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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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62国の歴史を学びます


 魔法陣使用論の授業が終わり、メラニアとエナハーンとともに次の授業の教室へと歩いていきます。


「次……なんの授業でしたっけ?」

「宗教学かな……」

「宗教学……。またしても座学ですね」


 騎士学校と銘打っているのだから、武学に関する授業が多いのかと思いきや、意外と座学の授業が多いのです。


 オルブライトの屋敷でも座学の授業はもちろんありましたし、不得意と言うわけでは無いのですが武学の授業を期待していたわたくしとしては座学続きのこの状況にちょっとがっかりしてしまいます。


「一年の前半はどうしても座学が多いらしいね。上級生になると実習が多くなるから、比較的暇なこの時期に知識を詰め込むらしい。兄さんから聞いて覚悟はしていたつもりだけど、こんなに多いとは思っていなかったよ」


 実は勉強があまり得意ではないらしい、メラニアはあからさまにゲンナリとした顔をしています。


「ほ、本当にそうですね……。あっ頭ばかり使っていると妙に疲れてしまうのはなぜなんでしょう」


 メラニアに比べて勉強が得意そうなエナハーンも、この座学の多さには少し疲れが出ているようです。


「前期授業が終わったら、この座学範囲で試験が行われるんだよね……。範囲が恐ろしい位に広そうだ」


 そのメラニアの一言にわたくしたちは顔を青くすることしかできません。

 授業が始まって、まだ一週間も立っていませんが、写しとったノートの量がとんでもないことになっているのです。前期授業はあと三ヶ月ありますからこの量がもっともっと増えるのですよね……。


「が、頑張るしかありませんね……」

「そうですね……」


 わたくしたちは、暗い顔でコクコクとうなづき合います。


「でもどうして騎士学校で宗教学なんて勉強するんだろうね。国に異教徒がいるならまだしも、この国はみんなまとめて湖の女神を信仰しているだろう? 今更学ぶことなんてあるかな〜?」


 メラニアはどうやら学ぶことが多くなることが不満なようで、次の授業の授業内容に眉を顰めながら批判的な様子を見せました。


「私ってただでさえ勉強苦手だから、テスト科目が増えるのが嫌なんだよね。エナハーンは暗記得意だし、リジェットも見たところ得意そうだろう? この様子だと一番苦しむのは私になりそうだ……」

「わたくしもあまり暗記は得意ではないのですよ……」


 わたくしは屋敷で勉強課題を素早く片付けていまし、慣れてはいますが、あれは努力に努力を重ねたからできることであって、決して得意なことではないのです。


 せめて先生のような記憶力があったらよかったんでしょうが……。残念ながらわたくしには泥臭い努力が必要なのです。


「ああ、わたくしも……。なんとか詰め込みで覚えているので、科目が増えるのはしんどいですね……」


 ため息をついていると、わたくしとメラニアの様子を見ていたエナハーンが思いもしないことを口にします。


「そ、そう? かたっぱしから覚えていけばいいからそこまで難しくない気がするけど……」

「もしかして、エナハーンって勉強がとっても得意なのですか?」


 もしや……と恐ろしい気持ちになりながら聞いてしまいます。


「に、苦手ではないかな……?」


 その言い方は勉強が得意な方の言い方ではありませんか!


「リジェット……。テスト期間になったら、エナハーンに勉強を教えてもらうといいよ。わかりやすくて、屋敷でもいつも助けてもらっていたんだ」

「そうします!」

「えっ! い、いいけど……、そんなにここの授業難しいかな……?」


 そう呟いたエナハーンはどうやら、本物の秀才のようです。



 魔法陣使用論の授業があった教室から十分ほど歩くと、別棟にある宗教学の教室にたどり着きます。


 宗教学の教室は他の教室とは違い窓には黒い天鵞絨のカーテンが取り付けられていました。照明が暗く、防音の魔法陣も取り付けられているのか他の教室よりも音が篭って聞こえます。

 そもそも窓も最小限しかありませんし、ただの教室にしてはひどく閉鎖的な空間です。


「なんかここ、気味が悪いね……」


 そう呟いたメラニアの言葉に、深く共感して頷いてしまいます。


 騎士学校の教室は授業ごとに部屋の構造が少しずつ違いますが、ここまで陰気な雰囲気の教室は初めてなのです。


 他の教室……例えば、魔術実習の部屋は水が排出しやすいように排水溝が付いていたり、講義中心の教室は生徒が授業を聞きやすいように演劇を見るホールのような構造になっていたりはします。


 しかしこの教室はまるで物事を秘匿するのに特化した教室のように見えます。


 外の人間に知られたくないことを教えるために作られた教室のよう……。


 あまりにも変わった作りをしているため、辺りをキョロキョロ見回しながら席に着くと、担当教官が教室に入室してきました。


 担当教官は入学式や他の場所で見たことのない方でした。

 他の教官と同じように、オリーブグリーンの教官服を着てはいるのですが、肩章と飾緒の色が異なります。一般的な教官が金色のそれをつけているのに対し、この方は紫がかった肩章と飾緒をつけているのです。


 確か紫ががかった肩章と飾緒は王城の騎士の証だったと思うのですが……。でも、王城の騎士だとしたら騎士服はオリーブグリーンではなく黒一色のはずです。


 存在しない組み合わせのチグハグな騎士服に身を包んだ、教官の顔を見ると、先ほど見た顔と印象が随分変わっているように見えて、わたくしは目を身開きます。


 この教官……。自分の正体と所属を明かさないために、秘匿の魔法陣を自身に使っているんだわ……。


 自身の身を明かせぬ理由でもあるのでしょうか。これから一体何が始まるのだろう、と不安な気持ちになりながら、授業が始まるのを待ちます。


 教官は教団の前に立つと、持っていた鞄から魔法陣を取り出し、それに血をつけ発動させます。


「今日は湖の女神と、この国の聖女について授業を行っていこうと思う。この内容は騎士団独自のカリキュラムだ。王族の許可なく行っているものなので、ここで得た知見は必ず秘匿するように。

 ……と言っても人の口に扉は立たんからな。こちらで専用の秘匿の魔法陣を用意している」


 そんな教科があるのかと驚きの声が所々から上がっています。


 教官が用意した魔法陣は、徐々に光を帯びていきます。そのまま光は広がり、最終的には光の文字が部屋一面を満たしていきました。


「さあ、生徒諸君。『私は秘匿する』と口に出すだけでいい。誓約を口にするのだ」


 ザワザワと、周りの生徒たちが制約を口にしています。


「私は秘匿する」


 そう、わたくしも口に出すとピカッと光が自分の胸のあたりから飛び出し、教官の元へ集まっていきました。びっくりして目を瞬かせていると、誓約を口にし終わった他の生徒からも同じように光が飛び出しています。

 あれが誓約を形にしたものなのでしょうか。


 宗教学の担当教官は、手元に集まった光の数を数えます。


「よし。全員分の誓約が集まったようだな。では授業を開始しよう」


 授業開始前から、予想外のことが起こったため、どの生徒もどこか緊張した面持ちをしています。


「さて、今日の授業の内容だが……。君たちにはこの国の国家秘密を知ってもらう。なあに、心配することはない。この知識は騎士団や騎士学校から所属している間のみ、君たちの頭に記憶されるものだからな。秘密に関わりすぎたものは除くが……。

 この国では湖の女神が信仰の対象となっている……それは皆もちろん知っていることだろう?

 ——それを踏まえて、皆に問いたい。湖の女神、という神は本当にこの世に存在しているのだろうか?」

「え?」


 突然の問いにわたくしは思わず声を出してしまいます。

 いるに決まってるではないですか、と思ったのですが、周りのざわめきを聞くと否定する声が多く聞かれます。


 ——そうか、この国の状況は湖の女神を信仰していますが、それはあくまでもおとぎ話として考えている人も少なくないのですね。


 入学式で首席の生徒が『女神の加護』を受けた、といってもそれはただの比喩で、本来は魔術具が宣誓によってなんらかの反応を見せた、と思う方だっているでしょう。


 そういえば、わたくしも以前は聖地なんてどうして大切にしているのかと不思議に思っていました。

 けれども、薬草の生産地であるマルトの土地が女神の加護によって栄えた、という話を聞いて、湖の女神は本当に存在している、ということに疑問を抱かなくなっていたのですが。


「どうして、こんなことを聞くのか、皆不思議に思うだろう。けれどもこの質問はこの国の防衛上重要な質問である。だから私たち教官は、あえて君たちに聞いているのだ」


 教官は一拍、言葉を置いて大きく息を吸い込みます。


「結論から言おう。湖の女神、とは伝承でもなんでもない。本当に今も存在し、この国に生き続けている」


 あら……。言い切りましたね。わたくしも周りの生徒はポカンとした顔を見せています。


 しかし教官は大真面目な顔でそれを口にしました。


「まさか……。御伽噺の世界だろう?」


 周りの生徒たちは、呟くようにそう口にしていました。


「驚くのは無理もない。あくまでも湖の女神の伝承は伝承であって事実ではないと考える方が理性的だ。だが、この国には本当に存在しているのだ」


 教官がそう言い放つと生徒たちは言葉を失ってしまいます。

 驚愕する表情の生徒たちをフォローすることもなく、そのまま教官は言葉を続けます。


「女神は多大な力を有している。神、と名乗るのにふさわしい力をな。

 ——それは国を耕し、人を強靭にする。

 例えば、ハルツエクデンの北部に位置する、エクラアルタ領、フーダンという地域では女神の加護を受けている。

 木材の産地として有名なので、知っているものも多いだろう。フーダンでは他の産地では取れない、硬質で耐久性の高い木材が取れる。王城の建築にも使われているほど、稀有な性質を持つ木材だ。

 女神の加護を受ける前のフーダンでは決して取れることがなかった木材だが、加護を受けた一夜にしてその木材は姿を現した。……奇跡と言っても過言ではないな」


 マルト以外にも女神の加護を受けた土地はあるのですね……。そのことに目を丸くしながら、教官の言葉を噛み締めるように聞き入れます。


「隣国である、ラザンタルク、シハンクージャにもそれは事実として伝えられている。

 それゆえに……この国は過去何度も他国から襲撃を受けている。女神の恩恵を受けるために。しかし、その二国は知らぬのだ……。女神の恐ろしさを。女神は恩恵のみをもたらすものだと盲目的に信じているのだから」


 ——恐ろしさ。その言葉を口に出した教官の言葉は少し震えているように聞こえます。


「女神は気まぐれなお方だ……。起こす事柄は良いことばかりではない。それは、時に反乱を呼ぶ。ラザンタルクとの戦いは何度も休戦はしていたが、六十年にもわたって行われていただろう。

 それも全て、女神の所業である部分が多い。女神は戦いが収束しそうになると、まるでわざと戦いを長引かせようとするかのように、劣勢の国の兵に加護を送るのだ。教科書五十六ページの先の対戦時の年表を見るとその様子がよくわかるだろう。

 女神は人間とは思考回路が全く異なる方だ。戦いを楽しんでいるのだろう」


 教科書に目を落とすと、戦いの様子が事細かに書かれていました。


「そこで、女神のお力に対抗すべく、この国の施策として百年に一回おこなわれているのが、聖女降臨の儀だ。」

 

 ——シェナン。聞き覚えのある言葉が耳に入ってきます。

 

「この国とは違う場所から呼び出された聖女はこの国の人間とは別種の魔力を持つ。言い換えれば聖女は唯一、女神に対抗する力をもつ。この国では聖女の力を使い、女神を封じこめてきた。

 だが、聖女も永遠に生きることはできない。聖女の任期は百年ときっかり決まっており、この土地に呼び出されて、百年経つと消えて亡くなってしまう。現にシェナン・サインは遺体すら残らなかった」


 教官が話す内容が深まるにつれ、生徒たちの表情はどんどん曇っていきます。


「あの……聖女は何が特別なのですか?」


 一人の生徒が遠慮がちに手を挙げて教官に質問します。


「この国の人間の魔力は純度によって、ある程度ランク付ができるかと思うが、聖女の魔力はそれとは全く性質が異なる。それはただ唯一の特別な魔力なのだ。

 それは神力と呼ばれ、この国の人間が持つ、魔力とは比べ物にならないくらい、優れている。シェナン・サインが生きていた頃は国防の柱とされていたほどだ」


 そういうと教官は一瞬遠くに視線を合わせるような仕草をしました。


「シェナン・サインがお亡くなりになったあと現王はもう一度聖女を召喚しようとした。しかし……」


 教官は言いにくそうに目を伏せます。


「この世界に今聖女はいない」


 強調するように教官はいいます。


「正確には召喚の儀式で聖女らしいものは召喚されたと言う報告が残っている。しかしそれは聖女ではなかったらしい。このあたりは、王城関係者が隠してしまっているので、詳しくは明らかにされていないがな。

 ただ一つ揺るぎないことは、現在の王は本物の聖女を国にお招きすることはできなかったと言う事実だ。

 この国に落とされた聖女らしきもの、については紛い物の聖女、と呼ばれている」


 紛い物の聖女。その言葉を聞いた時、わたくしはもやもやとしていたことの全てがわかった気がしました。


 ——先生。

 紛い物の聖女の正体は先生だ……。


 そうでなければ、あの方に『クゥール』なんていう名前がつくはずがありませんもの。


 先生はこの国の召喚魔術で呼び出された、クゥール・シェナンなんだわ。


「これが騎士団の所有している全ての情報だ。君たちはこれを知った上で、騎士としてこの国を守ってほしい。

 また、これを知ってしまったからと言って、騎士を止めることができない、ということはないので安心してほしい。騎士団入隊前のものであれば、誓約が作用して、記憶が消えることになっているからな」


 一通りのことを教官が話し終わると、教室の中はシンとしてしまいます。みな、一様に困惑した表情を見せていました。


「何か質問があるものはいるか?」


 そう教官が声をかけますが、いきなりすぎて考えがまとまりません。そんな中一人の生徒が果敢にも手を挙げました。


「その紛い物の聖女は今どこにいるんですか?」


男子生徒の質問に教官は首を横に振って答えます。


「さあ、それも王族が秘匿してしまっている。私たちには知り得ないことだ。聖女がいない、ということは恐ろしいことだ。国を守る防壁がない。それだけではない、聖女のカードもこの世にない、ということになってしまう」


 聖女のカード? それって、先生が持っているカードですよね。


「聖女のカードは聖女がお亡くなりになると、共に焼失してしまう。私たちは、次の閏年が訪れる、約九十年後まで、聖女のいない環境でこの国の国防を担当しなければならない。それがどれだけ大変なことか……。君たちにも理解できるだろう?」


「よく学び、よく励む。それしか私たちにできることはない。大きな力に立ち向かうには、いくら努力しても足りないのだ」


 教官は最後にそう言って授業を締め括りました。



 授業が終わり、生徒たちの中で、このことについて話し合いたいものはこの教室内で、この話題についての会話を終えるように、と指示されました。


 どうやら、この教室の中でなら秘匿の魔術は範囲外になるようです。

 もやもやとした気持ちのまま、何も話せずにいるのは苦しいものがありますので、教官の心配りがとてもありがたいです。


「なんかすごい授業だったね……」

「本当に。なんだか、国の秘密を教えられてしまいましたが、騎士団はこのことを王族に隠し通しているのかしら?」

「きっと第二王子はこの授業、受けることを許されていない気がするけどな……」


 メラニアがポツリと呟きます。


「紛い物の聖女は……。もう死んじゃったのかな?」

「え?」

「いや……なんていうか……生きていたら相当辛いだろうな、と思って。だって想像してみなよ? 急に今とは違う世界に無理やり連れてこられて、間違えでしたって言われたら……。私だったら召喚した相手を憎むし、その世界は地獄になり得ると思うんだよね」

「そう……ですよね」


 全てを知っているわたくしはなんとも言い返せず、曖昧に言葉を濁します。


「し、死んでいるってことはないんじゃないかしら? サ、サイン・シェナンは任期が百年と決まっていたから、きっちり百年この世界にいたんでしょう? それって……湖の女神の魔術で死ねなかったんじゃないかしら? 同じ魔術が次のシェナンにもかかっていると考える方が自然でしょう?」

「そうか……。王城にいないとなると、どこかに身を隠しているのかもしれないな」


 その言葉でわたくしは先生や、レナートが言っていたことを思い出します。


 ——僕は死なないよ?


 その言葉通り考えると、先生は……、死ねないってことでしょうか?



 先生は自分のことはあまり話したがらないですし、秘匿したいのかもしれません。でも……。知らないと、傷つけてしまうことだってあるでしょう。


 わたくしが、先生の色を色盗みの女のように盗んでしまったことも、先生に話をしていませんし……。

 わたくしは、きちんと先生と話をしなければならないと思い返したのです。






神様って難しいですよね。

次は 街の中で不思議な少年に出会います です。


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