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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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71過去の話が未来に繋がります


 わたくしの発言に、先生はなぜか意外そうな顔をしています。


「君は魔法陣を使えるようになった時に白い部屋に招かれたことがあると言っていたでしょう? その時に会わなかった? あの空間は多分、湖の女神が唯一人間に直接関与できる空間だと思うんだよね」


 通常であれば、女神はそちらにいらっしゃるのでしょうか? わたくしは熱を出した日のことを思い出しますが、やはり記憶のどこにも、女神がいた形跡はありません。女神様ってきっとすごく力が強い方でしょうから、いたらその存在に気がつくはずですよね?


「会いませんでしたけど……無人でしたよ?」

「そう……」


 そういうと、先生は何か思案するような表情を見せました。女神に会わなかったわたくしの方がおかしいのでしょうか?


「白い部屋……私もそこで女神に出会いました」


 スミは思い出したことを続けて口にします。


「私のお会いした湖の女神はこの国で伝えられている肖像画の通り、見事な黒髪を持った、虹色の瞳の女性でした。

 なぜか、湖の女神は私のことが特別に気に入っているから、と前置きをして、いろいろなことを話してくださったのです。自分はハルツエクデンとラザンタルク、シハンクージャの三国を統括する神だと。もう長いこと、統括をしていて、それにも飽きてしまったから、そろそろ国を畳んでしまいたい。と」

「国を畳む……?」


 日々、畏怖を感じている女神の、わたくしたちには想像し難いレベルの奔放な発言にわたくしはくらりとする眩暈を覚えました。


 まるで子どもが玩具に飽きてしまった時みたい……。

 女神にとってこの世界のことはどうでもいいお遊びの延長線なのでしょうか。

 わたくしは湖の女神様の処遇に不信感を持ってしまいます。


「でも、湖の女神様がそう決めてしまったのならば、わたくしたちはそれに従うしかないのでしょうね。この世界は湖の女神様がお造りになった世界だもの」


 スミは目を細めていいます。

 スミは湖の女神様への信仰を強く持っているように見えました。


 と、いうよりも、湖の女神様が起こす事象の全てを運命として受け入れてしまっているように見えます。


「どうやら、僕が見た姿とは違うみたいだ。僕が会った時はもっと、得体の知れない生き物感が強かったから。姿形も、揺らいでいて、詳しいこともあまり教えてくれなかったからな……」


 先生はスミの口から語られる情報が目新しいものばかりであることに心動かされたようです。そのまま、二人は情報交換を続けていました。


 その中に飛び交う言葉は『階層』だとか『発生条件』だとか、よくわからない言葉が多く、わたくしには理解できません。


 二人の情報交換が、ひとまず落ち着き二人がやっと頼んだお茶に口をつけ始めたタイミングで、わたくしはスミに自分の聞きたかったことを尋ねます。


「スミ……。聞いてもいいですか?」

「ええ、なんでもお尋ねください」


 微笑んだスミの表情は慈愛に満ちていて、わたくしにお姉様がいたら、きっとこんな感じだろう、なんて思ってしまいます。


「どうしてスミはそんなに石をたくさん盗むのですか? 寿命を損なうほどに」


 わたくしの言葉を聞いたスミは、そうですね……。と考える仕草をして、言葉をゆっくりと一文字一文字導き出すように口にします。


「最初はただただ、この世界の美しさが嬉しくて……。色を盗んだのだと思います。色盗みの旅では様々な美しい色を見ることができますから……。

 以前のわたくしは、日本で美大生をしていて、色の歴史や種類の研究をしていたのですが……。わたくしが大学生だった頃の日本の教育はもう全て、家の中だけで行われるようになっていて……。大気汚染もそうですが、未知のウイルス感染が問題になっていて、外に出るという行為自体が危険になっていましたので。自分の意思で様々な美しい自然の色を石に閉じ込めることができるなんて、なんて贅沢な行為なんだろう……とつい嬉しくって」


 スミは少女のように可愛らしく笑いますが、言っている内容に違和感を覚えます。忍の記憶の中には、環境汚染なんて含まれていなかったのです。


「以前のわたくしが死んだ後にそんなことが起こっていたのですか? スミ、あなたが亡くなったのはあちらの世界で何年のことでした?」


 スミは顔を顰めます。


「2045年ですね。私はその当時二十一歳でした」


 あら、わたくしの前歴者が亡くなった時代と大分時代がずれているのね。この世界と前歴の世界が、どういった構造で繋がっているかは分かりませんが、時の流れがこちらと彼方ではだいぶ違っているようです。そうでなければ、わたくしよりの後の時代に生まれたスミがわたくしよりも年上だなんておかしいですもの。


「あ……。スミは、前歴のわたくしが亡くなった時点よりずっと後の時代からきたのですね。わたくしの前歴者が亡くなったのは2015年でしたから」

「ちなみに亡くなった時、リジェット様の前歴者はおいくつで?」

「八十歳ですね……」

「まあ。長生きされたんですね」

「長く生きたって何一つ思うように行かなくて楽しくはなかったですけど。人の人生の満足度は生きた長さじゃないってことだけがわかりました」


 わたくしの方が早く亡くなっているはずなのに、目の前にいるスミの方が年上、という事実に訳がわからなくなります。もしかしたらこの世界と前の世界では時間の流れに歪みがあるのしょうか。


「あの……、ちょっと待ってくれる? 僕、全然わからない名前のものが出てきてるんだけど。ウイルスって何? 瘴気みたいなもの?」


 先生は意味がわからなそうな顔をしています。こちらに召喚させたのが1940年代のことで当時六歳という話でしたから知らないことも多いでしょう。


 スミは先生の様子を見て簡単に説明してくださいます。


「瘴気……。そうですね。わたくしもこの世界の瘴気というものがまだ何なのか掴み切れていないのですが、それに近づくとよろしくない、という意味では瘴気に近いのかもしれません」

「そっか……。あっちも大変なことになっていたのか……。もうあっちの世界に未練は全くないんだけど、なんだか微妙な気持ちになるなあ」

「わたくしは……。過去の自分は今の自分とは違いますから、何も思いませんが」


 そう、切り捨てるように言葉を呟くと、スミはまあ、と小さく声を出し、目を大きく広げました。


「リジェット様。あなたは過去の自分を頑なに受け入れないのですね。もしかしたら、核の洗浄が済んでしまったからかしら」

「核の洗浄?」


 またまた知らない単語に眉を潜めてしまったわたくしにスミは優しく説明を入れてくださいます。


「核は生き物の中心となるものです。生き物が生きていくうちに核の周りには様々な要素が組み込まれていきます。性格、環境……。それによって核の周りは変わります。一度亡くなってから、時間が経つと、核の周りの要素は汚れを落としたように薄くなってしまうのです」

「なんだか……すごい話ですね」


 話が壮大すぎて理解が追いつきません。


「リジェット様にとって過去の世界の自分は今の自分とは全く関係がないとお考えですか?」


 スミは微笑みながらわたくしに問いかけました。

 その質問になぜか痛い所を衝くようで、ドキリとしてしまいましたが、しどろもどろにならぬよう、ゆっくりと言葉を紡ぎます。


「そうですね……。わたくしにとっては……。前の自分は、消したい過去なのかもしれません。なんだか、あの記憶は誰か他人の物語のように思えて自分のことだとは思えないのです」


 わたくしはどうしても好きになれなかった前歴者の忍のことを思い出します。

 後悔ばかりで、不甲斐なくて、ちっとも素敵ではない忍。


 わたくしが憧れる生き方とは全く正反対な生き方でした。

 自分の過去だ、ということはわかっているのですが、それを思い出す機会自体も少なく、今のわたくしは後悔しない人生を選べていると思うのです。


 でも……。痛いところを突かれたと感じてしまうのはなぜでしょう。


 スミの方を見ると、黒く滲んだ紫の瞳は穏やかに凪いでいるように見受けられます。


 全てを理解したような、聡明な色を持ったスミはわたくしを宥めるように言います。


「姿は変わっても人間の核は変わらないのですよ。前のあなたもあなたですし、今のあなたもあなたなのです」


 核は変わらない。その一切の濁りのない真っ直ぐな言葉に、どきりと胸が音を立てます。


「あなたは、過去の……。あまり好きになれないあなたとも、向き合わなけらばならないのかもしれませんね」

「過去の自分と向き合う……」

「あなたが強くなりたいのであれば、それが最善策になるでしょうね」


 今のわたくしがどうしても好きになれない、忍と言う人を受け入れる。

 その言葉が、わたくしの胸に沈み込むように残りました。







最近ちょっと短めにお話を切るように心がけているのですが、読んでいてどうでしょうか? 8000字とか読まされちゃうと疲れちゃいますよね……。ご意見などありましたら、お気軽に感想欄へどうぞ。

新しくブックマークしてくださった方、ありがとうございます!


次は なぜだかわかりません です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的にはいっぱい読める長い方が好きではありますが…… 活字中毒と普通の人の感覚は合わないものです_(┐「ε:)_
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