55王都の全てが光り輝いて見えます
リジェット視点に戻ります。
「は……はあ……‼︎ ここが王都ですか!」
わたくしは他領からの乗り入れが許される、街の中心部に近い厩舎で馬車を降り、周りを見渡します。
視界に入る王都の洗練された雰囲気に口が空いてしまいますが……。そうなっても仕方ないでしょう?
王都の街並みは灰色と茶色の間のような、シックな色合いで統一されていました。外灯の一つとっても作りが精巧で、手がこんでいます。
整然と並ぶ建物の前には歩きやすそうな歩道と秋らしく赤やオレンジに紅葉した広葉樹の街路樹が整備されており、区間ごとに季節の花が配色まで街に馴染むよう計算されて作られている花壇が設置されていました。
その隣にはベンチが置かれ、整いながらも暮らしやすい、理想的な作りをした街のように見えます。置かれているもの一つ一つのディティールが王都の整った雰囲気の演出を後押ししているように思えます。
とまあ、感想を羅列しましたが、何が言いたいかというと王都はとっても素敵だってことです。
オルブライト領の直轄の町も、街としての整備はきちんとされていましたし、都会といって間違いない風景だったかと思いますが、王都の街並みはそれ以上に整然としていて一味も二味もスタイリッシュです。
区間ごとにお店が分けられているからか、香りまで違う気がします。
「ラ、ラマ! 王都ってすごいのねえ!」
「はい。とても美しい街ですね。あ、騎士団の本拠地はあちらです。ご案内しましょう」
馬車を降りた地点から十分ほど歩くと、騎士団の本拠地が見えてきました。騎士団は街の中心部からそう遠くないところですね。
これは休日に王都の街にも買い物をしやすそうな便利な立地です。
「お嬢様、まずは入学の手続きに参りましょう。確か受付は騎士団の建物内でしたよね?」
「はい。入学の書類にはそのように書いてあったはずですが……」
大きな門をくぐり騎士団の敷地を跨ぐと、わたくしと同じ歳くらいの子供たちが集まって列をなしていました。
どうやら、その列の先に受付があるようです。わたくしはラマと二人で、列の最後尾に並びます。
列に並んでいると、受付の案内係に見慣れた顔を見つけました。
「ヨーナスお兄様!」
受付で、入学案内の用紙を配っている上級生の中に、オルブライト家の三男でわたくしの一つ年上のお兄様、ヨーナスお兄様がいらっしゃったのです。
ぱあっと目を開き、驚いた顔をしたヨーナスお兄様がこちらに気がついて手を振っています。
「リジェット! 来たんだな! 道中危ないことはなかったか?」
「はい! ラマも一緒でいましたし、大丈夫ですよ!」
わたくしの無事を確認したヨーナスお兄様の顔は綻び、嬉しそうに話を続けようとします。
「そうか……。それはよかった。オルブライトの屋敷から、王都へ行く道は結構砂利道で上がり下がりが激しいだろう? 疲れていると思っ……」
「ヨーナス、妹さんと話したいのはわかるけど、後ろが詰まっちゃうよ」
話が止まらなくなりそうなヨーナスお兄様にそう戒めるように話しかけたのは、同じく上級生であろう、中性的な顔立ちの方でした。右目が髪で隠れていますが、キリッとした藍色の涼やかな目元と、氷のように青銀に光る薄灰色の髪を首元で印象的な編み込みがあるお団子にまとめていて、その美しさに目が釘付けになってしまいました。なんとなく、先生に似た系統の美人です。
うちのお兄様がすみませんと、申し訳ない表情を作っていると、君に怒っているわけじゃないよ、言いたそうな優しい微笑みを向けてくれました。その代わり、ヨーナスお兄様の頭を丸めた紙束で、一閃、叩いていましたが……。
「そうだな……。リジェット、また後で時間を作るからその時に色々話そう。ほら、これ。入学の案内。寮の部屋番号が書かれているから、先に部屋に荷物を置いてきて、一時間後に講堂集合だ。入学式に遅れるんじゃないぞ?」
「遅れませんよ……。ではまた後ほど」
ふてくされた表情を見せると、ヨーナスお兄様はまあ大丈夫かと、安心したようなくしゃりとした笑顔を見せてくれました。
「寮の部屋に制服を用意してあるから、着て入学式に出てね」
涼やか美人の先輩が、そう言って入学の書類をまとめた茶色い封筒をわたくしに手渡してくれました。
入学案内の書類を受け取ると、騎士学校に入ったのだ、と言う実感が湧いてきます。
今日から夢にまで見た生活が始まるのですね!
*
もらった地図を元に、ラマと二人で女子寮の方に足を進めます。
地図を見ると、敷地の東側に現役の騎士団員が使う施設が、西側に騎士学校の生徒が使う施設が配置されていることがわかります。
騎士学校の寮生が住む寮はその中でも、端の方に配置されていました。
男子学生は人数が多いので二棟に分かれていますし、どちらも五階建てで、どどーんとした立派な建物ですが、女子は人数が少ないので、ちょこんとした小さな二階建ての建物のようですね。
わたくしとラマは、女子寮の扉の前にたどり着きます。
配られた封筒の中に入っていた、入学の用紙に入寮の魔力登録の仕方が書いてありましたので、その通りの手順で入寮手続きを試みました。
「お嬢様、説明の用紙にはなんと書いてありますか?」
「この扉の宝石部分に手を当てると、魔力登録ができるみたい」
わたくしは扉のドアノブの上部に嵌め込まれた明度の低い黒い宝石にピタっと手をつけます。すると、ふわん、と空気にすぐ溶けてしまいそうな不思議な音がして、宝石部分が黒から鮮やかな茜色に変わったのがわかりました。
それを確認したラマも同じように手順を踏みます。
「これで……。登録できたのかしら? 入ってみましょう。あ、扉の鍵が空いたみたいです」
「……不思議な仕組みですね。これで、登録した人物以外は入れなくなるのでしょうか? ただこれでは、誰でも登録できてしまうのでは? 警備は大丈夫なんでしょうか?」
「まあ……そこは何かあるんじゃないですかね?」
ラマは不安げな表情をしていましたが、わたくしは気にせずに寮の建物に入り、中へと進んでいきます。
寮の建物は重厚な木材でできており、どこかアンティークな雰囲気が漂っていました。
古い建物なので歩くたびに、床板は義しりと音を立てますが、不思議とボロボロ、という印象は受けません。
わたくしたちは両室がある、二階へと向かいます。
「ここが……。わたくしの暮らすお部屋かしら?」
用紙に書かれた、番号がふられた重厚な扉の前に立っていると、後ろから声がしました。
「君は同室の子かな?」
振り向くとそこには、入学試験の時に見た、あの女の子たちが、トランク型の鞄を持って立っていました。
黒と緑が混ざったような、いかにも魔力が強そうなショートカットの女の子の後ろに、ツインテールの水色髪の大人しそうな女の子が隠れるように立っています。
その二人の姿を見て、わたくしは目を輝かせます。
「まあ! あなたたちは!」
あのお二人に会えたことが嬉しくて、歓声の声をあげてしまいます。わたくしがテンションの高い反応の理由がわからないらしく、彼女たちには変な顔をされてしまいましたけど。
「君……。どこかであったこと……あったっけ?」
困惑した様子でそういったのは、ショートカットの女の子でした。わたくしはぶんぶん首を振ります。
「いいえ……。今日が初対面です。入学試験の際にあんまりにも女の子がいなくて、辺りを見渡していたら、あなたたちを見つけまして……。一緒に入学できたらいいな、と一方的に思っていたのです」
「そ、そうか……。まあ、お互い試験に合格してよかったな」
あ、苦笑いされちゃいました……。
心の距離が開いてしまったかしら。
「あっあなた……。もっ、もしかしたら、試験会場を破壊した子じゃない?」
後ろに控えていた水色髪の大人しそうな少女が吃りながら言った言葉に、わたくしは首を傾げてしまいます。
破壊……? なんのことでしょう……。と一度考え込んでしまいましたが、実技試験中のサドラフォン巨大化事件のことを思い出します。
「あれは……。わたくしのせいではないのですよ? 試験官の一人に難癖をつけられてしまって」
「ってことは君がオルブライト家の⁉︎」
あ。あの時のことはオルブライト家の令嬢が起こしたこととして話が広がっているのですか……。望んでいない汚名を広げてしまっているような気がいたします。
わたくしの家にこういったことに対してネチネチ言うタイプの方がいません。みなさん気にせずにスルーしてくださったせいで、わたくしのところまで噂が届かなかったのでしょう。
家族がみんな脳筋で助かったような、困ったような……。
「そうです。わたくしがリジェット・ノーラ・オルブライトです……」
妙な評判に肩を窄めてしまいます。
「私はメラニア・ノーラ・スタンフォーツ。こっちはエナハーン」
メラニアはそういって自己紹介をしたあと、後ろに隠れているエナハーンの紹介もしてくれました。
エナハーンは恥ずかしそうにペコリと一礼をして、すぐメラニアの後ろに隠れてしまいました。
「メラニア様ですか……」
わたくしはメラニア様の様子を確認します。
彼女、振る舞いがしっかりとしていて、貴族っぽさが対応からも見て取れるのですよね……。
「メラニアでいい。様なんて堅苦しいからね。私もリジェットと呼んで構わないかい?」
「はい。それはもちろん」
「それにしても……。エナハーン? リジェットは今日からルームメイトになるんだから、いつまでも人見知りしているんじゃないぞ? そんなに肩に力を入れていたら疲れるだろう?」
「ひょ……ひょあっ……」
空気にかき消されてしまいそうなウィスパーボイスがエナハーンから発せられます。
「そっ! そんなこといったって、わたくしはそんな、しょっしょ対面の方と、すぐに話せるほど、コミュニケーション能力があるわけではないのです……。すっ少しずつ……慣れるように頑張りますので……。わっわたくしのこともエナハーンと呼び捨てで構いませんので……」
どうやら、後ろにいるエナハーンは引っ込み思案なようですね。言葉がちょっと吃るのも、彼女の癖のようです。無理に距離を詰めると嫌われてしまいそうなので、少しずつ話してみましょう。
わたくしたちは親交を深める——というよりも情報交換のために立ち話を始めます。
そんな中で飛び出してきたメラニアの出身領地を聞いて、わたくしは驚いてしまいました。
「あら……。あなたはあの、スタンフォーツ家のご令嬢なのですか?」
スタンフォーツ家といえばハルツエクデン国、の西隣の国、クハンクージャとの国境付近の領地持ち貴族です。
記憶が正しければ爵位はオルブライト家より高い、侯爵家だったはずです。それに確か、ヘデリーお兄様の以前の駐在地があった領地で、ハルツエクデンの防衛上、重要な領地の一つとされている土地です。
「ご令嬢なんて柄じゃないけどね。私はこんなんだし」
そういって、メラニアは自分の服装を見せるように振る舞います。
青色のハーフパンツに魔鉱でできた飾りが縫い付けられた紺色のガウン。メラニアの服装は完全に、貴族家の男の子それです。
服装はご自身の趣味でしょうか。それとも何か、理由があるのでしょうか? 髪も、この国の貴族には珍しく、短く切りそろえられていますし、なんだか訳ありの雰囲気がプンプンしてきます。
そう言えば、一緒にいるエナハーンも髪は短くはないですが、耳の少し上のあたりでツインテールにしていますが肩の少し下あたりの長さになっているので、この国の標準の長さに比べると短いのかもしれません。
「オルブライト家はリージェもここ数年で急上昇しているじゃないか。君と関係が持てて、私の領地的には嬉しいのだけども」
なんともメラニアは打算的なことを口に出します。普通なら、口に出さないようなことですから、きっとわざとでしょう。
爵位関係なく、リージェでは位が高いわたくしを敬う、ということを言いたいのだと思います。しかし、先ほどメラニア本人がいっていた通り、わたくしたちは同級生ですから、家の立場は関係なく暮らしていきたいものです。
「あまり……、家のことは気にせず、わたくし一個人として扱っていただけると嬉しいです」
「そうかい? では、そうしよう」
うん、ルームメイトの二人も話しやすそうな方々でよかったです。
ひとまず、とんでもない感じの方ではないことにわたくしは胸を撫で下ろしました。
*
寮室はわたくし、メラニア、エナハーンの三人で一室を使うように割り当てられていました。
一室、といってもワンルームになっているわけではなく、寮室の中にそれぞれの部屋や共有スペースが配置されているようです。
最初の扉を開けてすぐのところに、共用スペースとなる広めのキッチン付きのリビングルームが現れました。
その奥に三つ同じようなデザインの扉がありそれぞれの生徒が使う個室が一室ずつあります。もう一つ、簡素な扉がありますが、それは使用人用の部屋のようです。
「騎士学校って、もっと人がすし詰めで、キツキツなのかと思っていましたが、結構素敵な住まいを用意してもらえるんですね」
「兄さんに聞いたけど、いい待遇なのは人数が少ない女子だけらしい。男子棟は人数が多いからぎゅうぎゅうで、ほとんどの部屋が使用人部屋と同じ二段ベッドらしい」
「そうなんですか……」
どうやら情報を交換しあえる兄がいるというメラニアは、騎士学校の仕組みにかなり詳しいらしいです。
知っていることを次々と教えてくださいます。
わたくしにも三人お兄様がいるのに、誰一人として騎士学校のことを教えてくれませんでした。まったく……。
「じゃあ、各自部屋で荷物を広げよう。落ち着いたら、一緒に講堂に行こう」
「はい」
荷物を持って部屋に向かおうとする二人を見ていて、わたくしは違和感に気がつきます。
「あれ? そういえば……。お二人は使用人を連れてい無いのですか?」
平民ならまだしも、侯爵家のご令嬢が使用人もなく騎士学校に入学するでしょうか?
各自一人の使用人を連れてくることができる権利を使わない貴族はいないと思うのですが……。
わたくしの疑問にメラニアは静かに答えます。
「私たちは二人だけで、入学したから」
その言葉に目を丸くして驚いてしまいます。まさか二人は手伝いもなく、生活を送るというのでしょうか?
「使用人の方は……、後からもいらっしゃらないのですか?」
「ああ。私たちは同じ家から、勘当同然の扱いで入寮したからね」
「勘当?」
なんだか、不穏なワードに眉を潜めてしまいます。
「ああ。いろいろあってね。一応、屋敷にいた頃は私付きの侍女がエナハーンだったんだ。エナハーンは代々私の家に仕える名持ちの貴族の娘だからね。とは言っても小さい頃から一緒に育ったから主従関係というよりよく面倒を見てくれる友人、という認識の方が正しいかもしれない」
相変わらずメラニアの後ろに隠れていたエナハーンの方に視線をやると、おどおどとしながらもきちんと説明をくれます。
「え、ええ。だっ、だから、メラニアの面倒はわたくしが見ますので問題ありません」
「そ、そうですか?」
わたくしは首を傾げながらも、納得しようと試みます。
「……もし何かあれば、わたくしの侍女であるラマもいますので、声をかけてくださいね」
「そうだな。助かる」
「あ、ありがとうございます」
メラニアはキリッとした笑顔で、エナハーンはふんわりとした笑顔で答えたので、きっと大丈夫なんでしょう。
元の家でもある程度自分で自分のことをしていたのかもしれません。
「お二人の侍女がいらっしゃらないということはわたくしが、一人で使用人部屋を使ってもいいのでしょうか? 一部屋自分一人で使っていいなんて、お嬢様方と同じ待遇になってしまうのですが……」
申し訳なさそうな顔をしながら聞いたラマに、メラニアが返事をします。
「ああ。私たちはこれから、使用人を呼ぶこともないだろう。どうやら側仕えの部屋にある二段ベッドはここの寮の備品だから、動かすことはできなそうだが、それ以外は好きにしていいんじゃないか」
「それだと有難いですね。色々」
ラマの『色々』に、背中がぞわりとするような含みを感じたのは何故でしょう。……少々気になりはしますが、あえて突っ込みを入れずスルーするのが平穏な日常を送るコツです。
*
わたくしは気を取り直してラマと自室で荷ほどきをすべく、個人スペースとなる自室の扉に向かいました。
個室の扉を開けると、左側にベッドが、右側の壁面は一面、クローゼットになっています。
広さはオルブライトの屋敷にあった自室の三分の一くらいとそこまで広くはありませんが、一人で暮らすには十分な広さです。
窓も南向きについていますし、日当たりは良好ですね。
ベッドの上には騎士学校の制服が畳まれておかれていました。
「まあ! これ、制服だわ! すごいですっ! 以前、ヨーナスお兄様が着ていたものと、全くおんなじですよ!」
針葉樹の葉が持つ緑に、薄く白を混ぜ込んだような落ち着いた色合いを全面に持つブレザーを持ち上げ、嬉しさのあまり、くるくると回ってしまいます。
「お嬢様、落ち着いてくださいませ……」
ラマが呆れたような表情を浮かべていました。
そばにはブレザーの下に着る薄水色のシャツと赤いネクタイ、それにスラックスも用意されています。
あくまでも、ここは騎士学校なので、動きやすさが優先されますから、女子生徒でもスカートではなくスラックスを着用するのですね。
「それにしてもこの部屋、騎士団の寮とは思えないくらいの高待遇ですね……」
わたくしは部屋を見渡して、しみじみと感嘆の声を上げてしまいました。ラマもそれに賛同します。
「ええ、ですがお嬢様が暮らす部屋がこういった暮らしやすそうな環境で安心しました。入寮時の鍵がどのくらいの精度なのかだけはちょっと心配ですけど。まあ、この間取りなら、警護もしやすいですからね。……さ、早く荷物を広げてしまいましょう」
部屋の間取りによって、警護のしやすさに影響があるのか、と妙に感心しつつ、わたくしとラマは屋敷から持ってきた荷物を広げます。
いざというときは、わたくしが転移陣を書いてオルブライトの屋敷に戻るつもりで、荷物を選別してきたので、荷物は少なく、ラマの手もありますからすぐに荷ほどきは終わってしまいます。
もう汚れる心配がなさそうなのでラマの手を借りて着てきたドレスを脱ぎ制服に着替えました。
「まだ時間がありますから、リビングの方の備品も確認しておきましょう」
「そうね」
わたくしたちは自室を出て、リビングに向かいます。
リビングには食事などをするダイニングテーブルと、寛ぐために設けられたローテーブルとソファが設置されていました。
奥には簡単なキッチンも完備されています。お風呂と洗面所は部屋を出て廊下を進んだところにありましたから、この部屋にはないようですね。
寮以外にも騎士団内の食堂はありますが、現役の騎士団員の方々が主に利用をしているので、学生は控えるように、と受付で配られた資料に書いてありました。
街に買い出しに行くこともできますし、寮内で自炊をするのが、時間的にも一番効率的でしょう。
「もし足りないものなどがあれば、わたくしが随時購入してまいりますから。お嬢様が学校に通っている間は時間がありますからね」
「ありがとう、ラマ。本当にあなたがいてくれてよかったです。あ、包丁がないみたい」
「では、今日のうちにでも買ってきましょう。お嬢様、申し訳ないのですが、保冷の魔法陣を書いていただけませんか? それがあると、食材を腐らせずに済むので、とても助かるのですが……」
冷蔵庫が一般的ではないこの世界では食材も保存も全て魔法陣頼りです。
「もちろん、描きますよ」
わたくしはネックレスの魔術具から、紙とガラスペンを取り出し、魔法陣を描き記します。
さらさらさら、と軽快に魔法陣を描きしめす様子にラマは驚いた顔をしています。
「いつの間に、そんなに早く描けるようになったのですか?」
「だって、先生にビシバシしごかれていますもの。あの指導を受けたら、大体の方がこのくらい描けるようになりますよ。……さて、これでいいかしら?」
「十分です。ありがとうございます」
そんなことをしていると、もういい時間になっていることに気がつきます。
リビングの壁には高級感のある魔術振り子時計は入学式の十分前の時間を指し示しています。この世界では時計のような精密な機械は値段が高く、そうそうどこにでもおいてあるものではありません。みな、大体の時間は教会や役場で慣らされる鐘を頼りに判断しています。
この部屋には時計も完備されているなんて、至れり尽くせりですね。
「あら、もうこんな時間? そろそろ一時になるわ。他の二人は用意できたのかしら?」
二人の部屋はリビングの左側の二部屋です。
まだ、個室から二人は出てきていないようなのでわたくしは扉が半分空いている、エナハーンの部屋をそろりと覗き込みます。
「あの……。まだ用意できませんか?」
「わっわたくしは今終わったので、これからメラニアのところに手伝いに行くところだったんですが……」
侍女としての仕事をしていたらしいエナハーンは、その口調とは裏腹にテキパキと用意をして、すぐに、荷ほどきを終えていました。
服装もきちんと、制服に着替えています。
時間がかかっているのは——メラニアの方でした。
「悪い……。思ったよりも時間がかかってしまったようだ」
どうやら、メラニアはキリッとした見た目に反して、手際が悪いらしいのです。
まだ、鞄中から、荷物を出し切ってもいませんし、部屋に用意されていた、家具の扉や引き出しはなぜか全て開けられていて、泥棒が入ったかのようなドタバタ空間が広がっています。
キリッとしているのに手際が悪いなんて……。そんなギャップ……残念すぎます。
どうしよう……、と目を点にして茫然としていると、ため息をついたラマが、助け舟を出してくれました。
「メラニア様、わたくしが部屋の片付けをしても問題ありませんか? わたくしに触れられたくない大事なものだけ、備え付けの金庫に入れておいてください。それ以外はみなさんが講堂に行っている間にわたくしが片付けておきましょう」
ラマはメラニアの許可を取るとテキパキと、洋服や小物を片付けていきます。
「ラマ、ありがとう」
「とんでもございません。それより皆さん、早く出ないと本当に遅刻してしまいますよ?」
リビングの時計を見ると後十分で入学式が始まってしまう時間でした。
「本当ですね! 急ぎましょう! メラニア、着替えてください!」
まだ、貴族服姿だったメラニアを急いで着替えさせます。
初日から遅刻なんて笑えません!
わたくしたちは、汗をかくほどの走りで講堂に向かいました。
メラニアとエナハーンに出会いました。三人が並んでいるイラストをTwitterに載せてるのでイメージが!とならない方はご覧くださいませ。
メラニアは見た目キリッと、中身へにょへにょ。エナハーンはできる子です。
次は 入学式は謎の儀式があります です。




