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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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80情勢が変化してきました


 今日もいつもどおり、騎士学校の授業があります。

 授業前の小休憩中、教室の窓から外を覗くと、騎士団本部の建物の方で団員達がいつも以上に慌ただしく動いているのが見えます。


「なんだか今日は随分外がざわざわしていますね」


 そう呟くと、今日は二学年合同授業のため一緒にいた女子寮寮長のステファニア先輩が、答えてくれます。


「ああ、どうやらシハンクージャの王が変わったらしい」


 シハンクージャは我が国、ハルツエクデンの西に面する隣国です。砂漠に覆われた土地を持ち、ハルツエクデンと同じように、湖の女神を信仰しているので、たびたび、聖地であるハルツエクデン湖を得ようと、戦いを仕掛けてくる困った国です。


 そんな隣国の一大事に、わたくしは動揺します。

 きっと政変があったに違いありません。


「ということは第一王子が新たな王になったということですか?」


 わたくしが家の家庭教師から学んでいた知識ではシハンクージャには五人ほど王子がいたはずです。


「いや、第一王子は残念なことに暗殺されてしまったらしいね」


 ステファニア先輩は苦い顔をしていました。どの国も、王位継承争いは血が流れてしまうのですね……。


「では、第二王子以下のどなたかが?」

「いや。市井の民が政変を起こして、王に成り上がった」


 その言葉が理解できず、わたくしはポカンと口を開けることしかできません。


「え! 下剋上が成立した、と言うことですか⁉︎」

「そう言うお国柄なんだ。前王も元を辿れば、王族ではなく市井の人間だ」

「王族の血はなくとも魔術具は動くのですか?」


 ハルツエクデンの王は、国を治めるために王にのみ使うことができる魔法陣を用いた魔術具を使っています。当然シハンクージャもそうかと思っていたわたくしは、民衆から王が出たことに驚きます。


「ああ。そこは全く問題ない。というかシハンクージャのほとんどの国民は王族の血を引いているからね」

「え! そうなんですか?」


 シハンクージャは隣国ですが、戦争でハルツエクデンに乗り込んでくる以外は、他国に情報を漏らそうとしない、鎖国国家です。


 領主の娘であるわたくしでもその情報の多くをあまり知ることはできません。というかオルブライト領は反対側のラザンタルクとの国境沿いの領地なのでシハンクージャとはあまり縁がないのですよね。


 わたくしにとってシハンクージャは謎多い、砂漠の国という印象です。

 ステファニア先輩はお父様が王の近侍……ほとんど宰相のような立場の方なので。シハンクージャの内情にも詳しいようです。


「ああ、シハンクージャの民は血族ではなく、強さを至上とする国民性だからね。王も自分の子供だとしても、国を守れる強さがないものに対しては王位を継がせる気がないんだ。弱いと判断したものは王子でもどんどん市井に下りるから、平民と血が混ざる。その中から、より強いものが出ると王としてふさわしいという判断になって、王になることもできるんだ。ある種、下克上がしやすいお国柄なんだよ」

「いろんな国があるんですね……」

「ラザンタルクなんかは、王族に他国の血を混ぜるのを好むよね。今代の王の妻はハルツエクデン王の姉上だ」

「和平のためにと嫁がれましたけどその時は和平が成立しなかったのですよね」


 ハルツエクデンとラザンダルクは長い間、冷戦時と大戦時を繰り返していました。最初に戦いが起こったのはお父様が生まれるよりももっと昔……。シュナイザー商会のクリストフやレナートが生まれる少し前ですね。六十年ほど前のことです。


 この始まった時期も宣戦布告などがきちんとあったわけではないので、きちんと定めることができないのですが、初めはハルツエクデンとラザンダルクの国境地域の土地をめぐっての小さな争いがきっかけだったと言われています。


 その土地はマルトのように、湖の女神の祝福を受けていて、人の体を癒やすことができる溜池があったのだそうです(ちなみにハルツエクデン湖以外を湖、と言うのは湖の女神に不敬なので、この国では大きな湖に見える水場でも溜池といいます)。


 その後その戦いは苛烈になる時期が三年ほど続くと、仮の和平条約がなされ冷戦状態に持ち込まれ、そこから五年ほど経つとまた戦いが起こり……。と言う流れを繰り返しているのです。


 ハルツエクデン王のお姉さまである、現ラザンダルク王妃がラザンダルクに嫁いだ際は、和平が長く続き、十年ほど戦いは起こらなかったのだと、記録には記してありました。


 ただ、その後も小さな争いごとから、大きな戦いに発展し、敗戦処理が完全に終わったのはここ数年のことです。


「国の諍いごとはなかなか一筋縄では行かないものだ。敗戦国、と言うことになっていたが、敗戦処理に驚くほど時間が掛かってしまっている」

「本当に……。そうですね……」

「シハンクージャのあり方を見てハルツエクデン国内も危機感を強めているようだよ。今代の王子たちはまだ、叡智の王冠を得ていない。それどころか、王子としての資質に欠けている、という意見も多数ある。」


 我が国、ハルツエクデンの王族は王家の継承物と言われる、三種の神器のようなものを持っています。

 その中でも叡智の王冠と呼ばれる王冠は、王が王であるという確固たる証となる、重要な継承物なので、それを持たない王はハルツエクデン王として認められないのです。


 ちなみに、他の継承物である反逆者の剣は何故かわたくしの手元に。女神のカードと呼ばれるカードは何故か先生の手元にあります。現状、王家の継承物なのに、王家外に流出してしまっているのですよね……。


 ですので、実は叡智の王冠自体も、王子たち以外の他の誰かが持っているのではないかな……。とわたくしは考えていたのですが……。多分、へデリーお兄様が忠誠を誓っている、アンドレイ様はその叡智の王冠をもっている感じなのです……。


 まさか自分のお兄様が王族以外の第三勢力から王位継承争いに深く関与しているなんて、思っていなかったわたくしは混乱しっぱなしです。


 と、いうか旧王家ってなんなのですか……。


「騎士団や国の中枢は王族外による暴動を恐れているのですね」

「ああ。なんなら旧王家の人間の方が王の資質にふさわしいという人間もいるからね」

「旧王家……」


 ちょうど疑問に思っていた言葉がステファニア先輩の口から紡がれます。

 へデリーお兄様が主人として仕えている、アンドレイ様は旧王家の人間だと言うことを伺ったのですが、いまいちアンドレイ様の国での立ち位置が理解できないのですよね……。


「そっか。この言い方はあんまり使わないからね。うちは王族に使える文官の家系だから家で飛び交う単語でつい、言ってしまうけど。——今の王の先代……前王は第二子で上に兄がいたって言うのは知っているかい?」

「はい。その方が今の王の正室——カトリーナ様がお生まれになった、センドリック公爵家をお作りになった方ですよね」


 わたくしをよく追いかけ回している、アルフレッド第二王子のお爺さまに当たる方が前王です。その前王には実は上にお兄様がいらっしゃったのです。


「ああ。前王の兄は前王より魔力量が少なかったこともあって、弟に王位を譲ったんだ。

 前王の兄は聡明な方で、魔力の差がある弟と争うような真似はせず、それを受け入れて廃嫡になってから公爵家の主人となったわけだけど、人柄と手腕が優れた人物であったがために、それを惜しむ勢力はあったようだ。

 今でもセンドリック公爵家は国政において一定の権力があるだろう? その基盤を作り上げたのも彼の手腕だ。

 その勢力を抑えるために、現王の正室として前王の兄の直系であるカトリーナ様を王室に戻すことで、もう一度、センドリック公爵家の血筋を王室に取り入れようと思ったのはいいのだけど、生まれたのは金髪の第一王子、ってところが厄介なんだよ」

「それで、センドリック家に残っている、前王のお兄様直系である御子息の方がより王にふさわしいのではないか、と言う考えが再燃してしまったと言うことですか?」

「その通り。あの家の分家筋には魔法陣を描くことができる騎士がいるだろう? 確か、君の兄——へデリー様の直属の上司ではなかったか?」


 きっと、アンドレイ様のことでしょう。アンドレイ様は以前ヘデリーお兄様が我が家に連れてきてしまった時には、自分は大したことないとおっしゃっていましたが、やはりやんごとなき血筋の方なのですね……。


「騎士としても魔術師としても優秀だと聞いているよ。組織をまとめ上げるのも得意だそうじゃないか」

「やっぱり優秀な方ですよね……」

「一番大きいのは、ヘデリー・レーナ・オルブライトを臣下にしていることではないか? あの狂犬を……あ……」


 ステファニア先輩はわたくしの家族の悪口になるようなことを言ってしまったことを、申し訳なく思ったのか、口を押さえましたが、残念ながらその発言はバッチリ耳に届いてしまいました。


 へデリーお兄様は兄弟の中で一番の暴れん坊ですし、うちの屋敷にいた頃にも、街に出ては暴漢を見つけて暴れまわったり、お父様に決闘を申し込んだり、いろいろやっていた方ですもの……。騎士団に入って暴れていないわけがありません。


「あの……。参考までにヘデリーお兄様が何をやらかしたか、お聞かせいただいても良いでしょうか?」


 そういうとステファニア先輩は困ったような表情になってしまいます。


「私もあまり詳しくないんだけど、有名なのは第一王子に刃を向けたという噂が……」

「ええええ⁉︎ まってください! そんな不敬なことを⁉︎」


 わたくしは初耳の身内の失態に、顔を真っ青にしてしまいます。


「いや、しかし王子の方も無礼な態度を取ったらしい。特にそのことが公になって困ったことにもならなかったしな。

 ただ、それを諫めたのはセンドリック家のアンドレイ様だとは風の便りで聞いたよ」


 もうわたくし、アンドレイ様に頭が上がりません。以前お会いした時の穏やかなお顔を思い出して、心の中でぺこぺこと頭を下げてしまいます。


「先日お会いした時、ヘデリーお兄様は自分の主人はアンドレイ様だとはっきりおっしゃっていました」

「……そうか。オルブライト家は第一王子派のみに加担しない判断をしたんだな。まああの王子だけを支持するのは危ういと言うのは理解できるけど」

「ステファニア先輩もそう思っているのですか?」

「今ここでそういう発言は避けた方がいいね。人目が多いから……」


 後ろを振り向くとどう見ても第一王子派と思われる生徒がこちらを見て、眉を顰めている姿が見えます。

 わたくしは慌てて、遮蔽の魔法陣を展開します。こんな世間話から派閥争いの相談になると思ってなくて展開をしていたかったのです。


「あ……。申し訳ありません」

「いや、いいよ。君はあまり社交が得意ではないらしいから。一つ忠告するとしたら……。君はどちらの王子側にはついて欲しくないということだね」

「先生にも……それは口煩く言われているのですよね」

「そう……。君の師匠がそちらの意見で本当に良かった」


 もしかしたら、ステファニア先輩はわたくしの師匠が聖女としてハルツエクデンに遣わされた『シェナン・クゥール様』であることを知っているのではないか、と思うことがあります。


 ステファニア先輩にお見せした、先生の魔法陣を見て、目を見開いた様子を見せたことがあったのです。

 ステファニア先輩のお父様は王の近侍をされていますし、情報が流れていても不思議ではありません。


 踏み込んで聞くべきか、ここは流してしまうべきか。迷いますが、ここは踏み込まないべきでしょう。


「リジェット、君の一番目の兄上は第一王子派。二番目のヘデリー様はきっと、旧王家派だ。で、第三子であるヨーナスはこの様子だと第二王子派に取り込まれるだろう。

 君に求められるのはそのどれにも属さないと言うことだろう」


 オルブライト家、という領地持ちの家を生家としてもつわたくしに求められていることは、どうにかしてオルブライト家を存続させる、と言うことです。


 わたくしはステファニア先輩の言葉に素直に頷きます。


「そうですよね」

「と言うことで、色々大変だろうけど頑張っ第一王子や第二王子からは逃げ切ってね。旧王家は……きっと取り込んでくることはないだろうけど、残りの二つの派閥は君のことが欲しくて欲しくてたまらないみたいだから」


 その言葉にわたくしはげんなりとした表情になってしまいます。


「正しい選択をしないと、たくさんの人に迷惑がかかるってことは理解できました。わたくし、必ずや正しい選択をしてみせます」

「うーん。そうだね……でもリジェット。『多数にとってのみ正しい』ことだけを追いかけすぎてはいけないよ?」

「どうしてですか?」

「正しさだけで行動したものは、いつか身近な人を殺すからだ。失ったあとに気がついても何もかも遅い。大切なのは自分にとって必要なものを失わない選択なのかもしれないね」


 そう言ったステファニア先輩の顔を覗き込んだわたくしは息ができないほど苦しくなってしまいました。


 ステファニア先輩は、どう見ても大切な人間を殺された側の人間の目をしていたからです。


 ステファニア先輩に一体何があったのか……。それを聞こうかと一瞬迷って、口を開きますが、すぐに閉じてしまいます。


 聞けない。だってステファニア先輩、こんなに悲しそうな顔をしているのに……。


 瞳をふせ、まつ毛の影がステファニア先輩の涙袋には映っていました。心なしか、瞳の奥が潤んでいるように見えます。


 わたくしは同室で暮らしているメラニアやエナハーンの事情にも、深く踏み込むことができていない意気地のない人間です。なのに、先輩の事情にズカズカと踏み込むことはできません。


「心に留めておきますね……」


 なんとも言えない気怠い雰囲気がわたくしとステファニア先輩の間に流れます。

 平穏な騎士学校生活よ……。あなたは一体どこに行ったのですか。



 授業が始まる合図となる鐘がなり、座学の授業が始まろうとした時、教官が厳しい顔をして教壇に立ちました。


「授業前に皆に伝えておかねばならない事項がある」


 その言葉に教室中の生徒がザワリと揺れます。


「皆の耳にも届いているとは思うが、シハンクージャで新たな王が誕生した。したがって、騎士学校でも実践形式を含んだ授業を実施することになり、カリキュラム変更がおこなわれる」


 教官がよく響く野太い声で、教室の生徒たちにそれを伝えました。


「え?」


 わたくしは思わず、驚きで声を漏らしてしまいました。教室にいた生徒たちも同じように困惑した表情を浮かべています。


 これは……。シハンクージャとの開戦を見越してのカリキュラム変更でしょうか。


 それを確信した私はその授業終わってすぐ、お手紙の魔法陣を描き上げます。


 宛先はマルトとシュナイザー商会です。

 もし、開戦するのであれば、わたくしはオルブライト家の人間として、手を尽くさねばなりません。


 マルトのハーブと魔法陣は量を確保して、オルブライト領の防衛に使用できるくらい備蓄しましょう。


 ——今のわたくしは誰も失いたくないのですから。


 ってあれ? ——なんでわたくし『今の自分は』だなんて思ったのでしょうか。


 何も不思議に思わす自然にそう考えてしまったのですが、わたくしはおばあさま以外身近な人を亡くしていません。

 おばあさまのことは、もうお会いした頃には手が下せない状態だったので、悲しくはありますが、仕方がないなと割り切れたのに。


 わたくしの前歴の……忍は大切な人を亡くした経験があるのでしょうか。

 思い出そうと、本に閉じられたような形をしている記憶を確認していきます。

 

 ……こうして思い出してみると、わたくしが手にしている忍の記憶って結構抜け落ちている部分もあるのですよね。どんな人生を送っていたのか、なんとなく思い出すことはできても、産まれてすぐのあたりだとか、死ぬ少し前のことだとか、どうしても思い出せないことも多いのです。


 忍の経歴に引っ張られないように、頭の隅に隅に押しやっていたのでもしかしたら知らず知らずの間に、わたくしが持っている『粛』の要素で記憶自体を消してしまっていたのかもしれません。


 でも……。まあ、今のわたくしは特に困ってもいませんし、いいのでしょうか?


 後で先生にちょっと相談してみようかな、と思いながら描きあげた手紙の魔法陣を窓から放ちました。






いろんなことがじわじわと進んでいきます。


今月の更新ですがストックが心許なくなってきたのと、あまりにも誤字が多いのでその修正のために時間を当てたいため、金土日のみの週3回更新とさせていただきます。

この隙に、第二章(騎士学校二年生編)まで書き上げてしまって、2月以降は毎日更新を目指したいです。時間が無限にあったらいいのに……。


次は 森の中で可愛らしい生き物に出会います です。


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