42入学試験は受けられないのですか⁉︎
緑が生い茂る、陽気の良い夏の日。わたくしの十二歳の誕生日が近づいてきました。
いよいよ騎士学校への入学試験の日が近づいてきたのです。
騎士学校の入学試験は筆記試験と実技試験に分かれています。
入学試験を無事にクリアするために、筆記試験は資料室にお兄様たちが保存していた過去問を繰り返し解いたり、出題が想定される歴史部分を重点的に勉強いたしました。
わたくしは歴史を覚えるのはそこまで得意ではありませんが、根性で覚えるしかありません。騎士になるにあたって、近代の歴史は抑えておかないと対立国の内情などがわかりませんからね。
その他にもハルツエクデンでは内乱が起こったこともありますから、どの領地がどの派閥に属しているかなども知っておかなければなりません。
今だと第一王子をお産みになった王妃様の出身地であるセンドリック公爵家の派閥か、第二王子をお産みになってその後亡くなった側妃様の出身地であるクルゲンフォーシュ伯爵家の派閥が国内にありますね。
あと気になるトピックスとしては、まだ正式には婚姻が済んでいませんが、ラザンダルクの姫が和平のためにハルツエクデン王城に迎えられています。
ラザンダルクの姫が王に嫁ぐにしても、王とはかなり年齢差がありますから、もしかしたらどちらかの王子と婚姻を結ぶ方向に切り替えられるかもしれません。王となるのであれば他国よりも国内の権力者との繋がりを持たねばいけませんから、その場合、きっと王位を継がない方の王子にあてがわれるのではないでしょうか。
何事も推測でしかないので、どうにも今後の情勢は予想がしにくいですが、王位継承争いの動向には注意しておいた方がいいでしょう。
ラザンダルクとは何度も戦ってきた歴史はございますが、隣国なので、ラザンダルクの系譜を持つ領地持ちの貴族もこの国には存在しますもの。
まあここは問題にしにくいところなので、入学試験に出るかは謎なのですが。入隊した後は必要となる知識です。
ただ、こういった知識を学ぶと騎士になるには知識も必要なんだ、とあらためて考えさせられます。
実技試験の対策もお兄様の力を借りたり、先生の身代わり人形を使ったりして、対策を練ってきました。
基本的な体力をつける走り込みや素振りは欠かさず行っていますし、怪我をしないように柔軟体操も寝る前に毎日行っています!
それを見たラマに何をやっているのかとドン引きされてしまったのですがね……。わたくしはただベッドでブリッジをしただけですのに。
あとは農村にこっそり行って魔獣を狩りにいっていますからね。
実戦形式の試験でも十分に力を発揮できるでしょう。
完璧! とは言い切れませんが、わたくしのできる全てを注ぎ込んだつもりです。
あとは会場で力を発揮すればいいだけ、と思っていたのですが……。
どうして、前日に問題が発生するのでしょう。
*
試験の当日。
その日は王都に向かうため、朝早くお父様に出発の挨拶をしにお父様の執務室に参ります。
ここのところのお父様は、騎士になること自体にはやはり反対し続けていましたが、時間が経つにつれ、勝手にしたらいいという、放任状態へと変化していきました。
わたくしはそれを騎士になることへの了承だと捉えていたのです。
呑気なわたくしは、なんの疑いも持たずに、お父様の従者であるベルグラード伝に面会の先触れを出し、わたくしはお父様の執務室に向かってしまっていました。
*
「お父様、わたくしは明日、騎士学園の入学試験を受けるため、本日王都へ向かいます。その出発前のご挨拶に参りました」
それを聞いたお父様はそんなこと初めて聞いた、とでも言いたげな顔で目を見開いています。
お父様だって、今日が騎士学校の入学試験だということは知っているはずなのですが……。
「お前は……。諦めたのではなかったのか?」
「わたくしがいつそんなこと言いましたか? きちんと入学試験に向けて準備を着々と進めて来ましたよ?」
「最近は大人しくしていたかと思っていたのだが……。思い違いだったか」
「お父様が、どの様にお考えかは知りませんが、わたくしは騎士学校の入学試験に行ってまいります。では……」
挨拶をさっと終わらせ、踵を返そうとするとお父様の声に引き止められます。
「ちょっと待ちなさい! 駄目だ。この家の当主としてお前が騎士になる、ということは許容しかねる。何度言ったらわかるんだ!」
声を荒らげるお父様の言い方に、今度はわたくしの方が瞠目してしまいます。
「お父様はわたくしが剣のお稽古をするのを許容してくれたじゃないですか!?」
「他の家に嫁ぐものとして自分の身は守れるように許可しただけだ。騎士学校に入学するためじゃない」
ええ……そんなあ。
驚きを通り越したわたくしは怒りを感じ、拳を握りしめ、体を震わせます。
「ひどいです! もうこうなったらお父様の許可なんて要りません! 自分の力で会場まで行ってやります!」
お父様が許可して下されば、馬車で試験会場の王都まで行こうと思ってましたが、この様子だとそれも難しいそうです。
領主の許可もなく、場所を屋敷から出すことはできないですから。
幸い、わたくしは王都行きの魔法陣を先生の元で作成済みでした。何事にも念を入れておいた方がいい、という先生の助言の元に行動していたことが吉と出た様です。
わたくしが考えていることの見当がついたのか、お父様は腕を掴みます。
「待て!」
お父様は咄嗟に魔法陣を発動させ、私の腕に鞭のようなものを巻き付けました。それは先生の家に入ったあの王子が使った捕縛の魔法陣に似た、強力な魔法陣でした。
「なっ!」
勢いよく放たれた鞭を避けることもできませんでした。その端がギュッと結ばれてしまうと、解けなくなってしまいます。
それが攻撃だと見做されたのかわたくしに掛けてあった防衛の魔法陣が反応し、ピカリと鋭い光を放ちます。ズガンと大きな音がお父様の方から聞こえ、煙がもやもやと上がっています。
「実の親を攻撃するとは何事だ!」
「お父様が攻撃だと判断される様なことをしたのがいけないんですよ! 防衛の魔法陣とはそういうものですから!」
建物を揺らすレベルの大きな音が屋敷中に響き渡ったことで驚いたのか、焦った顔をしたお母様が慌てて執務室に現れました。
「何事ですか!」
「お母様! お父様がひどいのですよ! わたくしを縛りつけようとして!」
「リジェットが妙なことを言い出すからだろう!」
ぎゃあぎゃあと貴族らしくない言い合いを続けるわたくし達を、見たお母様は鋭利な視線でわたくし達を睨みつけます。
「だからって……。こんな騒ぎを起こすのではありません! 屋敷の者が驚くでしょう!」
いつもお父様に従順な態度をとっていたお母様がこんなにスッパリお父様を叱るだなんて、思っても見なかったためわたくしは驚いてしまいます。
「お、お母様……」
「セラージュ様も! リジェットを縛るのはおやめください!」
「縛って置かんと、逃げようとするからだ!」
声を荒らげるお父様に、呆れた顔をしたお母様が助言をするように口を開きます。
「だからって……縛らなくたって、この子には入学資金がありませんから、どこにもいけないでしょう」
「資金なら、あります! わたくし自分で入学試験費も授業料だって払えますから!」
そうわたくしが言い放つと、お父様もお母様も驚いた顔をしています。
「ハーブティーの事業はそこまで短期的に資金を集められる様な事業ではないはずでしょう。どこからそんな資金を集めてきたのですか?」
お母様はハーブティー事業の収支が騎士学校の入学金は払えても、授業料を払えるほどではないことを知っているので、どこから資金が来たのか不思議そうな顔をしています。
わたくしの資金源の大部分はミームの女性達に書いていただいた魔法陣から得た資金です。
逆に魔法陣については知っていても、ハーブティーの事業については何も聞いていないお父様は、それを聞いて、なんだそれは、と言わんばかりの表情を見せています。
「わたくしには別の事業だってあるのですから!」
「え、ハーブティーの事業じゃないの?」
と、お母様が。
「魔法陣の売買以外もやっていたのか?」
とお父様が言いました。
「両方やってましたよ! わたくしは手広いのです!」
お母様とお父様、それぞれに伝わる様にわたくしは言い放ちます。
お母様は血の気の引いた蒼白な顔でわたくしを見つめています。
「リジェット……。あなたって子は……。——すごいわね」
お母様は怒っているようには見えませんでした。それよりもただただ驚いている感じでしょうか。
お母様はわたくしが騎士になることについても、そこまで反対していませんものね。
「お母様は自分の後ろ盾になる派閥を作りなさい、とわたくしにいってくれたでしょう? わたくしそれを参考にして組織を作り上げました!」
組織……? あ、あれか……。と消えそうな声で呟いたお母様は頭を抱えています。
「わたくしは一言も組織を作れなんて申しておりません! 派閥というのは……、嫁ぎ先でも連絡が取れるような貴族の女の子友達を増やしなさい、という意味だったのだけども……。はあ……。あなたって子は予想外で突飛なことをするね」
「突飛って……。わたくしはただお父様の領地経営上手が回っていないところを助けようと思って……」
お父様はおばあさまが発展させた手工芸の事業をうまく受け継ぐことはできていませんから。
わたくしがその取りこぼしを救うために動くのは、領主一族として当然の動きでしょう。
お父様は得体の知れないものを見る様な目でわたくしの方を見てきます。
呆れで何も言えなくなってしまったのか、部屋の中には先ほどの騒がしさと打って変わって、静寂が広がっていました。
その静寂を打ち破ったのはお父様でした。
眉間に渓谷の様に深い皺を作り、はあ……と深いため息をついたお父様は、わたくしを見据えて言葉を捻り出しました。
「はあ……。もういい。お前は頭を冷やして反省しろ」
「お父様⁉︎」
お父様はわたくしに近づくと、わたくしの頭の上にドンと勢いよく手を乗せます。
とっさに魔法陣を起動させようとすると、同時にお父様は魔法陣に魔力を注いだのがわかりました。
すると、自分で描いたはずの魔法陣が全く動かなくなってしまったのです。
——魔法陣が使えない⁉︎
「リジェットは知らなかったのか……。複数の人間が同じタイミングで魔法陣を使おうとすると魔力量の多い人間が優先的に使用することができるからな。お前と私の魔力量は比べるまでもない。私が使用権を手放さない限り、お前は今持っている魔法陣を使うことはできない」
そんなの初耳です! わたくしは今持っている魔法陣を使うことができないと言うことですか⁉︎
「魔法陣を新しく描くことがない様に見張りをつけて、自室に閉じ込めておけ!」
お父様の指示のもと、わたくしは両肩をそれぞれ使用人に捕まれ自室に強制送還をされてしまいました。
こうしてわたくしは入学当日に家に軟禁されてしまったのです。
あーあ。軟禁されちゃいました。うまくはいきませんね。
次は 43王都に潜入します です




