っ込めてからステファニア先輩の方を向きます。


「あ、ええっと……。大丈夫ですよ? 先生に大丈夫かだけ聞いてみます」

「……無理しなくともいいんだよ?」

「無理なんかしてませんよ? ステファニア先輩には日頃からお世話になっていますし、わたくしにできることならなんでもさせてくださいね。体の一部となる部分に魔法陣が必要なら、なおさらいいものが必要ですしね」

「そうなんだよ。もっといいものになれば戦闘もしやすいと思う」


 そう言ったステファニア先輩は顔の横にあった髪を梳き、耳にかけました。

 髪と顔の隙間から、義眼がチラリと覗きます。良き見ると義眼がある右目には刃物を受けた時のような、古傷があるように見えます。


「そもそもどうして……ステファニア先輩は義眼を使っているんですか?」


 隣にいたメラニアの言葉にドキリとしてしまいます。

 それは聞いてはいけないことなのでは……。と私が百面相していると、ステファニア先輩は軽く笑いながら答えてくれました。


「うーん。ちょっと親子喧嘩で派手にやってしまってね……」

「確か……。ステファニア先輩のお父様は現王の近侍でしたよね」

「ああ、筆頭の文官をやっているね。あんなんでも現王のブレーン役なんだから笑ってしまう」

「あんなんって……。ステファニア様はあまりお父様のことがお好きではないのですか?」

「ああ。好きになれないね……。父上は私をあの、第一王子に嫁がせようとしたからね」


 ステファニア先輩は大きなため息をつきました。


「ステファニア様は……。第一王子のこともお好きではないのですか?」

「嫌だよ! あんな異常者、一緒にいたくもないね!」


 普段冷静沈着なステファニア様の大きな声にわたくしもメラニアも目を丸くしてしまいます。なぜかメラニアに至っては小さく震えているように見えました。


「異常者……。というのは……。相手は王族です。あまりにも不敬なのでは?」

「いいや。王族だと言っても異常なものは異常だというべきだね。私は彼と幼い頃から交流があるから、それを知っているんだ。君たちは彼の収集部屋のことを知らないから……」

「収集部屋?」


 何か含みがありそうな単語に背筋が冷たくなる感覚を覚えます。


「ああ……。彼にはシロップ漬けの生き物を収集する趣味があるんだ。美しい生き物、珍しい生き物がいると、シロップにつけずにはいられないらしい」

「シロップ漬け……」


 わたくしは先生が以前、先生が高貴な身分の人間の中には白纏の子をシロップ漬けにしたい人間がいると言っていたことを思い出します。第一王子のことだったのだわ。


「リジェットも、あの男には気をつけて。珍しいもの、美しいものを見ると見境がないから」


 その言葉にゴクリと唾を飲みます。


 忠告通り第一王子には近づかないようにしよう。机においたハーブティーを震える手で飲みながら、わたくしはそう心に決めたのでした。


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