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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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68先生とバルコニーで密会します


  図書館から帰った後、わたくしは悩んでいました。

 スミと会う、そのことを先生に伝え、同席をお願いすべきか。それとも一人で会うべきかと言うことについてです。


 わたくしの感覚での判断ですが、従者のマハと言う少年はともかく、スミはきっとわたくしに危害を加えるようなことはしないでしょう。


 色盗みの女については先生とは関係のないことです。しかし、先生の持っていたボールペンのことを考えた時、二人を合わせた方がいいのではないかとぼんやり思ってしまったのです。


 きっと先生もスミも、お互いに知らない情報を持っている気がしてならないのです。

 わたくしは考えた末に先生に連絡をすることにしました。


 夕食前に出したお手紙の魔法陣はすぐに返事が返ってきます。


 今日の六時にバルコニーで静かに待つように、との指示のお手紙が来たので、わたくしは夕食と入浴を終えた後、早めに休みますと皆に告げ、自室に戻り、自室の窓から続くバルコニーを開けて、備え付けのアイアンガーデンチェアに座ります。このバルコニーには椅子が二脚と揃いの机が備え付けてあって、外からきた誰かと隠れて話すのにぴったりなんですよね。

 

 わたくしの部屋はエナハーンとメラニアの部屋とリビングを挟んでいるので距離がありますし、独立してついているので密会にはぴったりなのです。


 気持ちのいい夜風が頬を撫でるように吹いています。眠気で微睡んでいると視界にきらりとした光が見えました。瞳を瞬かせると向かいの席に先生が座っていました。


 暗闇の漆黒を背景にした先生は、白磁の肌と髪が光り輝いているように見えます。


「こんばんは、リジェット。いい夜だね」


 席の位置まで、ずれ無く転移するなんていったいどういう精度なんだ、と半分呆れながらも声をかけます。


「こんばんは、先生。素敵なご登場ですね。遮蔽の魔法陣を展開しなくてもいいのですか?」

「もう展開しているよ」

「あら……。随分準備がいいのですね」


 変に抜けているところがある先生にしては、きちんとしている、と感心しながら視線を向けます。

 結構人目を気にしてくださっているのですね。

 

「まあね。でも君だって、騎士団の寮で外の人間とあっているなんて、変な噂が立ったら嫌だろう?」

「もう先生と噂が立つのは半分諦めていますけどね」


 わたくしはエナハーンに指摘されたことを思い出します。


「どういうこと?」


 わたくしの呟きを聞いた先生は酷く怪訝そうな表情を見せました。わたくしはずっと秘密にしていたことを白状します。


「先生、先生は色盗みの女の術を発生させる条件を知っていますね?」


 先生は口を開きません。そういえば、先生は情報を口に出すのを制限する術をかけられていると以前話していました。


「わたくし……。残念ながら、条件を知ってしまいました。……白纏の子は色盗みができるんですね?」


 先生は苦しげに眉間にシワを寄せます。


「ついに……。気がついちゃったか。鈍感な君のことだから、もう少し引き延ばせるかと思っていたよ」


 そういった先生はうなだれたように深いため息をつきました。


「レナートとクリストフの話を総合して考えれば、嫌でも気が付きますよ」

「やっぱり、君を紹介するのは不味かったかな……。でもきっとレナートは紹介しなくとも近づいてきただろうしね」


 シュナイザーは本当に抜かりないから……。先生は小さく呟きます。


「それだけならいいのですが、実は……。わたくし以前に先生の色を盗んでしまったことがあったのです!」

「ええ⁉︎ いつ⁉︎」


 その反応を見るに先生も気付いていなかったようです。


「入学試験の帰り道です……。ちょうど今日みたいに、夜の暗闇の中で見た先生の髪色があんまりにも美しいな……、と思って触れてしまったことがあったのです。そうしたらそれが石に……」


 わたくしはネックレスの収納部分から先生から盗んでしまった石を取り出し、机の上におきます。


「これはわたくしも術を使って初めて知ったのですが、色を盗むとこのように色が髪にうつってしまうようなのです」


 わたくしは顔の横部分を梳き、金と緑の間の色に変色した部分を摘んで先生に見せます。


「ああ、それで……」


 どうやら先生は髪色がうつると言うことがどう言うことなのか知っていたようです。


「ラマにも隠せていたのですが、同室のお友達に気づかれてしまって……。もうわたくし弁解に必死で死にそうでした!」


 だって……閨を共にしていると勘違いされたのですよ! もう顔から火が出そうでした。

 赤くなるわたくしとは対照的に、先生は冷たい表情で言い捨てるように言います。


「ああ、それなら安心していいよ。僕の好みは君と違うから」

「なんかそう直接言われると傷つきますね……」

「そう?」


 なんともさっぱりしていますね……。先生はなんともなさそうにこちらを見てきます。なんとなくですが、先生は妖艶な美女とか好きそうですよね。


 そうだ、本題のスミの話をしなくてはですね。


「それで今日、たまたまなんですが、色盗みの女である、スミにあったのです」

「スミ? それは……君が以前オルブライトの街であったと言っていた色盗みかな?」

「はい。そうです」


 そういうと先生は考え込むような表情をします。懐から、紙を自分で閉じたであろう、本のように束になったメモを出し、ペラペラとめくりながら思考しています。


「どの色盗みだろう……、その色盗みの女は通り名を口にしていた?」

「色盗みには通り名があるんですか?」

「うん。色盗みの女は国に登録をうける際に、通り名を与えられるんだ。僕が考えるに一番安全なのは色狂いの色盗みだね。一番避けて欲しいのは起点の色盗み」


 先生は懐から取り出したメモの中から、色盗みのページを見つけ、組織図のようなものを見せてくださいました。


 そこには頂点に起点の色盗みという名がかかれ、中間あたりに色狂いの色盗みという方の名が書かれていました。


「色狂い……と言う名を持つ方が一番安全なのですか?」


 なんだか、妙に艶のある通り名に一瞬、怖気付いてしまいます。


「ああ、色狂いと言っても色目を使うという意味ではないんだ。ただ、彼女は色を盗むと言う行為自体が死ぬほど好きでね。要はかなりの物好きなんだよ。この世の色全てを盗みたい、なんて豪語していたから色狂いって呼ばれているんだ。最近流通している宝石はほとんど彼女の作品だからね」

「そうなんですか」


 もしかしたらわたくしがお父様にいただいた宝石もその色盗みの女が作った石なのかもしれません。


「おかしなことに最近の色盗みの女は色盗みをしないことが多いからね」

「その色狂いの色盗みの方は自分の命を長く持たせるよりも色を盗むことを優先しているのですか?」


 寿命、その発言がわたくしの口から出たことに先生は目を見開きます。長い金色のまつげが陶器のような肌に影を落とします。


「そうだけど……真似しちゃダメだよ?」

「だから先生はわたくしに色盗みをさせたくないのですね?」


 先生は頬を手で支えながら、わたくしの顔をじっと見ていました。

 夜の静けさも相まって、沈黙がより静かで気まずく感じてしまいます。


「それなのに、僕の心配をよそに、君は僕の石を二つも盗むんだ」

「二つ? わたくしは一つしか盗んでいないはずですよ?」


 やっぱり気がついていなかったか、と呟いた先生は見たことのない忌々しそうな顔をしました。


「君が僕の寝込みを襲いにきた日があるでしょう?」

「言い方に随分トゲがありますが……。そうですね。あの日がどうかしましたか?」

「あの日、君は僕からもう一つ石を盗んだ」


 先生の言葉にポカンとしてしまいます。


「え⁉︎ そんなのわたくし持っていませんよ?」

「うん、だって僕が持っているからね」


 先生が懐から出したのは禍々しい、煮詰めたような黒を持った小指の腹ほどの大きさの小さな石でした。


「なんですか……これ?」

「これは呪いを石にしたものだ」

「呪いを⁉︎」


 呪いが石になる、という言葉の意味がわかりません。

 

「やっぱり知らないでやったのか……。第三者にかけられた呪いをとく方法はこの世界では一つしかない。色盗みに石として排出させるんだ」


 呪いを色盗みの宝石として排出するなんて、そんなことが可能なのか……とわたくしは変に感心してしまいます。この世は不思議なことに溢れているのですね。


「あら……そうだったんですね。先生はそれがわかっていたなら最初からわたくしに呪いを溶かせればよかったじゃないですか」


 なーんだ、という軽い気持ちで脳天気にいうと、先生は苦い表情を見せました。


「その際、色盗みはかなりの寿命を損なう」

「え⁉︎ そうなんですか⁉︎」


 予想外の言葉にわたくしは言葉を失います。


「君が解いてしまった呪いは王城を出ようとしたときに、王にかけられたものだったんだ。王も反動でかなり深刻な呪いの症状に悩まされていると聞いたけれど……。

 君が祈りを捧げるだけで、呪いが解けてしまうなんて思わなかったんだ。申し訳ない。僕は君の寿命を奪ってしまった」


 先生は申し訳なさそうな、泣きそうな顔をしています。そんな表情を先生がするのがなんだか意外で、わたくしはそのことに拍子抜けしてしまいます。


 周りの人たち……。お父様やお兄様方、エドモンド様は先生のことを恐ろしい、と評しましたが、こういう先生の姿を見るとなんだかわたくしは同じような感想をどうにも抱くことはできないのです。


 確かに、先生の力は強大ですし、敵に回ったら恐ろしいのでしょうけど。一人の人間として接してきた今までの先生は、わたくしを意味もなく廃することは一度もなかったのです。


 それどころか、わたくしが騎士になるために幾度も面倒に違いないことを率先して行って、いつもいつも助けてくださいました。


 先生は一度内側に入れた人間には心を砕く人間ですもの。


「でも……。わたくしは先生の呪いが解ければいいと願ってしまったのはわたくしの責任ですし、もう終わってしまったことは仕方ありません。わたくしは先生の体調が良くなって嬉しいですよ?」


 そのくらい、どうでもいいですよ? という表情であっけらかんというと、先生は困惑気味に瞳を揺らします。


「君はどうしていつもそんなに清いんだ? 対価として自分の寿命を削っているんだよ?」

「先生はどうしてそんなにいつもくよくよしているんですか?」


 ニッと企むような笑顔を作ると、先生は苦い顔を見せました。


 先生はわたくしを損なったことを悔いているようですが、わたくしはその状況でさえ、自分に利があると感じてしまします。


 先生の弱みを握れた、ということですから。

 ここぞとばかりにお願いをたくさん聞いていただきましょう。


「わたくしの今後がどうなるかなんて誰にもわかりません。きっと先生がいなかったら、わたくしはあの家を出ることもできず、後悔しながら暮らしていたでしょう。きっと今ごろギシュタールに嫁いでいますよ。……でも先生と出会ったことで、わたくしの人生は好転したのだとわたくしは信じています。

 だから、そんなに責任を感じないでください。わたくしはいつか先生に恩返ししたいと思っていたので、これで少しは恩が返せたら嬉しいのですが」

「それにしたって……」


 言い淀む先生が言葉を続けないように間髪入れずわたくしは口を開きます。


「それに、騎士という職業はどこかで命を落としかねない職業でしょう。お父様のご友人だって戦場で命を落としていますし……。今の政変や、今は和平を結んでいる隣国のラザンタルクやシハンクージャだって、いつ聖地争いに乗り出してくるかわからないんですよ。わたくし、天寿をまっとうする確率なんてとんでもなく低いと見積もっていますの」


 先生の瞳は揺れていました。わたくしはもう屋敷で守られていた子供ではいられないのです。

 自分で望んで王都に出てきて、情勢に詳しい第三者の忠告以上に揺れる現在の情勢を目の当たりにしています。


 選択を後悔した、なんて今だって微塵も思っていないのですが、最善策は取らねばなりません。


「それ以上の対価を貰ってしまった気がするよ。……君はもう二度と色を盗んではいけないよ? 君が騎士として生きる前に、色盗みの女として、命を使い切ってしまう可能性も出てくる」

「わかりました」


 先生は切実な顔で、わたくしを見ていました。


「先生がわたくしのやったことに対して感謝をしている、というのはよーくわかりました。——ねえ、先生。申し訳なく思っているのでしたら、一つわたくしに秘密を教えてくださいませんか?」


 わたくしは先生の金色の目を射抜くようにじっと見つめます。


「君は何を聞きたいの?」

「先生の家名を教えてください」


 わたくしは以前教官のエドモンド様に先生の家名を聞かれたのを思い出します。

 予想では先生の家名はないのだと思います。


 それに気がついたきっかけは授業で歴史を学んだ際、先生の行っていた王都に招かれた時期が史実上の人物の動きがよく似通っていたことでした。


 今までのレナート、クリストフ、そしてお父様の言ったことをまとめると、先生が何者なのか自ずと答えが出てしまいます。


 これはただの答え合わせに過ぎません。

 その問いに先生は自嘲気味に笑って答えました。


「家名? そんなものはないよ? 僕はただの2だ。番号は振られているけど、名前はない。枕詞みたいなのはあるけどね」

「枕詞?」


 先生は半分やけになったように言い捨てました。


「僕はシェナン・クゥールって呼ばれているらしい」


 シェナン


 ハルツエクデン国で唯一、湖の女神と同じ質の魔力を有する存在……。


「やっぱり先生は聖女だったのですね」







先生が二番目の聖女だということがわかりました。


次は 聖女について語ります です。

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