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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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65身の振りの相談に全く向かない人選です


 レナートのお店で買い物が終わった私たちは、その後も他のお店をまわっていきます。一時間ほどぶらぶらと歩いていると、日が高くなってきました。


 少しお腹がすいたわたくしと先生は昼食と休憩を兼ねて、通り沿いにあったオープンカフェに入ります。


 中に入ると深緑の絨毯と黒が基調になったおしゃれな空間が広がっていました。わたくしたちは、人があまりいなかったテラス席に腰掛けます。


 わたくし達が席に着くと、ご婦人達の微かにはしゃぐような声がざわりと耳に届きました。

 どうやら座っているだけで様になる先生は、周囲の客の視線を集めてしまうようです。先生はその様子を煩わしく思った様子で眉間に皺を寄せます。そして流れるような手つきで、カフェの机に設置されていたナプキンを一枚取り出し、自身で持っていた鉛筆のような筆記用具を使い、ささっと魔法陣を描きました。


「なんですか? それ?」

「遮蔽の魔法陣だよ。それがあると、人の視線を遮ることができて便利なんだ」

「へえ! そんな使い方ができる魔法陣があるんですね……」


 先生は描いた魔法陣を起動させるため、魔力を流し、小さく光らせます。すると、先程の突き刺さるように感じられた客たち視線が、嘘のように引いていったのがわかりました。


 その後ウェイターが注文をとりにきた様子を見て、先生の描いたそれが人を選別できる機能も兼ね備えていることに気がつきます。なんて高度な魔法陣をナプキンの裏なんかに描くのでしょう。そのまま研究用にくださったりしないかしら?


 カラリ、と氷が音を立てたアイスティーを口に含み、少し落ち着いたわたくしは今日までずっと気になっていたことを先生に問います。


「あの……。先生。聞きたいことがあったのですが……」

「ん? 何?」

「先生のお手紙の魔法陣って送り場所の位置がわからないと送れませんよね。わたくしも距離の誤差がどのくらいか確かめたことがあるんですが、場所を詳しく知らないと一部屋分くらい余裕で誤差が出るんですよ」

「……うん」


 先生はわたくしが何を言いたいのか気がついたようで、眉間にシワを寄せています。


「先生、わたくしの部屋の位置、確認しにきていますよね? わたくしの知らない場所で」


 ここだけ切り抜くとストーカーへの尋問にも聞こえる質問に先生はしらっとした様子で答えます。


「王都に行く用事があったから、ついでに確認しただけだよ」


 先生は変なことなんてしていませんよ、と言わんばかりの表情でした。


「だったら、声をかけてくれたらいいじゃないですか! 何も声をかけずにただ覗いていくなんて怖いでしょう!」


 問い詰めるような焦った声が出てしまった後、先生はため息をつきながらことの顛末を話してくれます。


「王都の騎士団の敷地部外者が入るなんて、普通許されることじゃないだろう? 君に声をかけたら、他の人間に気づかれる確率が高くなるじゃないか。ただでさえ君は目立つことばかりやるんだろう?」

「むー……。先生、それ、根に持っていますね? そんなことを調べるためにわざわざ騎士団に侵入したのですか?」

「いや、それが目的じゃないけどね。馬鹿王子二人の争いの様子を確認しに、王都をまわっていただけだよ」

「王位継承争い……」


 わたくしはこの数日間のうちに騎士学校で起こっていた異変を思い返します。

 第二王子を支持した先輩が第一王子派であろう同級生に殴られている様子。


 半分言いがかりのようにわたくしを攻撃してきたのは、第一王子派の同級生でした。次世代を担う生徒の間でどちらにつくのか、争いが絶えません。

 

「わたくしは……。基本王位継承争いになんて興味がありませんし、勝手にやってくださいというスタンスだったのですが、騎士団の中でも生徒同士でいざこざが起こっているのを見ると、かかわらざるをえない感じなんですよね……」


 わたくしは先日の先輩方からの呼び出しのことを思い出します。あんなことが毎日行われていたら、勉強したくて王都に来ているのに溜まったもんじゃありませんよ。


「どうせ、保守派の人間が騒いでいるんでしょう?」

「どうしてわかるのですか!」

「あの第一王子は過激な人間を引きつけやすいんだ。昔はそんな感じじゃなかったんだけどね」


 先生はかなり前から、二人の王子のことを知っているような口ぶりでした。


「最近王都に足を運んでいなかったんだけど……。随分と世襲争いの火種が大きくなっているみたいだ……。もう王子もいい年齢になってきたからね……。あんなに小さくて生意気だったのに、一丁前に王位継承争いなんかしてさ……。僕も歳をとるわけだ」

「なんで近所のおばさん目線なんですか? って言うか、先生もまだ相当若いでしょう?」


 その言葉に先生はニッと片口だけを上げて答えます。


「僕の若さは誰かのせいで、どこかに消し飛んだからね」

「あの……。反応に困ることを言うのはやめていただけます? こう言う時慰めればいいのか、同意すればいいのか、謝ればいいのか、わからずに困るんです」

「ははは! それは悪かったね」


 テラス席から差し込む優しい日の光が、先生に降り注いでいる様子が美しい女神の宗教画のように見えて、わたくしはその様子に見入ってしまいます。

 いつもそんな風に笑っていればいいのに、と思いますが、状況がそれを許さないと言うこともきちんと理解しています。


 先生は真面目な顔に戻ってわたくしに問いかけます。


「あの不法侵入馬鹿王子とはもう話した?」

「馬鹿王子って……」


 第二王子に馬鹿って言える先生って……。わたくしが呆れていると先生はしれっとしています。


「僕にとっては馬鹿王子なんだから仕方がないでしょ?」

「うーん……そんなこと言えるのは先生くらいですよ……。アルフレッド王子には直接はお会いしていませんが、入学式でお顔は拝見いたしました。以前先生の家で拝見した時よりも身長が伸びて、精悍な雰囲気に成長していましたよ」

「ふーん? なんだかなあ」

「今のところ直接の接触はなんとか避けられていますけど、ヨーナスお兄様はどうしても親交を交わせねばならぬ立場にいるので、そのうち紹介されてしまいそうな気がします。ヨーナスお兄様は内心、それは避けたいご様子でしたが」

「オルブライト家はもう長子のユリアーンが第一王子の護衛騎士になってしまっているからね……。これ以上、武の領地から第一王子側に人員が流れるのは避けたいんだろう。第二王子は、在学中、自分のシンパを増やすために必死に広報活動を仕掛けてくるだろうね」


 その先生の返答にわたくしは苦い顔になってしまいます。ああ、剣を振りたくて、その力で民を守りたくて騎士学校に入学したのに、なぜこんなめんどくさい継承争いに巻き込まれなければならないのでしょう。


 このまま、両者の間でことがおさまらなければ血を流すことにもなりかねませんしね……。


「で、リジェットはどちらの王子につく気? 今のオルブライト家は中立を保とうとしているけれど、いずれそれも許されなくなる」


 その言葉に難しい顔になってしまいます。わたくしは最近保守派の生徒に絡まれたばかりです。

 派閥争いなど望んでいなくとも、わたくしたちはそれに巻き込まれてしまうのではないでしょうか。


「中立は難しいですかね……」

「この感じだとね。基本同じ時期に騎士学校にいただけで第二王子派だと思われるだろうから」


 その返答にため息をついてしまいます。


「わたくしも同級生の中に、クルゲンフォーシュ家の方がいらっしゃるので、気を引き締めないといつの間にか、第二王子派閥に取り込まれてしまいそうで怖いんですよね……」


 わたくしは入学式であの口説くタイプの宣誓をやり切った、首席の生徒、カーデリア・クルゲンフォーシュの姿を思い出します。

 まだ接点は全くありませんが、なかなかの人格者で首席にふさわしい人物だと評判だ、ということは風の便りで聞いています。


「そんなリジェットにおすすめの選択肢があるよ」

「なんですか⁉︎」


 わたくしが気づいていない選択肢があるのですか! と目をキラキラさせながら先生の方を見ます。


「どちらにもつかず第三者につくなんてどう?」


 思っても見ない発言に目をぱちぱちしていると、先生は顔に悪辣な笑みを浮かべて楽しげにこちらを見ています。


「第三者……? そんな方、この国にいらっしゃいます?」


 今のハルツエクデン王に男兄弟はおらず、直系の王族の血を引く分家の王家は存在していません。元王族の血を引く貴族はいても、降嫁していますから王族ではないのです。


 王になりうる人物など、第一王子と第二王子以外には存在していないはずです。


「ラザンタルクから迎えられている、オフィーリア姫につくなんてどう?」


 唐突な先生の言葉にわたくしは瞠目してしまいます。


 ——オフィーリア姫。


 ラザンタルクとハルツエクデンの和平ために迎え入れられた、ラザンタルクの姫君です。現王の第三夫人として婚姻を結ぶために迎えられ、現在は王城内に暮らしていらっしゃるはずですが、まだ婚姻は結ばれていないのですよね。


 そういえば確かにオフィーリア姫の御母堂はハルツエクデン王の実姉ですよね。和平のためとはいえ、実の姪と婚姻を結ばねばならないとは、現王もなかなか大変ですね……。


 それにしてもそんな方がどうしてこの国の王族争いに名が上がるのでしょうか。そもそもオフィーリア姫に王位継承権はありません。その上で王となるとしたら、国家侵略以外の何者でもありません。


「どうって……。そんな方に付いたらわたくしは反逆者扱いですよ?」


 なんて突拍子もない冗談なんだろうと思い、わたくしは戯けた様子を見せます。しかし、先生は冗談でもなんでもない、という調子を崩しません。


「いいじゃないか。反逆者。その剣の持ち主にはぴったりの称号だろう」


 先生はそう言ってわたくしの胸元にかけてあった反逆者の剣のネックレスを指さします。


「わたくしは……。確かにこの剣の所有者ですが、反逆者を目指しているわけではありません」

「でも、君は本心では王位継承争いなんて煩わしいと思っているんだろう?」

「それはそうですけど……」


 わたくしは心を落ち着かせるために手元にあったアイスティーに口つけます。急いで飲んだそれは嫌な緊張感を覚えたせいか、味がしませんでした。


「まあ、君は王都に来て間もないし、もう少し時間をかけて、王子たちを観察する必要もあるかもしれないけどね。でも、王子二人を見て君は王子につくかは別だけど」

「しばらくは王子に声をかけられても、もう少し時間をかけて決めたいと考えています、と答えようと思っています」

「それが許されたらいいね」


 先生は吐き捨てるように言い切ります。顔には冷たさと影が滲んでいるように見えます。


「先生はすぐに選択を迫られるとお思いなんですね?」


 先生は質問には答えず、広角を上げて優雅に微笑んでいるだけです。


 ここでの沈黙は肯定を表します


 私はいたたまれない雰囲気にのまれそうになって、アイスティーの氷をストローでカラリとかき混ぜます。

 先生はわたくしが居心地悪そうにしている様子を楽しそうに、瞳を歪めて見つめていました。


「でも僕は断言するよ。君はきっと姫様を気にいるだろう。君たちはきっと、気が合ってしまう」


 先生がそう言う様子になぜか納得しなければいけない理由があるような気がして、わたくしは身震いを覚えてしまったのです。


「先生……。オフィーリア姫と面識があるのですか?」

「ん? 王都にいる僕の数少ない友人の一人だよ?」

「友人……」


 そんな方との繋がりがあるのか、と眉をひそめます。きっとラザンタルクの方はハルツエクデンとはまた質の異なる魔術が存在しますので、それ目当てで近付いたのでしょう。


 先生が王女様、という気質の方と気が合うというのは少し意外でしたけど。


「先生、このことはまだゆっくり考えたいので、一度保留にしてください」

「そう? オフィーリア姫に会いたくなったら言ってね。紹介するから」


 そう言って笑った先生の顔はひどく楽しそうで、わたくしは顔を引きつらせることしかできませんでした。

 ああ、これは先生がわたくしをおもちゃだと思っているときの楽しそうな顔ですね。


 先生はわたくしから見て口うるさい保護者のようになる時と、よく動き回るお気に入りのおもちゃの持ち主になる時とで、揺さぶりが激しいのです。


 おもちゃだと思って遊んでくる時は、何やら腹黒ないい笑顔になりますし、凶悪なオーラを発するのですよね……。

 

「あ、それと今回レナートにあって色々考えることはあっただろうけど、何かやる時は僕にも一声必ずかけること。君のハーブティーの事業でもそうだけど、下手に王都で動くと誰かに足を救われる可能性があるからね」

「それは……。そうですね。ご忠告ありがとうございます」


 最後に口うるさい保護者に戻った先生の忠告にため息をつきながら、残っていたアイスティーをごくごくと飲み干します。


 もしかしたら先生は自分に火の粉が飛んでくるのは避けたいけれど、内心、貴族間の派閥争いなんて心の底から興味ないのでは?


 そうなってくると、王城内のことを引っ掻き回したいだけなのかもしれません。……どうやらわたくしは相談する相手を間違えてしまったみたいです。


 派閥争いの相談って誰にすればいいのでしょうか……。


 わたくしは勝手に家を飛び出して身分ですので、お父様にもお母様にもできません。お兄様方も助言はしてくれるでしょうが、明確な答えはいただけないでしょう。となると、自分で考えるしかないですよね……。


 こうして、楽しいはずの蚤の市は胸の中に微妙なもやもやを残して幕を閉じていきました。







先生に相談するのは……という回でした。でもリジェットの周りには相談できる人間がいませんので、意外といい選択だったのかもしれません。一周回って。

誰に助言されても、リジェットは自分で取捨選択するでしょうが。


評価とブックマーク、ありがとうございます! すっごい嬉しいです。

次は 疑惑を解消します です。

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