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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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56入学式は謎の儀式があります


「悪いね。君の使用人に手伝ってもらうなんて。使用人を他家と共有していいものなのだろうか……」


 入学式に遅刻しそうな原因になってしまったメラニアは苦い顔をしていますが、こればっかりは仕方がないでしょう。

 ルームメイトは助け合わないとなりませんから。


「できないことは助け合いましょう! 今日から一緒の部屋で暮らすのですから! それより、今は遅刻をしないように走らなければ!」

「ああ、そうだね……。本当にすまない」


 メラニアは走りながら、瞼を少し伏せ、申し訳なさそうな表情を見せました。


「しょ、初日から遅刻は……。かっ勘弁ですっ!」


 見た目はおとなしそうなエナハーンでしたが、意外と体力のあるようで、全速力で走るわたくしとメラニアにちゃんとついてきています。


 この調子でしたら、入学式に間に合いそうですね! 三人で息をぜいぜいと上げながら先へ先へと進みました。



 急いで講堂に向かうと、ギリギリ開始時刻に間に合ったようです。

 講堂には騎士学校に通う全ての生徒が集まっているようでした。正面に向かって、右側の方に列を作っている方々の体つきも大きい気がするので、きっとそちらは二年生の先輩方でしょう。首には青のネクタイが巻かれています。

 二年生の方が少し少なく、百人強ほどでしょうか? 一年生はその倍近くいそうです。


 わたくしたちはできるだけ目立たないようにこっそりと左側の新入生が並ぶ列の後ろに並びます。

 新入生たちは皆わたくしたちと同じ赤いネクタイを身に付けていました。


 列に加われたことにほっとしながらあたりを見渡すと、教師たちが並ぶ壁際の列にヨーナスお兄様の姿を見つけます。


 そういえば、優等生であるヨーナスお兄様は、男子寮の寮長をしているのでした。ですので、二年生の列にならばず、そちらにいらっしゃったようです。


 隣には受付の際にヨーナスお兄様を止めてくださった、涼やかな目元の美人の先輩と、どこかで見たことのある、光を吸い込んでしまいそうなマットな黒髪の男性がいらっしゃいます。一度見たら、忘れられない、炭のような黒い髪……。


 ……あ、思い出しました。あれはいつぞや先生の家に侵入してきた、第二王子では無いですか。先生がおっしゃっていた通り、騎士学校の生徒だったのですね……。先生に対して尊大な態度でしたし、関わりたく無いので、近づかないようにしましょう。


 あそこに並んでいるということは、王子も寮長なのでしょうか? それとも特別枠? そんなことを考えているとヨーナスお兄様と目があってしまいました。

 ヨーナスお兄様は顔に「遅いぞ!」と書かれているかのように顔をしかめていて、わたくしはその表情を見ないようにそろりと目線をはずします。


 ……遅刻をしそうになったのはわたくしのせいではないのですよ。



 ゴーンゴーンゴーンと一時の鐘が鳴り響くと教官たちが一斉に動き始めました。

 校長と思われる灰色の髪を持ったお年を召した男性が、講堂のステージの真ん中に移動してきます。


「ただいまより、騎士学校入学式を開始する」


 講堂中に響き渡る、重々しい低い響きをもつその言葉を皮切りに、どんどんと入学式の式典が進められていきます。


 校長や来賓の挨拶などが長々と続き、どの世界でも入学式は変わらないのだなあ、とため息をついてしまいます。今のところ特に変わった演目はありません。


 長々としたお偉いさんたちの挨拶に気が遠くなりそうになっていると、新入生総代だと思われる、赤いネクタイをした男の子が壇上の端に何やら用意をしているのが見えました。


 あの方が今年の首席合格の方でしょうか? 確かに利発そうな顔をしていますし、髪も黒々としていて、魔力も多そうです。

 少し壇上と距離があるのではっきりとは見えませんが、背も高そうですし、何だか理想の優等生、って感じの方ですね。


「新入生総代宣誓、カーデリア、前へ」

「はいっ!」


 そう呼ばれた主席の男の子は、講堂のステージ奥に飾られた女神像の前まで向かうと、その前に跪き懇願するような姿勢をとります。


 ……ん? 何か新入生の宣誓にしては姿勢がおかしくないですか?


 一体何が始まるのでしょう、と首を傾げていると、そのまま主席の男の子はまるで美しい女性を口説くかのようなポーズを、湖の女神の銅像相手に行って宣誓の言葉を発し始めました。


「ああ、美しい、この国の女神! あなたの美しさはどんなものにも例えられない! 溢れる魔力を表す黒々とした髪はまるで宝石のよう! あなた様が国を慈悲深い視線で見つめ、守ってくださるからこそ、わたくしたちハルツエクデンの民は健やかに生きていくことができるのです!」


 新入生たちはポカンとしています。え? 何が始まったんですか?


 宣誓、というので真面目な堅苦しいものが始まるかと思いきや、謎の一人芝居が目の前で繰り広げ始めました。


 何だこれ? と思いながら当たりを見回すと、上級生たちはああ、やれやれ今年も始まった、という慣れきった顔をしています。


「我々は王家の剣となるもの、この身をハルツエクデンの湖の女神に捧げるっ!」


 それは迫真の演技でした。まるで、ドラマのワンシーンのように静まりかえった中の全身を動かしてのパフォーマンス……。


 前の方を見ると、一年生の生徒たちの肩がプルプルと震えているような気がしました。きっと皆、笑いをこらえているのでしょう。


 あ、あれを首席だとやらねばならなかったのですね……。なんてこっぱずかしいのでしょう……。次席でよかった気がします。

 

 主席の彼は、はー。やり切った、という表情で、壇上を降りていきました。わたくしは彼に心の中で拍手を送ります。


 騎士学校って癖が強すぎません?


 

 入学式が終わり、今日はそのまま部屋に帰るように教官に指示をされたわたくしたちは大人しく部屋に向かいます。

 道中おしゃべりをしながらですが、もちろん話題は先ほどの謎の演劇についてです。


「なんか……あれ、面白かったね」


 メラニアは、笑っていいのか、真面目に聞いた方がいいのかわからなくて困ったと呟きましたが、わたくしも全く同意見です。


「本当ですね……。なんだか、演劇を見ているようでした」

「わっわたくしでしたら、恥ずかしくって赤面しちゃって、き、きっと言葉も出ないと思います。——あんなみんなの前でっ!」


 エナハーンは共感性羞恥を持っているのか、自分ごとのように顔を真っ赤にしていました。


「メラニアはあれがなんだか知っていますか? お兄様から聞いています?」

「いや……あれは聞いてないな……。教官も先輩方も誰も止める様子がなかったから、伝統なのかな?」

「だっ、だとしたら意味がわからない伝統ですね」


 意味のわからない伝統……。エナハーンの言葉にもウンウン頷けます。


「あれをやり切った、彼は勇敢な勇者ですね……」

「あの宣誓をやり切った彼。カーデリア・クルゲンフォーシュだろう?」


 わたくしはメラニアの言葉にハッとします。


「クルゲンフォーシュということは、第二王子の御生母の家系の方ですか?」

「ああ。伯爵位だけど、貴族内の影響力は私の生家のスタンフォーツ家より遥かに大きい家柄だよ。リージェでいうとその地位は一番高い」

「そうなんですか……」


 リージェ、という言葉自体、ここ一年で初めて知ったわたくしはリージェ上の貴族の階位がどうなっているのかを詳しく知りません。


 そういえば、メラニアがオルブライト家はリージェが高いって言ってましたが、どのくらい高いのでしょう……。どこかで調べておかないといけませんね。


 それにしても、リージェで一番の地位を持つ貴族のご子息にあんな演劇みたいなことをやらせるなんて、騎士学校って本当に変わった組織ですね……。


 あれが、果たして何なのか、謎は残ったままです。次にヨーナスお兄様にあったときにあれがなんだったのか、聞いてみましょう。


 もし、これ以上に騎士団の中に謎儀式があって、それをしなければいけないなんてことがあったらやだな、なんて思いながら、わたくしたちは部屋に戻りました。



 寮に戻るまでの帰り道、わたくしたちの耳は妙な物音を拾ってしまいます。

 ドカンと響くそれは、まるで人を殴っている音のように聞こえました。


「え? なんですか?」


 音の方向を探り当てるようにあたりを見回します。


「お前は公爵家の人間だろう⁉︎ 第二王子にすり寄るなんて恥ずかしくないのか⁉︎」


 唸るような声が聞こえてきたのは男子寮の方からでした。ゴツンと鈍い音がして、誰かが一方的に殴られている様子が目に入りました。

 彼らの胸元には青いネクタイがかかっていました。


「え? あれ……二年生ですね? 止めたほうがいいかしら?」

「いや……。私達に止められる相手ではないだろう……。見なよ、あの殴っている方の男の体つき」


 メラニアは手を出して物事を大きくするなと言ってわたくしを窘めますが、それにしてもこのままにして帰るなんて非道なことはできません。


 あわあわしていると、体が揺れるような鈍い音が響きます。


「鞘に入れたままですけど、剣で殴っていますよ⁉︎」

「へ⁉︎」


 どうしよう、流石に止めないとあの方死んでしまいますよね⁉︎ と思ったところで、後ろから駆け足の足音が複数聞こえてきます。


「あ……。よ、よかった。教官達がきたみたいですよ!」


 エナハーンの囁き声の通り、後方から焦ったような声の教官達が走ってきました。


「コラー‼︎ お前達! 何をやっているんだ!」

「チッ! 逃げるぞ!」


 そう言って男達は散っていきました。殴られていた先輩は教官に担がれ、保健室へ向かうようです。

 ことが大事になる前になんとか収束した様子に、わたくしたち三人はほっと胸を撫で下ろします。


「なんだったんでしょう…… ? 騎士団って血の気が多い方の巣窟なのですか?」


 わたくしが苦い顔でそういうと、メラニアは眉を潜めながら言葉を発します。


「早くも騎士団は王位継承争いの渦中の場となっているんだね」


 王位継承争い。


 わたくしはまだ屋敷で方向性を模索していた際に、お父様の従者のベルグラードから忠告された事柄を頭の中で一気に巡らせます。


 この学校の一学年上の代には、先ほど見た第二王子が在学しています。

 さっきの争いは……。派閥争い?


 騎士学校にはどうやら、厄介な争いの火種があちらこちらにばら撒かれているようです。






ポイント評価、ブックマークありがとうございます……! ほんっとうに励みになります。泣きそう……。

誤字報告もほんっとうにありがとうございます! 頭が上がりません!

そして入学式、癖が強いんじゃ……。なんでこんなことをと言うのはきっと次回ヨーナスお兄様が教えてくれるはず。

次は ヨーナスお兄様から説明が入ります です。

タイトルそのまんまやな……。

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